Take 02
私は”死の外科医”トラファルガー・ローに心臓を盗られてしまい、
半ば脅される様にローの船に乗ることになった。
会話から察するに、どうやら私のミスミスの能力が目当てらしい。
自分の船を買った後だったので、その船も乗せられるか一応交渉してみたんだけど、
潜水艇”ポーラータング”に乗せられるほど、私の買った船”アウトレイジ”は小さく無かった。
そう言う訳で私は船を泣く泣く売り払った。
フルアームド仕様で、砲台も火炎放射器も銃器もついてる小型船なんてなかなか無いのに。
そういう意見はどうやらハートの連中とも一致していたらしい。
船を売却するときに見物に来た、奴らの失礼な反応ときたらなかった。
ローは固まってたし、シャチとかペンギンには
「どんだけ血の気が多いんだよ」と突っ込まれた。
・・・私の趣味嗜好なんだから放っといて欲しい。
捕まえた海賊を捕らえておく牢獄も作ってたんだけど、
ベポには心底引きつった笑みを浮かべられた。白熊の癖に青ざめたりできるようだ。
つくづく”こっち”の動物は表情豊かだ。
船を売り払った分の金は上納金とかで納めるのかとか、その辺りを聞いてみると
どうも私は傘下扱いになるらしい。船は同じでも別会計だそうだ。
しかし、衣食についてはハートの金庫番から与えられる立場になるらしく、
この辺は曖昧なので私は余り納得いってない。
金のことで揉めるとろくなことが無いのだが。
とりあえずこの辺は追々交渉して行くつもりだ。
さて、ポーラータングでの航海はそれなりに順調らしい。
私にはそうは思えないけど。
一応ファット・キャット・アイランドで航海術の勉強は齧っていたから
航海士の仕事をよく観察してやろうと見ていた。
「いざとなったら心臓かっぱらって逃げる」というのはハッタリでも何でも無いからだ。
ローあたりにはどういう意図で観察してるのかは見抜かれてたんだろうけど、止めては来ない。
結論から言うなら、グランドラインの海は怪物的だ。
・・・認めたくは無いけど、私の付け焼き刃の航海術じゃ、一人だったら死んでたと思う。
イカれた海流、やたらでかい肉食の海王類がごろごろ現れ、
エターナルポースはその限りでないが、ログポースはめちゃくちゃに不安定だ。
ちょっと目を離しただけで指針がズレる。
航海士のベポはローの次に寝不足だった。
よく昼寝してるのを見るけど無理無いと思う。
暫く船の観察だのなんだのしているうちに、
ハートの船員連中は、私になぜかよく話しかけてくる様になった。
男所帯に若い女が居るのが物珍しいのかとも思ったが、そう言う訳でもないらしい。
・・・正直、意味が分からないが、棘ついた視線の相手は億劫なので、
まあ、これはこれでいいだろうとも思う。
※
本人はどう思ってるのかは知らないが、1月も船に乗れば
”黒猫”のについて、ハートの海賊団の船員の評判はそこまで酷いものでもなくなっていた。
は船に来て3日はじっと周りを見ていた。
それからすぐに雑用もなんとなくこなす様になって、驚いたものだ。
「意外だ」とシャチがを茶化したが、
は「ただメシ食らいで恩を売られるのはゴメンだ」と可愛くない返しをしたらしい。
そのあたり、訳の分からないルールをは自分で作って、遵守しているようだ。
それは雑用以外の戦闘においても同じだった。
ファット・キャット・アイランドの次の島で、
ハートの海賊団は他の海賊と鉢合わせ、乱闘になった。
その際は真っ先に飛び出して相手を金属バットでぶん殴り、銃をさんざぶっ放し、笑っていた。
船長に心臓盗られて「気色悪い」とか言ってたくせに
殴った相手が血みどろでも気にしないらしい。
その様子をなんとなく気になって見ていた。
・・・はバリバリの武闘派だ。
まだ鍛錬不足な部分もあるが、一応喧嘩慣れはしてるし、躊躇いがない。
打ちのめした相手と、リュックサックから取り出した手配書リストとをにらめっこしてると思ったら、
そのうちどこかに消えてしまった。
小一時間して船に戻って来たら、はベリー紙幣のぎっしり入った袋を船長に寄越していた。
船長は首を傾げていた。当然、クルーの皆も。
「・・・なんだ、これは」
「駐屯所で引き換えて来た。『”豪腕”キャンディ・シック。懸賞金6000万』
私が打ちのめしたから分け前は半分」
は淡々と話すが、そもそも、前提がおかしいことに気づいているのか。
おれは質問してみることにした。
「・・・その前にお前、賞金首だろ、5000万の」
「うん」
「いや、『うん』じゃなくてだな、賞金引き換える相手も海軍だろ?
