From Deep Sea
海底一万メートルにある魚人島。ここは地上にあるシャボンディ諸島同様に、シャボン文化を持つ、
人魚、魚人の楽園だ。
そしてなによりこの島は、新世界の入り口にあたる。
その日、麦わらの一味がその島を訪れたタイミングは、
彼らにとって最悪と言って良かった。
麦わらの一味は新・魚人海賊団の襲撃を受け、
挙げ句、その悲惨な歴史故に人間排斥の野望を持つ
新・魚人海賊団船長のホーディ・ジョーンズが王国乗っ取りを宣言したのだ。
かつて頂上戦争で手を組んだジンベエや、
人間との友好を目指す人魚姫、しらほしの助けを借り、
麦わらの一味は大規模な戦闘を行うことになった。
2年間の修行をつけた麦わらの一味は、新・魚人海賊団の精鋭を倒したが、
流石に無傷とは行かない。
おまけにホーディが自棄になって魚人島もろとも
麦わらの一味を滅ぼそうとし、巨船”ノア”を落としてしまったのだ。
結果としてノアは止まり、ホーディとの戦闘はルフィが勝利した。
しかし、ノアを必死に止めようとしたルフィはかなり激しく流血している。
戦闘の後遺症か、動けないチョッパーをロビンが支えながら、
なんとかルフィを診察していた。
「だめだ、血が足りねぇ・・・誰か血液型F型いねェか!?」
倒れたルフィの横で、血液が必要だと声を上げるチョッパーだが、
魚人や人魚達は献血を躊躇うそぶりを見せた。
永きに渡り、魚人島の法律では人間に輸血をしてはいけないと言うことになっている。
「わ、わたくし、血液型違いますけど赤いです!
ダメですか!?」
しかし、しらほし姫が涙を流しながら口にした言葉に、国民はざわめいた。
一国の姫が、魚人島を救ったとはいえ一介の海賊を助けるために
法を無視しようとしたのである。
そこに進み出る影が二つあった。
一人は先ほどまで麦わらの一味と戦っていたジンベエだ。
「わしの血を使え・・・!『F』じゃ!幾らでもやるわい!」
「ジンベエ!」
腕をまくり、宣言するジンベエの横には、
医療器具の入ったカバンを持った蛸の人魚が居る。
「私にも、お手伝いさせてください。私も医者です」
「殿!」
フカボシが声を上げた。
その声の方を振り向いて、蛸の人魚、は口の端を上げる。
相変わらずその眼差しは前髪に隠れていて表情は読み難いが、
どこか苦く笑っているようだった。
「でも、法律が・・・」
チョッパーが躊躇うようにジンベエとを伺った。
「わしは海賊じゃ、だが、お前は・・・」
ジンベエもどこか気遣うそぶりでを見るが、
は緩やかに首を振った。
「私の両親も、思う方も・・・海賊ですから」
「そうか・・・ん?ちょっと待て! だから思う方とは誰なんじゃ!?
