Smoke, Mirror, Smile


”大富豪”


「あ! 兄さん、ちょうどいいところに」

王宮の廊下を歩くに、誰かが声をかけた。
振り返ったは角隠しの帽子を被った、ハイヒールで走り寄る少年に首を傾げる。

「デリンジャー、どうかしたのか?」
「ちょっと付き合ってよ!」

グイグイと腕を引かれるまま、が頭に疑問符を浮かべているうちに
あれよあれよとプールの庭のほとり、パラソルの下に連れてこられてしまった。

ジョーラとラオGがとデリンジャーを迎える。
デリンジャーは彼らに明るく言った。

「ジョーラ、ラオG、兄さんもトランプやるって!」

「おい、おれはまだ何も聞いてねェぞ」

デリンジャーに勝手に予定を決められ、は渋い顔をした。
これからシュガーとのお茶会のお菓子や茶葉の選定とか、
郵便物の確認だとか細々とした仕事を片付けるつもりだったのである。

だが、ジョーラはの渋面を笑い飛ばした。

「オホホホホ! 、あなた根を詰めすぎざます。
 若い身空で仕事仕事じゃもったいないざましょ?」

「その通り。お前さんは付き合いが悪い。たまに付き合ってもバチは当たらん」

ラオGが真面目に言うのでは「まいったな」と頭をかいた。

「忙しいんだけどな、おれは。
 ・・・まァ、1ゲームくらいだったら付き合ってもいいが。
 ところでなんか賭けねェのか?」

椅子に腰掛けたの目がキラ、と妖しく光ったように見えた。
抜け目なくテーブルのトランプに視線を走らせるに、
ジョーラが呆れた様子でため息をつく。

「あーた・・・身内のトランプで目の色変えるのは大人げないざますよ」
「がめついの”G”」
「キャハハハ!」

各々に咎められては両手を上げて肩を竦めてみせる。

「失礼。つい癖でな」
兄さんやたらとトランプ強いもんね・・・。ていうかイカサマでしょほとんど」

散々ぼろ負けした過去を思い出してデリンジャーがジトリとを睨む。
は横に座るデリンジャーを流し見て、微笑んで見せた。

「さァね。もしそうだとしても見抜けねェ奴が悪い。
 だいたいそのおれとトランプがしたいんだろ? 何して遊ぶんだ?」

デリンジャーはしばらく考えるそぶりを見せると、
指を立てて提案する。

「大富豪」



「賭け事のねェトランプは味気ねェなァ」
「まだ言うか!?」

手札を並び替えながら言うに、ジョーラが突っ込んでいる。

「”ギャンブル”で身をもち崩すぞ、のGだな。ほどほどにしとけよ
「キャハハ! でも兄さん、バッファローと違って全然カジノじゃ見ないけど」

バッファローも賭け事が好きだ。
それが長じて主にドレスローザ周辺のカジノを取り仕切ってもいる。
よく顔を出して自分でも遊んでいるようだが、がそういった場所に居た、
と言う話は聞いたことがない。

は手札を減らしながら答えた。

「ドレスローザのカジノ荒らしてどうすんだよ、不毛だろうが」
「荒らすのは確定してるざますね・・・」
「そういえば随分前に”レインディナーズ”でひと暴れしたと聞いたぞ」

ラオGが尋ねると、は「懐かしいな」と頷いてみせる。

「クロコダイルが七武海だった頃だから結構前だぞ。
 シャボンディにも支店が出るってんで
 ヒューマンショップ視察の帰りに偵察してこいって言われたんだ、仕事だよ」
「へぇ・・・」

自主的に行ったわけじゃない、と断っただが、
何を思い出したのか手札を迷いつつ、ぼそりと呟く。

「まァ、結局出禁になったけど」
「キャハハハハッ! ウケる! 何したわけ?」

デリンジャーが笑うと、は眉を上げた。

「我らがボスに思う存分遊んでこいって言われたからその通りにしたまでさ」

カジノの金庫にあった賞金の半分を奪われたせいで、
王下七武海にでんでん虫越しに圧をかけられる責任者の男の顔を、は今でも覚えている。
客であるに微笑もうとして失敗していた彼には
次の日果たして命があったのだろうか、とはどうでもいいことを考えていた。