・・・お前よく捕まらなかったな」
は納得した様に頷いた。
「海兵なら全員ブチのめして来た」
「——んん?あれ、そういう問題か?」
腕を組んで首を傾げる船員達をよそに、船長はため息を吐いていた。
あれは呆れている時の顔だ。
「要らねェ。前にも言ったが、上納金の類いは必要ない」
そもそも、は戦闘要員として、あるいは雑用としても充分な仕事をしている。
しかし、は腕を組んだ。納得いかない、というのが全面に押し出た表情をしている。
「・・・飼われてるみたいで落ち着かない」
の言葉に、船長は目を丸くしていた。それから帽子を深く被り直した。
驚いたことに笑っている。肩が小さく揺れていた。
何か、面白いジョークでも聞いた時の様に。
「・・・確かに、ウチにはお前みたいな手のつけられねェ野良猫を飼うほどの余裕はねェな」
「だったら素直に受け取れよ」
船長は首を横に振った。
「だが足も着きやすくなる。海兵にわざわざ喧嘩売ってやるな。
大体そんなことしなくても相手から嫌って程近寄ってくるんだ。
お前がバットを振るのはその時で良い」
は未だに納得していないようだった。
むっつりと黙り込んで船長を睨んでいる。
「——不服か?どうしても海兵をぶん殴らねェと気が済まねェか?」
「腕が鈍る」
の言葉に、船長は眉を上げた。
にやついた笑みは挑発するときのそれだ。
「鈍る程の腕を持ってたようには見えないがな」
「何?喧嘩売ってんの?」
の目つきがいよいよ尖る。
船長は完全に面白がっていた。
「フフ、冗談だ。だが、まあ、そうだな。
・・・ベポ、コイツの組み手に付き合ってやれ」
「え!?」
突然名指しで呼ばれて、ベポは飛び上がらんばかりに驚いていた。
「接近格闘術はお前の十八番だろう」
「そ、そうだけど」
もじもじと爪を弄るベポは褒められてまんざらでも無さそうだ。
船長はに顎をしゃくってみせた。
「ただし、おい、クソガキ、銃と能力はナシだ。
それで少しはテメェの血の気の多さも解消されるだろ」
「・・・分かった」
は渋々と言った体で頷いて、部屋を後にした。
シャチはが居なくなったのを見てから、帽子ごと頭をかいた。
「はァ、あいつのルールはよくわかんねぇな。本物のネコでもあるまいし」
「何の話だ?」
「ほら、ネコって仕留めた獲物を飼い主に持って来るだろ。ネズミとか、虫とか」
シャチの言いたいことがなんとなく分かって苦笑した。
「の場合はそれがベリーか」
虫よりはマシだが、海兵の連中を引き寄せかねないあたり、
手放しに喜べないのは同じである。
ベポに師事してからのは生傷が絶えないでいた。
銃も能力も無しでバット一つで、一応猛獣である白熊のベポの相手をするのだ。それも当然である。
しかしは弱音を吐かなかった。
シャチとおれがヤジを飛ばすと凄い目で睨むけど。
船長も命令した手前気になるのか時々様子を見に来ては、
にもベポにも的確なアドバイスを言って去って行く。
そういうやり取りを経ているから、クルーのへの評価はいつの間にか
”生意気な口聞くし血の気は多いけど、根性のある奴”になっていた。
※
その日は海上戦の末に倒した海賊の懐が潤っていて、大儲けだった故か、
宴会がポーラータングで行われた。
は慣れない酒を飲まされてうんざりしながら、聞き役に徹している。
ベポが故郷の話をしていた。
”ゾウ”の背中にある、獣人の国、”モコモ公国”。
そこには夜の王と昼の王が居て・・・。
ベポも伝え聞いたのだと言う、おとぎ話のような現実の話をは聞いていた。
ペンギンが黙り込んでいるに気づいたのか話を振って来た。
「、お前の生まれはどこだ?」
「さァね。・・・東かな、強いて言うならだけど」
「妙な言い草だな?」
「帰ろうとは思わないの?」
ベポの言葉に、はぼうっと返した。
「帰れない。島自体がどこにもないし」
シン、とテーブルが静まり返った。
は顔を上げ、驚いた顔をするハートの船員達を見て、首を傾げた。
そして自分の発言を振り返り、納得した様に頷いた。
確かにこの言い方だと誤解を招きそうだ。
