Play with Fire
ドレスローザ王宮、謁見の間黒いドレスを纏った、さる国の使節を騙ったその女は、ドフラミンゴを恨んでいたようだ。
ドフラミンゴに銃弾を浴びせようとドレスに仕込んでいたらしい銃を手にしている。
「おいおい、そう物騒なもんを向けるんじゃねェよ」
「・・・」
「フフッ、だんまりか、おれに銃を向ける度胸だけは褒めてやっても良いが、」
「そんなもんは無意味だ。そうだろう?コラソン?」
「そうだね、・・・”Room”」
ドフラミンゴは玉座に頬杖をついたまま、その部屋に現れた女に笑みを浮かべてみせる。
その女はドフラミンゴと色違いの白いフェザーコートを羽織っていた。
首元でチョーカーについたフラミンゴのチャームが揺れている。
ドフラミンゴに放たれていたはずの弾丸は、空中で止まっていた。
「お姉さん、黙って銃弾ぶっ放すのはやめてくれない?
流れ弾とか危ないじゃん」
「フフフッ、おれの心配はしてくれねェのか??」
「あなた自分でも対処出来るでしょう」
部下にしては気安い口を叩く”コラソン”ことに、ドフラミンゴは肩を竦めてみせた。
黒いドレスの女は苦々しさを隠そうともせず、を睨み据えた。
「・・・ドレスローザの名医。”神の遣い手”」
「その二つ名仰々しいから嫌いなんだよね。
帰ってくんないかな。忙しいんだよ、ドフラミンゴも私も」
「そういう訳には行かない。私には私の理由がある」
女が不敵な笑みを浮かべた。
「”Time travel・・・”」
女が呟くや否や突然広がったサークルに、は虚を突かれる。
女は笑みを深め、宣言した。
「良い旅路を・・・”Warp Drive!”」
「・・・ッ!?」
「!」
ドフラミンゴが糸を放ったが遅かった。はその部屋から姿を消している。
残るは女と、ドフラミンゴばかりだった。
ドフラミンゴは額に手を当て、首を振る。
「・・・フフッ、油断したな、おれも。
をどこへやった?」
「時の彼方へ」
ドフラミンゴは苛立ちを隠そうともせず、指の関節を鳴らした。
「くまと同タイプの能力者か?・・・まぁ良いさ。
おれのものに手を出して、ただで済むと思ってはねェだろう?」
迸る覇気に、黒いドレスの女は眉を顰めた。
ドフラミンゴはそれに構わず哄笑する。
「フッフッフッ!安心しろよ、の戻し方を言うまでは、生かしておいてやる。
だが、フフフッ、正気で居られるかどうかはお前次第だ」
「・・・なんだと?」
女が不穏な予感に首を傾げると、ドフラミンゴはその顔から笑みを取り払った。
「これからお前は、足先から徐々に切り刻まれるんだよ。
フフッ・・・を戻すまで死ぬんじゃねェぞ」
※
は気がつけば、見知らぬ場所で尻餅をついていた。
「アイタッ・・・あー、油断した。
ここ、どこよ・・・」
どうやらどこかの町のようだ。は立ち上がるとスカートの埃を払う。
ひとまず大通りに出ようと、足を進めた。
かなりの人ごみの中を、はすり抜けながら歩く。
「結構大きな町ね、にしても、めちゃくちゃ人多いんだけど何これ・・・、
お祭りでもあるの?」
は状況を判断すべく、近くにあった本屋に向かう。
地図は大体、その島の本屋に売られているものだからだ。
忙しそうな店主に申し訳無さそうに声をかける。
「すみません、ちょっとこの島の地図いただけますか」
「はいよ。お姉さんもロジャーの死刑の見物かい?
処刑台なら広場の方だよ」
店主は何の気なしに言った。
「へ?」
ロジャー・・・?
は目を瞬き、店主に畳み掛けるように話しかけた。
「ね、ねぇ、ってことはここ、ローグタウン!?」
「あ、ああ、そうだよ」
「ロジャーが死ぬのって今日!?」
「お姉さん大丈夫か?何言ってんだ。当たり前だろう。ニュースクーで発表されただろ?
