Puppy love

ある語り部の黄金の地獄と七色の海の夢


私の住んでいた島はグランドラインとカームベルトのギリギリの境界にある宝島だった。

”ゴールデン・クーヘン島”
その島の中心には大樹がある。
幹の太さは島の四分の一を占めた。周囲を取り囲むようにぐるりと村が広がる。

その大樹は特別だった。
秋にはひらひらと金箔の薄い葉と、葡萄の実のような金塊を落とす。
金のなる木、”ゴールドツリー”

その木のせいで地獄だった。

この木を狙って、海賊が押し寄せた。
政府は当然のようにこの島を支配した。
軍を置いて、毎日のようにやってくる海賊を追い払う。
それだけなら島民達は政府に感謝しただろう。
しかし、彼らは島民を守る代わりにゴールドツリーの落とす富の大半をかっさらっていった。
葉をかき集め、金塊を拾い集める島民が、その金の恩恵に預かることは出来なかった。
大人の誰かが言った

”どちらが海賊なのか、分かったものではない”

来る日も来る日も、荒くれ共がこの島に訪れる。
海兵達が防衛する。
物心ついた日から、銃弾の雨が降った。
大砲が私の目覚ましになった。

そして、ゴールドツリーは島に深刻な問題を齎していた。
普通の植物や作物が育たないのだ。
ゴールドツリーが栄養を持っていってしまうようで、小麦も野菜も果物も皆枯れ果てる。
この島で育つのはゴールドツリーの大樹と、その株分けした若木達。

滑稽だった。
島は豊かさの象徴であるはずの黄金に輝き、煌めくのに、
そこに住む人間は餓えている。

食べ物や衣服を得るためには航海に出なければ行けなかった。
しかしその航海も、あまり上手くは行かなかった。
海賊によく狙われた。何しろ積荷の大半が金塊なのだ。当然の話だった。
そして、護衛を海軍に頼むと恐ろしい程の税を課された。

生かさず殺さず、そんな風に島民達が真綿で首を絞められていた。
永遠に続く奴隷のような労働の日々。反抗する気力も失せていた。
そんな時だった。

白ひげの船がここに来た。

重税を課していた海軍を追っ払った。
他の海賊を返り討ちにした。いつの間にか港に白ひげのジョリーロジャーが翻った。

ああ、秋にはどれほどの金を彼らに渡さなくては行けないのだろうか。

島民のほとんどが腹をくくっていた。
だが、白ひげはほとんど金を求めなかった。

何か裏があるに決まってる。

幼かった私は慌てる大人達を他所に、
白ひげに会わせろ、と白ひげの船に忍び込んで癇癪を起こした。
昔食べた死ぬ程不味い果物のおかげで私は金色の毛並みをもった動物に変身出来たから、
紛れ込むのは簡単だった。

「あーわーせーろー!白ひげにあーわーせーてー!」
「うるせェよい!何だお前!どっから入った!?」

シャツの襟首を掴まれても構わずじたばた暴れた。

「下っ端に用は無いの!船長に会わせてよ!」
「このクソガキ、何なんだ一体!」

その男は海賊のくせに子供の私に乱暴な事はせず、
しかしその扱いに困っているようだった。

私の襟首を掴んだ青い目の男以外は、私を遠巻きに見ていた。
しばらくするとざわついていた海賊達が徐々に静かになっていく。
気配がした。背筋がぞわぞわするような、そんな気配だった。

「なんだ、ちび。おれに会いてェ女ってのはお前か」

全身が震えあがるような低い声がその場に響いた。
鋭い目つきに、三日月型の白いひげ。
もう年齢は私の祖父とそう変わらないはずなのに、驚く程の生命力に満ちあふれている。

私はその顔を見上げた。震えるのを叱咤してズボンを握りしめる。
視線だけで殺されそうだった。
それでも、私は唾を飲み込んで、質問をする。

「なんで、この島をナワバリにしたの?
 あなたはゴールドツリーの富が目的だったんじゃないの?」

白ひげは眉を上げた。
私の目を見て、頷いた。

「そうだ」
「・・・ならなんで”りゃくだつ”しないの。海賊のくせに」
「グララララ!」

白ひげは私の頭を大きな手でぐらぐら揺らすように撫でた。

「もう奪ってるさ。あの木の下で飲む酒は美味いんだ。
 お前にはまだわからねェだろうな、鼻っ垂れの、犬っころ」

もうどうしようもなく怖くて、動物の姿をとっていた。
本当は尻尾を巻いて逃げ出したかった。
だけどそうも行かない。私の襟首を掴んだ男がまじまじと変身した私を見つめていた。
じたばたしても、ビクともしない。

