young love


ロシナンテは悩んでいた。

3メートル近い大男がかわいらしい雑貨屋をうろつき、
女物の服屋や靴屋のショーウィンドウを眺めて回る姿を客観すると
不審であることはロシナンテとて重々承知している。

しかしの誕生日のためである。
不審な目で見られようがどうでもいい。

 は多分、なんだって喜んでくれるんだろう。

花咲くような笑顔で、瞳を輝かせ喜ぶ顔は幾らでも想像出来る。
だが、せっかくだからが心から喜ぶようなものをあげたいのだ。
だからこうして色々と店を見て回っているのだが、ピンと来ない。

なにしろロシナンテは今まで、がむしゃらに兄を止めるため鍛錬に明け暮れ、
プレゼントを上げる相手と言えばセンゴクだった。

孝行のつもりで酒だの日用品だのを贈ることもあったが
それと同じ感覚で選ぶと失敗するだろう。

悪友のセルバントとは酒を飲みながら下らない話をしてすませ、
贈り物とかのやり取りはしなかった。

ロシナンテは己の経験不足に挫けかけている。

「消去法で行くか?」

顎に手を当ててロシナンテは一人呟く。
服屋の横を通り過ぎた。

 ・・・服とか靴とかサイズのわからねェもんは危険だ。
 多分ドジって失敗する。

ジュエリーショップの横を通り過ぎた。

 アクセサリーも、普段は職業柄つけられないだろう。

花屋の前を通る。

 花はいつでも贈れるし。
 それにしても花持ってるは可愛かった・・・。
 小さいバラとかも似合いそう・・・いや、それおれが見たいだけだろ。 

ロシナンテは自問自答の末首を横に振り、歩を進める。
雑貨屋の店先にあるものを見とめて呟いた。

「エプロン・・・」

ロシナンテは料理するの姿を見るのが好きだ。

もロシナンテも、ごく普通の、温かな家庭なんて知らないはずなのに、
キッチンに立つに手伝いを申し出て、簡単なことを任されたり、時々断られたり、
互いの家で同じテーブルについて、たわいもないことを話しながら食事をすると、
なんだか不思議と懐かしく、泣きたくなる程幸せだった。

ロシナンテは改めて目に留まったエプロンを見る。
これなら極端に大きかったり小さかったりするものを避ければ
サイズもヒモやリボンなどで調節できるだろう。

白い、所々にフリルのあしらわれたエプロンを、ロシナンテは凝視した。

 絶対似合う。

ロシナンテは戦場でもかくやと言わんばかりの真剣な面持ちで腕を組んだ。

 これをが着てくれて、あの笑顔で「おかえりなさい」とか
 言われた日に、おれは正気でいられるか?無理だろ?
 絶対かわいい。見たい。かわいい・・・。
 
ロシナンテは内心と裏腹に首を横に振った。

「いやだからそれおれが見たいだけだろ!!!」

声に出していたらしい。通行人がざわめいた。
ハッと我に返り、足早にその場を立ち去りながらも、
ロシナンテはため息を吐く。
やはり人に相談しようと決め、連絡をとることにした。



行きつけの酒場。カウンター席。
セルバントはロシナンテの用件を聞くとすぐさま酒を注文する。
店主がジョッキを渡すや否や奪い取る様につかみ取り、
乾杯も無しに一気に煽った。

