Beautiful World
いひひ、と馬鹿みたいな笑い方をする女だった。※
グランドライン、新世界 フルフレグ諸島 通称を”遺跡列島”
大小様々な島が列状に連なるこの島は、
かつて栄華を誇ったという失われた文明の遺跡がそこかしこに残っている。
その島の数は1000を超えると言われ、未だに全容は把握出来ていない。
流石新世界と言うべきか、諸島の位置関係のせいで渦が不定期に発生し、
とてもではないが普通の航海士では近づけない。
また周囲を大きなウミヘビのような海王類がこの列島を守るように回遊しているのも手伝って
ここは未開の島だった。
卓越した航海術のセンスと、
海王類を打倒出来るだけの力が無くてはこの島に近づく事も出来なかった。
だが、そんな困難は麦わらの一味と、ハートの海賊団には、
あってないようなものだったが。
でんでん虫を構いながら横を歩くを、ローは眺めていた。
「、転ぶぞ」
「流石にそこまで軟弱じゃないよ」
麦わらの一味。写真家・。
麦わらの一味と言うだけあって、一応賞金首だが、金額は一味の中では低い方。
トレードマークはポラロイドタイプのでんでん虫”ライカ”。
今時お目にかかれない、古いフィルムカメラを首から下げている。
「・・・手を貸せ。はぐれる」
「いひひ、ローが優しい」
ローは多分誰にも知られていないと思っていたが、
どういう訳かこうして二人きりにさせられているのだから、
麦わらの一味の勘の良い連中や、
ハートの海賊団のおせっかいなクルー達は気づいているのだろう。
はローの恋人だ。
※
パンクハザードの宴会での会話で開口一番、
「お兄さんかっこいいんだから笑えば良いのに」と言われた時には
随分下手な誘い文句で、船長同様に状況も空気も読めない奴だとローは思ったが、
この女、全く裏表も他意も無く、そんな言葉を吐いたらしいとすぐに分かった。
あまりにその女は能天気だった。
「眉間にシワばっか寄せてると取れなくなるよ。
ウチの船長、ルフィを見てみなよ。あの笑顔!
若い!眩しい!皺も無い!」
「・・・ゴムだからだろ」
ローの冷静な言葉に、その女は納得するように手を打った。
「ああ、それはあるかもね。あ、申し遅れた。
私は。麦わらの一味の写真家ね。
懸賞金は3000万だったかな。まぁ、そんな強くないから!
多分お兄さんには瞬殺されるよ、瞬殺!いひひっ」
麦わらの一味の写真家とか言う妙な役職だと打ち明けて来たはやたら気安かったが、
不思議と不快感は覚えなかった。
それはが余りに毒気を抜くような、
へにゃりとした笑みを浮かべて見せたからだったのだろうか。
は素早くシャッターを切った。
面食らって眉を顰めても、は気の抜けたような顔で笑っている。
「おい、いきなり何なんだ?」
「笑ったね、ロー!いいじゃんその顔」
の言葉に、ローはますます訝し気な顔をする。
「・・・笑ってない」
「嘘だね、写真は嘘つかないよ」
ほら、と見せられたでんでん虫が吐き出した自分の顔が、
確かに、口角が上がってるのを見てローは驚いていた。
それを見て、してやったりと笑うの顔が、妙に胸をざわつかせた事も、
ローを驚嘆させる一因でもあったのだけれど。
※
決定的な関係になったのは、
麦わらの一味の海賊船に一時身を置いたときのことだった。
ローは、船長であるルフィと、一味の頭脳にあたるサンジやロビン、ナミらと会話をしていた。
他の一味は思い思いに行動していた。
ウソップやフランキーは何か工作をしている。
は甲板で何か本を捲った後、船内にすぐに戻ってしまった。
ルフィらとの会話が一段落着いて、ローがなんと無しにの居た芝生の甲板を見ると、
途方に暮れたような顔をしたでんでん虫がそこに居る。
