無貌のアンドロギュノス

※ Mr.2 成り代わり?小説
※ 名前変換ありません
※ マネマネの実の覚醒について捏造

グラインドラインのさる島、
アラバスタにほど近いこの島の一等上等なレストランを貸し切りにして、
2人の男が向かい合っていた。

一人は顔に傷のある、目つきの鋭い隻腕の男だ。
愛飲している葉巻を横に、今はヴィンテージボトルのワインを口にしている。
もう一人は顔に濃い化粧をした面長の、ひょうきんな顔をした男である。

どちらもスーツ姿であるが、片方の男はそれが不服だったらしい。

「ねぇ、ゼロちゃん、どぅーしてもこの店じゃないとだめだったのぅ?
 ドレスコードがあるからいつもの服じゃ入れなかったのよぅ。落ち着かないわ。
 ・・・あら、このタコパ美味しいわね」
「お前のいつもの格好がふざけ過ぎてるんだ、Mr.2」

奇怪なタコのパルフェを食しだした男に、
呆れた視線を向けたのは七武海、サー・クロコダイルだ。
Mr.2と呼ばれた男。いや、オカマは首を振ってみせた。

「バロックワークスにドレスコードはいらないと言ったじゃないの。
 そうじゃなかったら入社しなかったわ」
「クハハ、言うじゃねえか」

クロコダイル率いる秘密組織、バロックワークス。
その組織の中でもその特殊能力と格闘術故に、Mr.2 ボン・クレーのコードネームを与えられた、
彼の名前はベンサムと言う。

ボス直々の手紙でのスカウトにあっけなく応じたベンサムは優秀だった。
ありとあらゆる人間に化け、必要な情報や武器を手に入れ、時に物事をかく乱させる。
こうしてミス・オールサンデー以外の人間と顔をあわせるのを決めたのも、
その優秀さ故だ。そう、ベンサムは優秀過ぎた。クロコダイルの予想よりも遥かに。

タコのパルフェを満足げに食べ終え、
ナフキンで口を拭うベンサムの所作は思いの外整っている。
チャーミングな仕草でベンサムは襟をただした。

「ねぇ。ゼロちゃん。あちし気になってるの。
 だって今まであちし、あなたの正体を知らなかったわ。
 こうして会えたことを光栄に思うし、その正体に驚いても居る。
 だからこそ不思議なの。
 あなた・・・あちしと会っても良かったのぅ?
 バロックワークスで他のナンバーズとはちょくちょく顔をあわせたりしたけど。
 多分、ボスと顔をあわせるのは最後になるんじゃないかと思ってたわ」

「ああ、おれもそう思っていたさ。最初はな・・・」

マネマネの実の能力。その力は警戒に値する。
顔を奪われればどんな目に遭うことやら。
クロコダイルは皮肉な笑みを浮かべてみせた。

「だが、このおれがお前に顔を奪われるようなヘマをすると思うか?」
「いーえ!無理よぅ!それに今までだってそんなこと考えもしなかったわ!」

ぶんぶんと大げさに首を振るベンサムにクロコダイルはグラスを置いた。
本題に移るのである。

「今日ここまでお前を招いたのは他でもない。
 お前に質問をするためだ」

クロコダイルの唇から笑みが消える。
不思議そうな顔をして小首を傾げるベンサムに、クロコダイルは低く問うた。

「ベンサム、お前は誰だ」

沈黙がレストランの一室に落ちるが、ほどなく明るい冗談めかした声がその部屋に満ちた。

「なーに言ってるのよぅ!あちしはオカマ、オカマ道の求道者、本名はベンサム。
 今はバロックワークスのMr.2、ボン・クレー。マネマネの実の能力者。
 ・・・この能力を買ってくれたからあなた、あちしをスカウトしたんでしょーぅ?」

ベンサムの答えにクロコダイルは満足しなかった。
指を組んでテーブルに置く。

「・・・では、Mr.2、世間話をしよう。
 完全犯罪についてだ」

ベンサムは大きく瞬きをした。
唐突な話の転換に戸惑っているように見える。

「"完全犯罪"?」
「例えばお前がある男を殺したとしよう。お前はその事実を隠したい。どうする?」
「どうするって、そりゃあ、死体を隠すわねぃ。必要に応じて埋めたりとか?」
「違うな。お前ならこうすべきだ」

