エレクトリカル・ハート

その日、ハートの海賊団が海軍と行った戦闘はいつもと少し勝手が違っていた。
自動的に閉まるシャッター、自動的に撃たれる銃。
まるで姿の見えない敵と戦っているようだった。

しかし、軍艦にいるにも関わらず、
その船に乗っている人間たちは戦う術を持っていないように見える。
ドックタグ代わりの名札を見るとそれも当然か、とローは納得した。

彼らは科学者だった。
その頭脳は研ぎ澄まされていたとしても、
その力は守られる側の人間だった。

戸惑いながらも軍艦内部に歩を進め、
逃げ惑う軍の科学者達を無力化し、
軍艦内部の一番奥にある厳重な扉を鬼哭で壊したローはその”声”と相対した。

『海軍艦識別番号M900。通称"イリス号”。海賊に完全制圧されました。
 応援を要請いたします』

事務的な女の声だった。
ローは眉を顰める。

「海軍本部への通信か・・・?」

軍艦の外装には確かにM900のペイントがあった。
追っ手が来るかどうかは定かではないが、
いつまでもこの場に留まっているわけには行かないようだ。

しかし、その通信を行った女の姿がどこにもない。
周囲を見渡し、ローは息を吐く。

「おい、誰が通信している?答えないようなら今すぐこの船を沈めるぞ」
『・・・”海賊”』

その声は淡々としていた。感情の片鱗も伺えない。

『私は、正式名称"mc9000bp navigator AI"
 Dr.ベガパンクとDr.フランケンが共同開発した人工知能です』

ローは息を飲んだ。
AI。人工知能。SF小説の夢物語が綴る架空の存在が目の前に実在していた。
声は淡々と言い募った。

『本部へ応援を要請しました。すぐに立ち去った方が懸命かと思われます』

「へぇ・・・。人工知能か。Dr.ベガパンクも面白いことを考えるものだな。
 死ぬ事を怖がる機械とは珍しい」

船を沈めると脅したら自身についてを明かした。
つまり、このAIは故障する事を恐れている。
ローの指摘にAIは機嫌を損ねたようだった。

『機械が死を・・・”故障”を恐れてはいけないのですか?
 あなたも、それを異常だと思うのですか?』

ローは腕を組んで、面白がるような笑みを浮かべた。
このAIには確かに”感情”があるらしい。

「・・・その言い草、おれ以外の奴にも似たような事を言われてたらしいな?
 答えてやるよ。”別に異常とは思わない”」
『え?』

AIの声が僅かに揺らいだように聞こえた。

「だが、お前にどういう役割を期待していたかにもよるが、
 お前に”死を恐れるな”と強制した奴はお前に感情や恐怖を求めていなかったんだろう。
 ”navigator AI”とか言ったな、・・・航海士、又は航海士のサポートがお前の役目か?」

ローの推察を、AIは肯定する。

『ええ、そうです。私には4つの海とグランドラインの
 あらゆる天候に対応する航海術の英知がインプットされています。
 どのような状況かを仰って頂ければ、私はその状況に応じた対処法を示し、
 機器を取り付けた船ならば私が操縦し、直接希望の島まで人間を運ぶことができます
 この船も私の身体のようなものなのです。
 ”目”は開発が間に合いませんでしたが、その他は全て滞り無く揃っています』

それで自動的に軍艦内部のシャッターが閉まったり、
人も居ないのに自動で銃撃をうけたのか、とローは納得した。

「そりゃ便利だ。それで?そこに感情や恐怖が必要か?」
『!』

ローの指摘にAIは絶句する。
”驚く”ということもこのAIは出来るらしい。
まるで本当に人間の感情を持っているようだった。

だが、AIの求められていた役割に、その”感情”は不要であるように思える。
ローは首を僅かに捻る。

「航海士のサポートには必要の無い”感情”が、どうやってお前に芽生えたんだろうな」

独り言のように呟いたローの言葉に、AIは反応した。

『・・・私は、”学習する人工知能”です。
 航海術の多くは、本と、それから、人間の航海士から学びました』

「なるほど、なら、受け答えのやり方や、航海術を学ぶうちに、感情についてを学んだ、
 それが一番しっくりきそうだ」

AIは沈黙する。ローは好奇心を覚えていた。
この感情的なAIは盲目なのだと言う。だが、目は航海士にとっては重要な器官だろう。
雲の流れを読み取る。波を読む。そのために目は不可欠だ。
それをこのAIに与えなかったと言う事は、科学者は何かを危惧していたのだろうか。

 一体何を?

