Counseling Room


ポーラータングの船長室の横には診察室のような場所がある。

外科医であるローが遺憾なく実力を発揮するのは
潜水艇にあるまじき無機質で潔癖なオペ室の中だ。

だが、このように専門書のぎっしりと詰まった本棚やカルテの束、
雑多なようでいて整理された診察室に居ると
外では到底医者らしくない男も医者らしく見えるのだな、と
は半ば現実逃避も兼ねて思っていた。

しかし、やはり今しがたローから聞いた言葉が信じられなくて、尋ねる。

「・・・もう1回言ってくれるか?」

天邪鬼な幼馴染に聞き返されて、ローは淡々と返した。

「だから、治せるかもしれねぇと言っている」

ドレスローザの一件で、はローに身体的な欠陥のことを打ち明けている。
ローが治療できると言っているのはそのことだとは分かっていた。

「・・・ロー、」

分かっていたのだが。

「おれはオナニー事情をお前に赤裸々に明かさなきゃいけないと、そういうわけか?」

とて自分の欠陥を諾々と受け入れたわけではない。
どのような治療法があるかは一通り調べている。

いくらローが素晴らしい医者だとしても、ほぼ身内同然に過ごしたこともあるだ。
だからこそ返ってやりにくい治療もある。

現に、の懸念にローは顔を引きつらせていた。

「・・・治療の一環だ、知らずに済むならそうしてェよ」

否定しないと言うことはそういう治療も通るということだろう。

動揺するローが面白いのかニヤニヤ笑いを浮かべたに、
ローはイラついた様子で目を眇めたが、気を取り直して
指でテーブルを叩きながら尋ねる。

「で? 治療法に心当たりがあるってことは一応医師の診断は受けたのか? 」

はあっさりと頷いた。

「まあな。だがカウンセリングが不快だったのと
 超長期治療になりそうだったんで断念した。
 周囲に病院通いがバレると煩い上にファミリーに知られるのは嫌だったんでね」

その口ぶりにローは心底意外そうに眉をあげる。

「・・・お前にも人並みの羞恥心があるんだな」
「お前はおれを一体なんだと思ってんだよ」

はさすがに看過できないと引きつった笑みを浮かべた。
それからため息をこぼすと、何を思ったのか口元に手をやって考えるそぶりを見せる。

「でも、一応できなくはねぇんだよな。
 成人後も情報収集の為に何人かと寝てるし。入れてはないが」

「は?」

ローはが何を言っているのか一瞬理解できず聞き返した。
はそれを「何を言っている?」ではなく「どうやって?」と捉えたらしい。

「コツがあってな。そうするとバカじゃねェかってくらい喘ぎ出すんだ。
 ちょっとタイミングを見計らえばどいつもこいつも欲しい情報をベラベラ喋り出す。
 結構滑稽だった、あれは」

まるで”腹を押すと喋るおもちゃ”の仕組みを説明するような口ぶりに
ローは胡乱げにの顔を見やる。

「お前・・・その物言いで人並みの羞恥心を気遣ってもらえると思ってる方が
 どうかと思うぞ、おれは」
「そりゃあ失礼、”ロー先生”。それとも”キャプテン”の方がいいか?」
「やめろ、茶化すな」
「ハハハハッ!」

にへりくだった態度を取られると、
全身が痒くなると言わんばかりの奇妙な顔をするローに
は愉快そうに声をあげて笑っている。

ローはそれにしても、と眉を顰めた。
ドフラミンゴの”懐刀”ともあればそれなりの扱いを受けていたのだと思っていたが、
の口ぶりではそういうわけでもないらしい。

「ドフラミンゴも悪趣味な野郎だな」

そこに必要以上の嫌悪感を見て取ったのか、は首を横に振る。

「ああ、誤解しないでくれ。船長は仕事のやり方を問わなかったよ。
 おれが手っ取り早い手段だと思ったからそうしたんだ」

「止めねェなら一緒だろうよ」

顔を顰めたローに、は頬杖をついて不敵に笑う。

「おれが悟らせたと思うか?」

ローは虚を衝かれたような顔をした後、
全く理解しがたいものを見るような目で顔貌ばかりが整った男を見やる。

「・・・心療内科はおれの専門じゃねェんだが」

おそらくは情報収集において、やろうと思えば様々な手段を取れたはずだ。
にもかかわらずわざわざ性行為をその手段の一つに選んでいる。
それも、ドフラミンゴを出し抜いてまで。