「何しけた顔してんの?別に悲しいとか思ってないから。
やたら同調圧力かけてくるお友達連中と、
私を認めようとしなかった両親に会わなくて済むからせいせいしてる」
ベポがの目を覗き込んで来た。
「・・・嫌いだったの?」
「・・・」
「は、友達とか、親とか、もう会えなくても辛くないの?」
「それ、あんたに関係ある?ベポ?」
好戦的に笑ったに、
表情豊かな白熊の目が悲しそうに伏せられた。
は笑みを解いて目を逸らす。
「・・・別に、嫌いではなかったよ。
でももう帰れない。・・・それだけ」
シャチがそっとつまみの皿をに押し付けて来た。
「。これ食えよ」
それを見て、ペンギンも頷いての持っていたジョッキを奪い、
酒を注いで、これまた押し付けて来た。
「あとこれも、飲め」
は訝し気に眉を顰めた。
「・・・何はりきってんの。キモいんだけど」
気遣いを全て無碍にする、
ズバっと切れ味の鋭いの毒舌にテーブルが沸き立った。
「・・・テメェ!」「ちょっとはしおらしくしやがれ!」
「かわいくねェ!」「可愛げを出せ!」
一斉のブーイングには呟く。
「なんだこいつら・・・」
話題を変えようとしてか、今度はシャチが咳払いしてに話を振った。
「そ、そういやお前賞金稼ぎだったんだろ、何で賞金首になったんだよ」
「海兵の頭ぶん殴ったらそうなってた」
シャチのサングラスの奥の目が点になっていた。
「は・・・?」
は何かを思い出す様に顎に手を当てる。
「あいつちょっと偉かったのかな?自分で将校とか言ってたし」
「・・・、状況を説明しろ。何で賞金稼ぎが将校をぶん殴るんだよ!?」
「なんでそうなるんだ・・・?」
何を思い出したのか、の目つきが尖る。その表情に苦みが混じった。
「・・・そいつに尻軽扱いされて、頭からベリー紙幣バラまかれたんだよ」
「え?」
再び同じテーブルについた船員達の時間が凍った。
「『拾え』とか『四つん這いになって咥えろ』とかふざけたこと言うから半殺しにした。
次の日賞金首捕まえて駐屯所行ったら捕まりそうになったから全員打ちのめしてやった」
ジョッキを煽り、何も誰も言わないことに気づいたが再び顔を上げると、
複雑な表情をした船員達と目が合った。
「だから、何で神妙な顔してんの?別に気にしてない。どうでもいい」
その言葉を皮切りに、男達は静かにを慰めた。
「すまん」「お前、苦労してんだな」「若いのに・・・幾つだよお前」
はどうも話の展開が読めないと首を傾げながら素直に答えた。
「16」
瞬間、テーブルがざわついた。
「嘘だろ!?」「若っ!?」「いや、若いとは思ってたけど、マジで!?」
しかし段々と話の雲行きが怪しくなって来る。
何故なら彼らは酔っている。
顔を覆い、に失礼な同情を寄せはじめた。
「マジか、そうか・・・」「苦労したせいで・・・」
「・・・おいコラ、どういう意味だよ」
酔っぱらい共にやいのやいの言われるのが嫌になり、
は失礼な言葉を吐いたシャチとペンギンを
アーマーリングの嵌った拳で殴打してから部屋を後にした。
成り行きを見守っていた船長も席を立ったことに気づいたのは、
隣に座っていたベポだけだった。
※
”ポーラータング”
展望室。
明かりもつけず、黒い海をは膝を抱えて眺めていた。
「おい、何してる」
暗闇に慣れた目が、その人を捉えた。
ローだ。は酔っぱらいが追いかけて来たのではないと知って少々安堵した。
「・・・なんだ、あんたか。別に、何も」
ローはの横に人一人分のスペースをあけて座る。
は拒む気にはならなかった。
無理矢理に飲んだ酒のせいだったのかもしれないし、
あるいは苦い記憶のせいかもしれなかった。
「心臓かっぱらって出てく気にはなってねェようで、安心したよ」
ローはの心境など全く気にするそぶりが無い。
相変わらずの物言いに、はジト目でローを睨んだ。
「あっそう。・・・そういやあんた、
私の目つきが気に入らないとか因縁つけて来たけど」
「・・・その前にお前が頭からジュース浴びせかけて来たんだろうが」
はわざとらしく首を傾げてみせる。
