Doctors
サニー号ではチョッパーが薬の調合を進めている。舟番をまかされているので、夢中になるわけには行かないが、
客人でもあるが側に居るので、妙に安心してしまっている。
サニー号が停泊しているコックステール島は書籍の島である。
治安も良く、暴れるような海賊も少ない。
そのため、ウソップなどはホッと胸を撫で下ろしていた。
他の島との交流も盛んなこの島は物資の補給もできるとあって、
サンジやルフィらは真っ先に島に飛び出して行ってしまっている。
客人と、ローが本来乗っていたはずのポーラータングは
航海途中、海王類の群れに巻き込まれたので
夜にサニーと合流予定だ。
先にとローがサニー号でナミらと話をしていた為に、
はぐれた際にはハートの海賊団が慌てて通信をして来た、
その時のベポの慌てぶりは記憶に新しい。
それにしても。
「はトラ男と一緒じゃなくて平気なのか?」
チョッパーに付き合い、医務室で調合を眺めていたは苦笑する。
ローはいつの間にか居なくなっていたのだ。
しかしさして気にした様子も無い。
「別にいつも二人で行動している訳じゃ無いのよ。
・・・書籍の島だからね。あちこち見て回ってるんでしょう。
私に色々言うけど、彼も放浪癖があるから」
「放浪癖?」
「一人で行動するのが好きなのよ、船長のくせに」
口ではそう言うものの、穏やかに笑うは
パンクハザードで会ったときよりも雰囲気が柔らかい。
はチョッパーの作った薬を見て、顎に手を当てる。
「しばらく見ていたけれど・・・斬新な調合法だわ」
「うん、トリノ王国ってとこで、勉強したんだ」
「ドラムで基礎を学んだことが生かされてるのね。
前半の、フラスコを用いた製薬技術はドラム王国、
いえ、サクラ王国のものでしょう?」
の推測は確かにその通りで、チョッパーは瞬いた。
「わかるのか?」
「分かるわ、勉強したもの。応用はチョッパー君のオリジナルかしら。
・・・素晴らしいわ」
素直な賞賛に、チョッパーはにこにこと笑みを浮かべながらも悪態をつく。
「褒めても何も出ねェぞ、コノヤロー!」
「・・・お茶と椅子が出て来てるんだけど。
フフフ、遠慮なく座らせてもらうわね」
チョッパーは調合を進めながら横に座ったをちらりと見上げた。
この夢魔の医者はハートの海賊団では薬剤師としての顔も持っていたと聞く。
あのローが重宝していたと言うので、その腕は確かなのだろう。
「そういやも薬を作るって聞いたぞ」
は頷いてみせた。
「ええ、魔眼に頼るのは良くないもの。
ハートの海賊団ではよく、鎮痛剤を作ったわ。
・・・そう言えばストックが切れてたから作ろうかしら。
お隣りをお借りしても?」
「もちろんだ」
は「後で返すわね」と言ってチョッパーから少しの薬草を貰うと
白衣の下に忍ばせていた小瓶からハーブと、また別の植物、
それから砂のようなさらさらとした白い粉、薄い緑色の液体をとりだしてみせた。
「の白衣にはいっぱいものが入るんだな!?」
「ええ。他にも消毒液とか包帯とかメスとか・・・、
持ち歩けるものは持ち歩いているわ」
そんな調子で話しながらも、は慣れた手つきでビーカーに薬草や液を入れて撹拌する。
その手つきは大雑把にも見えるが、矢継ぎ早に化学反応が起こっているのだろう。
まるで魔法の様に、ビーカーの中で色が変わり、弾けるような音がし、
泡が出て、最後には無色透明の、
チョッパーが良く使う鎮痛剤と良く似た香りのする液体が出来上がっていた。
あっという間の出来事だった。
「の作り方、おれの知ってる薬の作り方と全然違う。
・・・すごい、感覚的な感じがする」
チョッパーの感嘆に、は小さく笑って頷いた。
2つの小瓶をとりだしたはその中に鎮痛剤を入れて、チョッパーに一つを渡した。
「くれるのか?」
「どうぞ。材料をくれたお礼に。
それは元々は夢魔の女王のレシピだから。
他の薬を作るときは、私も結構きっちりやるんだけど、
彼女のレシピはちょっと勝手が違うわね。
その日の気温とか、湿度とかによって材料の量を調整するように教えられたわ。
よく効くわよ」
「夢魔の女王・・・のかーちゃんか」
は何かに思いを馳せる様に遠くを見ている。
「ええ、優しい人だったけど、
・・・薬の作り方を教わる時だけは鬼みたいに怖かったわ」
「・・・おれに医者を教えたドクトリーヌも怖かった」
どちらからともなくため息を吐いた。
おそらく似たり寄ったりな思いをしながら学んで来たのだろうと思う。
そんなやりとりをしていると、外から明るい声が響いた。
ウソップとフランキーだ。
「おーい、お前ら、交代だ!」
「書籍の島だろ、チョッパー、楽しみにしてたんじゃねェか?」
その声にチョッパーは目を輝かせ、を見上げた。
「!一緒に行こう!」
は目を瞬かせ、ウソップとフランキーに向き直る。
「・・・麦わらの船医さんとご相伴にあずかるけど、構わないかしら?」
「今更何言ってんだよ、しっかり舟番してたくせに」
ウソップの言葉に、は軽く肩を竦めてみせた。