過去のトラウマから性行為におそるべき嫌悪感と奇妙な罪悪感を持っているらしい
のその行動は自傷行為に他ならない。

険しい顔をするローに、は笑みを浮かべたままだ。

「ハハハッ、悪ィなァ。
 おれも自分がおそらく”まとも”じゃねェってことはわかってるんだが、
 だが、なァ」

は皮肉に片眉を上げた。

「このご時世でどんだけの人間がまともでいられる? ロー?」
「おれは外科医だ。精神科医でも牧師でもねェよ」

ピシャリとの言葉を断じたローは深くため息をこぼした。

はこののらりくらりとした物言いからして、すでに諦めているのだろう。
あるいは治療の必要性を感じていないかのどちらかだ。

「患者にやる気がねェなら治療はしねェ。
 ・・・おれが疲れるだけでなんの得もねェからな」
「だろうな」

予想通りはあっさりと頷いた。
ローは「ただし、」と言葉を続ける。

「精神科は専門外だがお前の場合、原因が心的外傷であることは明らかだ」
「・・・なんでそう言い切れる?」
「さっきスキャンした」

は一瞬真顔になると、全くのプライバシーを慮る様子のない
無愛想な幼馴染を半眼で睨んだ。

「・・・ロー。お前さァ、
 おれのこと”血も涙も情もねェクソ野郎”扱いするけど、
 お前も大概最低な野郎だと思うぞ」

ローはめんどくさそうにの訴えに眉を顰めた上で話を続ける。

「うるせェな、話の途中で茶々入れてくるんじゃねェよ、
 薬物療法も併用すりゃ効果は多少上乗せされるだろうが、
 どっちかって言うとお前に必要なのは心理療法の方だろ」

「”心理療法”ねェ・・・? でも専門外なんだろ、死の外科医殿?」

訝しむように半笑いになったに、
ローはデスクの上に置いていた本を手に取り、ページを捲りながら答えた。

「お前がカウンセリングを受ける相手はおれじゃなくてベビー5だ」

「はぁ!?」

珍しく声を荒らげたにローは探し当てたページの一節を指差す。

「ほら、ここ見ろ。『重要なのはパートナーとの対話』」

はローの腕からむしり取るように本を奪うと
「よくわかる心理療法」のタイトルを見て脱力したように嘆息した。

「ロー、お前モテねェだろ。
 ほんと信じらんねェ。デリカシーってもんが存在しねェのかよ。
 よく自分を棚に上げておれに”人並み”がどうたらとか言えるよな」

デスクに放るようにして本がの手から離れた。
あけすけに罵られた上に乱雑に持ち物を扱われてローは目つきを尖らせる。

「黙れ天邪鬼。喧嘩売ってんのか。
 言っとくがおれは適切な診断しかしてねェぞ。
 大体、お前は真面目に治療する気ねェんだから
 話半分で適当に聞いてればいいだろ。お前そういうの得意だろうが」

ローの物言いには怪訝そうに目を細めた。

「そりゃそうだが・・・なら、なんでそもそも今の話したんだよ」
「別に。単なる気まぐれだ」
「あっそう」

本を乱暴に閉じて棚に戻したローに、は不思議そうな顔をしつつも、
何かを思い出したように手を打った。

「ま、一応礼を言っとくよ。ありがとう」
「・・・何がだ?」

「はは、言いたくなったから言っただけだ。特に何に対しての言葉でもないぜ」

ローはムッとして黙り込んだが、
はそれを面白そうに笑うばかりだった。



ベビー5は思索に耽っていた。

ポーラータングの女部屋にはまだベッドの余裕があった。
今日同室のイッカクは見張りに出ていてベビー5一人が
部屋に残っている。

ベビー5を悩ませるのはのことである。
ローの船、ポーラータングに乗るようになってからというもの、
は以前と打って変わってベビー5に優しい。

まず、挨拶の時の声色が違う。以前はおざなり気味だったのが今は朗らかだと言ってもいい。
ベビー5が雑用をしていれば「手伝うよ」と声をかける。
食事を共にするようになった。
ベビー5との会話を苛立たしげにピシャリと打ち切ってしまうようなことはもうない。