おかげで広場は見物人でごった返してるよ」
は額に手を当てる。
そう言えば、を移動させた女は”Time travel”と口にしていた。
「うそでしょ・・・!」
ここはの居た時間軸よりずっと前にあたるようだ。
おまけに地理的にもドレスローザとはかなり距離のあるグランドライン入り口。
は思わず途方に暮れた。
※
過去に飛ばされてしまったが、悲観しても戻れる訳でもないし、
せっかくなのでロジャーの処刑でも見て行くか、と
広場に足を運んだのが、良くなかったのだとは頬杖をついた。
そう言えば元の時代では、ロジャーの処刑は若かりし頃の”大物”の面々が
揃っていたとか居ないとか聞いていたではないか。
「飲まねェのか?」
グラスを指差し、ニィ、と口の端をつり上げる青年にはため息を吐いた。
「なんかさ、想像通りって言っちゃえばそうなんだけど、若いよ。
17って本当?年下?
・・・しっかしチャラチャラしてるな」
「なんの話だ?」
「こっちの話。気にしなくて良いよ」
酒場にて首を捻る若かりし日のドフラミンゴに、は首を振った。
処刑見物に来ていたらしいドフラミンゴに目を付けられたのはの格好が原因だったのだろう。
チョーカーはともかく、首のタトゥーは包帯かなにかで隠しておくべきだった。
『フッフッフ!アンタその首、良いもんつけてんなァ』
そう声をかけられて振り向いた時に、
若かりし日のドフラミンゴが居たときの衝撃と言ったらなかった。
そして、現状の格好を省みては半ば死にたくなった。
ドフラミンゴと色違いのコート。
ドフラミンゴに贈られたフラミンゴのチョーカー。
服も靴もドフラミンゴセレクトなのは、百歩譲って許せるとして、
首には半ば無理矢理入れられた刺青、ドンキホーテの海賊旗が嗤っている。
元々過ごしていた時代では、の立場は周知だし、
ドフラミンゴの病的な執着にもはいい加減慣れて来ていたから
その格好への抵抗が薄くなっていた事は認める。
しかしながら今のドフラミンゴはのことなど知らないだろう。
つまりその格好が今のドフラミンゴにどう見えるか。
・・・完全にドフラミンゴの”狂信者”あるいは”ファン”。
ファミリーでもないのに刺青まで入れて、トチ狂った熱を上げているバカ女だ。
そんな格好をしていたせいで目を付けられた挙げ句、
上から目線で酒に付き合えと誘いを受けた。
断ると猛烈にしつこかったので折れたが、
若いからかの知るドフラミンゴよりはいくらか即物的で短気なように見える。
「アンタ、名前はなんて言うんだ?」
「・・・ドクター・ハート」
「偽名だな?フッフッフ!」
笑ってはいるが気に食わないという顔をしている。
はドフラミンゴと同じ酒を口にし、頬杖をついた。
「おれのことは知ってるだろう?”ドクター”?」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴでしょう」
「フフフッ、光栄だ。アンタみたいな美人に見知り置かれるとはな」
「ごふっ」
は思わず酒を吹き出しそうになるのを堪えた。
ドフラミンゴは半ば呆れている様子だったが、はそれどころではない。
内心で笑いを堪えるのに必死だった。
こいつ、私を口説いてやがる・・・!あのドフラミンゴが!?
・・・腹よじれる!
「ごめん、ちょっと、そう、のどの調子が悪くて」
「へェ?」
首を傾げるドフラミンゴを、は愛想笑いで誤摩化した。
本当は腹を抱えて笑ってしまいたいところだが、流石に怪しまれるだろう。
しかしそれにしても、このドフラミンゴ、
言動もそうだが人をナメきった態度に、おまけにその行動も、完全に調子に乗っている。
どれだけ最高幹部の面々に甘やかされたのか知らないが一回痛い目を見た方が良いのでは?と
内心では息を吐いた。
は適当に会話を続けながら、徐々に様子が変わって来たドフラミンゴを眺めている。
ドフラミンゴは訝しむように喉に手を当てたが、やがて何に思い当たったのか
に視線を合わせ、憤怒の形相を作って見せた。
はと言えば涼しい顔でグラスを煽っている。
「・・・てめェ、いつの間に、」
「いや、だってさ、あからさまに勧めてくる酒って怪しいでしょ?
