For you


は頭を抱えていた。

時計の針は0時をとっくに超えている。
めでたく誕生日を迎え2時間程度が経っているが、
年を重ねて早速難題に直面していた。

 年の離れた恋人がくれたプレゼントが悪趣味。

おまけにその恋人、ドフラミンゴはどうやら確信犯のようで、
ニヤニヤしながらを伺っている。
は言葉を選んだ。ひとまず何か言わなくてはなるまい。

「ありがとう。嬉しいよ。ただ・・・、あのさぁ・・・」
「フフフフフッ、なんだ、?」

白々しく首を傾げているドフラミンゴから
つい先ほど贈られたのはチョーカーである。

「FLAMINGO」の文字が身につけると全面に押し出されるタイプの。

おまけに何をどう計算したのか、
首の海賊旗の刺青は見える様になっている。

いつもつけさせられているチョーカーも
チャームがフラミンゴだったりするので
内心思うところがあったりもするのだが、
今回はの寛容のキャパシティをオーバーしていた。

「首輪かよ・・・」
「フフッ、フフフフフッ!」

ドフラミンゴは心底愉快そうに笑っている。
は遂に声を上げて怒った。

「否定しないの!? 否定して欲しかったんだけど!?」
「フフフッ、おれの名前じゃないだけ良いだろう?
 これでも譲歩してやってるんだがなァ」
「DとOが足りないだけじゃん!ほぼ名前でしょ!?あなたの!!!」

 せめてドンキホーテなら許せるのに。は嘆いた。

ただでさえ最近ファミリーの生温い視線が痛い。
最高幹部連中のにやついた半笑い。
グラディウスの『どう扱っていいのかわからない』と言わんばかりの妙に優し気な態度。
そして何よりベビー5の冷えきった白い目が痛い。

しかし、実のところとて分かっている。

正直周りはどうでも良いのだ。

だが10年以上殺伐とした駆け引きと策謀の中で、
ファミリーらとコメディリリーフ的なやりとりはしたことはあれど、
まさかドフラミンゴと愛だの恋だのを織り交ぜたじゃれ合いに
興じることになるとは思っていなかった。

つまりは何が言いたいのかと言えば、これに尽きる。

「ハードルが高過ぎる・・・」

ドフラミンゴは呆れて言った。

「お前から無理矢理手ェだしてきた癖に何言ってんだ?」
「酒飲ませて前後不覚にしたのはあなたでしょうが!?」

「フッフッフ!お前の酒癖が面白ェ方向に向かうのはあの日よく分かったぜ」
「全っ然面白くないから・・・あれから半年は禁酒したんだからね・・・」

そもそもとドフラミンゴが恋人に至る発端は
前回のの誕生日にドフラミンゴに酒をたらふく飲まされて泥酔し、
一線を越えてしまった件である。

おまけにあの一件はあろうことか自身が
ドフラミンゴの手足を切り落とし、
抵抗出来なくなったところを襲うという、とんでもない醜態であった。
かなり強引にことを進めた自覚も記憶もあるので
思い返すと非常に頭が痛くなる。

そしてそれが初体験であったことに対する若干の後悔や羞恥心などで
感情の整理が未だに追いついていないのだ。

がため息を吐き、百面相をしているのを、
暫くドフラミンゴは眺めていたが、やがてそれにも飽きたらしい。
の腕を掴んだ。

「——気にいらねェか?」

はぐ、と言葉に詰まる。
サングラスの遮りの無い眼差しを受けて、視線を彷徨わせた。

 まずい、ちょっと拗ねてる。

は自身の言動を振り返り、悪し様に言い過ぎたかと半ば反省しつつも、
これで折れてしまうと結局ドフラミンゴの思い通りになるので釈然としない感もある。
しかし。

「・・・ごめん。頑張って着こなします。・・・プレゼント、ありがとう」
「フッフッフッフ!」

ドフラミンゴは機嫌良く笑い、を引き寄せた。
肩口に顔を埋めるような格好になり、は目を細める。

 たまにこの人が死ぬ程可愛く思えるんだからホント末期だよなァ・・・。

医者ながら手の施しようがないと考えながら、
は降って来る口づけに応えようと、その首に腕を回した。



「・・・フフ、お前は考えねェか?」
「何を?」

「お前がおれに抱かれてるって知ったら、
 ”あいつら”どんな顔すると思う?」

それは偽悪的な微笑みだった。
悪趣味な問いかけには片眉を上げる。
誰を指しているかは容易く想像ができた。

「・・・多分死にそうな顔するんじゃないの」
「・・・それだけか?」
「だって関係ないでしょう」

ドフラミンゴは下卑た質問を投げかけた割に、
突き放したようなの結論を意外に思ったようだ。
訝しむような表情を浮かべている。
は口角を上げた。
誰かと良く似た、生意気な顔つきだった。