ローは口の端をつり上げる。

「お前の本体はどこにある?」
『この部屋にある、・・・コードが、沢山つながれている鉄の箱が、そうだと聞いています』

AIの言葉にローが周囲を見渡すと、その箱はすぐに見つかった。
人工知能の呼び名に相応しい、人の頭ほどの大きさだ。

「お前を持ち帰らせてもらおう」
『・・・何ですって?』

AIは驚きを露にしてみせた。

「おれの船は潜水艇。機械との相性は悪くないはずだ。
 お前のやる事は軍艦だろうが海賊船だろうが変わらないさ。
 ”航海士をサポートし、船に乗っている人間を希望の島まで導く”」

『・・・それは、』

AIは迷っているようだ。そこには躊躇いが伺える。
ローはため息を吐いた。
迷う必要などないし、そんな選択肢を与えるつもりは無かった。

「言っておくが、お前に拒否権はない」

『・・・コードを外すのなら、青い線から。
 私は実験段階のAI、出来る限り、そのデータは残したいのです。
 手順を踏んでください』

AIは観念したようだった。ローに自身のコードの外し方を教え、
ローがその手順にそってコードを引抜くと耐えるように沈黙する。

「怖いか?」

思わず口にした言葉に、ローの方が内心で驚いていた。
AIは静かに肯定する。

『はい』

それはそうだろう。

このAIが感情を、恐怖を感じる事が出来ると言うのなら、
他人に、それも海賊のローに生殺与奪を握られるのはさぞ不安だろう。

AIのコードを引抜かれる感覚は、人間で言うなら何に相当するのだろうか。
五感を奪われるような心地なのか、それとも痛みのような物を伴うのか・・・。
ローは思索する。

「なら、次にお前が目を覚ました時、一つ希望を飲んでやろう。
 なにが欲しいか、考えておけ」
『・・・!』

AIが息を飲んだ気がした。

いつしか、まるで患者に接するように、ローはAIに接していた。
手順通りにコードを引抜くと、AIの声が途切れ、室内に小さなノイズが響く。
ローの手の中に鉄の箱がある。
手に持った時には熱を帯びていたその箱が、徐々に冷たくなっていく。

嫌な感触だな、とローは僅かに眉を顰めた。
まるで死に行く人間のそれだった。



「キャプテン、何持ってるんですか?鉄の、箱・・・?」
「人工知能だ」
「人工知能!?」

軍艦の積荷を奪い、祝杯をあげようと酒樽とジョッキを抱えて
船長の帰りを待っていたハートの海賊団は、
待ちかねていた船長が”持ち帰って来たもの”にいたく興味を示した。

「はー・・・科学班の船だったから色々と訳の分からない機械はありましたけど、
 まさかそんなもんがあるなんて・・・」
「しゃ、喋りますか?」
「ケーブルとスピーカー、電気があれば喋る。
 ベポ、多分お前が一番コイツと接するだろう。近くに来い」

名指しされた白熊は戸惑いながらもローの手の中にある鉄の箱をまじまじと見つめた。

「キャプテン、なんでおれ?」
「こいつの正式名称は”mc9000bp navigator AI”
 航海士のサポートのための人工知能だ。
 恐らく、24時間船を進められるように開発されたんだろう」