そりゃあシャンブルズするよね」
ドフラミンゴは一見かなり酩酊しているように見える。
顔も血色がいい。耳も、首すら真っ赤だ。
「この時はこの手の小技が効くのか。やっぱ経験不足だなァ」
「何を、わけのわからないことを・・・」
「発汗、動悸、息も荒いな、ん?」
が症状を確認するように顔を掴むと、
驚くべき事に、人肌を恋しがるようにすり寄ってくる。
の手を掴む力は弱々しいくせにサングラスの奥の目は欲望にギラついていた。
「ヘェ?薬か何か?すごい効き目だ」
「クソッ・・・!」
が極めて冷静に断じると、ドフラミンゴは悪態をついて舌打ちした。
「お酒と飲んじゃダメな奴だな。これに懲りたら火遊びからは手を引きなよ」
が息を吐いて立ち去ろうとするも、ドフラミンゴは手を離そうとはしない。
「・・・責任とれよ」
「自業自得。盛るならその辺の娼婦でも買えば?」
冷たく言ったに、縋るような仕草でドフラミンゴは首を振る。
は微かに眉を上げた。
「アンタが良い」
「・・・ふーん」
「アンタが良いんだ」
なりふり構わずといった体で迫るドフラミンゴに、は内心で驚いていた。
まず間違いなく、元の時間軸のドフラミンゴが言わない系統のセリフと態度。
ちょっと新鮮である。
しかしここでもドフラミンゴと寝るのはごめんだ、とは首を横に振った。
「その手の薬はガンガン水飲んで寝れば抜ける・・・ん?」
そう言えば、元々の時間軸で、開き直ったドフラミンゴはを散々に抱いたが、
毎回酷く振り回され、翻弄され、苛まれてきた。
思い出したら腹が立って来た、と目を苛立ちに細めるは、
改めて若かりし日のドフラミンゴに向き直る。
サングラスの奥の瞳は取りすがるようだった。
大人になれば失われる青臭い甘えたな気性がまだ残っている。
「もしかしてここで弱味握っといて損は無いのかも?」
「は・・・?」
何がなんだか分からない、という顔をした、
ドフラミンゴの顎を掴み、は笑った。
「気が変わった。相手してあげても良いけど、
多分後悔するよ。良い?」
ドフラミンゴはその言葉に、獰猛な笑みを浮かべた。
※
流石に酒場でそのままする気はなかったらしいが、
適当な宿に連れ込んだ途端めちゃくちゃに口づけられ、脱がされそうになったので、
驚いたはドフラミンゴの手を能力で切り落とす。
「・・・がっつき過ぎだよ、”待て”も出来ないわけ?」
「、うるせェな。・・・アンタ、悪魔の実の能力者だな、
なんの能力だ?」
「教えない」
流石に手を切り落とされた時は驚愕していたドフラミンゴだが
痛みも無く、切り離された手も動く上に感覚も残っていることに気づいて、に問いかける。
手を遠くに放られて、不服そうに唇を尖らせた。
「これじゃ、アンタに触れねェ」
「触らなくていいよ。手は終わったら戻してあげるから安心して」
「ん・・・」
指先でその唇に触れると、ドフラミンゴは小さく身をよじる。
寝台に押し倒すと随分と素直に応じる。
はちょっと楽しくなって来ていた。
には指一本触れさせず、ひたすら指で一方的に追いつめて行くと、
若い身体は与えられる快楽に従順だった。
手が使えないというのに慣れない故か、それとも薬と酒で上手く力が入らず頭も回らないようだ。
時折抵抗するそぶりは見せるが、結局寝台に深く身を沈め、
歯を食いしばって唇から零れそうになる声を堪えているように見える。
プライドをこそぎ落とすような身勝手な手練にぐずぐずに蕩けている。
「お、まえッ・・・こんな、信じらんねェ、っう、
このおれを、ぁっ、こ、殺してやる・・・!」
「いや、全然説得力無いから。
・・・あーあ、舐めきってた見ず知らずの女に良いようにされて気持ちいいね?
