Fire Rock Great Star "We will rock you"
※転生?男主人公
※某マッドマックスから着想
おれにとって、その日は運命的な一日だった。
大学でギターの手入れをしていたおれは、
バンド仲間のアホな同級生の「マジヤバいから!マジすげーから!」
と言うやたらと興奮した調子の感想に興味をもって、ある映画を見に行った。
その映画の時代設定は荒廃した未来だ。砂漠化した地球を舞台に、
銃弾が乱れ飛び爆煙が上がりまくる。まさに世紀末だ。
出てくる車はイカつい装甲をつけていてアフターファイアを吹く。
どいつもこいつもかっこ良かった。
登場人物の身なりも凄い。
パンダみたいに隈取りをした白塗りの男達。
骸骨マスクと基盤とメダルで装飾したボディアーマーを纏った
男のカリスマ性は劇中に収まらない。
おれでも思わず信仰のハンドサインをテンション上がったらやりそうだ。
他にももの凄い巨体をタキシードに包みなぜか乳首だけ露出してピアスをつないでいる男や、
全身に銃弾を巻き付けた挙げ句、差し歯まで銃弾にしているイカレ野郎も出てくる。
だが、彼らを差し置いて、見た瞬間虜になった奴がいた。
真っ赤なつなぎに黒いブーツ。
彼のもつ、エレキギターとサウスポー・エレキベースの
ダブルネック・メタルボディには火炎放射器がついていて、自由自在に火を吹いた。
それが奏でるディストーションを効かせたパワー・コード・リフ!
超ロックだ。痺れたね。
何が言いたいかって、そりゃつまり、その映画が最高だったって話さ。
それを見ることが二度と適わない立場になっちまった今でも、そんな風に思う。
何しろ”おれ”が今の”おれ”になったのは、あの映画あってこそなんだ。
おれはその映画を見終わって、余韻に浸りながら家に帰って床に就いたはずだった。
それが目覚めたら何故か、血飛沫の乱れ飛ぶ治安の悪い島のガキに生まれ変わっちまったんだから
世界って奴はわからない。おまけに世の中は大海賊時代だそうだ。
島の悪ガキ共はみんな無邪気に目を輝かせて海に出るのを夢見てる。
なんだここは・・・。
”ワンピース”の世界なのかよ。
国民的な漫画の設定そのものの世界に居る幼児化したおれ。
最初は自分の置かれた状況がありえなすぎて夢だと思ったし、実のところ今でも夢だと思っている。
だからおれも好き勝手夢に生きてるんだ。大好きな音楽を奏でながら。
おれのラヴリー・ギターの名前は”コーマ・ドーフ・ウォーリアー”
エレキギターとサウスポー・エレキベースのダブルネック・メタルボディ。
そして火炎放射器がついてる。
この話はおれがグランドラインで”火を吹くロックスター”と呼ばれ、
ファンから追いかけ回されるようになる話。
※
二人の男が情報収集に酒場に顔を出した。
なんか変わったことはあるか、と聞けば、
グランドラインで専ら噂になっている”火を吹く馬鹿”が
この島に来ているらしい、と酒場の店主が言う。
2人組の一人、赤髪の柄の悪い男、ユースタス・キッドがそれを聞いて眉を顰めた。
「火を吹く馬鹿ァ?サーカスでも来てるのかよ?」
「違ェよ、兄さん。そいつはどうやら凄腕の”音楽家”なんだってよ。
実際一部で出回ってるトーンダイアルはめちゃくちゃな値段がついてる。
変わったギターを弾くらしく、そいつが”火を吹くんだ”そうだ」
店主がコップを磨きながら言う。
キッドに怯えを示さない珍しい一般人だ、
海賊も多いこの島で生きているだけのことはある。
キッドの後ろに控えていたキラーが腕を組みながら店主の話を聞いている。
「なんでもどこかの島の貴族がそいつの支援者になろうとしたのを断ったらしい。
周囲をぶちのめしながら逃げてるもんで、グランドラインでは少額の800万だが、賞金がついた。
貴族にたてつかず、素直に援助してもらってりゃあ、腕があるなら大スターになっててもおかしく無い、
馬鹿な男だってんで”火を吹く馬鹿”と呼ばれてる」
「ヘェ、見てみてェな、キラー」
振り返り、ニヤニヤと笑って見せるキッド。
果たして、キッドが見てみたいと言ってるのは火を吹くギターなのか、
その馬鹿な男なのか、キラーには判断がつかなかったが、ひとまず頷いた。