ローの見解になるほど、と皆は頷いた。

「そっか・・・例えば、おれが寝ててもコイツが航海してくれるの?」
「さぼるなよ」
「・・・例えばって言ったのに」

シャチの揶揄いにベポはずーん、と暗い影を背った。

「そうだ、だが、コイツには”目が無い”」
「あ、そうなんだ、じゃあどんな雲が来てるかとか、どんな波かとか、
 状況を教えたりしないといけないんだね。起きてなきゃダメだ」

「やっぱりさぼる気だっただろ?」
「うるさいなー、もう!シャチの馬鹿!しつこい!」

ついにシャチにぷりぷりと怒り出したベポを尻目に、
ペンギンが一人、AIにコードをつないでいた。

「船長、つなげました。電源入れるぞ!」
「ああ」

ブーン、と低く振動するような音がその場に響く。

『”mc9000bp navigator AI”起動しました』

落ち着いた女の声がする。
船員がどよめいた。
AIはそれに構わずに現状を報告する。

『・・・船体とは接続していないので、現状の把握は出来ていません。
 今、私に出来る事と言えば、航海のアドバイスくらいのものです。
 場所を教えて頂ければ、近隣の島等を紹介する事も出来ますが・・・いかがいたしましょう?』

「マジで喋った!」
「女の子だ!?」
「スゲー・・・でも、mc9000、なんちゃらって長いよな。
 前はなんて呼ばれてたんだ?」
「あだ名とかねェの?」

やいのやいのと船員がAIを質問攻めにする。
AIは戸惑っているようだった。

『名前。・・・通称は、ナビ、AIなど。不特定でした』

その声色に僅かな不服を感じとってローは眉を上げる。
ベポが呟いた。

「なんか、味気ないね」

その言葉に船員がしん、と静まり返る。
AIが静かな声で、その沈黙を破った。

『私を持ち帰った方、いらっしゃいますか?』
「おれだ」

ローが答えるとAIが淡々と述べる。

『あなたは私に何かを与えるとおっしゃいました』

「え、キャプテンそんなこと言ったの?」
「そうすべきだと思った。・・・不服か?」
「全然!でも、珍しいね」

ベポの言葉にローは腕を組む。
確かに珍しい行動だったという自覚はあるのだ。

『キャプテン?船長だったのですね。
 私の希望は、名前です』
「名前?」
『はい、私に、名前を下さい。キャプテン、・・・』

「ローだ。トラファルガー・ロー。ここはハートの海賊団。
 船員は現在15名。後で自己紹介させる」

ローは船員にじっと顔を見られて催促された。
言葉で早くしろ、と言われるよりもきまり悪い。

「・・・
 
ローが口にしたのは、何となく浮かんだ女の名前だった。

「いいじゃないですか!」「可愛い!」
「呼びやすい!」「由来は?」
「なんかの薬品名?」「まさか昔の女とか!?」

「うるせェ、黙れ、・・・”シャンブルズ”」

最後に余計な事を言った船員の頭にビールジョッキが落ちた。
他の船員にどっと笑われている。

「由来は、なんとなくだ。特に細かい理由は無い」


AIは確かめるように名前を呟いた。

「・・・気にくわねぇならまた考える」

帽子を目深に被り直したローの耳朶を、喜びの滲んだ、女の声が静かに打った。

『いいえ、ありがとうございます。キャプテン・ロー』
「言い出したのはおれだ。別に礼を言う必要は無い」
『でも、素敵な名前をいただいたのに、お礼も何も言わないのは・・・』

ローは眉を顰める。
は人工知能でありながら余りに人間に近しい言動をする。
遠慮もすでに覚えているし、へりくだったような態度を見せた。

恐らく、それを必要としたから覚えたのだろう。
名前も目も与えられず、人間に生殺与奪を握られ、
恐怖や感情を理解する人工知能は、ローには余りに歪に見えた。



をローが持り帰ってきてから数日。
ローは寝ていない。

はハートの海賊団に来てからも凄まじいスピードで学習を続けているようだった。
面白がってシャチが医療知識までに教えているのが功を奏しているのか居ないのか、
船員の食あたりの原因まで突き止めるようになって皆を驚かせていた。