お前わしがさんざ聞いてもはぐらかしおって・・・!」
「さぁ、そんな事より、先に輸血を済ましてしまいましょう」
焦るジンベエを笑顔ではぐらかし、
テキパキとチョッパーの手伝いをするに、
麦わらの一味は頭に疑問符を浮かべながらも、ルフィの意識が戻るのを待った。
※
竜宮城、宴席。
ルフィの意識が戻り、盛大に城で宴会が開かれることになった。
は一度はその席を断ったが、
どうもチョッパーがの事を知っていたために、
是非にと招かれたらしい。
サンジはジンベエにのことを尋ねた。
「は、魚人海賊団に居た、わしの先輩らの娘じゃ、
最近じゃ医療の分野で色々と論文だの何だのを発表しとる。
そのせいでホーディの奴に目を付けられておったので、色々と苦労したようじゃ」
「ああ、それでチョッパーと色々話し込んでんだな」
チョッパーと楽しそうに話しているを見つめながら、サンジは顎を撫でた。
「ああ〜、しかしなんて艶かしいお人なんだ〜、美しい・・・」
「うむ・・・、すっかり娘らしくなった。
昔は寝食を忘れ屋敷に籠り、研究に没頭していたと聞いていたのだが。
・・・なにせの両親は、ろくにを構いもせんかったからのう」
淋しかったのだろう、と呟いたジンベエにハッとして、サンジはを見る。
「ハチもを気にかけていた。
わしもお世話になった先輩の娘とあって、
まるで自分の娘のように感じることさえある・・・、ハァ」
「・・・ははーん、それがどこの馬の骨とも分からない海賊に
心を奪われてるとあって面白くねェんだな?」
サンジが揶揄うように笑うと、ジンベエは少したじろいだようだった。
「むっ、そうじゃな、言ってしまえばそんなところじゃ」
「はァー、しかし綺麗な人だよなァ、
意中の海賊が羨ましいぜ、
ルフィ、あの人の事仲間にしねェかな・・・」
「ダメじゃ!」
ジンベエが頑な態度で突っ込むと、サンジは「冗談だよ」と軽く肩を竦めた。
しかし噂をすれば影だ。
チョッパーと話し込んでいたにルフィが声をかけた。
サンジとジンベエはどちらからともなく、その様子をうかがう。
「お!お前、おれのこと助けてくれたんだって?ありがとな!」
「どういたしまして。
・・・それにしても、傷は大丈夫ですか?ふらついたりとかはしませんか?」
「んん!大丈夫だ。メシ食ったら治った」
「・・・それなら良かった!」
にこやかに微笑んだにルフィは、にっ、と歯を見せて微笑み返し、
あっけらかんと言い放った。
「お前良い奴だなァ、おれの仲間になれよ!」
「えっ?」
「ルフィ、貴様ァ!一般人を気軽に海賊に誘うとはどういう了見じゃ!?」
見かねたジンベエがルフィを叱りつける。
しかしその横でチョッパーもさりげなくを誘っていた。
「が仲間になってくれたら心強いぞ・・・!」
は少し戸惑っている様子だったが、やがて首を横に振った。
「ごめんなさい、私、麦わらの一味に入るわけにはいかないの」
「そっか、」
「えーっ、なんでだよ!海賊は冒険すんだぞ、楽しいぞ!」
「ルフィ!」
駄々をこねるルフィと焦るジンベエを前に、
クスクスとは笑い出す。
「・・・会いたい人が居るんです」
「んん?」
「足手纏いになりたくなくって、人魚柔術・人魚具術を習いました。
やっと最近有段者になれたんです。
ホーディから命を狙われていたのを、なんとか撃退出来る程度には、私も強くなれた」
ルフィは首を傾げる。
「お前、待ってるのか、そいつが迎えにくるの」
「・・・いいえ」
は笑みを深める。
「追いかけようと思ってるんです。
新世界に居るのは分かっているもの」
「な、なんじゃと?!初耳じゃ、おい!」
ジンベエが目を丸くするのにも構わず、ルフィは腕を組んで、
一人納得したように頷いた。
「ふぅん。そっか。なら仲間になるのはダメだ。
でもなんか気持ち分かるよ。おれもシャンクスに会いてぇもんな!」
「人魚が一人で航海なんざ危ないじゃろ!?」
「シャンクス?四皇の?」
「ああ!この帽子をおれに預けてくれたんだ」
「!話を聞かんか、コラ!」
そのやりとりを眺めていたサンジは頬杖をついて笑った。
「ハハッ、過保護な親父みてェだな、ジンベエの奴」
※
新世界 海上。
ビッグマムにケジメをつけようとするジンベエに付き添うように
はホールケーキアイランドに向かっていた。
麦わらの一味を見送った後、一人で航海に出ようとするをジンベエが止めた結果、
このような事になってしまったのだ。
ジンベエはの身を案じていたのだ。
一人で航海をするよりは、ジンベエに操舵術を習いながら新世界に入った方が良いだろうと、
言葉を選べば、は納得した様子でジンベエと航海をすることになった。
ログポースを見ながら及第点の航海術を覚えたらしいを
ジンベエは複雑な表情で眺める。
