懇願の一夜
「おれを男にしてください、教官」
目の前で大男が見事な土下座をしているのを目の当たりにし、
海軍本部所属・大佐はしばし唖然としていた。
なぜこうなったのか。は回想する。
超長期任務に入る教え子に餞別として酒の席を設けてやったところ、
言葉少なくドンキホーテ・ロシナンテは酒を煽りに煽り、
――そしてあっという間に潰れたのだ。
いつものようにドジを踏んで度数の高い酒でも頼みすぎたのだろうかと
は呆れつつも仕方なくロシナンテの肩を担ぎ、自宅まで送り届けた。
ここまでは珍しいと思ったがありえなくはない出来事だ。
何も疑問に思わなかった。
しかしがお役御免と帰ろうとしたところ
ロシナンテに腕を掴まれ、ソファに座らされた挙句、
突如として土下座され、今に至る。
「・・・おい、ロシナンテ中佐、貴様自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「百も承知です、ガキの頃から好きでした」
「はァ?!」
困惑に声が裏返ったにもかまわず、
ロシナンテは言葉を続ける。
「この任務が終わったら、二度と会えるかもわからない、
なら、おれに思い出をください。お願いします」
顔を上げぬまま嘆願するロシナンテにはこめかみを押さえ、深く息を吐いた。
思い返せば走馬灯のように、幼い日のロシナンテの顔が浮かぶ。
概ねが泣きっ面だ。
だがそれは無理もない。はロシナンテの教官として、彼を厳しく指導した。
軍人としてのあり方はもちろんのこと、
一般教養、海軍の面倒なしきたり、家事全般、応急処置の仕方など、
細かいところまで叩き込んだ。
センゴクが北の海のはずれで拾ったという子供がロシナンテだった。
海軍学校の寮に入れる年齢になるまで指導に当たるようにと、
センゴクの補佐だった軍曹時代のが命じられたのがそもそもの発端である。
幼い頃は泣き虫で臆病で、どう考えても海兵向きとは思えなかったロシナンテだ。
当時から鬼軍曹そのものののことは相当に恐ろしかったはずである。
しかし、どういうわけかロシナンテはに散々泣かされながらも、
の後をくっついて離れず、寮に入って以後も指導を求めた。
銃の撃ち方や戦略についての相談を持ちかけられることも多く、
も一度教官として接したのだからと出来うる限り相談に乗ってやった。
――やったが、そんな教え子に褥を共にしてくれと
土下座される羽目になるとは夢にも思っていなかった。
は目頭を押さえた。
「貴様・・・情けないとは思わんのか・・・?」
自分は正面から口説こうとしてもまあ無理な相手だろう。
は自分自身でも思うが、
それにしたって土下座はない、と嗜めるように声をかけると、
ロシナンテは深く頭を下げたまま呟く。
「思います。・・・でも、最初の相手はあなたが良いです」
は白目を剥きそうになるのをなんとか堪えた。
ロシナンテ、貴様、それは、言わなくても別に良かったぞ。
むしろ知りたくなかったんだが。
しかし、それを聞いてはしばらく悩んだ。
ロシナンテの任務は確かに難易度が高い上、
保険をかけることさえしていない、過酷なものだ。
これが今生の別れであるかもしれない。
「お願いします」
だめ押しするロシナンテには腕を組んだ。
能力で作り上げた、鋼鉄の左手が軋むのに気づいて、は首をかしげる。
「と言うか、私は片腕片脚の不具なのだが、問題ないのか?
腹はその辺の男より割れてるし、傷だらけで女としてはどうかと言う身体だぞ?
