不老不死の霊薬


”かつて、さる国に名君と呼ばれる王様がおりました。 
王様は民思いで、彼の納める王国はいつも栄えています。
整備された道、豊富な食料、国民は皆いつも笑顔でした。

王様は民が長く、健やかに生きられるよう常に心を配っています。
王様は理想に燃え、現状に満足することがありませんでした。
”より良い国を作ろう!”
そのために、王様は何人もの薬剤師を雇い、王様自身もまた薬の研究に没頭しました。
国の民のために、”不老不死の霊薬”を作ろうと決めたのです。

永遠に死なないまま、王様が政治を続ければ、国はずっと豊かでいられると思っていたからです。

王様はありとあらゆる材料を集めます。
霊峰の頂点にある、七色の宝石でできた花びらをつける牡丹。
月の涙と呼ばれる夜露を7回煎じた甘露。
女神像を模った金を溶かした酒。

王様はそれを集めるために多くの犠牲を払いました。
例えばお金であったり、例えば国を思うための時間であったり、
あるいは冒険家たちの尊い命であったり。

そう、王様は理想を追い求めるあまり、
現実にいる国民に、いつの間にか目を向けなくなっていたのです。

やがて王様は病に倒れます。
それでも王様は理想を追いかけ続けました。
最後の眠りにつく、その時まで、
城の外が荒廃し、民がいつしか王様を暴君と呼ぶことに気づくこともありませんでした。

王様の理想のために国は荒れ果て、王様は死を克服することができず、
さる国は今や忘却の彼方。

ただ、城の最上階、城主のかつての実験室には世界中から集めた、
不老不死の霊薬の材料と理想の残り香だけが、虚しく漂い続けているのです。



「これを教訓として考えるなら、『理想主義は身を滅ぼす』なのだろうけど
 なんというか、おとぎ話にしては救いようがない話だと思うわ」

はローの後をついて行きながら口元に手を当て、先日聞いた伝承を振り返る。

次の島にそんな言い伝えがあると聞いて、ローは興味を示したようだった。
だからこそ、ローとの二人は城を目指し、いばらの森を歩いている。

”シャトー・デラメラ”

あらゆる場所に貝殻や水生動物たちの彫刻が施された
”海の城”とも揶揄されるその古城は、グランドライン新世界のマルタン島の離島に残っている。

そして、かつての国主が暮らしていた美しい城のてっぺんには
”不老不死の霊薬”の材料が眠っているのだとまことしやかに囁かれていた。

「この話、多少の脚色はあるが、おそらくは実際にあったことだろう」
「え?」

は顔を上げた。ローは刀を担ぎながら、話を続ける。

「”霊峰の頂点にある、七色の宝石でできた花びらをつける牡丹。
 月の涙と呼ばれる夜露を7回煎じた甘露。
 女神像を模った金を溶かした酒。”
 全部、希少な漢方の材料だ」

は瞬く。

「不老不死の霊薬が作れるわけじゃねェだろうが、
 七宝牡丹は熱病、月涙露は麻酔、神金酒は高血圧によく効く」
「・・・なるほど。伝承に残っているのがごく一部なら、
 他にも様々な材料がその城に眠っているかもしれないのね」

「ついたな」

はその城を見上げた。
は勝手に、滅びた王国の朽ち果てた城をイメージしていたのだが。

「ねぇ、ロー、何かしら。・・・割と、なんというか、綺麗じゃない?」

確かに古城ではある。門も錆び付いてはいる。
だが。

「明らかに人の手が入ってる形跡があるな」

の懸念に、ローも頷いた。
は困ったように眉を顰める。

「どうする? この城が誰かの持ち物なら、勝手に入るのは、」
「行くぞ」

の逡巡など知ったことではないと言わんばかりに、
全く迷いなく古城の門をくぐったローへ、は深いため息をついた。

「・・・はい、わかりました。まったくもう」



シャトー・デラメラは奇妙な城だった。

玄関ホールには3つの階段があったが、二つは崩落して、一つの階段しか使えない。
タツノオトシゴや熱帯魚たちの彫刻が階段の手すりや壁にレリーフとして彫られている。
埃をかぶったシャンデリアはクラゲのようなひだのあるガラス細工でできていて、
これが生きた城ならばさぞ見事だったことだろう。