「好きな男に抱かれて何が悪いのよ」

これは教育の賜物だろうか。
ドフラミンゴは小娘に翻弄されている自身を俯瞰しながら笑みを深めた。
 
 これでハードルが高いなどと、良く言ったものだ。

「・・・お前はよくわかんねェ女だなァ、

ただ、ドフラミンゴはやられっぱなしは趣味ではないのだ。
しかしながら今日のところは素直な言葉に免じて虐めないでやろうと、
ドフラミンゴは内心でほくそ笑んだ。

”いつ気づくか”が見物である。
 


ドレスローザの王宮では盛大に国王の右腕の誕生会が催された。
は挨拶をし、取引相手やら大口の患者関係者やらに酌をして回り、
ようやく落ち着いたところでベビー5に声をかけられた。

「忙しそうね」
「ベビー5。まぁね。一応主役だから」

ベビー5はの首元を見て露骨に眉を顰めた。

「・・・そうだ、言い損ねたわ。誕生日おめでとう」
「ありがとう。・・・ねぇ、ベビー5。
 言いたいことがあるならはっきり言ってもらって構わないんだけど」
「あら、そう?」

きっと冬島の12月の朝でも彼女の瞳程冷たくは無かっただろう。 
ベビー5はに言い捨てた。

「言っとくけど、あんた今、マジでバカ女に見えるわ」
「はは、辛辣なお言葉をどうも」

は苦笑する。
白いフェザーコートとFLAMINGOの文字がデザインされたチョーカー。
ドンキホーテの海賊旗が左耳の下、首元で笑っている。
今のの格好は完全にドフラミンゴの信望者だ。

「どうせつけろって言われてつけてるんでしょ。
 嫌だって言えば良いじゃないの」

「言って聞く様な奴だと思う?」
「思わないけど」

ベビー5は首を横に振った。

「でも意外だわ。
 あんたのことだから物怖じしないで
 嫌なもんは嫌って言うと思ってた」

「言ってるよ。勿論。
 だけど私、別に格好にこだわりが強い方でもないし。
 清潔なら何でも良い。基本は医者だし」

はワイングラスを煽った。今日は1杯だけ飲んで良いことになっている。

「あと、これ多分特注品なんだよね」
「・・・まァ、そうでしょうね」

ベビー5はの返事を待った。
は緩やかに口角を上げる。

「・・・多分あいつのことだから、
 コレを見た時の私の反応は想像出来たはずなんだけど」
「ええ」

「そういう・・・私の反応を伺って来る辺りにぐっと来てる自分が居てさァ」
「ん?」

ベビー5はの言動に疑問を覚えた。
しかしは話し足りないのか幾分饒舌になっている。

「適当なアクセサリーとか、他にも色々あっただろうし、
 最悪別に贈り物なんか用意しなくても良いと思うんだよ。
 それが、コレだったら確実に私が何か言うだろうと思って、
 あいつが選んだ物だって思うと無碍にも出来ず」
「・・・」

はため息を吐いた。

「つまり、何が言いたいかって言うと、
 私バカの自覚あるから。
 むしろバカに見えて当然なんだと思うわ」

ベビー5は腕を組む。
回りくどく語られた内容を咀嚼してみると。

「今、私惚気られたの?」
「あっはっは!」

は高らかに笑ってみせた。
ベビー5はジト目で眉を上げる。
は喉を鳴らす様に笑った後、揶揄うような笑みを浮かべた。

「ごめんごめん。でもいいじゃない。
 いつもあなたの恋人とか婚約者の話を聞いてるんだから。
 ついでに別れた後の散々な愚痴も」

「それもそうね。その度あんたは見る目がないって顔するけど。
 ・・・言わせてもらうとあんたも相当よ」

「フフ、知ってる」

ベビー5は何を言っても無駄だと思ったのか深くため息を吐いた。
はグラスをウェイターに渡し、再び挨拶回りに行くのか立ち上がる。

ベビー5に軽く手を振って歩く、その背中を見送った。

は頭のてっぺんから、足のつま先までドフラミンゴに仕立てられた女だ。
身なりだけではない。その能力もドフラミンゴ自身が研いだ。

それに応える様に、はハートの席に座らせて申し分ない実力を身につけ、
医師としても貢献し、ドレスローザを豊かにした。
血反吐を吐き、その目に静かな野望を燃やしながら。