海賊を相手に恋い焦がれたところでそれが報われることは少ない。
娘らしくなったならば、他にいくらでも相手が居ることだろう。
しかしが娘らしくなったのも、
外の世界に目を向け、自身を試そうと大海に飛び出す勇気を得たのも、
強くなろうと決めたのも、どこぞの馬の骨とも知れぬ海賊のためなのだ。
おまけに、ジンベエが誰だか聞いても答えようとしない。
魚人島に数年振りに戻り、見違えるように娘らしく美しくなったに、
最初に問いかけた時、もう少し穏やかに聞いておけば良かった。
ジンベエはその事を後悔している。
そしてジンベエが「・・・挨拶が無いのは不義理じゃなァ」と
うっかりの前で零してしまったが故にその態度はますます頑になった。
・・・正直どこぞの海賊なんぞ一発くらいどついてもバチは当たらないと思うのだが。
ジンベエはどうもに大しては過保護になりがちだ。
あまり良い傾向ではないと自覚はしている。
の思い人について考えると気分がどうもささくれ立つ。
ジンベエは気分転換に新聞に目を通した。
するとそこに、ルフィの笑顔を見つけて目を丸くする。
「ルフィ、トラファルガー・ローと手を組んだんか・・・」
ローは頂上戦争時にジンベエとルフィの命を救った海賊だ。
目的を持って手を組んだのだろうが、ルフィは同盟を申し出るタイプではないから、
恐らくローの方が申し出たのだろう。
一体何を企んでいるのか、難しい顔で新聞を眺めるジンベエに、が声を上げた。
「え・・・?」
そう大きくもないジンベエの独り言に、驚いたらしい。
はジンベエの元に走り寄った。
「どうしたんじゃ?。麦わらの動向が気になるか?」
に新聞を渡すと、は記事を読み、
唇を引き結んだ。
「ロー・・・!」
その声に、今度はジンベエが目を丸くする。
まさかとは思うが、と前置きをして、に問いかける。
「、お前の思い人は、トラファルガーだったんか!?」
「・・・ごめんなさい、ジンベエさん」
は新聞を握りしめた。
まさかの肯定である。
衝撃を受けるジンベエを他所には告げた。
「私、やっぱりすぐ、ローの側に行きます」
「何を言うとるんじゃ。第一、何を根拠に・・・!」
はつ、と新聞を指差した。
「一面を見てください。ドフラミンゴが、七武海を辞めてるでしょう?」
「それと、奴らの同盟とに、何の関係が」
「私、気づいていたの。ローが、何か使命のような、大きな目的を持って居ること。
七武海になったのも、そのためだって・・・。
ローは簡単に同盟を組むような人じゃない。きっとこの二つの事件は重なってる」
の前髪から除く、金色の瞳は確信しているようだった。
ジンベエは額を抑える。
「結局勘か?!居場所だってわからんじゃろうが!入れ違いになったらどうする!?」
「・・・実はビブルカードも持っているんです」
「は!?」
目を白黒させるジンベエに向かって、
ネックレスのロケットの中から紙をとりだし、は悪戯っぽく笑った。
「勝手に作っちゃった。怒られるかしら」
唖然と言葉を失くすジンベエに、は苦笑する。
「多分だけど、私、ジンベエさんが思ってるよりずっと自分勝手なの」
「・・・似てないとは思うとったが、しかし、やっぱりあの二人の娘なんじゃなァ」
ジンベエの目に懐かしむような色が浮かぶ。
の両親を思い返していた。
破天荒で、豪快で、自分勝手で、好奇心旺盛だった、クラゲの人魚と深海魚ラブカの魚人。
振り回されることも多かったが、同じ位世話にもなった。
「、お前、わしが止めても聞かんじゃろ。好きにせい」
「ありがとう・・・!」
目が隠れていても分かる程、ぱっと明るい笑みを浮かべたに、
ジンベエは言い含めるように言った。
「ただし、気をつけろ。新世界は一筋縄でいかん」
「ええ!誰かに掴まりそうになったらやっつけるし、逃げます。全力で」
は荷物を持って、海へ飛び込む。
人魚の遊泳速度は世界一だ。あっという間に見えなくなった。
ジンベエは腕を組み、その様を見送ると、小さく息を吐いた。
「彼奴らがドレスローザに居るんなら、こっからあの早さでも5日はかかるだろうが、
の奴、大丈夫かの・・・。
しかし、トラファルガーか、トラファルガーなァ・・・」
ジンベエは難しい顔をする。
一発くらいどついても問題ないと思った海賊が自身の恩人だと知り、
次会った時にどんな態度をとったものかと、考えあぐねていたのだ。
※
新世界の荒波を超えながら、
麦わらの一味とローはバルトロメオの船でゾウを目指す。
ドフラミンゴを倒した一行はしかし、危機的状況を迎えていた。
グランドライン”新世界”の激しい気候の変化が次々に船を襲う。
そしてなんと、この船にはその対策を考えるべき頭脳、”航海士”が乗っていなかった。
「お前ら航海士なしに何で”新世界”航海しようと思ったんだよ!!!