当時成果を報告するとドフラミンゴは上機嫌でと高い酒を飲み交わし、
ついでとばかりにボーナスを出したので、嫌がらせとしては大成功だったのだろう。

そういうことをやるから必要以上にクロコダイルに嫌われるのだが、
別にその辺りをドフラミンゴは気にしてもいなさそうだ。

”七武海”という単語に思うところがあったのか、ジョーラがに目を向ける。

「ところで次の七武海に、ローが推薦されてるざましょ?
 あれ、どうなると思うざます?」

かつてドンキホーテ・ファミリーに居た少年が七武海に推薦されていることが
新聞に書き立てられてから、どこか幹部の面々は浮き足立っている。

ただ、ローとの関わりはあったものの、赤ん坊の頃に会ったきりのデリンジャーは
ローがファミリーの一員だという意識があまり湧かないようで首を捻っていた。

「ローって、あのロー兄? あたし全然記憶にないけど」
、若から何か聞いとらんのか?」

ラオGの疑問に、は手札に目を落としたまま答えた。

「ローなら十中八九そのまま七武海に格上げだ。
 政府はモリアとジンベエの開けた穴を埋めるのに必死。
 ローはの申し出は渡りに船だったんだろう。
 あいつは”最悪の世代”。知名度も実力も申し分ねェからな。
 だいぶ前にストップがかかってるとはいえ、懸賞金も船長を抜いてるし・・・」

の言葉にラオGとジョーラは、むっ、と眉を顰めた。

海賊にとって懸賞金はある種のステータスである。

王下七武海となってからドフラミンゴの懸賞金は当然更新されていない。
それでもラオGとジョーラは、ドフラミンゴがローに懸賞金を抜かれたことに、
部下としてはいい気はしていないらしい。

「生意気な・・・!」
「それに、いまだに何の連絡もよこさないなんて、不義理にもほどがあるざます!」

ジョーラが苛立ちに爪を噛んでいるのを見て、デリンジャーが尋ねた。

「でも七武海で会議があるんでしょ? 顔出すんじゃないの?」

デリンジャーの疑問にはが答える。

「いや、ローの奴は来ねェだろうな。七武海になったからって優等生やるような奴じゃねェし。
 だいいち、船長が行かないさ」
「どうして?」
「船長が部下の顔見るためにわざわざ海軍本部に顔出すわけねェよ。
 向こうが挨拶すんのが筋だろう」

の言葉に、ジョーラとラオGは複雑そうな顔をする。

「つまり・・・、若様はまだローを部下と思ってると?」
「ハートの椅子も空いたままだしのう。それが自然か・・・」

デリンジャーがそれを聞いて、不服そうに眉を顰めた。

「あたしは兄さんがハートの席に座るもんだと思ってたんだけど」

ジョーラとラオGはちらりとの顔色を伺った。
は涼しい顔でデリンジャーに少しため息を吐いただけだった。

「よせよ。柄じゃねェんだ、そう言うのは」
「だって・・・」

は偉くなることに執着する様子がない。
だが、今のドンキホーテ・ファミリーの中でことさらドフラミンゴに重宝されているのは、
であるというのが、幹部の中での認識だった。

そのはトランプをめくりながら言う。

「今だってバカみたいに多忙なんだぜ。
 これに最高幹部なんて肩書きがくっついてみろ。おれはみるみる過労死。
 船長は起き抜けの格別美味いコーヒーをサーブする貴重な人材を失う。
 だったら”コラソン”は別の奴にやらせりゃいいだろ? 合理的な判断だ」

それにデリンジャーが何か言う前に、はトランプを場に出した。

「・・・おっと”革命”だ」
「え!?」
「な!?」

ジョーラとラオGが声を上げる。
はそのまま次々に手札を捨て始めた。

「”8切り”で、最後に”ジョーカー”とハートのクイーンのペア・・・
 上がりだ。おれの勝ち」

あっという間に手札がなくなったに、
デリンジャーが信じられないと声を荒げる。

「えッ、嘘でしょ!? またイカサマ、」
「デリンジャー」

は横に座っていたデリンジャーの頭を帽子の上から撫で、
完璧な微笑みを作ってみせた。

「ありがとな」

呆然とするデリンジャーを後に、はひらひらと手を振ってその場を立ち去った。
デリンジャーはしばらく撫でられた頭を押さえていたが、
みるみる赤味が差した顔を、ジョーラと見合わせる。

