Take 01
自分が平凡か個性的かどうかなんてこと、自分じゃわからない。
でも、今から考えてみると私って同級生とか同世代の人間よりも、
“少し"我慢しなきゃいけないことが多かったんだと思う。
私は別に不良じゃ無かった。
勉強も両親から求められるボーダーはクリアしてたし、校則もまぁ守ってた。
部活は演劇部で、友達も多くないけど少なくもない。
リュックサックに黒猫のストラップをつけてた、
どこにでもいる女子高生といえば、そうなんだと思う。
でも、誰か、答えを知っている人が居るなら一つ聞いてみたいんだけど、
本当にそんな"どこにでもいる女子高生"なんてもの、存在するの?
私は親とか友達に嫌われる趣味を持ってた。
映画鑑賞だ。ホラーと、スプラッタが大好きだった。
マンガも読んでたけど捨てられるから買わなくなった。
私は悪人が好きだ。
ヤクザ映画もマフィア映画も面白いと思う。
レクター博士も、ジョーカーも、ジグソウも好きだ。
クエンティン・タランティーノも北野武も愛している。
別に変じゃないと思う。そういう映画のファンってたくさんいるしね。
でも、オーガニックで、ナチュラル志向で、
明るく溌剌としたものが一番だって思ってる体育会系の両親や、
いわゆる"普通の"友達はそれを見てる私を、
気持ち悪いものでも見るように扱ったり、からかったりした。
本当は皆ぶっ殺したいって思ってた。
だって私は自分の欲望に素直に向き合う悪人が好きで、
善悪の基準をひっくり返すような彼らの振る舞いは私にとっては魅力的だった。
私は彼らになりたかった。
ファッション誌のカリスマモデルに憧れる様に、
私は自由で破天荒でイかれた悪人になりたかった。
何度教室でマシンガンをぶっ放す想像をしたかな。
何度家で、ゴルフクラブを振り回す想像をしたかな。
私は結構一生懸命やってたと思う。
十人並みになるのって努力がいるんだって知ってたから、
周りが息をするようにしていることを、
私はやっとの思いでいつもこなしてた。
失敗したくなかった。
私に関わる人たちに、私と付き合ったり、
私を育てたことが失敗だって思われたく無かった。
そう思ってた。
マジでいい子ちゃん過ぎて笑えるよね。
私に量産品のラベルシールを貼ろうとする人に、
従う必要なんて無かったって気付いたのは、
"こっち"に来てからのことだった。
※
グランドライン・前半の海
ファット・キャット・アイランド
”キャットストリート”
裏路地で、その少女は金属バットを振りかぶっていた。
黒いセーラー服に、背中で黒猫の刺繍が睨みを利かせたスカジャンを羽織っている。
金のブレスレットがバットを振る度に、両手首でじゃらじゃらと音を立てた。
その度にブーツのつま先まで血溜まりが広がって行く。
「よし、じゃあ、駐屯所行こう。ええと・・・」
少女はリュックサックから手配書の束を取り出してページを捲る。
目当ての手配書を取り出して、その”男”の顔と見比べた。
「ちょっと顔腫れてるし血まみれだけど、
”写し身のキャスト”ってわかるかな」
「、て、めェ・・・」
「・・・何?」
少女は首を傾げる。
少女に金属バットでめった打ちにされたキャストは唸る様に言った。
「テメェも、賞金首、だろうが・・・!