しかし、その埃も、床の汚れも、何年も人が立ち入らなかったにしては薄すぎる。
まるで、手入れが間に合っていないだけのようだった。

「こんにちは、誰か、いらっしゃいませんか?」

ただ、城主は留守にしているのか、声をかけても誰も返事をよこさない。
ドアベルは壊れていて押しても音がしなかった。

「ダメね、勝手に踏み荒すのは気がすすまないけど」
「いちいちこの階段を上るのも億劫だな。”ROOM”・・・!?」

ローの作り上げた円状の部屋が城の外壁にぶつかると消え去った。
それを見て、は壁に手を触れ、崩れかけた石を検分する。

「白い石の中に、藍色の粉末が点在してる。・・・これ、海楼石じゃない?」
「・・・なるほど、なら、おれの能力では壁を通過することができないと、そういうわけか」
「地道に登れと、そういうことなのかしら」

は階段の上を見上げる。
薄暗い城の中を見通すことはできないが、どこかローとの二人を待ちかねているようにも見えた。



階段の先にあったのは実験室のようだった。
かなり広く、本棚で空間は仕切られ、入り組んだ作りになっている。

入り口すぐの本棚に収められた本はほとんど朽ちていた。
ローが試しに一冊引き抜いたが、ページは腐食し、読めたものではない。
おぼろげに伺えるタイトルからは医学書だろうとは推測できるが、それだけだ。

興味深げに先に進んでいたは、医学書ばかりが並んでいた扉近くの本棚から
奥に進むにつれ、その様相が変化していくことに気がついていた。

医術や薬学の本ばかりが並んでいたのが、魔術や錬金術にまつわるタイトルに変わり、
薬品に漬けられた動植物の標本、臓器や鉱石などが棚に置かれ始めたのだ

「本当に不老不死を研究していたのね。
 こっちにあるのは医学とはかけ離れた・・・、魔術や錬金術の類の本ばかり。
 標本も、普通のものとは違って見える。ツギハギしたみたいに”いびつ”だわ」



ローが先に歩いていたの腕をとった。

「後ろにいろ・・・お前も気づいているだろう」

は頷いた。先に進むにつれ、徐々に海の生き物の標本が増え始めた。
一番多いのは鱗だった。いつまでも色褪せぬよう薬品に漬けられたそれは大型の魚のものだ。
明らかにこの城の主人は不老不死の材料を”海”に見出し、絞り始めている。

そして、とうとうローとはそれを見つけた。

「・・・!」
「、ひどい、こんな、」

それは人魚の遺体だった。

ガラスの棺のようなものになみなみと注がれた液体に浮かび、
たゆたっている”彼女”の尾びれは半分ほどが失われていた。
目を瞑っている顔はきれいで、それだけに失われた尾びれが痛々しい。

眉を顰めたは、
棺の横のテーブルの上に真新しいファイルがあることに気がついた。

「ロー」

とローはファイルに収められていたレポートを流し読み始めた。

”材料が揃わない”
”生かしたまま臓器を摘出する方法を考えなくてはならない”
”人買いから買った被験者で実験を行う”