――それが心底落ち着かない。

丁重に扱われていると、
あのなりにベビー5を大切にしようとしてくれているらしいとは
頭では分かっているのだが、どうも他人行儀にされているようで嫌だった。

まるでの肌にはうっすらとした膜のような外壁が
ピタリと貼り付いているようだ。

残念ながらベビー5が欲しいと思ったのは、その膜の内側にあるものだった。

この上なく整った見てくれの奥にある、歪でねじれた心が
どうやらずっとベビー5に献身的に捧げられていたらしいと知った時、
ベビー5はそれを手放してはいけないのだと直感していた。

しかしその形を知らなければ、どこを捕まえればいいかさえわからない。

「その上あいつときたら、私に指一本触れてきやしないじゃない。
 ・・・本当に私のこと、好きなのかしら?」

 それとも私に魅力がないとか?

ベビー5は不吉な予感に鏡を睨んだ。
唇を尖らせた自分の顔が見えるだけだが、そう変な顔をしているわけではない、と思う。

しばらくそのままでいると自分がどうしたいのかも、
何が不安なのかもよくわからなくなってしまったので、
ベビー5は長年の経験から答えを導き出すことにした。

つまり、『欲しいものは奪えばいい』というシンプルかつ率直な手段をとると決めたのである。



。私を鏡の中に入れて欲しいんだけど」
「・・・ベビー5、今何時だと思ってんだよ」

ポーラータング備え付けのベッドが足りないため、
は診察室の簡易ベッドで寝泊りをしている。

真夜中を過ぎた頃のベビー5の訪問に、は明らかに驚いていた。
しかしベビー5はそれに構わずの手をとると、
部屋の隅にある全身鏡を見つけて一直線に歩き出す。

そして鏡の前に立つと、を見上げた。

「早くして」
「目的を言ってもらいてェんだが・・・? いや、いいんだけどよ」

困惑した様子で頰をかいたは小さく息を吐くと、
鏡の表面をドアをノックするように軽く叩き、
指先からベビー5を連れて鏡の中へと入る。

”ミロ・ワールド”

左右があべこべになった、何もかもが白く漂白されたような診察室が現れて、
ベビー5は満足げに頷き、そして、を簡易ベッドに引きずり倒した。

「イッてェな! 何すんだよ、ベビー・・・?」

強かに頭を打った様子のは軽く目を眇めてベビー5を見上げる、
と、赤銅色の瞳が唖然と見開かれた。

ベビー5がワンピースタイプのメイド服のファスナーを自分で手早く下ろし始めていたからだ。

は混乱したようでしばらくベビー5が豪快に服を脱ぎ捨てていくのを
そのまま見ていたが、下着まで手にかけようとしたところで
我に返ったのか慌ててその手を止めにかかった。

「・・・お前本当に何してんだ?!」
「何って、見て分からないの?」

ベビー5が胡乱げに尋ねると、はますます動揺していた。

「わかる。分かるが・・・どう言う意図だ、これは」
「あんた、私に一向に手ェ出してこないじゃない」

は言葉に詰まった様子で眉を顰めた。

「いや、それは、」
「意気地なし」

ベビー5が淡々と詰るとぐうの音も出ないのか、
は片手で顔を覆った。

何か小さく呻くような仕草をみせるに、
ベビー5はポツリと零した。

「私のこと、必要じゃないの?」
「・・・おれほどお前が必要な人間は他にいねェよ」

そう間をおかずに告げられた言葉に
ベビー5の頰に一気に体温が集まってきたような気がした。

「へ、へー? 例えば?」
「例えばって何だ?」

思えば、優しい言葉はかけられてきたが情熱的な言葉を面と向かって
かけるようなことをはしなかった。
だが、このどさくさに紛れて口走ってくれるかもしれない、とベビー5は
喜色に頰を染めつつ、に馬乗りになったまま尋ねる。