ローはそのでんでん虫を持ち上げた。が忘れていったのだろうか。
しかし随分甘やかしているらしい。一丁前に唇を尖らせて拗ねている。
ローは近くに居たウソップに声をかけた。
「ああ、なら多分突き当たりの『現像室』に居ると思うぜ。
しっかし珍しいな、がライカを忘れるなんて」
「ライカ?」
「ソイツの名前」
ウソップが完全に不機嫌なでんでん虫を指差した。
「悪いんだけどトラ男、にライカを返してやってくれるか?」
ローは一瞬「なんでおれが、」と動きかけた唇を閉じる。
ライカと呼ばれるでんでん虫がジトリとした目でローを睨んだ気がした。
「・・・わかった」
だからローは促されるがままに、その部屋に足を運んだのだ。
現像室と書かれた扉には、手書きの札が下がっている。
『ただいま現像中・ご用の方はノックを』
部屋の主に従って、ローはノックする。
ドタバタする音がして、が扉を開けた。
「あれ?どうしたの?」
「忘れてるぞ」
ローがずい、とでんでん虫のライカを差し出すと、
は「いけない」と頭を掻いた。
「ごめんごめん、客人に手間取らせて悪かったね」
は不機嫌なでんでん虫を宥めるように撫でる。
ローはの背中の奥にあるフィルムに目を向ける。
「気になる?触らなければ見ても良いよ。暗室での作業はもう終わってるから」
の言葉に、ローはその部屋に足を踏み入れた。
写真の現像室。海賊船にあるには不釣り合いな部屋だった。
吊るされたフィルムに映っているのはつい先日の宴会の時の様子だ。
ルフィが骨つき肉を齧っている。ブルックが音楽を奏でている。
チョッパーやフランキーが踊り、ゾロが浴びる程酒を飲んでいた。
海賊とは思えない程明るく、楽しそうだ。
その中に、ハートの海賊団もそこに居た。
ベポが酔っ払ったシャチに絡まれて怒っている。ペンギンが大口を開けて笑っていた。
そしてローの姿もそこにある。船員達を肴にジョッキを傾けている。
いつの間に撮られたのだろう。
自分の顔なのに、誰か違う人間に見えた。
こんな笑い方をしただろうか、おれは。
物思いに耽りながらフィルムを眺めていると、
ローはあることに気がついた。
「お前の写真がねェな」
「撮ってばっかだからね」
「・・・撮ってやろうか?」
ローが柄にもなくそんな言葉を口にすると、
は目を瞬いて、少し困った顔をした。
「撮るのは好きなんだけど、撮られるのはあんまり好きじゃないんだよね。
あ、でも・・・ローは私の写真欲しい?」
「は?」
「欲しいなら撮っても良いよ」
はライカを差し出して、へら、と気の抜けるような笑みを浮かべてみせる。
気がつくと、ローはライカのシャッターを切っていた。
シャッター音とほとんど同時にフラッシュが光る。
は少々面食らった様子で、目を丸くする。
「あ、いきなり撮ったね。・・・ハハハッ」
何が面白いのか、はくつくつと笑っている。
それから背伸びして帽子を奪われた。
ふざけてはローの帽子を被ってみせる。
「ほら、撮ってよ」
「馬鹿、返せ」
「いひひッ、嫌だね!」
「・・・お前、あんまり似合ってねェぞ。ククッ」
笑い続けるにつられてか、ローは思わず声を上げて笑っていた。
酔ってもないのに、多分その時だけは、箸が転がっても面白かったに違いない。
から帽子を奪い返す。はライカを取り返してシャッターを切った。
またローがの手からライカを奪い、シャッターを切る。
もローに飛びつくようにしてライカを奪う。
取り合われるライカが迷惑そうな顔をする。
めちゃくちゃな写真があたりに散らばった。
吐き出される写真の上に転げ落ちても、まだ笑っていた。
だから言い訳は出来ない。
馬鹿みたいに笑いながらキスをした。
どっちが最初にとか、そんなのは覚えていなかった。
※