「同盟相手とはいえ、他の海賊団の船員に留守を預けるのは、
私どうかと思うけど」
「ホントに今更だぞ、それは」
呆れた調子のフランキーに、は眉を上げる。
皮肉な笑みを浮かべてみせた。
「それだけ信頼されてるってことよね、フフフッ、裏切れないわ」
「え!?裏切るのか?!!?」
「・・・裏切らないわよ、言ってみただけ」
慌てるチョッパーに少々たじろいで見せるに、ウソップは指摘する。
「・・・白いの、チョッパーにめちゃくちゃ甘いよな」
「そう?」
「そうなのか?甘いのか?」
「私は普通にしてるつもりなんだけど」
どうも自覚がないらしい。呆れるウソップとフランキーをよそに、
顔を見合わせるとチョッパーは不思議そうに首を傾げてみせた。
※
サニー号の舟番をウソップとフランキーと変わり、
とチョッパーは入れ替わるようにコックステール島に降り立った。
書籍の島とあだ名されている通り、見渡す限り書店街だ。
小説だけを取り扱っている本屋、料理本だけを扱っている本屋、
海洋学専門などなど、様々な書店が建ち並ぶ。
時々眼鏡屋や文具店が顔を覗かせるのが面白い。
「わ〜、本当に本屋だらけだ。書籍の島って言うだけあるな〜!」
チョッパーはナミからもらった小遣いの額を思い返しながらワクワクと街を歩く。
も心なし楽しそうに街並みを眺めている。
「出版社や印刷工場も多いのよ。製紙技術が高いから、
水に濡れても破れないノートや、滲まないインクなんかも売ってたはず」
「すげー!」
目を輝かせるチョッパーには笑う。
「、詳しいな」
「ええ、私も楽しみにしてたの」
その顔を見てチョッパーは、
はこの島をローと見て回りたかったのではないか、と思った。
はローを船長として立てているし、他のハートの船員達とも仲が良い。
軽口を言いながら笑い合う姿は同盟相手である麦わらの一味に見せる表情よりも、
ずっと気安い感じがする。
けど、中でもやはり、ローに対しての表情や雰囲気は特別な気がするのだ。
「やっぱり、トラ男と一緒に来たかったんじゃないのか?」
は少し目を丸くして、眉を下げた。
「フフ、そんなつもりじゃなかったんだけど。
チョッパー君は私と一緒は嫌?」
「そんなことないぞ!」
ぶんぶん頭を振るチョッパーにはクスクス笑って、
ある店を指差して言った。
「ほら、目当ての店が見えて来たわよ。医学書が売ってるわ」
医学書の専門店で、チョッパーは本をと吟味しながら2冊程購入した。
は先にローがこの書店を訪れていることを店員から聞き出したらしく、
何も買うつもりはないらしい。
チョッパーは解剖学のコーナーをとうろうろしながら、
今まで治した病気や、手術のことを話す。
やローは、医師としてのキャリアも長い。
一味とは違う意味で、話していると刺激を受けることもある。
「パンクハザードで魔眼で子供達を鎮静したときは、おれ、吃驚したよ」
「そうね、・・・今はあまり魔眼を多用しない様に、ローから言われているから、
ああいう手術をする機会はなかなかないけど」
の魔眼は手術に応用すれば凄まじい効果を発揮するが、
その分にかかる負担も大きいからそのせいだろう。
「トラ男の手術もすごいよな。・・・子供達バラバラにしてたときは、
心臓が飛び出るかと思った・・・」
チョッパーがパンクハザードでのオペを思い出して息を吐く。
あの時はローがまだどんな人物なのか、
掴みきれていなかったから怖かったのだ。
も苦笑している。
「でも、トラ男の手術、一回近くで見てみたいな、
もちろん、誰かが怪我するのは嫌だけど・・・」
チョッパーの言葉に、は頷く。
「頼めば見せてくれると思うわ。確かに、そんな機会は無い方が良いけどね。
私も何回も助手を務めたけど、いつ見ても驚くわよ。
・・・ルフィ君の手術のときは特に素晴らしい手際だった。
・・・気になっていたんでしょう?」
の瞳は緩やかに細められている。
やはり、夢魔であるに隠し事や嘘をつく事は難しい。
何もかもお見通しのようだ。
「うん。・・・近くでルフィの胸の傷を見て、
どれだけ難しいオペだったのか分かったよ。
2年前のおれが、治せたかどうか・・・」
今もルフィの胸には大きくバツ印の傷跡が残っている。
一目見て頂上戦争で負った傷がどれほど酷いものだったのかが分かった。
それを治したのはローだ。
聞けば、ジンベエと同時に手術をしながら、ルフィの施術に当たったのだと言う。
それを聞いて、チョッパーは尊敬とともに、少しの悔しさを覚えていた。
仲間の傷を癒すのは、自分の役目だった。
もしも同じ状況だったなら、助けられたか分からない。
それではダメだと思ったのだ。自分は万能薬になるのだから。
治せない病も怪我もこの世には無いと信じている。
だけど知識が無ければ、腕が無ければ、誰も救えはしない。
「だからもっともっと、勉強して、
無茶ばっかりするあいつらを治せるようにならなきゃって、思ったんだ。
トラ男にも負けねェ位の医者にならねェと!