クロコダイルが己の側に会ったワイングラスと、ベンサムのグラスとを取り替える。

「お前が殺した男の顔になる。それだけでお前は男を殺した事実を隠せる」
「・・・なるほどね。でもそれだと結局死体が残っちゃうわ」

ベンサムは肩を竦めてみせる。
そのそぶりは大げさで、感情豊かだ。

「だが、お前はそれをやってのけたろう、Mr.2」

クロコダイルの追求に、ベンサムは少したじろいだ様子を見せた。
何を言っているのかわからない、という顔だ。

「・・・何の、話かしら。先日の任務の成果を褒めてくださってるのぅ?」

クロコダイルは葉巻に火を灯し、深く息を吐いた。

「数年前。ある男が道半ばで死んだ。
 武道を極めんとあちこちを旅している男だ。
 しかしその男は翌日、生き返った」

ベンサムの顔に表情らしい表情は浮かんでいなかった。
クロコダイルはその一挙手一投足を見逃すまいと目を眇めながら、言葉を続ける。

「死亡届けが一度提出され、すぐに取り消された。
 男は喉に詰まらせたものが取れたからだと笑い話のように今でも語る。
 その代わり、その日、男の主治医だった女が死んだ。
 末期の心臓病だ。おかしいじゃねえか。
 男にゃ”主治医”が居たんだ。病気だった。
 だがその男は死んだ次の日にその国を飛び出している」

「ベンサム、もう一度問う。お前は誰だ」

ベンサムが無表情でクロコダイルを見つめている。
それから大げさにため息を吐いてみせた。

「・・・ちょっとちょっとォ、確かにあちしは喉にタコパ詰まらせて
 死にかけたことあるけど疑いすぎじゃなぁーい?」

不服そうに言われて、クロコダイルは皮肉っぽい笑みを浮かべる。
その場に満ちていた緊張感が溶けたことに気づいて、ベンサムは小さく息を飲んだ。

「・・・実のところ、おれはお前が何者だろうとどうでもいい。
 我が社の方針に関係するほどのことでもないからな」
「ええ?」

ベンサムの顔が怪訝そうなものになる。

「ん、んー?つまり・・・どういうこと?」
「お前の経歴が不審だったからカマをかけただけだ。
 この会食はまぁ・・・お前の仕事ぶりに対する評価とでもしておこうか」

クロコダイルの返答に、いくらか安堵した様子のベンサムが明るく言った。

「んもーぅ、冗談じゃないわよーぅ・・・。
 なんだかちょっとドキドキしちゃったわ。
 それにしてもオカマにカマをかけるなんて洒落てるじゃないのよぅ」
「・・・」
「あら、狙って言ったわけじゃなかったのね」

無意識に笑えないシャレを呟いていたのかと、
内心おもしろくないクロコダイルの心境を知ってか知らずか、
笑うベンサムが腕を組んだ。

「んんー・・・ならあちしも世間話、というか、芸をするわねぃ。
 こんなにご馳走してもらっといてただじゃあ帰れないもの。
 そもそもタコパだってメニューに無いのを無理して作らせちゃったしねぃ。
 ジャンルはそうね・・・、即興劇かしら」
「ほぉ、見せてみろ」

クロコダイルが許すと、
冗談めかした仕草で笑ったベンサムが顔を”左手で”覆った。

ベンサムが手を離した、次の瞬間、そこにいるのは一人の女だった。
ゾッとする程の美しい顔に、クロコダイルは思わず眉を顰めていた。

畏怖を感じさせる程の美貌の女だが、先ほどまでと打って変わって生気が無い。
気怠気に女が言った。

「もしもの話をいたしましょう。サー。
 もしも”私”がマネマネの実の能力者で、かつて”完全犯罪”を達成したとしたら、
 その顛末がどのようなものだったかというお話です」

女はどこか退廃的な雰囲気で語り始める。

「サー・クロコダイルはご存知でしょうが、
 悪魔の実には覚醒という、その能力を極めた人間が辿り着く境地と言うものがあるでしょう?
 私はその”覚醒”という境地に至った人間なのです。
 マネマネの実の能力を極めるとどうなるか・・・」

女は軽く自身の頬に手を触れた。
囁く様な声色には、人を引き込ませる何かが含まれているようだった。

「答えは簡単。自分の触れた相手に、自分の真似をさせることができるのです。
 これが何を意味するのか、お分かりになりますか?」

クロコダイルは女の唇が緩やかにカーヴを描くのを見ていた。
それはクロコダイルにとっては、実に簡単な問いかけだった。

「”完全犯罪”」
「その通りです。私は死体に成り済ますだけでなく、
 死体の顔を私のものに変えることができたのです」

マネマネの実も覚醒すると恐るべき効果を発揮するらしい。
戦闘に使えない能力ではあるが、使い方しだいで凶悪な力になる。
現に、目の前の人物は殺人へ利用したようだ。

「・・・つまり、自分自身を死んだことにして、”ベンサム”に成り代わったんだな」
「そんなつもりじゃあ、無かったのですがね。
 結果として、そのようになってしまいました」

