”Born To Be Wild”
キャプテン・キッドから逃げ果せた後、
おれはグランドラインのあちこちを巡りながら旅をしていた。
気分はワールド・ツアーってやつだ。
しかしながらおれは賞金首なので、快適な旅路とは言えなかった。
行く先々で歌い、路銀を稼ぎ、時々気に入らねェ奴を歌でブチのめし、
バンドのメンバーを探しつつ、海軍と、時々キッド海賊団からのらりくらりと逃げると言う、
どうしようもない航海の日々を送っていた。
懸賞金も微妙に上がっちまって正直途方に暮れている。
何が困るって、客船に乗ることが段々と難しくなってきたってことに尽きるんだよな。
おれの手配書、バッチリ顔が写ってるし。
そう言うわけで、おれはまとまった金を工面して船を買うことにした。
世界ってのは広い。そして物好きってのはどこにだっているものだ。
犯罪者のおれのTDを出してくれる奇特なレーベルがあるってことに感謝と驚きしかない。
割合おれのTDは売れているようで、おれのビブルカードを持った伝書鳥が小切手を郵送してくるんだ。
・・・ぶっちゃけそこの会社のシンボルマークが、
どうもなんか・・・ある海賊のジョリーロジャーに似てるんだけど、
全然おれは知らないし関係ないってことにしておきたい。
実際契約した時に同席したのは頭の良さそうな緑色の髪のメガネで美人なお姉さんだったし、
それ以上”上”の人間には会ったことない。傘下扱いになってたらどうしようかとも思うんだが、
その時はその時でいつものごとく逃げようと思っている。
・・・話を戻そう。とにかくおれは船を買った。
スピーカーと音響機材、それからまだ見ぬバンドメンバーのための楽器を揃えた
スペシャルな船だ。
一応航海術もそれなりに勉強したので今のところなんとか死なずに済んでいる。
まァ、機材は積んでてもキーボードもドラムもまだ集まってねェけどな・・・。
バンドメンバーがいたら絶対楽しいだろうし、断然音楽の厚みが変わると思うんだけど、
おれの歌に覇気が篭ってるせいで、気絶しちまう連中とは一緒に演奏できないし、
何よりお尋ね者のおれと旅をしようだなんて物好きはなかなか居なかった。
こればっかりはしょうがない。
いくらロックを愛する人間だって滅多に犯罪者になるようなことはしないだろう。
おれみたいなポリシーを曲げないバカは少ないんだ。
「お、そろそろ魚人島に近づいてきたかな」
しかしこれから会いに行く連中は、おれなんかよりもずっと、”バカ”なんだろう。
何しろ”海賊王”になると言ってはばからない男と、
彼を慕い、どこまでも着いて行く夢追い人たちだ。
まだおれがしがない大学生だった頃、日本中、いや、世界中を虜にしていた海賊たちに、
もうすぐ会えるのかと思うと柄にもなくおれは緊張に、
それからあまりある期待と興奮に胸をときめかせていた。
「いやー、覚えてて良かった。うまいこと会えると良いんだがなァ」
新聞を見てたまたま魚人島の近くに来て居て良かったと思った。
おれは今、結構ツいているらしい。
おれの進路の行く先は、復活したばかりの麦わらの一味である。
※
「前方に小型の帆船を発見!