他にもっと可愛いのがいるだろう。何も私でなくとも・・・」
「さんが良い」
ロシナンテは食い気味にの懸念を潰した。
はこれは骨が折れると思い眉を顰める。
ロシナンテはじっと、の答えを待っている。
しばしの沈黙の後、は深い溜息を零した。
「貴様は思いの外、我の強い男だよなァ」
※
ロシナンテは心臓が爆発しそうだった。
主に、目の前にいる・のせいである。
はロシナンテと夜を共にすることを承諾したのだ。
厳しい言葉と眼差しと裏腹に、が優しいことは知っている。
そしてそこに酔った勢いで漬け込んだのがロシナンテである。
「さん、」
ベッドに足を組んで腰掛けたの、
首の付け根から顎にかけて切りそろえられた髪が揺れる。
軍曹だった頃からの印象は変わらない。
真面目で自分にも他人にも厳しく、妥協もなく、悪に対しては冷酷無慈悲。
鉄の女だ。
能力者になる前からそうだった。
その人を暴く権利が与えられたことを改めて実感し、
ロシナンテは唾を飲み込んだ。
はロシナンテの鑑賞を気にも止めず、呼びかけに答えた。
「なんだ」
「わがままは承知なんですが、その・・・、事務的にはしないで欲しいというか、」
の眼差しに怪訝の色が浮かんだ。
「は? 回りくどいぞ貴様。具体的に言え」
「・・・恋人とするみたいに、したいです」
ロシナンテがもごもごするのを見て、は目を眇める。
明らかに呆れていた。
「つまり?」
「・・・キスもしたいです」
「・・・貴様、まさかとは思うが、これも。
・・・・・・いや、何でもない。忘れろ」
は恐ろしく複雑な表情でロシナンテを見上げる。
の言わんとするところを、ロシナンテはさすがに察していた。
教官、すみません、あなたの考えた通りです・・・。
これまで全く色恋沙汰と縁遠かったというわけでもないのだが、
10を過ぎた頃には、ほとんどつきっきりで面倒を見てくれていたを慕っていた。
そんなませた子供だったせいで、
返ってこの年までそういったことに免疫のない時期を過ごしてしまったのである。
はロシナンテの内省を知るよしもなく、俯いたロシナンテを指であおった。
「かがめ、ロシナンテ」
はロシナンテに口付ける。
触れ合うようなものが、徐々に深くなっていく。
舌を絡め何度か息継ぎをした後、は顔を離した。
「これで満足か?」
「・・・もっと、」
ロシナンテは目を伏せた。
恍惚に頰を赤らめ、の頰に手を這わせる。
「さん、後生ですから、」
蚊の鳴くような声でロシナンテは呟く。
は眉を上げて小さく笑った。
「好きにしろ」
それがトリガーだったように思う。
もつれ合うように服を脱がしあいながら口付けた。
の鋼鉄の左手と右足が、寝台に沈んだ時にほどけるように消える。
息をするのさえ惜しいが、逆に全てを丁寧に味わいたくもあって、
ロシナンテは燃えていく理性をなんとか繋ぎとめようとした。
がっつくのは自分の悪い癖と知っている。
今はそうするべきではない。
は概ねロシナンテの好きなようにさせた。
口付けには優しく応えてやり、
ロシナンテの手のひらが好き放題女の身体を貪ろうとして這い回るのを咎めず、恋人のように受け入れる。
はロシナンテの首に片手を回し、小さく息を漏らした。
の触れた箇所は不思議と甘い熱を帯び、興奮が漣のように押し寄せる。
耳を指が掠めた時など背筋が震えるほどだった。同じような感覚を与えてやりたい。
ぐらぐらと、煮詰まるような快楽を。
鎖骨を唇で撫で、乳房の先端を舌で押し潰すように愛でた。
の背筋が震えたのを見て、ロシナンテは更に乳房を弄ぶ。
輪郭を撫で、硬く色づいた先端をつま弾き、吸いついた。
「んっ、うぅ、」
は短く呻く。
の眉を顰め身をよじる様をロシナンテは見逃すまいと、
執拗にに触れ、観察する。
どこに触れれば悦ぶのか。
どうすれば叫び出したいくらいの切望は伝わる?