ローとはフルフレグ諸島の一つを進む。
かつては石畳だったのだろう、その道を歩いた。
「トレジャーハントとかするの?ローの海賊団は」
何が楽しいのか、つながれた手をぶんぶん振っては問いかける。
ローはの好きにさせたまま、答えてみせた。
「ごく稀に。おれの気が向けば」
「そうなんだ。うちはルフィとかロビンとかがこの手の島大好きだから、
機会があればしょっちゅうだよ」
「ナミ屋も滅多になく大はしゃぎだったが」
は笑う。
「ナミは航海もそうだけど、海図を書くのも好きだからね。
ここ、まだ海図が完成してない島なんでしょ?腕が鳴るって言ってた。
あと宝物も好きだから。いかにもありそうじゃない、こう言う島は」
「・・・ああ」
ナミが宝に、金に目がないのは知っていた。
このフルフレグ諸島を探索するにあたり、
ハートの海賊団と麦わらの一味が合同で調べることになったとき、
なぜだかローに目配せして、あとで10万ベリーね、と囁かれたのだから。
どういう意味かはすぐに知れた。
あからさまなイカサマが施されたくじ引きが行われた。
誰と探索したいのか、ローは選べたのだ。
ローは小さくため息を吐く。
との関係は、具体的な言葉を交わして始まった訳では無い。
同盟を組んでいるとは言え、互いに違う船に乗っているのだから、
公言するのもどうかと思っていた。
は気安いが口が軽いと言う訳では無いので、恐らく誰にも言っていないはずだ。
ローはを横目に見つめる。
相変わらず能天気に笑っている。
「前から思ってたが、」
「なに?」
「なぜおれを受け入れた?」
は目を丸くする。それから逡巡するように目を泳がせた。
「・・・ええと、私馬鹿だからちょっと支離滅裂になったらごめん」
「ああ」
が前置いて話し始める。
「初めて会ったシャボンディでのローは医者のくせに超隈すごいし、目も瞳孔開いてるし、
死の外科医っていうか、むしろ半分死人か病人か薬中です、みたいな佇まいで」
「・・・薬中」
「久しぶりに会ったローはパンクハザードで、なんかすごい不景気な顔してたんだけど」
「・・・不景気」
この女好き勝手言ってくれる。
思わず表情筋が引きつった。
ローは口を挟もうとしたが、の真剣な顔つきに黙り込んだ。
「大丈夫かな、この人って思った」
はつないだ手に力を込める。
「医者っていうくらいだし、なんでかルフィを助けてくれたから、
誰彼構わず殺すような人じゃないのは分かってたけど。
なんか、すぐに自分の命とか使い捨てそうで見てて怖かった」
思い当たる節はいくらでもあった。
「でもパンクハザードで、海軍と子供達のやり取り見て、笑ってたの見たら、」
の言葉に、ローは驚いて口を挟んでいた。
「笑ってねェよ」
「笑ってたよ。写真ある。船に戻ったら見せようか?」
「・・・いつの間に」
は気配を消すのが上手かった。きっと本当に写真もあるはずだ。
いひひ、と悪戯っぽく笑って見せる。
「多分気付いてないって思ったけどね。優しい顔してたよ。
もっとあんな風に笑ってほしくってちょっかいかけてる。今も」
はぶんぶん繋いだ手を振り回している。
「ローは、敵を睨んだりとか悪そうに笑っててもかっこいいけどさ」
「・・・」
「私とかルフィとか、ハートの海賊団が馬鹿やってるの見て呆れて笑ってたりとかしてる方がずっと、
うーん、なんていうか、”良いなあ”って思う顔してる。
でもこれ好みかなぁ?人による?でも私、そっちのが好きだからなぁ、だからかな」
「・・・」
「”もっとこの人の、色んな顔が見たいって思ったから”
色々脱線したけど。これ、答えになってる?」
ローは返事を返せずに居た。
はその意味をはき違えたらしい。首を捻ってますます言葉を連ねた。
「これじゃダメ?