火を吹くギターが奏でる音楽に、興味が涌かないわけではなかった。
「・・・違いない」
肯定したキラーにキッドが笑みを深めた。
海賊も多けりゃ、治安も良く無い街だが、超新星、ユースタス・キッドの名前にビビり上がる奴が殆ど。
懸賞金の低さから、大した脅威でないのは分かるが、娯楽に餓えているのは確かだ。
たまには音楽も聞いてみたいと思っても、バチは当たらないだろう。
※
キッドとキラーが酒場から船へと戻る途中、
強面のチンピラ二人が一人の男に掴み掛かっているのに遭遇した。
「テメェ、ぶつかったろうが、謝れよ」
「だから、すまねぇ、って言ってるだろう。そうカリカリすんなよ」
「それが謝ってる人間の態度か?アァ?」
確かに掴み掛かられている男の態度には面倒がっているのが滲み出ていた。
金にもオレンジ色にも見える輝く癖のある髪。
黒革のジャケットにスマートなデニムを着こなした男はギターケースを背負っている。
炎がその布張りのギターケースに刺繍され、メラメラと燃えていた。
その顔立ちにはどこか甘さが滲む。
金持ちのどら息子のような雰囲気があった。
キッドは絡まれるのも無理はないな、と思う。
目立つ容貌に、大切に扱われているのであろうピカピカのギターケース。
金の匂いがするのだ。
チンピラどもは恐らく金目当てだろう。
絡まれている男は武芸に秀でてるようには見えない。
「誠意を見せろって言ってんだよこっちは」
「なんだ、慰謝料かなんか払えって?」
男がチンピラにうんざりしたように問えば、チンピラは案の定ニィ、と笑ってみせた。
「分かってんじゃねえか色男さんよォ」
「それかそのギターケースの中身を置いてけ。
ショボいギターだろうが売れば金になんだろ」
「・・・あ?」
調子にのったチンピラ二人が男を挑発する。
終始気怠気な調子だった男がぎらり、と瞳を尖らせたのに気づいて、
キッドがおや、と片眉を上げた。
男が軽く息を吐く。
「・・・兄さん達殺気立ってるなァ、ストレス溜まってるんだろ、分かるよ」
「あぁ!?」
「まぁ、聞いてけ。ちょっとした余興だ。
アンタらにしてみりゃショボいギターが奏でるショボい音楽かもしれねえがな」
男がギターケースから取り出したのはダブルネックのエレキギターだ。
先端に銀色の筒の様なものがついている。
キッドが思わずその男の顔を注視した。
”火を吹く馬鹿”だ。
男は口元に手を当てて、何事か呟いていた。
「やっぱシンプルにあれでいこうか、おれは今一人だからI will rock youになっちまうけど
・・・ハァ、せめてドラムが欲しい」
「なにブツブツ言ってんだ!?」
「状況分かってんのか!?」
男はチンピラ二人を無視して、
そのギターと足とをかき鳴らした。
歪んでひび割れた音だったが、チンピラを黙らせるだけの威力はあったらしい。
意外な程力強い声が響いた。
ビリビリと肌を伝う振動。リズム。そのどれもが魅力的だ。
そしてなにより、驚くべきことに男の歌声には覇気が籠っている。
チンピラはあっけなく男の歌声に沈んだ。
だがそんなものに構わず、男は歌い続ける。
ギターがサビに入る前に火を吹いた。
キラーが隣で軽く息を飲んだのにも気がついてたが、それどころではない。
覇気に耐えられたキッドは、しかし、心を揺さぶられたような心地がしていた。
動悸がうるさい。頭の中が揺れている。高揚感が抜けない。
一曲歌い終えて男は気絶したチンピラの肩を軽く蹴ると、
見物していたキッドとキラーに気がついたらしい、少し驚いた様な顔をしていた。
「お、見物人が居たのか。
気合い入れたおれの歌をぶっ倒れないで聞いてくれる奴ァ珍しいな、嬉しいよ」
「・・・お前、そんだけ覇気を込めて歌っておいて、何言ってやがる」
「は?」
男のきょとんとした顔と、間抜けな響きの声が、その場に響いた。
※
男、は覇気を知らなかった。
「ヘェ、気合い入れると皆ぶっ倒れちまうからちょっと手ェ抜いてたんだよいつも」
と平然と言い、あんたら平気みたいだから気合い入れて歌ってみるか、
とは一人で勝手に何曲か歌ってみせた。マイペースな男だった。
の演奏は確かに見事だ。
覇気が無くても素晴らしい演奏技術なことに代わりはなさそうだが、