胸の悪くなるような記述には目を眇める。
同じようにレポートを読み進めるローの表情も険しい。
他人事ではなかった。

「”人魚の下半身からは薬効は得られず。
 やはり生肝でなければ効果は得られないとの見地に至る”・・・」

なぜならこの城の主人は人魚を不老不死の霊薬の材料としてみなしているからだ。

「その通り。東の海で手に入れた本にその記述がある」

聞き覚えのない声にローとが臨戦態勢を取るも遅かった。
ローの肩を矢が貫き、の顔に液体がかかる。

「・・・っ! !」
「え、っ!?」

揮発し、霧状になった液体を浴びたはローの足元に倒れ伏した。
胸を押さえ、浅く息をしている。

「ようこそ、我が城シャトー・デラメラへ。不老不死の生ける霊薬たち」

ボウガンを携えた男は恭しく腰を折った。

「おれはシャルル・ブルー。この城の城主だ。
 トラファルガー・ローと・・・君はだな。
 君の論文はいつも大変興味深く拝見している。ファンだ」

ローは慇懃に微笑んだ男に短く舌打ちした。
肩に食い込んだやじりのせいで能力が使えない。

ブルーは睨むローに笑みを深めた。

「ああ、そう。君の懸念通り、それは海楼石だ。ツテがあってね」
「お前、に何をした」

ローが怒りを隠さぬままに問うと、ブルーは丁寧な口調で説明した。
骨にそのまま皮が突っ張ったような痩せた指を立てて、指揮棒のように振っている。

「人魚というのは魚の性質も併せ持つ。例えば猫がマタタビを嗅げば興奮するように・・・、
 人魚や魚人にだけ作用する薬品がないとは言い切れないだろう?」

ブルーはそれから倒れ伏したへと目を移した。
年季の入った丸メガネを隔てた眼差しは今異様な興奮に光っていた。

「それにしても、それにしてもまさか君がここまで足を運んでくれるとは!
 レディ・! 我が麗しのタコの人魚!」

「あ?」

ローに剣呑に聞き返されたブルーだが、もはや何も耳に入っていないようだった。
興奮に口調が早まり、芝居掛かった仕草で胸に手を当ててみせる。

「曽祖父の悲願は子孫に脈々と受け継がれ、私に至った・・・。
 私は人魚に不老不死の可能性を見た。
 中でも、そう、”タコ”の人魚が望ましい! なぜなら!」

舞台のクライマックスを演じるように、ブルーは声をあげた。

「君は四肢を切り落とされても再生するね? 少なくとも、その脚に限っては!」

倒れたままのの指が小さく震える。

「人間ならばそうはいかない。素晴らしい。実に素晴らしい性質だ!
 他ならぬ君ならば、私に生肝を差し出しても生き延びてくれることだろう。
 まさしくおれの求めるもの! 不死鳥のごとき永遠の生を与うるにふさわしい材料だ!」

を”材料扱い”されたことを腹に据えかねて、
力の入らぬままにローが鬼哭を抜いた。

すぐさまブルーはボウガンを構えるが、それでもその顔に浮かぶニヤついた笑みは剥がれなかった。
どうやら矢の扱いには自信があるらしい。
遅れをとって、海楼石を受けたのはかなりの痛手だ。