あとは、そうだなぁ、私が撮る写真の中でローが一番カッコよく写るんだよ何故か。
うちの仲間がカッコ悪いってわけじゃなくてね。
これ多分私がローのこと、一番カッコいいと思ってるからそうなるんだと思うんだけどね。
よっ!フォトジェニック!」
もう聞いていられなかった。
ローはつないだ手とは逆の手で帽子を目深に被る。
「・・・もういい」
「へ?」
「黙ってろ」
しばらく間が空いて間近でシャッター音。
したり顔のをローは横目で睨む。
「いひひ、自分で聞いといて照れてる顔も好きだよ」
黙ってられないなら黙らせてやる。
ローはの手を強く引いた。
簡単にはローの腕の中に飛び込んでくる。
いつだってへらへら笑ってる、容易くローを動揺させるその口が憎らしいと、
乱暴に唇を重ねた。
自分ばかり心を揺さぶられているようで、気に食わなかったのだ。
※
「おかえり、トラ男。・・・はどうしたの?」
サニー号に戻っていたらしいナミがローに声をかけた。
「途中ではしゃぎ過ぎて寝た」
遺跡に辿り着いてから、は散々はしゃぎ倒し、
思い切り転んで足をくじいていた。
まるで誰かを彷彿させるドジだった。
きちんと手当をしてやり、傷に触らないよう負ぶさってやると
はしばらく何か話し続けていたがやがて寝息を立てはじめた。
人の気も知らないで。
「ふーん?で?」
「なんだ?」
「10万ベリー、寄越しなさいよ」
「ハァ・・・」
ナミが手ぐすね引くような動作をする。
ローはを近くのソファに下ろして、財布からぽんと10万を寄越してやった。
ナミは自分で言っておきながら意外だったようで目を丸くしている。
「それで良いか?」
「へぇ、随分あっさり・・・」
「代わりに話してもらおうか。・・・何で分かった?」
ナミはきょとんとした顔をする。
それからに目をやった。
「トラ男。あんたの写真撮ったでしょう?ライカで。
ポラロイドが残ってた」
「ああ、それが何だ?」
ローが首を傾げると、ナミは頬杖をついた。
「は自分のこと、絶対誰にも撮らせなかったのよ。
それこそ、ルフィにもね」
ローは声こそ上げなかったが驚いていた。
ナミはやれやれと首を横に振る。
「ついでに言っとくと、は多分はしゃぎ疲れて寝たんじゃないわよ。寝不足」
「は?」
「あんたに会えるの、よほど楽しみだったんじゃない?
隠してるつもりだったみたいだけど、1週間くらい前からそわそわしてたから」
「こいつが?」
振り返っても静かに寝息を立てているは答えない。
いつも通り能天気なに、そんな様子は見られなかった。
「じゃ現像室にを運んでやってよ。
仮眠用のベッドがあるから。知ってるでしょ?」
「お前・・・」
悪戯っぽくウィンクまで飛ばされてローは小さくため息をついた。
しかしソファに眠らせたままなのはどうかとも思ったのでを運ぶ。
現像室はの世界だ。
ベッドにその身体を横たわせて、フィルムや、写真に囲まれた部屋を眺めた。
の写真に写る人間は皆自然体だ。泣き、怒り、笑っている。
の写真に写る世界は美しく、また時に生々しい。
ドレスローザの、戦火に焼かれた町も、かつては写真に撮り、残していた。
「・・・あれ。私、寝てた?」
が眠そうな顔でローに声をかける。
大あくびするの頭を、ローは混ぜっ返すように撫でた。
「わっ?どうした?」
「寝てろ」
「ええ?嫌だよ、もったいない」
はへらりと、気の抜けるような笑い方をする。
「いひひ」
その馬鹿みたいな笑い方をもっと聞いていたいと思うんだからどうかしてる、と
ローは頬杖をついた。
「・・・お前の写真」
「え?」
「お前にはいつもこんな風に見えるのか、世界が」
例えば見慣れた海辺でさえ、の写真は劇的な光景へと変えてみせるのだろう。
ローの問いかけに、はにぃ、と口の端を上げた。
「ううん。割合普通に見えてるよ。でも不思議だよね。シャッター切るとちょっと違う。
私の手に、時間が落ちてくる。その時の、空気とか、感情とか、匂いとかと一緒に。
写真に閉じ込めれば、どんな世界だって私だけのものになる。
だからそんな風に見えるのかもね」
「海賊らしい言い分だな・・・フフ」
のらしからぬ不遜な言葉に思わずと言った体でローが笑うと、は目を丸くする。
それから何かを探すようにキョロキョロと視線を彷徨わせた。
ローがシャッターを切る。それに驚いて、が息を飲んだ。
が探していたのだろう、”ライカ”が
きょとんとしたの顔を吐き出してみせる。
「おれにも見せろ、。お前の違う顔が見たい」
例えばローに振り回されて、どうしようもなくなってるその顔とか。