いや逆によく無事だったなオイ!!!」
「いやァ、もともと陸のギャングなもんで」
その有様にウソップが力の限り突っ込むが、バルトロメオはどこ吹く風である。
ヒョウが降るのをゾロが切り、海獣が現れればルフィが殴り倒し、
力押しで航海は進む。
その中でローはため息を吐いた。
ドフラミンゴに切り落とされた右腕はまだ本調子ではないのだが、
この様子では安静にするのも無理だろう。
鬼哭を振るい、人の頭ほどあるヒョウを切り伏せていると、
目の端に、あり得ないものが映った気がして思わず振り向いていた。
「トラ男?どうした?」
「・・・いや、なんでもない。気のせいだ」
ルフィが首を傾げる。
気のせいだと言っているのに、ローは未だに波を見ている。
気がつけば探していたのだ。
海の波間に、黒く光るものがあったように見えて、
ローは目を凝らした。
見間違いに違いない。だが、あれは、確かに——。
その瞬間、”ゴーイングルフィ先輩号”は高波に煽られ、
ローはバランスを崩し、海に落ちかける。
すぐに”ROOM”を展開しようとしたローの鼓膜を、
聞き覚えのある声が打った。
”ロー”
思わずローは目を見開いた。
濁る海の中に誰かが居た気がして、それを探そうとしてしまったのだ。
我に返った瞬間にはもう遅かった。
「えええ!?トラ男が海に落ちたァ!?」
ルフィが叫ぶとすぐにウソップが飛んで来た。
「嘘だろ?!」
「おいおいおいおい!?やべェんじゃねェか!?」
フランキーも焦っている。
慌てる一行は船の縁に立った。
すると海の中に、顔が二つ浮かぶ。
「縄をください!ルフィさん!」
「え!?あ、お前!」
「!どうしてここに!?」
ロビンがその人魚の名前を呼んだ。
よく見ればローを抱えて、魚人島に居たはずの、がそこに居るではないか。
フランキーが縄を投げると、はその縄を掴み、
ロー共々船に上がる。
「ありがとなァ!・・・おい、トラ男!しっかりしろ!」
バンバンとルフィがローの頬を打つのをは苦笑しながら見つめている。
ローはそこまで水を飲んでいなかったようで、すぐに意識を取り戻した。
咳き込みながら鬱陶しそうにルフィの手を振り払うと、
そこに居るはずも無い女を見つけて目を瞬く。
はローの帽子を手に、張り付いた自身の前髪を軽く払う。
ローはその笑みの主を、魚人島に置いて来たはずだった。
「・・・お前、なんでここに・・・!?」
「ふふ、来ちゃった」
金色の目が緩やかに細められる。
「ああ!お前が追いかけたいって言ってたの、
トラ男のことだったのか!」
ぽん、と手を叩いたルフィを半ば唖然と見るローを見て、
その場に居た中で勘のいいメンバーはとローの関係を察したらしい。
ロビンは面白そうに目を細め、フランキーも小さく口笛を吹いた。
ローは片手で顔を覆い、はその様子を見てクスクス笑っていた。
※
積もる話もあるなら、とロビンがおせっかいにもバルトロメオに指示して
部屋を一室開けさせたのは、都合がいいのか悪いのか。
ローは包帯を巻き直すを見て、小さくため息を吐いた。
「酷い縫い傷ね、無理をしたんでしょう」
「・・・」
「新聞で同盟のことを知ったら、私、居ても立ってもいられなくて」
「よく、ここがわかったな」
ローが問いかけると、の顔を隠すように伸びた前髪がさらりと揺れる。
「半分は偶然なの。ドレスローザに向かう途中に、
凄く派手な船があったから興味を引かれて、そしたらあなたの顔が見えたから」
「もう半分は?」
は少々ばつが悪そうに「ビブルカード、実は作ってたの、」と明かした。