「私のどういうところを必要としてるの?!」
「どういう?・・・」

は明らかに何か思いついているようだったが言いづらそうな顔をして逡巡している。
ベビー5はちょっと楽しくなってきていた。多少鈍いところもあるベビー5でもわかる。
今、は明らかに照れていた。

「思いついたなら言ってよ」
「いや、」
「なにが嫌なの?」

いつになく押しの強いベビー5に、は嘆息した。
もしかするとだんまりを決めこまれるかもしれないと思い立ったベビー5だったが、
は何を思ったのか考えるそぶりを見せると、
ベビー5に向き直る。

「お前は、そうだな・・・居なくなられたら嫌だったな」
「え?」

「目の届くところにいて欲しかった」
「簡単じゃない、そんなこと」

そう難しいことでもなさそうだが、とベビー5が首をかしげると、
はそんなことはない、と首を横に振る。

「そうでもねェんだよ。これが」

苦笑したはいつもの調子を取り戻し始めたのか、
唇に不敵な笑みを浮かべた。

「あと、おれのせいで泣いた時の顔が好きだ」

薄々察するところでもあったが面と向かって言われるとまた印象が違う。
ベビー5は素直な感想を漏らした。

「・・・正直どうかと思ってるわ」
「同感だよ」

は自分で言ったくせに自分がまともではないと分かっているようだった。
しかしその上でさらに付け加える。

「怒ったお前も好きだった」
「・・・」
「そうそう、そんな感じで睨むよな。結構好きなんだ、その顔も」

思わずジト目で睨むとますますは笑みを深める。

「あんた、ちょっとおかしいわよ」
「だろうな」

あっけなくベビー5に同意すると、
はベビー5を何か眩しいものでも見るように目を細めていた。

「・・・お前が、どういう形でもおれのことを考えてくれりゃ何でもよかった」

息を飲んだベビー5に、は苦笑する。

「薄汚れてるんだ。おれは」

声色には根深い自己嫌悪が滲んだ。

「他人を悦ばす方法は嫌ってくらい知ってる。処世術もわかってる。
 お前が喜びそうな言葉も、楽しませる方法も承知の上だ。でもな」

は口元に笑みを浮かべながらも、
何かを堪えるように固く目を瞑る。

「おれが身につけたそういう・・・手練手管をお前に使うのは、嫌だった。
 昔死にものぐるいで覚えたそれを、お前にだけは使いたくなかった。
 だが、始末に負えないことに、
 それ以外に人を喜ばせたり楽しませる方法を、おれは知らない」

まるで懺悔するような口調だった。

ベビー5はの胸を叩く。
軽い衝撃に目を開けたは瞬いたかと思うと、
ゆっくり眦を緩めて、ベビー5の頰に手を伸ばした。

「はは、涙目だな、泣き虫」

「ばか、あんたって、本当に、ばかよ。
 人のことを汚いとか綺麗とか、勝手に選り分けて、」

はベビー5の罵倒に目を伏せた。

「ああ、そうだよ。ずっと前から知ってた。おれは、ばかなんだ」

「・・・あ、愛情表現に綺麗も汚いもないわよ!
 本当に、そう思ってくれてるなら、それが一番大事なことでしょ!?

