干天の慈雨・サンプル版
同僚が祝言をあげると知らせを受けて、
正直なところ冨岡義勇は目玉が飛び出るのではないかと思うほど仰天していた。
たまたま自宅で鍛錬している最中に知らされたので義勇の驚嘆を見た者はいなかったが、
十人中十人が「何をそんなに驚いているのか」と尋ねたくなるような顔になっている。
開いた口がしばらく塞がらず、義勇は何度も書状を確認した。
祝言。結婚。
全くと言っていいほど意識の外にあった文字が脳裏を踊り、義勇は困惑さえ覚える。
現役で鬼殺隊にいながらにして妻や夫を得る人間は滅多にいない。
それも、いつ死んでもおかしくない、
誰より明日の保証などないことを理解している、任務に全てを捧ぐ覚悟で柱となった人間が。
と、考えたところで義勇は「だからこそか」と改めて思う。
明日をも知れぬ命だからこそ、大事に思う人間と時を分かち合い、
今できる限りの事をしたいようにするつもりなのかもしれない。
そのような相手がいること、できることは稀有なことだと義勇は思う。
しかし、と綴られた結婚する人物の名を見て、義勇は軽く目を眇めた。
煉獄杏寿郎と。
生え抜きの鬼殺隊士と鬼殺隊随一の問題児。
炎柱とその継子であり副官。
めでたい話であることは承知であるが、
このちぐはぐにも感じられる取り合わせの二人を祝福してやるべきかどうか、
義勇は一瞬本気で悩んだのだ。
そもそも、杏寿郎がを監督指導する立場になることを知った時も、
義勇は言葉には出さずとも杏寿郎のことをほんの少しばかり、要らぬ節介と知りながらも、心配した。
義勇はのことがすこぶる苦手である。
故にその後杏寿郎がの監督指導をこなしてうまくやっていると聞いた時、義勇は感服したのだ。
流石は煉獄杏寿郎。
鬼殺を生業にする家に生まれ、幼い頃から柱になるべく期待をかけられて精進してきた人物である。
柱が武芸に秀でているのは至極当然のことだが、
加えて優れた指導力を持ち、のような一癖も二癖もある人物を導き、
能力を伸ばして成果を上げることのできる炎柱はなるほど、
柱の中でも一目置かれるべき人物であると感じ入っていた。
そして今、杏寿郎の結婚相手が他ならぬであると知った時、
義勇はそれまで感心していた事実は変わらずとも、遠慮無く、こう思った。
「煉獄の女の趣味はどうかしている」
※
冨岡義勇がと出会ったのはがまだ平隊士だった頃、
お館様こと産屋敷耀哉の采配で2名での合同任務にあたった時のことである。
前日に雪の降った、底冷えする曇天の日だった。
日が落ち始めた頃、義勇はさる神社の境内へと続く階段の下で足を止める。
仰ぎ見れば、階段の中腹にが立っていた。
薙刀を肩に抱え、腕に止めた鴉と会話するそぶりを見せた後、飛び立った鴉をフッと目で追いかける。
白い顎が空を見上げたと思ったら、はさほど間もおかず義勇へと顔をむけ、微笑んだ。
どうやら初めから義勇が到着していたことには気がついていたらしい。
ほとんど凍っているような雪に足を取られる様子もなく、
軽やかに階段を降りて義勇に声をかける。
「あなたが水柱、冨岡義勇さまですか」
小首を傾げて横髪が揺れる。
その様を見て、義勇はどうしてか亡くなった姉のことを思い出していた。
顔のつくりに似通った部分はあまりない。
それでも義勇が姉の面影を感じたのは、の声が優しく、
心地よい響きを持って義勇の耳に届いたからだったかもしれない。
「こたびの任務にご一緒させていただきます。と申します。よしなに」
はこれから鬼殺に当たるとは思えぬほど、たおやかに義勇に相対した。
(後略)