”黒猫”の、・・・!」
「うん。そうだね」
は頷いた。キャストの頭を掴んで、笑う。
「だから駐屯所に行って、あんたを引き渡して、
私はその場に居る海兵共を叩きのめす。
それで私はあんたの懸賞金分・・・8000万?それをかっぱらってく」
「・・・?!」
キャストは理解出来ない、と言う顔をする。
は淡々と言った。
「わけわかんないって顔してるけど、これが私のルールなの。
賞金額分以上は取らない。
狙った獲物と、向かってくる奴はぶちのめす。
——ああ、そうだ。
最後に何が間違いで私みたいな小娘に
バットで半殺しになるほど殴られる羽目になったのか、教えてあげる」
は目を細める。
その口角はうっすらと持ち上がっていた。
「私に出会ったことがそもそもの失敗なんだよ。
バイバイ」
キャストの目の前に『HALLO AND GOOD-BYE』の文字が迫る。
文字がプリントされた金属バットがキャストを昏倒させるのに、
そう時間はかからなかった。
の周囲にはキャストの仲間がざっと10人程臥せっている。
はキャストの襟首を掴み、引きずるように駐屯所まで向かった。
「悪魔の実って便利だ。
まさか私が超能力者になるなんて思ってなかった」
王立図書館にあった、持ち出し禁止の”悪魔の実の図鑑”によると、
が食べたのは”超人系・ミスミスの実”
『触れた相手を失敗させる』という曖昧な能力だったが、
使ってみればそれがどれほど強力なのかはよく理解出来た。
能力が一度発動してしまえば、相手は勝手に転び、
の適当に振り回す金属バットに自分から当たりにくるのだ。
だから特別鍛え上げた訳でもないが、
賞金稼ぎなんて物騒な商売をやってのけることが出来た。
今は自身が、賞金首ではあるけれど。
※
海賊をぶっ飛ばして溜めた金で船を買った。
航海術は図書館で死ぬ気で覚えた。
私が”現実”から”こっち”に来たのは数か月前。
きっかけらしいきっかけは無かったと思う。
交通事故とか、死んだとか、そういう話じゃ無かった。
寝て起きたらこの国のベンチに座ってた。
私はひとまず現状を把握しようと躍起になった。
この国は昔のヨーロッパのような雰囲気だった。石畳、街灯。看板に街並も。
道行く人の服装は普通といえば普通だが、少しカラフルな気がする。その程度の違和感。
でも確実に、ここは私の居た日本ではないと悟っていた。
ここ、ファット・キャット・アイランドは猫の島だ。
本屋で貰ったフリーガイドは実に役に立った。
王制で、世界政府加盟国、国民性としては個人主義。
観光地でもあり、名物はネコ。名産はサーモンとチーズ。
確かにそこら中に猫が居た。
私に懐いた野良猫が拾って来た、
ぐるぐるした模様の果物が悪魔の実だってことはいわゆる”原作知識”から分かったので、
私は迷わずその実を食べた。
見聞きする単語や物事から察するに、ここはワンピースの世界。
私は全部を読んだことがないけれど、
友達から借りている途中で10巻まで読んではいた。
とりあえずの舞台設定とかは知っている。
・・・正直私は調子に乗っていた。
何もかもがうまく行き過ぎてた。
それが楽しくて仕方が無かった。
だってそうでしょ。
規範やルールや、スクールカーストや、
煩わしい人間関係がリセットされたことに気がついたんだから。
後ろ盾や安全も失った代わりに、自分の人生を好き勝手デザインする権利を手に入れた。
私は今ここからムービースターのような人生を手に入れられる、
趣味に没頭もできる。・・・お金と腕っ節さえあれば。
そして、身に付いた悪魔の実の超能力は、私にとっては鬼に金棒。
都合の良い能力だった。
今の私に敵なんか居ない。やりたい放題やってやる。
そう思って、”あいつ”に出くわしたのが私の”失敗”だったんだろう。
過去の私に教えてやりたい。
『白いまだら模様の帽子被った、隈の深い不機嫌そうな犯罪者には手を出すな』ってね。
※
補給を終えたハートの海賊団がそれなりに治安の悪い通りにある酒場で
酒盛りをしていると、一人の少女が店に入って来た。
黒いセーラー服にスカジャン。黒い編み上げのブーツ。
手には金属バット。プリーツスカートを締める重たそうなベルトに一丁拳銃がぶら下がっている。
若いが、目つきは荒んでいた。
手首と耳にアクセサリーがジャラジャラとついている。
「ブラッドオレンジジュースにグレープフルーツ絞った奴。氷無しで」
海賊がばか騒ぎしてるのを横目で一瞥しながら少女は一息に言った。
店主は慣れているのか注文通りの品を作り始める。
「・・・お前まだ居たのか。懲りねェなァ、。
海軍はお前を血眼で探してるってのに、この島に留まる理由でもあるのか?」
「金が入るから。でも今夜で終わりにする。この島を出てく」
店主は注文通りの品を作ると眉を上げた。
「へぇ、淋しくなるぜ。 お前が大暴れすんの見るのは気分が良かった。
——店を壊さないならもっと良かったんだが」
「修繕費は渡してるし、そりゃできない相談だね。ブルームーン頼んだ方がよかった?」