「ねぇ、ちょっと、今の見た・・・!? 何あれ、何あれっ・・・!
 兄さん、ほんっとにずるいわ・・・!」

「まああああ!? あいっかわらず気障ったらしざます!!!
 そこが良いのだけれども!!!」

キャアキャアと騒ぎ出したデリンジャーとジョーラに辟易したようで、
ラオGは二人を一喝した。

「”ギャーギャー”かしましい! の”G”!!!」

”お茶会”


「遅い、
「べへへへへ! 待ちくたびれたぞ」

14時55分、トランプを切り上げたはおもちゃ工場の一室にいた。

シュガーは革靴を鳴らして現れたに頬を膨らませ、
トレーボルも「珍しい」と言いながらをまじまじと眺めている。

は手に持ったトレーからテーブルに皿を移しながら答える。

「失礼を。・・・だが約束の5分前だ。許してくれよ」

テーブルの上に置かれたのはティーポットとカップ、小さめの皿、
繊細な意匠のカトラリー。そして美しく飾られたお菓子だ。

はスラスラとそれらの説明を始める。

「今日の紅茶はニルギリ、隣国の名産のリンゴを使ったアップルティー。
 お茶請けはグレープの砂糖漬けとマカロン。
 マカロンの味はバニラ、ラズベリー、チョコレート、レモン、ピスタチオです。召し上がれ」

セットされた菓子を見てシュガーの顔にわずか、少女らしい笑みが浮かんだ。
フォークを手に、グレープの砂糖漬けに舌鼓を打つ。

「・・・美味しい」
「んねー、、お前どこでこの手の作法を教わってくるんだ?」

はお茶請けの選定ももちろんのこと、
紅茶やコーヒーを淹れるのが恐ろしく上手かった。
特に後者に関しては執事長の職務を超えた腕前である。

シュガーは3時のおやつにの用意した菓子や紅茶、
ジュースを飲むのを日課にしており、これが開催されないとたちまち不機嫌になる。
そしてドフラミンゴも仕事が落ち着いているときは顔を出したりもするのだから
にとってこの”お茶会”はそれなりに重要な職務と化している。

お茶会のおこぼれに預かる格好でマカロンに舌鼓を打つトレーボルの尋ねた疑問に、
は少し考えるそぶりを見せた。

「どこでと言われると限定は難しいですが・・・、
 あぁ、でもドレスローザとその近海のパティスリーや飲食店には顔を出すようにしてますよ」

トレーボルはそれを聞いて感心するように頷く。

「べへへ! 相変わらずマメな男だなァ~」
「親切な方がレシピを教えてくれたりもしますしね」

だが、笑顔で続けたにトレーボルとシュガーは鼻白んだ様子だ。

「それ、絶対女でしょ」

シュガーの指摘にはわざとらしく驚いてみせる。

「へぇ、すごいなシュガー、なぜわかった?」
「・・・バカにしてるの? ムカつく。死んで」

シュガーはジトリ、とを睨んだ。
は愉快そうに口の端を吊り上げ、肩を竦める。

「そりゃあ悪く取りすぎだぜ。バカになんかしてないさ」

トレーボルは呆れ半分感心半分といった様子でを見た。

「べへへ・・・お前のジゴロぶりはセニョールと張るなァ」
「まさか。おれはボンネットを被ってもお嬢さん方に好かれるほどじゃないですよ」

セニョールは別格である。かつての教育係と比べてくれるな、と首を横に振るの顔を、
シュガーはまじまじと眺め、ぼそりと呟く。

「・・・あんた、顔と人間性が反比例してるもんね」
「ハハハハハッ!」

は手酷く罵られたと言うのに、腹を抱えて笑っている。
しまいには涙まで流しているジェスターは目尻を拭うと面白そうに言った。

「ひっでェこと言うね、シュガー」

いつの間にか執事長としてではなく素のジェスターとして答えているに、
シュガーはピスタチオのマカロンをつまむ。

「本命には冷たくするくせに、その他大勢にはやたら甘いし、
 あんた、本命以外の寄ってくる女なんか虫くらいに思ってるでしょ」

は腕を組んだ。

「シュガー、おれはお前の毒舌が嫌いじゃねェよ。
 だが”虫”は言い過ぎなんじゃないか? ”石ころ”くらいが美しい表現だと思うぜ、おれは」

「べへへへへ、鼻出るわー・・・お前も大概だぞ、

乾いた笑いをこぼしたトレーボルに、は笑ってごまかし、
シュガーは女たらしのクソ野郎が用意したアップルティーの入ったカップを傾けた。