あ、!お前にも負けないからな!」
チョッパーの決意めいた言葉に、は少し目を丸くして、
それから微笑んで見せた。
「フフフッ、ライバルね」
は本の背表紙を緩やかに撫でる。
そして、チョッパーに優しく笑いかけ、は白衣を翻した。
その背中を見て、チョッパーはレジに向かう。
早足でに追いつくと、はチョッパーに言った。
「チョッパー君、あなたカッコいいわ。素敵なお医者さんだと思う」
「え!?」
かわいいとはたまに言われることはあるけれど、
カッコいいなんて滅多に言われない。
チョッパーは照れ照れと頬を染め、のふくらはぎを軽く叩いた。
「別に嬉しくねェからな!コノヤロー!」
※
サニー号に戻ることにはもう一味のほとんどが集合していた。
サンジが夕飯を作っているらしく、キッチンから戦場のような音が聞こえてくる。
良く見れば黄色い潜水艦が合流していた。ロビンがベポやペンギン達と話している。
またどんちゃん騒ぎになるのだろう。
帰って来たチョッパーとを迎えたのはローとブルックだった。
なぜかブルックは気分を害している様子である。
「ちょっと、さん聞いてくださいよ!
トラ男さんたら私のこと『よくよく考えたらお前なんで生きてるんだ?』とか言うんです!」
はローに向き直る。
「ロー・・・、言い方というものがあるでしょう。
そこは『どうやって生きてるんだ?』の方が適切だと思うの」
「あんまり変わってないですよ!?」
ガーン!とショックを受けた様子のブルックを無視してローはとチョッパーを見る。
「なに?」
「なんだ?」
ローは不思議そうに首を傾げた二人を見て、軽く帽子を被り直す。
「いや、なんでもない」
何か言いたそうだったのに、と顔を見合わせるとチョッパーはしかし、
サニー号へと足を踏み入れた。
※
宴から一夜明け、また別行動をとることにしたらしい、
ハートの海賊団と麦わらの一味は、一同に介していた。
ローとルフィが何か話している。
は腕を組んでその様子を見守っていたが、
チョッパーが近寄って来たので、しゃがみ込んで視線を合わせた。
「!・・・しばらく会えないだろ?だから、これ・・・!」
「・・・私に?」
「うん!鎮痛剤のお礼だ!」
はチョッパーから渡された包みを見て瞬いた。
調合していた麻酔薬だ。それから、白い花模様の万年筆。
チョッパーはエッエッエ!と笑っている。
の真っ白な睫毛に縁取られた灰色の瞳が優しく細められた。
その中に、幾つも星屑が浮かんでいる。
誰かがほう、と思わず息を飲んだ。
「ありがとう、チョッパー君」
帽子の上から優しい手つきで撫でられる。
微笑んだその顔に、チョッパーはトナカイなのにどぎまぎしてしまった。
ロビンが面白そうに、ローに囁いている。
「あら、意外とあなたのライバルはチョッパーなんじゃないかしら」
「・・・」
医者として認めていると言う意味なのだろうか?
不思議そうに首を傾げたチョッパーに、は小さく笑った。
「そうね、チョッパー君はカッコいいお医者さんだものね」
「さん!?」
ハートの海賊団はざわついている。
ローは深いため息を吐いて、チョッパーに視線を合わせた。
「・・・またな、トニー屋」
「おう。またなトラ男!こんどは3人で話せると良いな!
あと、負けねぇからな!」
決意も新たにチョッパーが宣言すると、ざわめきがより大きくなった様に思えた。
心なし、ローも少し驚いている様に見える。
はフフフ、といつものように笑っていた。