幽霊と再出発の島
シャボンディ諸島 33番グローブ
シャボンディパーク内ライブ会場「シャボンドーム」
今日はソウルキング、ブルックのワールドツアー、最終日だ。
会場は満員、ライブが始まる前から観客たちは待ち望んでいる。
彗星の如く現れたソウルミュージックの王の奏でる音楽を。
誰がブルックを”ソウルキング”と呼んだのかは知らないが、
これほどブルックにふさわしい称号は無いだろう。
そして、ソウルキングの音楽を彩るもう一つの声が、照明の落ちた会場に響く。
『レディズ&ジェントルマン! ボーイズ&ガールズ!
ソウルキングのライブにようこそ! ウフフフフッ!』
陽気だが決して観客たちには顔を見せない彼女は”レディ・ゴースト”。
観客たちはナレーション、バックコーラスやMCで彼女の声を耳にすることができるだろう。
MCでブルックと親しくジョークを飛ばすやりとりもライブでは見所の一つだ。
『それでは皆さん! カウントダウンで私たちのキングをお迎えしましょう!
3、2、1!』
カウントダウンの後に、照明が灯る、火柱が上がる。
ステージには手を広げて、ブルックが立っている。
「ハイッ! ホネだけにィー!!!」
観客席は興奮が爆発したようだった。歓声が上がった。
「今日は!!
最高のォーーー!!!
アニヴァーサリーにしようぜーーー!!!」
ブルックの合図で伴奏が始まる。
感動で失神する人間まで続出するのは、
ブルックの音楽が魂を震わせる確かな熱量を持っているからだ。
ブルックのワールドツアー、ファイナルライブ。
大勢の観客を前に、華やかなスポットライトを浴びるのも、
きっと最後だろうという確信を、他ならないブルックが持っている。
だが後悔は無いのだ。
なぜなら音楽はどこでだって奏でられる。
霧の深い海の上で一人きりでも、
歓声の鳴り止まない光のステージの上でも、
仲間たちが待っている船の上でも。
「さァ、レディ・ゴースト!出番だぜ!」
『ウフフフフッ、任せて!』
そして、デュエットが始まった。
※
大盛り上がりのライブを終えたが、まだアンコールが残っている。
がミネラルウォーターをブルックに差し出したころ、
でんでん虫が鳴り響いた。
「はい、・・・ああ、シャッキーさん!トビウオライダーズを寄越してくださると!?」
ブルックがとったでんでん虫の先の相手はシャッキーだったようだ。
どうやら迎えを寄越してくれるらしい。
しかし、海軍も既に動き出しているようで、
急いだ方がいいとアドバイスも受けていた。
は首を傾げる。
「急いだ方がいいかしら?」
「いえ、アンコールを一曲、歌ってから行きましょう」
ブルックは控え室を一度見回した。
華やかな表舞台とは打って変わって散らかってはいるものの、
今となっては感慨深いものがある。
「いやはや、2年間、随分華やかで楽しい世界を垣間見たものですね」
「ウフフフフッ、私は1年だけだけど、煌びやかなステージ、満員の客席!
素晴らしかったわ! 得難い経験だった!」
「生きていると何が起きるかわからないとはよく言ったもの!」
「そうよ! ただ、私たち・・・」
「そう、我々は・・・」
ブルックとは顔を見合わせて笑い合う。
「既に死んでいるけれど!ウフフフフッ!」
「既に死んでるんですけどー!ヨホホホホホ!」
ゴーストジョークとスカルジョークを今日も飛ばし、
ブルックはステージに立ち、はアナウンスルームへと向かう。
そして、正真正銘、最後のステージが始まろうかと言うとき、
まるで水を差すように、その銃声が鳴ったのだ。
「そこまでだァ!!! ライブを中止しろォ!!!」
始まりかけていた音楽が止まる。
海兵が拡声器を使ってブルックに呼びかけた。
「ルンバー海賊団船長代理、通称”鼻唄のブルック”!!!
懸賞金3300万ベリー!
貴様がこの海賊と同一人物であると言う疑い!!!
加えて現在は海賊”麦わらのルフィ”の仲間であると言う情報も入っている!!!」
ライブ会場は海軍の乱入にざわつき始めていた。
ソウルキングは犯罪者だったのか、海賊なのか、
はたまた、”麦わらのルフィ”は死んだのに?と動揺と混乱はすぐに広がっていった。
「”ソウルキング”ブルック!!!