「・・・お前未成年だろう、気障なこと知ってやがるなァ」
そんな会話をしていたのを、ハートの海賊団は誰も気づいては居なかった。
酒を煽っていた、船長以外には。
は出来上がった真っ赤なオレンジジュースをその男にぶちまけた。
被っていた白い帽子が真っ赤に染まる。
気分良く酒を飲んでいた海賊達の空気が凍った。
「・・・ああ、失敗しちゃった」
「・・・てめェ、何の真似だ?失敗じゃねぇよな。わざとだろ?」
「謝ったら許してやっても良い。今すぐキャプテンに謝れよ」
怒りを露にした船員2人の肩を、は叩いた。
「・・・悪いんだけど、あなた達の船長に捕まって欲しくて」
「はぁ?」
「ねぇ、相手してよ。”死の外科医”トラファルガー・ロー。
あんたの首に2億かかってるんでしょう?」
ローは白熊から渡されたタオルで顔を拭い、を見上げる。
その顔には特別な感情は見受けられない。無表情だった。
「賞金稼ぎか、お前!」
「おいおい相手を選べよ」
笑い飛ばす船員2人の頭を、は何のためらいも無く金属バットでぶん殴った。
「え!?」
「シャチ!ペンギン!てめェ、クソガキやりやがったな!?」
殺気立つハートの海賊団に、ローは目を眇め、ゆっくりと立ち上がった。
ローは手を上げて船員達を制し、を見下ろしてみせる。
「お前、今何した?」
「あんたの部下を殴ったね」
「違う。コイツらは油断しててもお前に殴られるような奴らじゃねェ。
・・・何かしただろう」
ローの指摘に、の口角が楽し気に持ち上がる。
「だから?油断したそいつらが悪いんだよ」
ローの眉が嫌悪感に顰められた。
の瞳に見覚えがあったのだ。
自棄になっている。自分の命なんかどうでも良いと思ってる。
暴力に酔った、”無類のクソみてェな目つき”そのものだった。
「お前、何が望みだ」
ローはを睨みながら問う。
は一瞬訝しむような顔をしたが、やがてローの目を見返して真面目に言った。
「自由で破天荒でイかれた悪人になること」
「・・・悪趣味な夢だな」
「海賊に言われたく無い」
がくるくると手慰む様にバットを回す。
ローが刀、鬼哭を抜いた。
「・・・やる気になってくれたんだ?」
「正直に言えば、粋がってるガキの相手をするのは時間の無駄だと思ってる。
・・・だが、テメェの目つきが気にいらねェな。
灸を据えてやるよ。ここらで痛い目見とくのがテメェのためだ、——クソガキ」
※
その戦闘は派手だった。
金属バットを笑いながら振り回すに、ローは手加減らしい手加減をしなかった。
故に店はすぐに半壊状態になった。店主が半泣きで逃げ出すのが見える。
ローの勝利ですぐに終わるだろうと思っていた戦闘だったが、
意外にもは強かった。
一度が攻撃を当ててからは、
ロー自身が自ら攻撃に当たりにいくような不可解な動きをしたりと、
見ていて腑に落ちない点が多く、船員達は様子を伺いながらハラハラしていた。
なにより、ローの額からは血が流れている。
しかし。
「・・・いつまでもおれが、テメェのペースで戦ってやると思うなよ」
ローが不機嫌にそう言うや否や、”ROOM”が店全体を覆った。
の持っていた金属バットが瓦礫に変わる。
「重ッ・・・!?」
すぐに瓦礫を手放し、ベルトの拳銃に手を伸ばした瞬間、
それも鬼哭に弾き飛ばされる。
ローが刀を薙ぎ払うと同時にの胴体が真っ二つに斬られた。
「キャプテン・・・!」
ベポが心配そうにローへと近寄って来る。
「・・・なにこれ、なんで私生きてる?・・・へんなの」
胴を斬られたが不思議そうに首を傾げているのをローが忌々しそうに眺め、
その首を持ち上げた。
「テメェ、悪魔の実の能力者だな」
「だったら何?私が喋ると思ってるの?」
「”ROOM”」
ローは躊躇わずの心臓を抜き取った。
ショック症状で気を失ったを睨み、深くため息を吐く。
「キャプテン、そいつどうするの」
「腑に落ちねェことが幾つかある。吐かせて処遇はそれから決める。
——船に連れてけ」
「・・・アイアイ、キャプテン」
ベポは不満そうにしたが、ローが顎をしゃくるとすぐに従ってみせた。
※
白熊に頭から海水を浴びせかけられ、は目を覚ました。
「よォ、気分はどうだ?」
「・・・最悪」
「軽口叩けるだけの元気はあるようだな」
は周囲を見回した。
打ちっぱなしの鉄板の壁。豆電球が天井で揺れている。
ローが椅子に腰掛け、
その後ろにが殴った船員2人と白熊が腕を組んでを睨んでいた。
は自分が縄で縛られていることに気がついた。
斬られたはずの胴体は繫がっているものの、胸に風穴が空いている。
訝しみ、眉を顰めたに、ローは心臓を掲げてみせた。
「・・・気色悪い」
「テメェの心臓だ。そう言ってやるなよ」
ローが口の端を愉快そうに上げた。
は短く舌打ちをする。
「賞金稼ぎだとばかり思ってたがな。
”黒猫の”。まさか懸賞金5000万ベリーの賞金首だったとは驚きだ」
「だから何?」
「お前、何の悪魔の実の能力者だ?