ロシナンテはの傷跡に触れる。
の手足は任務の最中に失われたのだ。
ドフラミンゴに切り落とされた左手と右足の、今は血を流さない切り口に指を這わせた。
「痛かった、ですか」
「、覚えてない」
ロシナンテは目を眇める。
は優しい嘘を吐く。いつも。
「何だ、興が、冷めたか?」
ロシナンテはの残された右手首をシーツに縫い止めた。
「そんなわけない」
狂おしいほどの衝動に従って、ロシナンテはの腰骨を掴み足を開かせると、
ばらのつぼみのようなそれに躊躇わず舌を這わせた。
の吐息に甘いものが混じる。
「は、ああッ」
その声をもっと聞いていたくて、ロシナンテは執拗に愛撫を続けた。
喉の渇きを潤すように、愛液を啜る。
「ぁっ、や、やめろ、そこばかり、舐め回すなっ、ん!?」
「ん、嫌です、聞けません」
「こ、の・・・ッ!犬かっ、貴様はっ!・・・ッあああ!」
犬でも良いな、とロシナンテはの罵声に小さく微笑んだ。
の押し殺すような嬌声が聞けるなら犬でもいい。
膨らんだ真珠のような突起を音を立てて吸ってやるとの腰が震え、
ロシナンテの頭を掴んだ手に力が入る。
ロシナンテは満足げに吸いついていたそれから舌を離した。
糸を引いた愛液を舐めとり、肩で息をするを見上げる。
は剣呑な視線をロシナンテに向けるとロシナンテの身体をベッドに引っ張り上げた。
ロシナンテは大人しくの腕に従う。
ベッドに仰向けになったロシナンテに、今度はが口淫を施し始める。
「あ、」
の痴態に硬くそそり勃ったペニスの先端に音を立てて口付け、
それから口と手のひらでロシナンテを慰め始めた。指が上下する。
ゆるく絞るような手つきで興奮を促し、
喉まで使って愛されたペニスはさほど時間をかけずに高ぶって、
先走りがの口元を汚した。
負けず嫌いの上官の目が愉快そうに細められる。
「ッ、も、良いです、さん、おれ、もう・・・」
はしとどに濡れたペニスから顔を上げる。
ロシナンテはの手首を掴み、体を反転させた。
自身の身体を強引に足の間にねじ入れると濡れた性器を擦り合わせてから挿入する。
気持ちが逸っている。
がロシナンテを淫らに飲み込んでいく様を食い入るように眺めた。
奥まで腰を進め、行き止まりにたどり着いて、息を吐いた。
顔を上げるとロシナンテは息を飲む。
涙を滲ませ肩で息をしている、慕った女の顔を見た瞬間、
理性はあっという間に燃え尽きてしまった。
気付けば乱暴に動き始めていた。
「好きです、さん・・・っ」
「あっ、」
腰を振りたくりながら口付ける合間に、ロシナンテは思いの丈をぶつけ続けた。
「ずっと、ずっと、好きだったんです、」
「はっ、ああッ・・・!」
恥知らずな水音をかき消すようにロシナンテはに囁く。
「ずっと、ッこうしたかった・・・っ、」
囁くたび震えるを貪るようにさらにロシナンテはを突き上げた。
首筋に顔を埋め、の香りを吸い込み、麻薬のような快楽に溺れる。
「あっ、抜いてくれ、も、っ」
「嫌だ」
「おれで、良くなってる、あなたが見たい」
の目に驚愕と涙が見える。
ぞくぞくと背筋に甘い痺れが上ってくる。
いつしか繋がっているところから溢れるのはどちらのものともつかない白濁した体液だ。
それを攪拌し、押し潰すように体をすり寄せた。
息も絶え絶えのから呼吸さえ奪うようにキスをねだった。
「――ああ・・・!すげえ、さん、っ!」
「はーっ、はっ、く、ぅう!」
「気持ちいいの、は、おれだけじゃ、ないですよねっ」