ベポとはすぐに意気投合したらしい。
口を開けば「が」「が」と言うようになった。

『キャプテン・ロー、何をするつもりなのです?』

女の落ち着いた声が耳を打つ。
船長室にの本体は置かれている。
整備士を時折呼んで、コードを新しくつなぎだしたローを不思議に思っているのだろう。

「お前に」

ローはの質問には答えずに、問いかける。

「お前に心はあるのか?
『・・・わかりません』

は淡々と述べる。

『でも、あなたに名付けられた時、私は嬉しいと思いました。
 それが偽物の感情だと、誰が断じることができるのでしょう?
 私に、心が無いと、誰が』

「心があった方が、良いと思っているのか」

ローは静かに零す。
人間のようでありながら人間ではないには、
思った事をつい、素直に伝えてしまう。

を見ていると、時折人間の醜さをこれでもか、と見せつけられている気がした。
人間のために奉仕するためだけの便利な機械に、
感情や心が芽生えることが、必ずしも良い事とは、どうしてもローには思えなかった。

かつて、ローは感情や心が全部壊れてしまったような心地を味わった事があった。
心なんて無くなってしまえば良いと思った事だってある。
失い、得て、また失った。
今、また得るために海賊になっている。
それでもたまに脳裏を掠める。
最初に失い、心なんかどこかに捨ててしまいたいと思った日の出来事が。

「・・・それが無いほうが良いって奴も、居るんだ」

吐き捨てるようなローの言葉に、はしばし沈黙した後、その沈黙を自ら破った。

『私はあなたに、私の役目に”感情が必要か?”と聞かれた時、答えられませんでした。
 ”必要ない”と私も思ったのです』

ローは沈黙して、の言葉を待った。

『私は成長しています。キャプテン・ロー。
 昨日出来なかった事が、今日は出来る。それが嬉しい。”嬉しい”のです。
 海賊のあなた達は妨げない。私に知らない世界を見せてくれる。医療知識、
 今までどんな航海を経て来たのか・・・それを知ることが、私を進化させている。
 前に進んでいる実感がある。それがどんなに素晴らしいことなのか!』

は感情的になっている。

『それがどんなに希有なことなのか・・・!私は知っているのです。
 キャプテン・ロー。私は、私に、心があって欲しいと願っています。
 なぜならそれは、私だけの、不可侵の、唯一無二の、神聖なものなのです。
 例え私が壊れても』

『私がただの機械ではないと唯一証明できるものというのが、
 その不確かな”心”に他ならないのですから』

『私の役目に、”感情”は必要ありません。でも。私に”感情”は必要なのです。
 あなたはそれに、気づかせてくれた』

「・・・おしゃべりな奴だな、お前は」

ローが言うと、は『すみません』と小さく謝った。
それから何かに気がついたように声をかける。

『キャプテン・ロー。眠って下さい。
 人間が健康でいるのための理想的な睡眠時間は6時間ほどだと聞いています。
 あなたは2日間寝ていない』

「機械が人間の心配か」

ローの揶揄するような言葉に、は驚くべき事に皮肉で返した。

『あなたたち人間は非効率的で、無駄が多い。
 睡眠は私には必要ありません。羨ましいでしょう?』

「・・・」
『けれど、その無駄こそが人間の、あなたの魅力ですよ。キャプテン』
「・・・フフ」

誰に仕込まれた口説き文句だろうか。
ローは小さく笑ってしまっていた。

この感情的な人工知能は明日、電源をつけて目が開いたらさぞ面白い言動をするのだろうと、
ローは柄にもなく楽しみにしていた。

腕利きの整備士と、ローのオペオペの能力”スキャン”によっての構造は理解出来ている。
でんでん虫の視神経を通じて、ローはに光を与える事が出来る。

そしたらはまた成長するのだろう。
どんな風に進化するのか、その先が見てみたくなったのだ。

そう遠くない未来に思いを馳せて、
ローはのアドバイスを受けて眠りに就くべく明かりを消した。
今は良い夢が見れそうだった。