じとりと睨んでやると少々萎縮したそぶりを見せるが、そう後悔している様子も無い。
は苦笑して、そうだ、と胸の前で手を叩いた。
「論文の感想をありがとう」
「・・・さァ、なんのことやら」
「一度手紙をくれたでしょう」
「覚えがねェな」
しらを切るが、は口の端を吊り上げてみせた。
「そうだったの。削った論旨の感想が丁寧に書かれていたものだから、
てっきりあなたが書いてくれたのだと思っていたけれど、違うのね。
イニシャルだけの手紙だったから、返事を出すのに困ったのよ」
「そいつは返事なんか要らなかったんだろう」
は少し不安そうにローを見る。
「そいつはろくでなしだ。
まめに連絡を寄越せるような奴じゃなかったから、
一方的に、お前に感想を押し付けたんだ。
大体名前も明かさない奴にろくな奴は居ない」
は首を傾げた。
「・・・そうかしら」
「そうだ」
「私は嬉しかったけど」
ローは今度こそはっきりとを睨んだ。
「・・・何故、ここに来た。」
「言ったでしょう。新聞で、同盟の記事を読んで、それで」
「おれは、」
ローは何か言いかけて、黙り込んだ。
言葉を選んでいるようだ。
は少し考えるようなそぶりを見せたあと、ローの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、ロー、私もう、あなたの足手纏いにはならないわ。
守ってもらわなくても、その辺の海賊には負けない自信があるの。
まさか、ずっと屋敷に籠っていた私が、格闘技の有段者になるなんて、
あなたに会う前の私が見たら、きっと卒倒するわね」
その言葉にはローも目を見張ったようだった。
「有段者?お前が?」
「ええ。・・・それに、今日みたいにあなたが海に落ちたら
私は誰より早く、あなたを助けられる。
だって私、世界で一番早く泳げるんだから」
はそれから、と言葉を続けた。
それなりに腕の立つ医者であること、論文が学会に認められたこと、
航海術も一通りは覚えたこと、家事だとかもある程度は出来ること。
指折り数えて言い連ね、ローに尋ねた。
「あとどれ位、私があなたの役に立てるのかプレゼンすれば良い?
論文を書くのは好きだけど、こんな風に発表するの、苦手なのよ。
できるようにはなったけど」
「・・・、お前は馬鹿だ」
ローは額を抑える。
「それならおれじゃなくたって良いだろう」
「いいえ、ロー。私はあなたが良いの」
「あなたが私の可能性を広げたの。
多分他の誰でも、あなたの代わりにはならないし、
私、誰かの役に立ちたいなんて思わなかったと思う。
あなたに会わなかったら、ずっとあの屋敷で、大鍋をかき混ぜながら
自分のためだけに生きてたわ、きっとね」
ローは静かに顔を上げ、の鬱陶しい前髪を払う。
全てを受け入れるような金色の瞳が、たじろぐ事も無くローをじっと見ている。
ローだけを見ている。
「・・・一つ言っとくが、海賊は一回懐に入れたもんを離さねェぞ」
「知ってる」
は笑う。
笑ってローの頬に手を伸ばした。
「大体、あなたと出会ってから、
私を離してくれた事なんか一度も無かったじゃない」
海賊に誑かされた哀れな人魚。
しかしは自身のことをそんな風には思わないだろう。
「それにね、ロー、どちらかというと、あなたが私に捕まったのよ。
私、お姫様と言うよりは悪い魔女だもの。
それにどう見たってあなた、王子様なんて柄じゃないわ」
「ほっとけ」
海賊で悪かったな、と呟いたローを見て、
はついに声を上げて笑った。
いつかと同じように笑うにつられ、ローも小さく笑っていた。