「何でおれに聞くんだよ?!」

セルバントはビールを飲み干したかと思うと一喝する。
ロシナンテは緩やかに首を横に振った。

「段々わけがわからなくなってきてな・・・」

頭を抱える同僚を見てセルバントは眉を顰め、
白い目でロシナンテを一瞥する。

「はぁ?どうせあの軍医のことだから何渡しても喜ぶだろうよ。
 別に良いだろ、お前の気持ちの押しつけで」
「言い方!」

ロシナンテの抗議もどこ吹く風で、セルバントは頬杖をついた。

「大体おれが参考になると思うか?」
「それは・・・」

ロシナンテが腕を組んで悩み出したのでセルバントはその後ろ頭を叩いた。

「てめェ、人を呼び出しといてその反応はなんだよ。
 そこは嘘でも『そんなことねェよ』って言うのが様式美だろうが」

はたかれた頭を抑えながら、ロシナンテは眉を上げた。

「・・・お前ここで『嘘でも』とか
 『様式美』って言うあたりは素直だよな」
「黙れ。・・・と言いたいところだが、
 おれは自分の欠点について自覚があるからな」

ロシナンテは苦々しく言うセルバントに苦笑する。
セルバントは腕を組んだ。

「お前のことだ。どうせわけがわかんなくなったとか言いながら、
 ある程度候補みてェなモンはあるんだろ?」

セルバントはロシナンテの半ば惚気じみた話を根気強く聞いたかと思えば、
静かにため息を吐き、「決まってるようなもんじゃねェか」と煙草をふかしはじめた。

「エプロンで良いだろ」
「え、そう?」

「あのなァ、軍医はお前が何をやっても喜ぶし、
 お前が『これを着て欲しい』とか『つけて欲しい』とか思って選んだものを
 贈った方が喜ぶタイプだろう。
 本人が身につけるものに特別強いこだわりを持ってるわけでも無いんだろ?
 ならお前が選んだものでいい」

セルバントのアドバイスに、ロシナンテはすす・・・、と一歩身を引いた。

「おう・・・。悪ィ、的確っぽいアドバイス貰っといてなんだけど、
 お前ちょっと気持ち悪い」
「聞いといてふざけんなドジ野郎」

セルバントはじろりとロシナンテを睨み、その後頬杖をついてぼやいてみせた。

「はァ、おれもかわいい彼女が居たら、
 エプロン着てシチュー作ってもらいてぇなァ・・・」
「ふふ、羨ましいだろ」

調子に乗ってジョッキを片手にニヤニヤ笑うロシナンテに、
流石にイラッとしたのかセルバントは短く舌打ちする。

「得意げにされると腹が立つな、
 お前やらしいことにも使うつもりだろそのエプロン」

タイミング悪く酒を煽っていたロシナンテは吹き出した。
カウンター前の店主が半笑いでタオルの手配をしている。

「な、な、何言って、バカか?!?!?!
 ふざけんな、何想像してんだ、ぶっ殺すぞ!!!!」

掴み掛からんばかりに迫られるが、
セルバントは腹を抱えて笑っている。

「ハッハッハ!・・・はァ、彼女欲しい」

笑った後の疲れ切ったその眼差しに、ロシナンテは同情と忠告を込めて
肩を叩いた。

「お前は・・・あれだ。裏表がありすぎるのが良くねェんだ。
 あとクソ意地の悪さをなんとかしろ」
「・・・あのな、それを治したらおれじゃなくなるだろ」
「それもそうだな」

タオルでテーブルを吹きながら頷いたロシナンテの、
納得と言わんばかりのリアクションに、
セルバントは口の端を引きつらせた。

「テメェも大概良い性格だよ、ロシナンテ。
 軍医が喜んだら指導料貰うからな。奢れ」



「誕生日おめでとう、!」

小さな花束と、贈り物を持っての家を尋ねると、
思った通り眩しいほどの笑みを浮かべ、はロシナンテを迎えた。

「ありがとう、ロシナンテさん・・・!
 誕生日をお祝いされるの、すごく、久々な感じがするわ」

白いカーネーションの花束を抱えたは、優しく目を細めている。

「あと、ケーキも買って来た。
 転ばなかったから安心してくれ!細心の注意を払ったんだ、おれは」
「フフフ!そうなの?」

はロシナンテからケーキの箱を受け取り、テーブルへ丁寧に置いた。
ロシナンテはそわそわしながら贈り物を開けるように促した。

セルバントは何だって良いだろ、と半ば投げやりにアドバイスをし、
背中を押された形になったロシナンテは己の欲望に忠実に白いエプロンを選んだ訳だが、
・・・本当に喜んでくれるものだろうか。