見たとこ海賊船じゃなさそうだが・・・なんだァ、ありゃ!?」
見張りを務めていたウソップの声に
麦わらの一味の皆が甲板へと集まって来た。
「どうしたウソップ・・・またえらく面白ェ船だな」
ウソップの指差す方向を見て、フランキーが興味深そうに顎を撫でている。
魚人島を出てしばらく、海中航行の最中に鉢合わせたのは小さな船だった。
コーティングされたサニー号よりもひと回り小さい帆船だ。
「コンサートでもやるんですかねェ、小さなライブ会場みたいな船です」
スピーカーや音響機材がこれでもかと積まれているのが遠目からでもよくわかる。
ブルックが音楽家の性分なのか身を乗り出してその船を観察していると、
帆船はサニー号に近づいて来た。
「こっちが海賊船ってわかってるだろうに、何の用だろうな?」
「遭難してる風には見えませんが・・・」
ゾロとブルックが首を傾げていると、とうとうその船はサニー号の前に立ちはだかった。
蹴散らして進むわけにもいかず、サニー号は一旦止まる。
「おーい、進路妨害だぞ!」
「・・・いや、すまない。あんたらにちょっとばかし用があって来たんだ」
若い男の声がその場に響く。
オレンジがかった金髪の男が現れたのはそれから間も無くのことだった。
男はギターケースを背負って、無遠慮にサニー号へと乗り込んでくる。
「お、おいおい・・・」
「ちょっと、どう言うつもりなの・・・!?」
ウソップとナミが唖然と乗り込んで来た男を見つめている。
「良い船だな。明るくて」
男はぐるりとサニー号を見回した。
その顔に敵意は見えないが、突然の珍客にゾロなどはいつでも刀を抜けるように
鍔に手をかけている。
「お前、誰だ?」
船長のルフィが尋ねると、男はヘラリと笑って見せた。
「しがないロックミュージシャンだ。
って言う。無作法ですまないがよろしくな、麦わらのルフィ」
「おお・・・?」
明るく手を差し出されたのでルフィは条件反射で握手に応じていた。
男、の顔を眺めていたロビンがその正体に思い当たったのか、尋ねる。
「・・・あなた、手配書で見たことあるわ。
二つ名は”ファイア・ロックスター” 賞金は・・・1600万ベリー」
「微妙だな・・・」
ウソップが思わず零すが、は「そりゃあ、おれの本業は音楽家だからな」と
特に気分を害した様子もなく笑っている。
「それにしてもロビンさんに知られてるとは思わなかったな。
最近はそんな風に呼ばれてんのか。
駆け出しの頃は”火を吹くバカ”とか呼ばれてたんだぜ、
おれは曲芸師じゃねェってのに」
自嘲するように呟くに、ルフィが首をひねった。
「”火を吹くバカ”? なんだお前、口から火でも吹くのか?」
「な? 誤解しちまうだろ? まァ、そんなあだ名になったのはこいつのせいだ」
は背負って居たギターケースからダブルネックのエレキギターを取り出した。
先端に銀色の筒の様なものがついている。
その筒の正体にいち早く気づいたのはフランキーとウソップである。
「火炎放射器つけてんのかよ?!」
「なかなかスーパーな野郎だ・・・」
「イカすだろ?」
「確かに”火を吹くバカ”だわ・・・」
自慢げなに、ナミは疲れたような声をあげた。
ブルックがに声をかける。
「私もあなたの噂はかねがね聞いていますよ。
一匹狼のアーティスト。貴族の援助を断ってロックのポリシーを貫く
アナーキーな”スター”・・・」
ブルックの言葉に、はちょっと照れたように首を横に振った。
「あー・・・あんたに言われると恐縮するぜ、ソウルキング。
それに、おれは別にそんなもん気取ってるわけじゃねェんだ。
皆おれの歌についてこれないだけで」
「と言いますと?」
は腕を組んで答えた。
「ある海賊の兄さんに教えてもらったんだけど、
おれの歌、”覇気”ってのが篭ってるらしくてな。
耐性がねェと気絶しちまうんだよ。もちろん、ある程度の抑えは効くんだぜ?