ベビー5は白い息を吐いた。

これもの計画の内なのだろうか。それとも諦めた結果なのだろうか。

いつ見てもは自由奔放に見える。
縛り付けられ、どこにも行けないはずなのに。

「ベビー5?と話せた?」

ぼうっとしていたらしい。
デリンジャーに声をかけられて、初めて横に居ることに気がついた。

「ええ、さっき少しだけ」
「いいなァ、全然捕まらないのよね。
 せめて直接おめでとう位は言いたいんだけど」

デリンジャーは残念そうに肩を竦めている。
ベビー5は腕を組んだ。

「止めといたら?
 酔ってるわよ、の奴。惚気られるわ」
「・・・なにそれ」

デリンジャーは分かりやすく頬を膨らませた。
「気に入らない」という顔をしている。
ベビー5はしみじみと呟く。

「はァ・・・私も誰かに死ぬ程必要とされたい・・・」
「キャハハ、結局そこなのね!」

デリンジャーはいつものように笑っていた。



客人達が帰宅したのを見送って、はソファに座りこんだ。
会食やパーティは得意な方ではない。疲労が肩を重くしたようだった。

「フフフ、禁酒はまだ続いてんのか?」
「ドフラミンゴ。いや、一杯飲んだよ」

の返答におざなりに頷いて、ドフラミンゴはソファに隣掛けた。

「派手な会食だったね。半分仕事だけど」
「お前の立場なら当然だろうよ」
「良く言うよ。自分は堅苦しいのは嫌だって言うくせに”国王陛下”」

軽口を叩きながらは行儀悪く膝に頬杖をつき、笑っている。
しかし、暫くしてその表情が少し訝し気なものに変わる。

「ドフラミンゴ、ちょっと、」
「なんだ?」

首を傾げるドフラミンゴに、は指差した。

「ピアスにヒビ入ってない?」

プレーンなはずの金の表面に、溝のような物を見つけたのだ。
の指摘にドフラミンゴはなぜか笑みを深め、その手を上げた。
”寄生糸”
突然生けるマリオネットにされて、は瞬く。

「フフ、これはこういうデザインだ。良く見ろ」
「いや、何で寄生糸?・・・!」

ぐっと距離を縮めさせられてが見たのはぐるりと
円状に一周する「FLAMINGO」の文字。
見覚えのあるフォントには頬を引きつらせた。

「文字!」

の反応を見てドフラミンゴは腹を抱えて笑っている。

「フフフ!、別におかしくはねぇだろ?」
「違うでしょ、お揃いかよ!!!」

は顔を覆おうとして目一杯腕に力を込めたが、
生憎寄生糸で縛られているので抵抗が出来なかった。
やけくそになって喋り続ける。

「今時10代のバカップルでもこんなのやらないでしょ!待って待って待って?!」
「フッフッフッフッフッ!」

ドフラミンゴは心底愉快そうだ。
は信じられないと言わんばかりに首を横に振った。

「フフフじゃないって!
 あぁー!もう!いい歳でしょ!?
 気づかれたらどうすんの?!
 ただでさえ今も視線が生ぬるいんですよ、幹部の!視線が!
 恥ずかしいなぁ!」

「気づかねぇよ、こんな風に」

の手が、勝手にドフラミンゴの頬を撫でる。
額がぶつかった。

「おれに近づけるのはお前くらいだ。

軽く鼻先に口づけられ、は絶句した。
わなわなと震えている。顔どころか首まで真っ赤だ。

ドフラミンゴはくつくつと笑う。

小生意気で時折憎たらしささえ覚える、そのすまし顔が崩れている。
そこに見えるのは羞恥だけではないことを、ドフラミンゴは良く知っていた。