は促された通りにプレゼントの箱を開いた。

「エプロンですね、かわいい・・・!ありがとうございます!」

ぱっと顔を輝かせ笑うに、ロシナンテは胸を撫で下ろした。
どうやら気に入ってくれたらしい。

「着てみてもいいですか」
「もちろん!」

ロシナンテは頷く。
は黒いタートルネックの上にエプロンを羽織ってみせた。

「あの、どうですか?」
「死ぬほどかわいい」

ロシナンテは多少食い気味に即答していた。
は吃驚したらしい、目を丸くしている。

「えっ、そ、そう?」

はにかむ仕草すらいつもに増して鮮やかに映る。
ロシナンテは内心で背中を押したセルバントに感謝していた。

 ——ありがとうセルバント。今度奢るよ。

は首を傾げるも、ロシナンテに改めて向き直った。

「プレゼント、どうもありがとうございます、ロシナンテさん。
 ごはん食べましょう?お腹すいてるんじゃないですか?」

微笑むをロシナンテは抱き締めていた。
過去の己の思った通り、正気で居られる訳が無かった。

「ロシナンテさん?なんか、様子が変だけど、大丈夫?」
、おれのこと好きか?」
「へ!?な、何言ってるの!?」

は少し上擦った声で言う。
ロシナンテは頬をすり寄せた。

「好き?」

耳に吹き込むように問いかけると、は肩を跳ねさせた。
それから縋る様に、背中に手を回してみせた。

「・・・好きよ。大好き。知ってるでしょう」

「何で?」
「ええ?」

の声に困惑が滲む。
ロシナンテは深くため息を吐いた。

「何でこんなかわいいのに、おれのこと好きなんだろうなぁ」
「!」

軽く息を飲んだようだった。
は暫く黙っていたが、ロシナンテの背中を軽く叩いた。

「私に好かれたら困る?」
「・・・実のところ少し困ってる」
「フフ、どうして?」

の甘やかな声色に、ロシナンテは身体を離して、眦を緩めた。

「幸せ過ぎて、ダメになりそうだ」

が灰色の瞳を瞬き、それから小さく微笑んでみせた。

「そうなんだ。ダメになっちゃうの?」
「ただでさえドジなのに、困るだろう?」

少し思い返せば次々と溢れ出るエピソードの数々。
思わず遠い目をするロシナンテには柔らかく言った。

「——私は、ダメになったロシナンテさんを見てみたいけど」

ロシナンテは驚いたようだった。

「だって、私も充分ダメになってる。
 あなただけまともで居るなんて不公平だわ」

の手の平が、かがんだロシナンテの頬を撫でた。

「私のせいで、ダメになったあなたが見たい」
・・・」

の言葉に、ロシナンテがくらくらしていたその時、
ぐう、と腹の虫が鳴った。

は目を丸くし、吹き出した。
ロシナンテは腹を抑え、うなだれる。

「おれのバカッ!ドジッ子!今!?今じゃなくても良いだろ!
 かっこ悪ィなァ!もう!」

「フフフフフッ!
 夕飯ならもう出来てるの。
 ケーキも2人で食べましょう?」

はくすくす笑いながらキッチンまで向かう。
ロシナンテは苦笑しながら食卓についた。

食事の前に、ロシナンテは改めてに向き直る。

「言い損ねてた。
 誕生日おめでとう。愛してる」

ロシナンテの言葉に、は瞳を煌めかせた。
星のようだった。

「ありがとう、ロシナンテさん。
 私も、愛してるわ」

 今日はの誕生日なのに。

ロシナンテは、微笑む。

 おれの方が、プレゼント貰ったみたいな気分になってる。

2人とも、できれば、この時間がずっと続けば良いのに、と、願っていた。