「・・・犬じゃないもん。ライオンだもん。
 学者の先生にはゆくゆく3mくらいになるって言われてんだから!
 噛み付いてやる!」

「へえ、なら肘置きにしてやろうか?敷物にするか?」
「ひっ」

「グララララ!おい、マルコ、その跳ねっ返りを家に返してやれ」
「・・・了解」

白ひげは私を揶揄ってから最初に私の襟首を掴んでいた、
マルコという青い目の男に町まで送ってやれ、と命令した。

マルコは頬をかき、めんどくさそうな顔をしながらも、私を送る。

「お前、ビビリなんだか、肝が座ってんだかわかんねェな」
「・・・あんなデカくて怖くて、情の深い人、初めて見た」
「へぇ?」

マルコは眉を上げた。

「なかなか見る目があるじゃねェか。しかしなんでわざわざうちの船に忍び込んだりしたんだ?」

「・・・私の、父親も母親も海賊に殺された。海賊なんて信用出来ない。
 なのになんであんた達がこの島を助けるような真似すんのか理解出来ない。海賊のくせに。
 だから自分の目でちゃんと見るし、自分の言葉でちゃんと聞くの」

マルコは私の顔をじっと見た。
値踏みするような顔だった。

「で?どうだった?」
「・・・分かんない。嘘は吐かれてなかったと思う。・・・変な海賊」
「フフ、お前も充分変なガキだよい」

笑ってぐしゃぐしゃに頭を撫でられた。
それが始まりだったのだと思う。



数年後、私は白ひげの船に無理矢理乗った。
船医としての知識をつけた。女の私があの船に乗るにはそれしか方法が無かったから。

制服みたいなヒョウ柄のタイツは私にはあんまり似合わない。
先輩ナースが揶揄うように言う。

「あんたはどっちかって言うと犬みたいな顔してるからね」
「というかメスライオンがヒョウ柄着るってどうなのよ」

それから響く笑い声。

「・・・噛み付きますよ、先輩」
「あら怖い」
「アハハ、船長の肘置きしてるときは本当に大人しいのにね」

舐められている。そりゃそうだ。私はこの船の中で1、2を争う位若い。
それでも動物の体をとれば2メートルちょっとはあるのだ。
おかげで船長は私を本当に肘置きにした。
マルコも私を枕のように扱うようになった。昼寝する時は必ず呼ばれる。

皆私を家具にしたがる。

、ちょっと来い」
「はい、マルコ隊長」

私は獣の形態をとった。白ひげ海賊団は傘下も含めて私のこの姿には慣れている。
悠然と歩いてやる。日当りの良い甲板で、
私はまるで大きなベッドのように寝そべってやる。