「そうだった?」「・・・テメェ」
ローの声色に棘が混ざった。は喉を鳴らす様に笑う。
「冗談だよ。・・・どんな目つきしてたって言うの?」
「無類のクソみてェな目つきだ」
ローは吐き捨てる様に言う。
「何も信じてねぇ。他人はおろかテメェの命だってどうでもいいと思ってやがる」
目が慣れて来たとは言え、黒い海では、魚の影すら捉えることは出来ない。
しかしローは輪郭を掴もうとする様に黒い海を睨みつけた。
「なんなら全部ぶっ壊れりゃ良いと思ってるし、
もちろん他人に共感するつもりなんざ爪先ほども無い。
そういう最低最悪の目つきだよ」
は暫く黙り込むが、やがて口を開いた。
「へぇ、嫌に実感籠ってる。私の他にそういう奴を見たことあるんだ」
「ああ、そうだ。嫌って程良く知ってる。おれはそいつが」
はローの持っているものがジョッキだと気づいていた。
「死ぬ程嫌いだ」
なんだかんだ言ってローも酔っているのだろう。
「・・・よくそんな奴に似てる私を、
能力が使えるからって船に置く気になったね」
今度はローが黙り込む番だった。
実際の言う通りだ。能力者本人が分かっているのか定かではないが、
ミスミスの能力は凄まじい。
もし、がその指一本、ドフラミンゴに触れるだけで、
ドフラミンゴは”必ず何かを失敗する”。それも、の任意で。
だが、の意思を完全にコントロール出来るわけではない以上、
ローは頼みの計画を練るつもりはなかった。
あくまでも保険のつもりだった。
だから船に置くと決めた決定的な理由はもう一つ。
がかつてのローに似ていたからだ。
自棄になっている。悪人になりたいと願っている。そして暴力に酔いしれている。
はコラソンに出会う前のローそのものだ。
・・・コラソンが、もし、生きていたなら、
を放っておくようなことはしなかっただろう。
黙り込んだローを見かねてか、が口を開いた。
「あんた妹でも居たの?」
「・・・居たら悪いか?」
「別に?どうでもいい。重ねて見られてんならシスコンも大概にしろって思う」
はローの眼差しから、誰かを重ねていることには気づいているようだ。
自棄になっているくせにバカでもないのも、の質が悪いところだった。
「重ねてねェよ。お前の100倍は可愛いから安心しろ」
「・・・へぇ?そのカワイイ妹は故郷に置いて来たの?」
「死んだ。故郷はもう無い。お前と同じでな」
「ふーん」
は取り立て同情を示すような言葉をかけては来ない。
ただ淡々としている。
だから次にかけられた言葉には、思わず不意を突かれたのだ。
「病気か何か?」
「!」
ローの動揺は伝わったのだろう。は尚も言葉を続けた。
「あんたが海賊のくせに医者やってるのは、
昔救えなかった奴らと、同じような人間を救える様に?」
当たらずも遠からずだったが、それよりも、
がそういう物の見方をする方が意外だった。
同情や感傷とは縁遠い人間だと思っていたのだが。
「・・・そういう見方をするんだな」
「ありがちな話だからね」
「だったら悪いか?」
の目が剣呑に眇められたのが暗闇の中でも分かった。
「私があんたの生き方に口出しするとでも?
好きな様にすれば良いんじゃないの。
ていうか悪いって言ったら止めるの?あんたが?」
「・・・止めねェな」
「でしょ?」
船の中を観察していたのは知っていたが、
船長を含めて、船員達の誰がどういう人間かを、
はなんとなく理解しているらしい。
は再び黒い海を睨んだ。
「私、無駄なことって好きじゃない。
意味の無い口出しも、説得も説教も超がつく位嫌い。
・・・誰も私の人生に責任とってくれる訳でもないくせに。
だから私も嫌いな連中と同じことだけはしない」
確かにローも、昔そう思っていた。
同情を受け入れられる様になるのにさえ、時間がかかった。
命を懸けて、自分の為に泣いてくれる人が現れるまでは。
「責任とるって言ったら大人しく言うこと聞くのか」
「・・・は?何言ってんの?」
は胡乱気にローを見返した。
黙ってを見るローに、は眉を顰め、目を逸らす。
「それとこれとは別の話だね」