だが、ちょーっとノリに乗ってくるともうダメだ。歌い終わったら拍手もねェ。
転がった人間が山のように折り重なってやがる。・・・全く張り合いがねェよなァ」
「どんな歌だよ、それは!」
なんでもないことのように答えたに、ウソップが思い切り突っ込んだ。
はそれに口角を上げてみせる。
「ん? 聴いてみるか? お安い御用だぜ」
「何言い出すんだよ!?」
「あぶねェだろ! やめろ!!!」
ウソップとチョッパーがワーワーと騒ぎ出すが、は全く気にするそぶりがない。
「ハハハッ、面白いことを言うね。
”麦わらの一味”が一介のミュージシャンごときに
気絶させられるはずがねェだろ、謙虚だなァ」
その言葉に、ゾロとサンジは眉を顰めた。
は彼らの剣呑な視線には答えずに言葉を続ける。
「おれは武芸に秀でてるわけでもないが、覇気なんてもんを使えるからか、
ちょっとは地力の有る無しがわかるようになっててね。・・・あんたら全員強そうだ。
おれの歌を聴いても全然全く、平気だろうよ!」
「で? お前は何が目的だ?」
「おっと、警戒させたかな。悪ィ悪ィ」
いざとなればいつでも切れる。そんな目でを睨むゾロだったが、
は降参だと言わんばかりに手を上げて、ブルックへと視線を向ける。
「おれの目的はと言うとだな・・・セッションをお願いしたいんだ。
”ソウルキング”ブルック」
「ヨホ? 私ですか?」
名指しされてブルックは自分を指差しながら戸惑ったようにを見ていた。
は頷いてみせる。
「ああ、”音楽は力”。まさしく我が意を得たり、だ。
音楽家としては、一度あんたと演奏がして見たかったのさ」
はギターを構えた。
その目はギラギラと燃えるように輝いている。
「”Born To Be Wild”
あんたと会ったらこれにするって、曲まで決めてきたんだぜ?
合わせてくれるだろ、”ソウルキング”」
の言葉に、それまで警戒を滲ませていたゾロが刀から手を離した。
面白そうに口角を上げ、ブルックへと声をかける。
「つまり、真剣勝負の一騎打ちみてェなもんか、
どうするブルック?」
ブルックもまたギターを構える。
骸骨の顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。
「ヨホホ、たまにはこう言うのもいいでしょう。
受けて立ちますよ”ファイア・ロックスター”。
私は如何様にも合わせてみせますので」
「ハハッ、流石の自信だ。じゃあ、お言葉に甘えよう!」
※
そんなやり取りから、サニー号の甲板は海の中でライブ会場と化したのである。
力強くギターをかき鳴らし、は歌い始めた。
の言う通り、その歌には確かに覇気が篭っている。
ビリビリと肌が震えるようなその演奏に、麦わらの一味は圧倒されていた。
しかし、ブルックだけは負けじとギターをつま弾いた。
のコードを読み取って、アレンジを効かせ始める。
は笑ってギターについている火炎放射器から火を放った。
攻撃の意図はない、ただの演出だ。
その火すら、魂を揺さぶられるような、心臓を鷲掴みにするような音楽ほどには熱くない。
二人の音楽家によって奏でられている旋律ほど胸を打つものはなかった。
一曲のセッションを終えて、ブルックもも汗だくになりながら笑っていた。
「・・・スゲェ」
思わずフランキーが呟いていた。
あっという間の3分半。だが、とてつもなく衝撃的な3分半だった。
「さすがだ、”キング”」
「ヨホホ、あなたも素晴らしかったですよ、”スター”」
ハイタッチした二人に、ルフィとチョッパーが目を輝かせながら近づいた。
「おい、おめェすっげェなァ!? なんか、ビリビリした!」
「ビビッときた!」
はそれに笑顔で答える。
「ありがとう! 嬉しいよ。
麦わらの一味はやっぱ演奏しがいがあるなァ!
たまにはタガを外して思いっきり歌いたいからな。
誕生日くらいわがままになりたかったんだ」
「なんだよお前誕生日なのか?!」
ルフィがの肩をバシバシと叩いた。
「おう。一応。いやー、そんな日にまさかソウルキングに会えるとは!
運命的だね。おっと、男から言われても嬉しくねェかな?」
ルフィと肩を組んだまま悪戯っぽい笑みを浮かべたに、ブルックが腕を広げる。
「ヨホホホホ! 何をおっしゃるんです!?