はベビー5の物言いに、瞬いた。
ベビー5はの鼻先に指を突きつける。

「あんたってなんでそうやって物事を自分で小難しくして悩むのよ!
 ばっかじゃないの!?」

肩で息をしながら、ベビー5はを睨みつけていた。
は眦をくしゃっと歪ませたかと思うと、首をかしげて見せる。

「なぁ、ベビー5」
「何よ」
「ちょっと、こう、・・・抱きしめてくれないか」

半身を起こして腕を広げたに、ベビー5は頷いた。

「・・・お安いごよう」

ベビー5はの背中に手を回した。
薄いシャツの下には温い体温が脈打っている。

「ああ、」

は本当に幸福そうにため息をついた。

「これでいい。これがずっと欲しかった」

ベビー5の目にみるみる涙が溜まった。

 かわいそうな
 なんてささやかなものに、は飢えていたのだろう。

小さく鼻を啜ったのに気がついたらしい。
はいつかぶりの意地悪な声色を作って尋ねる。

「泣いてるのかよ、ベビー5」
「何よっ、悪い?」

の手のひらがベビー5の頰を覆う。
涙はすぐに引っ込んだ。

赤銅色の形の良い瞳がすうっと獲物を見定めるように細められて、
ベビー5の背筋が震える。

「顔、見せてくれ、なァ・・・」

掠れた甘ったるい声色だった。
今まで一度も聞いたことのない声だった。

「っ、あ、あんた、ちょっと、怖いってば・・・!?」

心臓が早鐘を打ち始めたベビー5は焦りに距離を取ろうとするが、
は先ほどの狼狽など嘘のようにびくともしない。

それどころか薄笑いを浮かべたままベビー5の顔を眺め回している。

「今更だろそんなのは・・・うん、可愛いな。世界一可愛い」

ベビー5はぎょっとしての顔を見た。
今まで散々罵られたことをベビー5は忘れてはいない。

「な!? 散々不細工とか、言ったくせに!」
「あれは嘘だ。おれは多分死ぬほど嘘がうまい男なんだな、ふふ」

しゃあしゃあと言ってのけたは何が面白いのか小さく笑うと、
絶句するベビー5に囁く。

「もっと泣いてくれよ、ベビー5」

ベビー5が返事をする前に、唇が重なっていた。
この根性悪で天邪鬼な男は、確かに死ぬほど嘘がうまかった。



不思議なことに。本当に不思議なことに。
今までみっともなく無様としか思っていなかった甲高い声を、
はもっと聞きたいと思っていた。

舌ったらずな声で名前を呼ばれると口元が緩んでしまう。
気持ち悪いとしか思っていなかったぬるい体温が、今はこんなにも心地よい。
涙を流すベビー5に、は何度もあやすように口付ける。

「ああ、訳わかんなくなってるんだよな、わかるよ。ごめんな」

汗で張り付いた髪を払ってやる。
目尻から流れる涙をできるだけ優しく拭ってやる。

だが優しげな仕草と裏腹に、には全く容赦というものがなかった。

「でもその顔が死ぬほど好きなんだ。愛してる、ベビー5」

もうすでに真っ赤だったベビー5の頰がさらに赤くなった気がした。

鏡の世界では誰に気兼ねすることもない。

ベビー5を虐めて苛んで可愛がってやるのは予想よりはるかに、この上なく楽しいが、
あんまり虐めすぎるとかわいそうだな、とハラハラと泣いているベビー5を見て思った。
ついついやり過ぎてしまうのは悪い癖だという自覚もある。

目処がつかないのが原因なら、目処がつくようにすればいいか、とは考えると、
できる限り優しく、ベビー5の頭を撫でた。



「・・・治す気になった?」

診察室でローとは先日と同じ椅子に腰掛ける。
訝しむ様子のローに、は軽く口角を上げた。

「おう、頼むよ、死の外科医殿。オペオペの能力、は関係ねェが
 その無駄に切れる頭と知識を遺憾無く発揮しておれを治してくれ」

「どういう風の吹き回しだ、プライドの権化みたいなお前が、」

「それ聞くのか?長いぞ?」

ローはの気障ったらしい笑みに押し黙った。
愛を囁く舞台俳優のような甘ったるい眼差しに閉口し、藪をつついたことに気がついたのだ。
出てきた蛇はローのだんまりを面白がるように目を眇めている。

「・・・話さなくていい」
「あれはつい先日のことだが」

「バラすぞ」

機嫌の急降下したローのドスの利いた声に、は手を叩いて笑い出した。

「冗談のわからねェ男だなァ!」

やたらに整った顔をくしゃっと歪め、カラカラと笑うに、
ローは深いため息をついた。

どうやら心理療法は効いたようである。