覇気があってこその演奏は完成するのだろうと、キラーは思った。
魂の底を揺さぶる様な音楽だった、興が乗ると火を吹くのギター演出も含めて、素晴らしい。
観客となったキッドとキラーは演奏を終えたに賛辞を込めて拍手した。
とくにキッドはをいたく気に入った様子で、彼をキッド海賊団の宴会に誘ってさえいた。
珍しいことだ。そして、は誘いに応じた。
肝が座っているのか、鈍いのか定かではないが、動じない男なのだろう。
強面ばかりのキッド海賊団の中に居る甘い顔立ちの男は最初、場違いにも見えたが、
歌を何曲か歌うとすぐに馴染んだ。力強い歌声と火炎を吹くギターは宴会を大いに盛り上げた。
その様子をキッドが満足げに見ている。
「そんなに歌って良く声が嗄れないもんだな」
「まー、発声練習とかはやってるからね。お、ビールくれんのか!?サンキュー!」
キラーがビールを渡すとは気前良く飲み干した。
好奇心故になぜ貴族の支援を断ったのかと問えば、はあっけらかんと言い放つ。
「おれはロックミュージシャンだ。
貴族から支援受けたらそんなんロックじゃねぇだろ」
の言い分を聞いてキッドが大笑いするのを横目に、キラーはやれやれと首をふった。
噂通り”馬鹿”である。
だが、困ったことに、我らがキャプテン・キッドはその”馬鹿”が嫌いではないのだ。
「なんだお前、腹くくってる野郎だな。いっぱしの信念持ってやがる」
愉快そうに笑うキッドには肩を竦めてみせた。
「別に・・・、強い信念とかとは無縁の、
ただ惰性で生きてる軟弱な野郎だったんだけど。
なんでかな、ある日突然プッツンって糸がキレたんだ。
『開き直って好きなように生きてやる!』ってな。
そしたらこんな風になっちまった」
そこに自嘲するような響きを感じてキッドが鼻を鳴らした。
「後悔してんのかよ」
「まさか!おれは面白おかしく生きてるよ」
はニカッと笑う。
癖の強い髪を軽く払って笑うは魅力的だ。
機嫌良くギターを手に取ったが言った。
「今日はいい日だ。またなんか弾こう。リクエストがあれば聞くよ。
海賊は歌うんだろう?何がいい?ビンクスの酒か?」
「・・・最初に歌ったあれがいい。チンピラを伸した奴だ」
キッドのリクエストにがしばし目を瞬き、ゆるゆると微笑んだ。
「・・・ああ、いいぜ、今日はお前のために歌ってやるよキッド!」
なんて口説き文句だろう。
我らがキッドが女なら一発で恋に落ちていたかもしれない。
ほら見ろ、・・・キッドが面食らっているじゃないか。
は恐らく天然でその言動なのだ。
その証拠になんでキッドが唖然としてるのかわからない、なんて顔してる。
額を抑えて天を仰ぎたくなったキラーのことなんて気にもかけず、
は手を打って、ギターをかき鳴らし、歌う。
覚えやすいフレーズの歌詞とノリの良いリズムにキッド海賊団は夢中になり、最後には大合唱になった。
※
「おれの船に乗れよ、」
おれ、元日本人、現南の海出身の君は何とユースタス・キッドから熱烈な勧誘を受けている。
宴会開けにおいとましようとしたらこの状況。
いわゆる壁ドンされてるけどこれ怖ェな・・・。
遠慮するって言ったら殺されそう。
どうもキッドはおれの演奏と火を吹くギター”コーマ・ドーフ・ウォーリアー”を気に入ったらしい。
チンピラに絡まれてたのを伸して歌ったら宴会にまで誘われ、
ろくなモン食ってなかったおれはその誘いに乗ってしまった。
宴会は盛り上がったし、キッド海賊団は強いのでノリノリで歌えたからそれ自体は大満足だ。
だがまさかあのキャプテン・キッドから船員になれとのご要望がくるとは・・・。
そりゃ気に入ってもらえたのは嬉しいし
ミュージシャン冥利に尽きる申し出だが、おれには会ってみたい奴が何人か居る。
その中でも一番は彼だ。
麦わらの一味の音楽家ブルック。
彼はソウル・キングとか言われるスーパースターになるし、
”音楽は力だ”と言い切る彼の主張はおれの考え方とも合っている。
ぜひ一度セッションしてみたい。
「魅力的なお誘いだ。素直に嬉しいが、断るよ。
おれは欲張りなんだ、キッド。
好き勝手にギター弾いてたいんだ。
海賊家業をやるよりな」
「海賊相手に随分な言い草だ・・・さて、どうやって逃げるつもりだ?