いや、・・・海賊ブルック!! 貴様をここで逮捕する!!!」
ステージの上には手長族のマネージャー、ピン、ポン、パンが現れたのはそんな時だった。
彼らは怒りのまま銃口をブルックに向けている。
「終わったな、ブルック、全てが!!」
ブルックは冷静にマネージャーたちを見ていた。
海軍に情報を垂れ込んだのは間違いなくマネージャーたちだろう。
「・・・やはり、あなた達でしたか」
「楽屋で正直に話してくれた”引退話”、ショックだったぜ。
お前の人気に火がついて、これから荒稼ぎって時によ・・・!」
ピンが銃のセーフティに指をかけた。
「お前は裏切ったんだ、おれたちを・・・ウチの会社はもうダメだ!」
ポンがライフルを構えた。
「一緒にくたばろうぜ、”ソウルキング”!!!」
パンが銃を肩に担ぎ、宣言する。
「楽器を置いて両手を上に!!」
海軍がそれぞれの銃を構え、ブルックに狙いを定めた。
ブルックは一つ、深いため息を吐いた。
「・・・これが潮時。”レディ・ゴースト”!
最初で最後、私と一緒にスポットライトを浴びてくれだぜ!」
「!?」
海軍もマネージャーも観客も、
会場に立っていた誰もが不意をつかれたような顔をする。
『・・・ウフフフフフフッ!』
しかし、ブルックに答えるように、会場に笑い声が響いたのだ。
ブルックの隣に黒い霧のようなものが渦を巻き、
やがて人の形になった。
「だからあなた、今日はとびきりお洒落するように言ったのね!」
それはスタンドマイクを持った幽霊だった。
花柄のドレスを優雅に着こなしているが、腰帯にすらりとした剣を携えている。
花の髪飾りが結い上げられた髪を飾っているが、それに全く色は無い。
言ってしまえば”ちぐはぐな装い”、しかしそれが不思議と似合っていた。
「あれが、”レディ・ゴースト”か・・・!?」
「初めて見たぞ!」
「それよりも、ほ、本物の幽霊!?」
唖然とする周囲に、ブルックが声を上げた。
「バックバンド・・・コーラス、ダンサーズ!
そしてレディ・ゴースト、
もう一曲だけお付き合い願うぜ!」
我に返ったようにマネージャーたちが銃を構え直した。
「血迷ったか、お前らはもう終わりなんだよ!」
しかし、ブルックは冷静だった。
「マネージャー、2年間世話になったぜ、そしてこの島に私たちを運んでくれてありがとう」
「心から感謝してるわ。結局銃口を向けられる羽目になったけど、これだけは本当の気持ちなのよ」
ブルックとはマイクに手をかけた。
「この島は我々にとって敗北の思い出のある”無念の島”であり、そして”再出発の島”!
一味においては冒険を盛り上げるのが私たちの務め。・・・そうでしょう?」
「ええ、そうよ!旅立ちは陽気でなくては!未来の海賊王のためですもの!」
「よく言いました、お嬢さん!」
は明るく宣言した。ブルックは満足げに頷く。
そして、会場に向けてこう叫んだのだ。
「”麦わらのルフィ死亡説”? 馬鹿馬鹿しい、
世界に伝えてくれだぜ! 海賊”麦わらのルフィ”は生きている!!!
彼はいずれ世界の海の王になる男! 彼の船出に静けさなんざ似合わねェっ!!!」
会場は徐々に熱気を取り戻し始める。
ブルックの奏でるギターに被せるように、が声を上げた。
「アンコール、喝采にお応えして、魂のラストソングを!」
「OH BABY 最後のソウル!聞いてくれ!!!YEAH!!!」
「ばか者、ライブは中止と、」
海軍が突入しようとするが、観客はそれを止めにかかった。
「もう一曲聞かせて!彼に歌わせてあげて!」
「そうだ!!!”ソウルキング”が何者だろうと構わねェ!!!」
聞こえて来たそんな声に、ブルックは小さく囁く。
「音楽は味方ですね、お嬢さん」
「ええ、ブルック。どんな時でも」
そして、伴奏とコーラスが始まる。
「”NEW WORLD”!!!」
観客は大いに沸き立ち、音楽はどこまでも届く。
霧の海の上から、光差すステージ、そして仲間達の笑い声の響く、甲板の上へ向けて。
※
大盛況の中マイクを置いたブルックを迎えたのはトビウオライダーズの面々だ。
「グッドタイミングでしたよ!!」
王冠を模した帽子を持ち上げてブルックは笑う。
はトランクを抱えながら空中を浮遊していた。
「シャッキー姐さんの指示だ!!」
「本当に助かったわ、私はともかくブルックは空を飛べないものね!
もうみんなは集まってるの?」
トビウオライダーズの運転手は頷いた。
「42番グローブにぞくぞく集まってきてるぜ」
「懐かしい!期待に胸が膨らみます。
・・・私膨らむ胸ないんですけどー!!!ヨホホホ!!!」
「そうね! 私は自己紹介しなくちゃいけないし」
一味の皆とバラバラになってから自身の名前を思い出したはしみじみと呟く。
そうこうしているうちに、サニー号が見えてきた。
「ウソップさん、ナミさんロビンさん、フールァンキーさーん!