それでもローはブルーを挑発した。

「腐りかけた城に住んでると脳みそまで腐るのか?
 てめェが迷信を信仰するのは勝手だが、おれたちを巻き込むんじゃねェよ」

「巻き込むというのはいささか語弊があるなァ、
 我が城に無断で立ち入ったからには、城主の命は絶対なのだよ。
 に、しても・・・」

ブルーは顎をしゃくってを示す。

「君は随分と彼女に入れ込んでいるようだね、トラファルガー君」
「・・・」

ローは沈黙で答えた。
この場にロー一人であれば海楼石を受けていても多少無理を効かすことができるが、
がいるとなれば話は別だ。

人魚の尾びれを食べるような男である。
どうやら生き肝が欲しいとはいえ、
殺さない程度にを痛めつけることを厭うようには見えない。

最悪なことに、ローの懸念をブルーという男は薄々察するところであるらしい。

「どうだろう、彼女の無事と引き換えにおれに不老手術を施す、
 という方法でも構わないのだが」

の指先が床に爪を立てた。

「・・・な、ぜ、」
「ん?」

ブルーは首をかしげた。

「そ、こまで、」

がたどたどしく言葉を紡ぐのを見て、
ブルーは目を瞬く。

「驚いた。まだ喋れるのか。
 なぜって、死にたくないからだとも」

当然のことだ、と言わんばかりに肩を竦めたブルーに、
は冷ややかに答えた。

「・・・動物は、みんな、死ぬ」

ブルーの目が不愉快に細められたように見えた。
だが、は言葉を止めなかった。

「だから私たちは、少しでも、悔いなく、生きるために、」

は倒れたまま、ブルーを睨みあげた。
金色の眼差しが射るように鋭く、光っている。

「こんな命の使い方は、許せない」

「ほう? では、どうすると言うのだね?」

ブルーに嘲られたは、嘆息する。

「・・・ごめん、ロー」

ローは眉を上げた。
は甘く囁いてみせる。

「痛くする、かも、」

の意図を察したローが、口角を不敵に上げた。

「構わねェ、好きにしろ」

ローの許しが出た途端、少しの逡巡もなく、
の蛸の足が素早く伸びて、ローの肩に食い込んだ矢を一気に引き抜いた。

すぐさまブルーがボウガンをローとめがけて撃つが、ローが”ROOM”を張る方が早い。
ローの眉間の前で矢が静止する。

「これはいらねェな。そのまま返すぞ」

そう言うや否や、矢は回転しブルーの肩へと突き刺さる。
のたうち回り叫ぶブルーの頭を掴むと、ローは窓辺へとブルーを引きずって行った。

「おれに殺戮の趣味はねェ。殺人もなるべく避けたいところだ。医者だからな」

ブルーは肩を抑えながら眉を顰めた。
ローがこれから何をするのかが読めなかったのだ。

「だから、せいぜい生き延びてくれよ」
「は、」

鬼哭の刃が空中に線を描いた。
ブルーの体と窓ガラスは細切れになり、それでもなお、ブルーは生きている。
ガラスの破片とともに掃き出されるようにブルーの体は外へと散らばり落ちていった。

ローがいなくともパーツを元に戻せばブルーは助かるだろうが、
まともな人間に戻れるには少なからず時間がかかる。肩の処置もしていないので時間との勝負だが、
ローにとっては悪趣味な城主の生き死になど全くもってどうでもよかった。

!」

それよりも薬品を浴びせかけられたの方が心配だ。
意地でローの矢を引き抜いただが、それが限界だったのだろう。
床に突っ伏したまま動かないでいる。

「あの野郎・・・!」

が酩酊状態にあるのは明らかで、
ローはの携帯していたカバンから水筒を取り出し、水を飲ませると、
浅く息をしていたの呼吸がだいぶ落ち着いてきた。

「ロー、」
「薬を抜くには船に戻らねェとダメだ。それまで我慢できるか?」

尋ねたローをぼんやりと見上げたは小さく微笑んだようだった。
それを了承と捉えたローはを抱えて城を出ようとするが、の意図はそこにはない。

はローの首に手を回して口付ける。上がった体温を分け与えようとするような、
熱烈なキスに、ローは面食らったようだった。

「は・・・!? おい、、やめろ、」
「ロー、お願い、」

蕩けるような眼差しにローは口を噤んだ。
薬品に催淫効果があるなら先に言え、と細切れにした城主へやり場のない苛立ちを覚えながら、
ローはを宥める。

「船に戻ったらだ」
「そんなぁ・・・すぐにだって欲しいのに・・・」
「我慢しろ」

ぎゅうぎゅうと体を押し付け、足を絡ませてくるに、ローは嘆息した。
恋人に求められるのはやぶさかではないが時と場合を選びたい。

船に残っていたハートの船員たちに連絡を入れ、
船長室に近寄らないよう念を押したのでローとは誰とも鉢合わせずポーラータングに戻って来れた。

途中"ROOM"を使いながら最短で船まで戻ったので、ローは少なからず消耗していたが、
に散々耳元で艶めいた囁きを聞かされたものだからすっかり当てられてしまった。

「ロー、ごめんなさい、でも・・・我慢、できなくて・・・ん、くるしいの・・・」
「・・・先に怪我の処置だけさせてくれ」
「あぁ、・・・ごめんなさい、本当に、」

は心底恥じ入った様子でベッドの上に丸まっている。今日着ていたワンピースは床に落ちていた。
脚がもどかしそうに波打っているのを見て、ローは目を細めた。



は貪るようにローに触れた。
いつもはどこか冷やかな肌が今日は最初から火照っている。

の口が、脚が、獣のようにローを愛撫している。

「、っ、、もう、いい」

あまりに性急なにローは小さくため息を漏らした。
は名残惜しそうに舌と足先で愛でていたぺニスを解放すると、口の端に絡んだ透明な汁を指先で拭う。
それから、待ちかねたご馳走を口に運ぶように、ローの上にまたがって自身の中へと導いた。