含みのある言い方だった。
女は物憂い気な眼差しで言う。

「私はマネマネの実を食べたとき、すぐに自分の顔から他人の顔へこの容貌を作り変えました。
 元々の顔立ちに自信のある方ではありませんでしたからね、
 この能力なら、モンタージュも作れますもの、
 絶世の美女、醜女、伊達男、醜男、平凡な女、平凡な男。
 どんな人間にも思うがままに化けられることを楽しんでいました」

楽しんでいた、といいながらもその顔の陰りは消えはしなかった。

「元々、私は役者をしていたのですが、本来の顔では端役ばかりあてがわれていたのが、
 美女や美男に化けると、すぐに主役を脹れましたからね。
 面白くも悲しく思ったものです」

かつての居場所に思いを馳せるように、女は目を伏せる。

「そんなわけで、能力に溺れた私はころころと顔を変えていました。固定することもなくです。
 そうしているうちに、一つ、思い出せなくなった顔がございました。
 本来なら、思い出せなくなるはずが無かったのですがね・・・。
 自身の未熟を晒すようでお恥ずかしいのですが、
 何しろ、覚醒というものはこの身に突然訪れたので、
 能力の暴走と言いますかそう、
 つまり、”本物と偽物”の境というものが分からなくなったのです」

クロコダイルは煙を吐いた。
女はその煙を緩やかに視線で撫でる。

「お前は、自分の顔を忘れたのか」
「その通りでございます、サー」

クロコダイルの問いに是を唱えた、
自分の顔を忘れた女の顔は恐ろしく冷たかった。

「元々自身の顔が好ましくなかった私は写真もなく、
 両親も早くに亡くして居りましたし、
 本名を名乗っても誰も私が私であることを認めてはくれません。
 その時私は自分自身を図らずも殺してしまったと気づいたのです。
 どうにかしなくては、そう思いました」

「だから”ベンサム”を固定させたんだな。
 だがお前、もっと他に居なかったのか?マシな奴は」

クロコダイルがそう感想を漏らすと、女は苦笑した。

「ひどいですねえ、素直で情の深い、いい男ですよ、彼は。
 私の生涯で最も愛すべき方でした」

その声色に計り知れない情念を感じ、クロコダイルは軽く目を眇めた。

「病に志半ばで倒れたあの人から頼まれたのです。
 出来るなら、自分の顔を使って欲しいと。
 そうすれば、あなたの中で生き続けられるから、と」

女は目を伏せ、それから挑むようにクロコダイルを見つめる。
表情は薄いくせに、その眼差しには意外な程強さを感じた。

「サー、私は役者ですから、どんな役柄をも演じてみせます。
 その役を私は選んだ。選ぶことができた。
 ”ベンサム”は表情のみならず、身振り手振りも感情的、
 その指先、つま先にまでエレガントな武術のエッセンスを取り入れる。
 道化めいた口調でも、彼は決して頭が悪い訳では無い。
 そしてベンサムは”男でも、女でもない”
 私にとっては理想的な人物ですが、
 さて、今の私の雇い主でもある、あなたにとってはいかがでしょう?」

女は目を細める。クロコダイルの金色の瞳を伺っているのだ。
クロコダイルは葉巻を吹かし、そして最初の質問を繰り返す。

「ベンサム、お前は誰だ」

その意図を正確に読み取り、女が柔らかく微笑んだ。

「私は誰でもあるし、誰でもないけれど、
 今はMr.2、ボン・クレー」

それは媚びと本心がない交ぜになったような声色だった。

「あなたがそう名付けてくださったから」

言葉遊びの様な返答にクロコダイルは好奇心が疼くのを感じていた。
この人間の”素顔”を暴き、この目で見てみたいと、そう思ったのである。
わき上がったクロコダイルの感情を知ってかしらず女が”左手で”顔を覆った。

「なーんてねぃ、冗談よ!冗談。
 結構嵌ってたでしょう!あちしの演技!」

ベンサムはけたけたと笑ってみせた。
その表情に憂いを含んだ美しい女の面影は無い。
クロコダイルはそれに口の端をつりあげる。

「ああ、大した役者だよ。お前は」

どちらが嘘でどちらが本当なのかは未だにあやふやなまま、
元の名前も性別も曖昧なままだ。

”経歴に不審な点がある”
その決定的な事実があるのだ。
普段のクロコダイルなら目の前の人物を疑わしきものとして殺していただろう。
事実、そのためにベンサムを呼び出したのだ。
だが、そんな気はとうに無くしていた。

無貌のアンドロギュノスはクロコダイルの心を図らずも掴んだことに
気づいているのか居ないのか、未だに道化を演じている。