心臓を握りつぶされたくなけりゃとっとと話せ」
の顔が苦虫を噛み潰したようなものに変わった。
ローが軽く心臓を握ると、その感触が分かったのか、渋々口を開いてみせる。
「・・・ミスミスの実を食べた。私は”失敗誘発人間”
触った相手は私の”任意”で必ず何かを失敗する」
その場に居た誰かが息を飲む。
ローの目が瞬いた。
「おれやこいつらが避けたはずのバットに当たったのも”失敗”か」
「あの時のあんたの顔、見物だった・・・っ痛!」
にやりと笑うに機嫌を損ねたのか、ローが心臓を、今度は強めに握った。
は額に脂汗を浮かべている。
「あまり舐めた口を利くなクソガキ。
お前の心臓を、文字通りおれは握ってるんだ」
「・・・だから従えって?」
の目が吊り上がった。
「あんた、私に何して欲しいの?」
その物言いに、ローは意外そうに眉を上げる。
「へぇ、見かけによらず頭は悪くねェようだな」
「・・・上から物言いやがって、クソ外科医。用件を言えよ。早く」
心臓を握られながら全く物怖じする様子もない。
その生意気な態度に、ローは頬を引きつらせたが、
一々挑発されるのも大人げないと思い直したのか、冷静に言う。
「・・・お前の能力は使える。命が惜しけりゃおれに従え」
「つまりあんたの船に乗れと?」
「そうだ」
「ふーん・・・誰か失敗させたい奴でも居るってわけ?」
ローの顔色を伺い、は口角を上げた。
誰かと同じような不敵な笑みだった。
「図星だ?」
ローは黙り込む。
は首を傾げてみせた。
「じゃあ、あんたは私の心臓を預かるんだ。
・・・良いよ。まだ死にたく無いし、従ってやっても」
意外にも従順な言葉を吐いたに、
ローの後ろに控えていたシャチとペンギンが目を丸くする。
しかし。
「でも私、ダサいつなぎは着たく無いし、
あんたが不甲斐ないなら心臓かっぱらって出てくから。
せいぜい手綱握ってるつもりで居なよ、外科医野郎」
の生意気な口ぶりに我慢ができなくなったのか、
シャチとペンギンが怒りの声を上げた。
「おいクソガキ、テメー!ダサいって言ったか今?!」
「あとキャプテンになんつー口の聞き方してんだ!?改めろ!」
騒ぎ出した2人にローは軽く息を吐いた。
は鬱陶しそうに2人を一瞥する。
「・・・エキストラモブがなんか言ってる」
「はぁああああ!?」
「くそ生意気だなホントに!!!良いんですかキャプテン?!」
そっぽを向いたに、怒り心頭のペンギンが指を指してローに聞く。
「うるせぇ。勝手にしろ」
ローは帽子を目深に被り直し、
の心臓を手にしたままその部屋を出て行った。
ベポがの縄を解く。
「・・・おれ、お前のこと嫌いだけど、
キャプテンが船に乗せてやるって言ったんだ。面倒みてやる」
「・・・頼んでないけど?」
の物言いに、ベポはキッと眦をつり上げた。
「言っとくけどキャプテンバカにしたら、許さないからね」
「・・・私正直な質だから、クソ野郎だと思ったらクソ野郎って言うし、
カッコいいって思ったらカッコいいって言うよ」
ベポはそれを聞いて少しだけ表情を和らげた。
その反応には首を傾げる。
「ならきっとお前、キャプテンのことカッコイイって言うようになるよ」
「・・・今の印象は心臓持ち歩いてて気色悪いクソ外科医だけど」
「ばっ、バカにするなって言っただろ!?それ本当のことだけど!」
「おい、ベポお前まで何言ってんだ!」
置いて来た連中が賑やかに騒ぎ出したらしい声が聞こえ、
ローは静かに眉を上げた。
あれだけ騒げるならきっと船に馴染むのも早いだろう、そう思ってのことである。