良き出会いに、男も女もありませんとも!
・・・いえ、そりゃあ、美しいお嬢さんから運命感じられるのは嬉しいですけども!」
「そりゃな、男よりはな」
サンジもブルックに同意したように頷いている。
「ハハハ! 正直だ!」
とブルックはすっかり意気投合した様子だ。
ブルックは手慰むようにギターの弦をつま弾いてに提案する。
「バースデーソングでも歌いましょうか?」
は瞬いた後、にッと口角を上げてみせる。
「それも悪くはないが、おれも演奏家の端くれ。歌は聞くより歌いたいのさ。
お付き合いいただければそれが何よりの贈り物なんだが、ダメかな?」
「おっ、いいなそれ! 宴やるぞ宴!
サンジ! メシだ!!! ブルック! 歌うぞー!!!」
「了解、期待してろ”ロックスター”」
ルフィが腕を突き上げると、サンジがヒラヒラとに手を振って厨房へと足を向けた。
ブルックも嬉しそうに笑っている。
「ヨホホホ! 船長のお墨付きも得ましたし、海中の宴も乙なもの。
楽しみましょう、さん!」
あれよあれよと一行に馴染んでしまったに、ウソップは腑に落ちないと首をかしげる。
「余興を主役がやんのはどうなんだ?」
「ウフフ、楽しそうだからいいんじゃない?」
「ルフィも言い出したら聞かないだろうしね」
ロビンが面白そうに、ナミは少しばかり呆れた様子だったが
騒ぎ出した連中を暖かく見守っていた。
※
「お前良い奴だなー! おれの仲間になれよ!」
おれ、元日本人。現南の海出身の君ですが例によって麦わらの一味船長、
モンキー・D・ルフィから勧誘を受けている。
微妙にデジャヴを感じるんだが、今回は割と和やかな状況なのでそこそこ落ち着いていられる。
前回・・・と言うかキッド海賊団に勧誘された時はマジで怖かったし正直命の危機だった。
誕生日にブルックとセッションができた上に麦わらの一味の宴会にお邪魔して
サンジの作った猛烈に美味いメシを食って祝われた挙句、ルフィに仲間に誘われるって、
おれ、今日はかなりついてるんじゃねェだろうか。
・・・海賊になる気はないから結局断るんだけども。
「いやァ、ありがたい申し出だ。素直に嬉しいが、断るよ。
おれは欲張りなんだ、好き勝手にギター弾いてたいんだよ。
海賊稼業は向いてない」
「ええー、そんなことねェと思うぞ。やろう! 海賊!」
だがルフィは散々に粘ってくる。超絶しつこい。
他の一味の連中は「また始まった」と言わんばかりにスルーしてくるので援軍は期待できない。
そういえばルフィって人の話全然聞かねェんだよな・・・。忘れてた。
しかし自由と音楽を愛するロックミュージシャンとして生きることを誓ったおれなのだ。
海賊になるわけにはいかない。
「まあまあ。またどっかの海で会おうぜ。
おれは好き勝手ギター弾いてるし、音楽に垣根はねェんだ。
TDを一枚置いてってやるよ。これならどこでも声を聞かせてやれる」
「えー? でもあのビリビリするやつ、お前の覇気のせいだろ?」
ルフィは不満そうに唇を尖らせていた。
「ま、それは次の機会でのお楽しみって奴だ。
この日の出会いに感謝を込めまして、麦わらの一味に捧ぐ。
”Born To Be Wild”!」
エレキギターとサウスポー・エレキベースの
ダブルネック・メタルボディが火を吹いた。
ルフィが瞬く。つぶらな黒い目に火が写り込んでいた。
今日もおれのラヴリー・ギター”コーマ・ドーフ・ウォーリアー”は絶好調だ。
置き土産にピックを投げて、おれはサニー号から逃げ、歌いながら次の島へと向かう。
次会った時は、また楽しい演奏ができれば良いと願いながら。