なんとお懐かしい皆様ァー!YEAH!!」
「皆ー!!元気そうで何よりだわ!!!」
節をつけて名前を呼ぶブルックと大きく手を振るに歓声が上がる。
「ブルックー!! 幽霊ー!!」
船の上に降り立ったブルックの肩をフランキーが叩いた。
「おめェ、よくスターの座を降りてきたな、あっぱれだ」
樽に腰掛けるブルックの横に立ったに、ナミが瞬く。
「あれ、幽霊、あんた服が変わってるけど・・・」
「ウフフフフ!!! 色々あって、着替えることができるようになったの!
名前も思い出したのよ!」
嬉しそうなにナミも笑顔を浮かべた。
「えっ、本当!? すごいじゃない!!!」
「ルフィたちが揃ったら改めて自己紹介をするつもりよ」
はしゃぐとナミの間に、ブルックが割って入った。
ギターの弦を弾きだしたブルックに、ウソップが何か歌うのだろうかと首を傾げている。
「ではナミさん、2年ぶりにー・・・」
はジト目でブルックを睨んだかと思えば、
静かに首を横に振った後、ウソップの近くまで移動した。
「パンツ、見せてもらってもよろしいで、しょゲブ!!!!」
「2年前にも見せたことないわよ!!」
セクハラじみた言葉を全て言い終わる前に、ナミの見事な蹴りがブルックの顔に入った。
痙攣するほどの威力である。心なし顔にはヒビが入ったようだ。
「さ、再会の感動でほら、私、胸が震えてる・・・ガフッ、
私、震える胸・・・ないんですけどー!!!ヨホホッ、ヨホゴフッ!」
「おい、大スターが痙攣してるぞ」
ウソップは淡々とシュールな状況を述べるが、女性陣のブルックへの視線はさらに冷たい。
「・・・ブルック、今のは良くないわよ。よろしくないわ」
「どいつもこいつも成長してないんだから・・・」
腰に手を当てて嘆くナミに、は周囲を見回す。
「そういえば、まだ全員集まってはいないようね?」
「今チョッパーが全員を迎えに行ってるわ」
ロビンが答えると、タイミングよく空から声が降ってきた。
甲板に影が落ちて、皆一斉に顔を上げる。
「おーい!!!みんなー!!!」
大きな鳥の背に乗っているのは、ルフィ、ゾロ、サンジ、チョッパーの4人だ。
2年の歳月を経て、ここに麦わらの一味が全員揃ったのだ。
ナミとロビンの色気に当てられたサンジが鼻血を出して気絶するというハプニングもあったが、
概ね無事に全員シャボンディ諸島まで辿り着くことができた。
思わず笑みをこぼす面々だったが、そう何事も上手くは行かないものである。
「ああ、でも喜んでばかりいられないわ! 海軍がもうすぐそこまできてる!」
が叫んだのもつかの間、サニー号のすぐそばに大砲が撃ち込まれてきた。
「しまった、もう撃ち込める距離に!! 反撃するか?!」
「まだ出航準備できてないですよ!?」
慌てるウソップとブルックだったが、思わぬ救いの手が現れた。
海軍艦の前に、一隻の海賊船が立ちはだかったのだ。
海賊旗は花のような意匠の、九匹の蛇と髑髏。
「・・・海蛇の海王類が、船を引いてるの?」
「あれは・・・九蛇のマークね。七武海”海賊女帝”の統べる屈強な女人海賊団よ」
ロビンはさすがに海賊の情報には詳しい。
オペラグラスで様子を伺うサンジ、ウソップとブルックは
蛇姫、ボア・ハンコックの美しさに目を奪われている様子だ。
「お! ハンコック達だ。助けに来てくれたんだなー!今のうちに出航するぞ!」
ルフィの言葉にナミがギョッとしたように瞬く。
「あの”七武海”と知り合いなの?!」
「ああ、おれ女ヶ島に飛ばされたからみんな友達なんだ」
「あら、そうなの? ルフィったらどういうわけか、七武海に縁があるのかしら・・・」
が不思議そうに呟く。
その最中、出航準備を進めていたフランキーが船へと戻って来た。
サニー号のコーティングが膨らみ、ゼリーのようなドーム状の屋根を作る。
海流を風のように受けて動かす帆船の出来上がりだ。
すぐに海に潜り出す船を前に、ルフィが声を上げる。
一味全員に向けた言葉だった。
「野郎共!!!
ずっと話したかったことが山ほどあるんだけど!!
とにかくだ!! 2年間もおれのわがままに付き合ってくれてありがとう!!!」
「今に始まったわがままじゃないだろ?」
「まったくだ! お前はずっとそうなんだよ!!」
サンジとウソップが野次を入れる。
もうサニー号は海へと潜り始めていた。
海軍は追いつけない。
ルフィは深く息を吸い込み、叫ぶ。
「出航だァーーーーーー!!!」
目指すは海底1万メートル下。
人魚と魚人達の住む、海賊達の休憩所、”魚人島”。
「どんな冒険が、待ち受けているのかしら・・・!」
期待に胸をときめかせ、は指を組んで先の見えない海の底を見つめる。
シャボン越しに見える海はただ、青く深く、サニー号を出迎えていた。