ロシナンテの言う通り、は小さな絶頂を何度か迎えている。
ロシナンテはの体を起こし、自身の上に跨らせた。
向かい合ってキスを交わしながらの腰を下から突き上げ、縋らせる。
「フフ、ッ、かわいい、あ、さん・・・!ッ」
ロシナンテの眉が恍惚に顰められた。
「ぁあっ、ん、ば、ばか、ダメだっ、こら、ひ、あっ?!」
ロシナンテは背筋に電流が走るのを感じた。
厳しくも優しくロシナンテを指導したが、涙を浮かべ、
ロシナンテを見ている。感じている。
「あ、ぁ――――!」
指が食い込むほどの強さで掴まれた腰を何度も奥まで届くように落とされて、
は星の散るような快楽に喉をそらした。
ロシナンテは奥歯を噛み締めて脈打つペニスを押し付ける。
行き止まりに注ぎ込むように、濃い白濁を吐精した。ロシナンテは余韻に震える。
気持ちが良かった。
長年慕った人と肌を重ねるのがこんなにも素晴らしいことだとは思わなかった。
これで何も悔いは無い・・・。
そう思い、ぜえぜえと息をするを抱え直し、
ベッドに寝かしてやろうとした時、
ペニスが引き抜かれたの体から信じられない量の精液が溢れたのを見て、ロシナンテは青ざめた。
あっ、おれ、ゴム着けてな・・・ドジった・・・?!
「あああああの、さんすいません! おれ気持ち良さに負けて、あの!」
「はぁ・・・」
「すいません! 今風呂準備します!」
「あぁ・・・」
ロシナンテは疲れ切った様子のを前に、
あたふたと今更ながら気遣う様子を見せるのだった。
※
は一夜明けて、昨晩のことを思い返した。
昨夜の蛮行の煽りをくらい、当然のように頭が痛いし体も軋んでいる。
横に眠るロシナンテはの腰元に腕を回しスヤスヤと寝息をたてていた。
呑気なことだ、とは眉を上げた。
昨夜私を散々に抱き潰した男の顔には見えないな。
は壁掛け時計を見ると、ロシナンテの腕を払おうとした、が、
思いの外しっかりと掴まれており抜けだせない。
は仕方がない、とロシナンテを叩き起こすことにした。
すぅ、と深く息を吸い込んだ。
「マリンコード01746! 現時刻を述べよ!」
「はっ! 現在0547、標準起床時刻より13分前です教官!・・・ん? あれ?」
「目が覚めたか、ええ?」
ロシナンテは飛び起きて敬礼したかと思えば、
いまいち状況が飲み込めなかったのか、目を瞬いていた。
は膝を立てて頬杖をついた。
うっすらと笑みを浮かべ、ロシナンテを睨む。
「ずいぶん好き勝手やってくれたな、ロシナンテ」
「・・・はい」
ロシナンテはうな垂れている。
は首を傾げ、尋ねた。
「満足か?」
「いえ、その、」
ロシナンテは目を伏せた。
全く嘘が吐けないのではないか、とが疑うほどしどろもどろになっている。
は深くため息をついた。
「はァ・・・、まァ、若いからしょうがないとはいえだな、少しは堪え性をつけろ。
というか、貴様は嘘の類はヘッタクソだろうに、そんなんで諜報ができるのか?」
「口がきけないフリをすれば、ボロは出ないかと」
はロシナンテの言葉に、顎に手を這わせた。
「なるほど、悪くない手だと思う。
・・・おい、朝食を用意するから退いてくれ。顔洗ってこい」
ロシナンテのふくらはぎを軽く蹴り飛ばしベッドから追い出すと、
は腕を組んで深くため息を零した。
「全く、焼きが回ったものだな、私も」
は頭を抱える。
死地に向かう教え子に褥で絆されるとは、教官としてはどうなのだ?と自問しつつ、
ろくなものの入っていない冷蔵庫の中身を前に頭を悩ませるのであった。