何回目だっけこれ。すごいなぁ、若いから?薬のせい?」
「ハ、ハァ・・・さ、最悪だ、ッ、殺す、ぜったい、殺して、ァあッ、それ、やめろ・・・!」
「最高の間違いじゃないの?凄い顔してる」
まぁ、無理も無いけど。
と、指先で欲望を吐き出したばかりの陰茎をなぞりながら、
は内心で嘆息する。
なにしろ嫌になるくらい仕込まれた。
だが、そんな事は”この”ドフラミンゴには知る由もない事である。
恐らくこのドフラミンゴにしてみれば、
面白半分に声をかけた女にちょっかいをかけたら出し抜かれた上に、
一方的で傍若無人な手練手管によって的確に、何度も絶頂させられてるのだ。
自尊心の塊みたいなドフラミンゴにはたまらない屈辱だろう。
ぷっつりと途切れた手首で顔を少しでも隠そうと試みては居るが、
ままならないのだろう。サングラスもゴーグルもずり落ちてその目が露になっている。
快楽に翻弄される瞳は潤んでいる。悔しそうに歯噛みする唇に笑みは無い。
「・・・なんかちょっと可愛いね、お前」
呟いたの唇には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
※
「なァ、名前」
「んん?」
「名前、教えろよ」
もう反撃する気もなく、起き上がるのもままならないらしいドフラミンゴは
借りて来た猫のように大人しい。
手首を返してやったら枕に顔を埋め、横目でこちらを伺っている。
「ドクター・ハート」
「それ、偽名だろ」
ドフラミンゴは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「・・・次はおれが抱くからな」
「へー?」
「めちゃくちゃに善がらせてやる・・・!」
「殺すのは止めにしたんだ?」
掠れた声の脅しにが眉を上げると、ドフラミンゴはぐっと言葉に詰まり
を睨み据えた。はカラコロと声を上げて笑う。
「ハハハ、10年早いよ。・・・あれ?」
は自分の身体が透けている事に気がついた。
ドフラミンゴも同様にそれに気がついたようで、目を瞬いている。
「お前・・・!」
瞬間、くるりとの視界が反転する。
ああ、帰るのか、と直感し、は緩やかに目を閉じた。
※
「っと、着地は上手く行ったかな。
・・・うわぁ」
は見慣れた王宮の謁見の間に立っていることを確認して胸を撫で下ろし、
同時に血まみれの女のバラバラ死体を見つけてぎょっとする。
「この女はトキトキの実の能力者だったようだ。
時間と場所を行き来させることのできる力を持っていた。
・・・おかえり、。我が船医よ」
ドフラミンゴは血のついた手で、の肩を掴んだ。
囁くような声音には、何故か背筋をぞっとさせるような、不穏なものが滲んでいる。
「た、ただいま船長。・・・なんでそんな不機嫌なの?
あ・・・油断した事なら謝る。ごめんなさい」
「フッフッフッ!それは別に構わないさ。おれだって止められなかった。
結果として、お前もこうして無事だしな。だが、なァ、・・・」
ドフラミンゴはの顎に手をかけた。無理矢理顔を上げさせられ、視線を合わせられる。
は顔色を蒼白にした。ドフラミンゴは怒っていた。それも、かなり。
「時間旅行は楽しかったか?
”ドクター・ハート”」
は口元に引きつった笑みを浮かべる。
「ああー・・・」
「この女を殺してお前が帰って来た瞬間思い出したのさ。
フッフッフッ!お前、散々な目に合わせてくれたよなァ?」
ぐ、と顎を掴まれては苦しそうに眉を顰める。
だが、その唇は弧を描いていた。
「可愛かったよ、ドフラミンゴ船長」
ドフラミンゴは一瞬言葉に詰まるが、すぐに笑い出した。
「フフッフフフッ・・・!減らず口だな。
おれは覚えてるぜ、お前の最後の捨て台詞。
『10年早い』だったろ?」
ドフラミンゴは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「20年経っちまったな」
「・・・お手柔らかにお願いします」
は、これは逃げられないな、と手を上げる。
観念した様子のに、ドフラミンゴは首を振った。
「いいや?おれは言っただろう?」
ドフラミンゴはを抱き上げ、その口の端をいつかと同じように獰猛に引き上げる。
「死ぬ程善がらせてやるよ」
つまり容赦無しと言うわけだ。
自業自得という言葉さえブーメランになって帰って来たようだ、と
は深いため息を吐いた。
やはり火遊びなんてするもんじゃない。