「もう言われる前から分かってんだな」
「何回も同じ命令を受ければ、否が応でも」

マルコは私の胴体に頭を預けた。
毛並みを整えるように撫でられる。
私は目を瞑る。

「マルコさん」
「なんだ?」
「大好きです」
「知ってるよい」

ぼすぼす、と頭をいつかのように撫でられる。
この人、私の言っている意味をちゃんと分かっているんだろうか。
時折不安になる。

私のたてがみの無い頭を混ぜっ返して、マルコは小さく笑った。

「でっけえ犬っころになっちまったな、お前」
「・・・ライオンはネコ科ですよ」
「中身は忠犬だ」

枕の次は犬扱いだ。

・・・噛み付いてやろうかな。
そしたら少しは思い知るかな。

この人が笑って私を撫でるものだから、
私の故郷に来るたびに面白がって私に海の話をするものだから。
私は海に憧れた。

私の世界を金色の地獄から色鮮やかな七色の海へ変えて、
気まぐれに去っていくものだから、私は追いかけたくなった。

私の手からすり抜け逃げていく、この人の見せる青い炎が世界で一番綺麗だと思った。

いつか絶対捕まえてやる。不死鳥だかなんだか知らないけど、狩りなら得意だ。
だからそうやって眠ってられるのも今のうちだ。

・・・今は枕で構わない。こうやってまどろむ時間が、私も結構気に入ってる。

私は目を瞑る。大きなクジラ、モビーディックの上で波に揺られながら、夢を見るのだ。
永遠に捕まらないその人を追いかけ続ける夢を。

幕間:顔に傷のあるコックの証言


またマルコがを枕にしてる。

フカフカの毛並みは確かに気持ちよさそうだが、それを味わったことのある人間は限られている。
マルコがを他のやつに貸すことはないからだ。

親父の肘置きを枕にできるのはマルコだけ。

一回エースが羨ましがって交渉してたけど許さなかった。
そりゃそうだ。
懐いて一生懸命後ろをついてくるかわいい忠犬を誰が貸したがる?

がガキのころから、マルコはを気に入ってた。
賢くて面白いガキが居る。そんな風にゴールデン・クーヘンに足を運ぶ度に言っていた。

その”賢くて面白いガキ”が成長して船に乗ることに決まって、マルコは頭を抱えてた。
一言で言うなら懐かれ過ぎたんだな。

は好意を隠さず素直に伝えて見せる。
若いってのはすげえよ。照れもあるはずなのに直球勝負で挑んでくる。
大人はタジタジだ。

マルコさん好きです。
マルコさんかっこいいです。
マルコさん子ども扱いしないで。
マルコさんマルコさんマルコさん。

ありゃたまんねえだろうな。
あいつの大人の余裕って奴がいつまで通じるのか見ものだ。

一つにアドバイスするなら、ライオンじゃなくて人間の格好して言ってやればいいんだ。
あいつ割と愛嬌のある顔してるぞ。ライオンのくせに犬顔だけど。

は?余計な事は言わなくていい?
おれはに2万ベリーかけてるんだよ。必死にもなるさ。

海を教えた男の見る風景


どこで間違えたのか知らねェが、子どもに懐かれた。

その子供が不憫な生い立ちだったからか、
海賊を憎んでいたからか、
白ひげをそこらに居るクソみたいな海賊と一緒にするな、とムキになって親父の功績を聞かせたからか、
それともあんまり目を輝かせて航海の話を聞くからか、
あるいは一目で親父の怖さと偉大さを嗅ぎ取って見せたその嗅覚を
面白がって構ったのが良くなかったのか、
今となっちゃわからない。

気づけばはおれに懐いていた。懐き過ぎていた。

腕を磨いたんです。マルコさんと居たい。
船に乗せてくださいと、いつかのごとく迫ってきた時、一回は追い出せた。

「親父は女を船には乗せねぇ。女を戦闘員にはしねェよい」

その時のの顔ときたらまるで捨てられた子犬だった。
打ち拉がれていた。だがそれで諦めたと思ってた。

そしたら数年して、医師免許を目の前に叩きつけられた。

「これで文句はないですよね、マルコさん!」

キラッキラに眩しい笑顔でそんな風に言われて絶句するおれを親父は笑った。

「一本取られたな、マルコ」

本当にな。

ガキだガキだと思ってた間に成長してた。
船に乗ってからは暇さえあればおれの後をついて構えとねだる。

お前ライオンなんだろ? 猫なんじゃねえのかよい。
なんで犬みてェなことするんだよ。

ゆくゆくは3メートルになるっていう学者のいうとおりなら、
はまだ成長の余地があるということになる。

今でさえ手に負えないのにこれ以上成長されたら困る。
海賊嫌いだったくせに海賊になりやがって。
多分もっと別の場所にふさわしいやつがいるはずだろ?
人の気も知らねえで尻尾振りやがってお前本当に馬鹿だよい。

・・・突き放しきれないおれも馬鹿だ。

いつまでも寝たふりは通用しねェだろうな、とマルコはの胴に頭を深く沈めた。

モビーディックの帆が影を落とす。
波は太陽の光を反射して黄金色に光っている。
穏やかな時間を慈しむことが海賊には不似合いだと知りながら、過ぎ行く時間を味わっていた。