「んッ、ふ、ぅ・・・!」

眉根を顰め、熱に浮かされた眼差しが重なる。

「熱いの・・・、ッ、溶けそうなの・・・ぁ、わかる・・・っ?」
「ああ・・・」

甘やかなため息か、肯定かは定かでないが、はローの声に満足そうに目を細めた。
蛸の足はローの腹や腰、足元に絡んでうねる。

ゆるく腰を波打たせ、円を描くとはしたない水音が洩れ聞こえ始めた。

「あっあ、いい、だめ・・・こんなの、すぐ」

上擦った声がローの耳をくすぐった時にはは軽く極まっていた。
締め付ける中に、ローは眉を寄せて堪える。

は息を荒らげながら、薬のもたらした恐るべき官能に振り回されて、
いつもより些細な刺激で善がっているように見えた。

じわじわとした快楽に付き合っていたローだがいい加減限界だと、の腰に手を伸ばす。
緩やかな挿抜が激しいものに変わり、は髪を振り乱してのけぞった。

「あッ、ぁーーー」

嬌声になりきれない息遣いでは下から突き上げられるたび上りつめていた。
狂おしいほどの快感にむせびながら、はローを求める。

の美点であるはずの穏やかな知性や思慮深い理性を剥ぎ取られた、
無様で、哀れで、何より愛らしい姿だった。

「ああっ、お願い、ロー、お願いだからっ」

すがりつくように首に手を回され、脚に背中にと触腕を這わされたローは、を抱きかかえて半身を起こした。
受身に回ってもの触腕はローの肌の上をうねりながら愛撫する。
その悦びに応えるように身体を隙間なく合わせて口付けてやれば、は身を震わせた。
唇を合わせる合間に、は甘く囁き続ける。

「あッ、だめ、すごいの、すごい、来ちゃう、あっ、ぁ、あーーー」
「は、ッーーー」

ポロポロとの目尻から涙が溢れた。
雷で撃たれたような衝撃に全身が痺れている。

余韻に息を整え浸っていたから、ローがペニスを引き抜くと、名残惜しむように糸を引く。



ローが茫洋とするの背を軽く叩いた。
はどこかふわふわとした面持ちで呟く。

「あたま・・・おかしくなりそう。あんな・・・何度も真っ白になって、私・・・」
「・・・薬のせいだ、ちょっとは落ち着いたか?」

ため息交じりのローの質問に、は頷いた。

「少し冷静になって来たかも。酔っ払ってるみたいなのが、大分、」

ローは肩で息をしているにシャツを羽織らせ、優しく髪を撫でた。

「もう少し起きててくれ」
「うん・・・」

ローは手早く身支度を整え一端部屋を出ると、そう時間も経たずに戻って来た。
手にはコップを持っている。

「塩水だ。飲めば症状が緩和すると思う」
「そう。・・・?」

はローから受け取った塩水を飲み干して、
何に思い至ったのか首を傾げ、そして露わになっていた目を前髪を集めて隠した。

「おい、急にどうした」
「いえ、べつに。なんでも、」

挙動不審なにローは訝しむように眉を顰める。

「そんな風には見えねェが、・・・まだ調子が悪いか?」
「そういうわけじゃないの、あの・・・」

はどういうわけか首まで真っ赤だ。
先ほどまでの痴態をどうやら恥じ入っているらしい、とローは思い当たり、目を眇めた。
気にすることではない、と口を開きかけたローより先に、は蚊の鳴くような声で嘆く。

「む、無理よ。だって、ロー、あなた多分、オペオペで薬、抜けたんでしょう?」
「・・・」

ローは口を噤んだ。
は「やっぱり、」とますます顔を隠すように俯く。

「それなのに私、誘惑に負けてしまって・・・、
 適切な処理が他にあったのに・・・、壺があったら入りたい・・・」

はそのまま寝台の上で丸くなってしまった。

そういえばが酒に酔った時は、
昔のマイナス思考に少し揺り戻されるのだったか、と思い当たり、ローはため息を零す。
酩酊効果が強い薬だったからその影響も残っているのだろう。

そもそも、は思い違いをしている。
誘惑に負けたのはお互い様だ。

ローは小さく苦い笑みを浮かべた。
素直に口に出せたのなら、少しはのマイナス思考も軽くなるとは知っていても、
それができないのがトラファルガー・ローという男なのである。