逃げられたら追いかけたくなるのが真理って奴だろう」
「そりゃ海軍に追い回されてる海賊には似合わねぇ言い分だ」
おれの軽口にキッドが口の端をつり上げるが、目が笑っていない。
「・・・本気で逃げられると思ってんのか」
マジで怖い。
覇気を使えると昨日知ったくらいの間抜けなおれだが、
自由と音楽を愛するロックミュージシャンとして生きることを誓ったのだ。
海賊になるわけにいかない。
ましてキッド海賊団ってほら、民間人ぶっ殺してるじゃん・・・。
おれはロックな生き様目指してるけど人殺しはちょっと・・・ってスタンスだから遠慮したい。
え?テメェ既にお尋ねものだろって?ちょっと貴族ぶん殴って逃げただけだからセーフだろう?
平和?なにそれ美味しいの?っていう島に転生みたいなことをさせられたおれだが、
人を殺めたことなんかないし、そしてこれから先も殺す気なんかないのだ。
「おれァ好き勝手ギターを弾いて生きるよ、それがロックミュージシャンだからな。
てなわけで、最後に一曲聞いてけよ」
「最後にはさせねぇ」
キッドがついに笑みをぬぐい去っておれを見据えた。
・・・こんなにも気に入ってもらえたのは正直嬉しい。
「アッハハ、本当に気に入ってくれたみたいだな。ありがとよ。
次に会ったらまた歌ってやるから勘弁してくれ!
では覇気をこめまして、おれのファン、ユースタス・キッドに捧ぐ。
”We will rock you”!」
ボウッと火を吹いたコーマ・ドーフ・ウォーリアーに驚いて身を引いたキッドの隙をついて、
おれは歌いながらピックを投げる。
情けない逃げ方だって言われても屁でもない。
なぜならおれは海賊ではなく、ロックミュージシャンだから。
ほら、嘘でも見栄はってなくっちゃさ、こんな生きるか死ぬかの世界で立ってられねえんだよ。
おれ、マジでビビリだから。
※
キッドが投げられたシルバーに光るピックを手に取る。
のサイン入りだ。
憎らしい、ファンサービスのつもりなのだろうか。
「見事な逃げ足だ。800万じゃ安過ぎるな、キッド」
「・・・あァ。キラー、お前見てたのか」
獲物に逃げられたにしては晴れやかなキッドの顔に、キラーが仮面の奥で笑った。
ピックを手の中で弄ぶキッドにキラーがトーンダイアルを投げ渡す。
そこに収められているのはの歌だ。
一曲まるまる収まっているのを聞いて、キッドが笑う。
「トーンダイアルでも見事なもんだがな、やっぱり覇気がねえと迫力が違う。
次は捕まえてやろうぜ、キラー」
「違いない」
火を吹く馬鹿、ロックミュージシャンのは果たしてキッドから逃げ切れるだろうか。
キラーは時々はあのトーンダイアルを貸して欲しいものだと、内心で思いながら、
機嫌の良くなったキッドの背中を見つめていた。