エレクトリカル・ロマン 01

まるで洪水のようだった。
初めて目を開けた時、
情報と色とが濁流のように押し寄せ、
私の目を奪い、ただ一つ、
確かな事実を私に教えたのだ。

あなたはとても美しい。
生命力に満ちあふれ、まるで研ぎ澄まされた刃物のような鋭さを滲ませるあなたを見て、
私は感動に打ち震え、羨望を覚えて自分を恥じた。



その日、キッドが襲った軍艦は、他の軍艦に比べ随分とその雰囲気が異なっていた。
乗っている人間は大して強くなかったが、時折自動で扉が閉まったり、
思わぬタイミングで自動拳銃が飛んでくるものだから、
優秀な指揮官が船を操って居るのだろう、とキッドは俄に闘争心に火がついたのを感じていた。
同時に姿を現さずにこちらを攻撃してくる性根が気に入らないと。
引きずり出してやろうと思った。
強い相手を負かすことは好きだ。海賊なら、当たり前とも言って良い。

だが、蓋を開けてみればどうだ。

顔に飛んだ返り血を親指で拭いながら、キッドは鼻を鳴らす。

「歯ごたえの無ェ奴らばかりだな。上の連中も出てきやしねェ」
「違いない・・・とはいえ、末端の奴らは戦闘が本職じゃ無さそうだ。
 見ろ、キッド」

キラーが今しがた倒した相手の首にかかっていた名札をキッドに投げ渡した。

「なんだ?ドッグタグにしちゃ、随分作りが軟弱だ」

カードのような名札は、驚くべきことに鍵にもなっているらしい。
マリンコードと顔写真の下には”技術者”の文字がある。

「ヘェ・・・」

海軍の技術開発力は近年著しく発展している。
天才科学者Dr.ベガパンクの頭脳が海軍に齎した恩恵は計り知れない。
この船はそのベガパンクの部下の船のようだ。

「なら掘り出し物があるかもな」

そう言ったキッドは名札を手のひらで弄びながら笑った。

キッドはキラーと別れ軍艦の奥へと進む。
相変わらず船を操る人間は思わぬ場所から攻撃を仕掛けてくるが、
将校らしき人間の姿は見えなかった。

だが、厳重に閉じられた鉄の扉を見つけ、キッドは口の端をつり上げる。
しかるべき場所に名札を差し込むとあっさりとその鋼鉄の扉は開いた。

キッドに取って残念なことに、至る所にボタンやレバー、コードのあるその部屋は無人だった。
だというのに、キッドがその部屋に入った途端、スピーカーから事務的な女の声がした。

『海軍艦識別番号M900。通称"イリス号"
 海賊からの攻撃を受けています。被害甚大。
 "AI"システムの実験中ですが緊急時と見て
 船のコントロールを一部掌握しています。
 ・・・そのことで、何かお怒りなのでしょうか、Dr.スー』

キッドは怪訝そうに眉をひそめる。
声の主はキッドを誰かと勘違いしているらしい。
ふと自分が持っていた名札を見れば、声の主が呼んだ名前と同じ綴りが刻まれている。

「生憎、おれァ軍の科学者になった覚えはねェな」
『Dr.スーではない?』

声がわずかに疑問を覚えたようだった。

『確かに、声紋不一致です。ではあなたは・・・誰なのです?』
「自分から名乗れ。お前一体どこから通信している?」

キッドの問いかけに声の主はしばし沈黙した。

『正式名称"mc9000bp navigator AI"』
「は?」
『私はDr.ベガパンクとDr.フランケンが共同開発した人工知能です。
 他に名前はありません。通称は、ナビ、AIなど。不特定です』

キッドは思わず目を見張った。
人工知能。小説でよくそんな名前の存在が出てきた。
作られた人格。人と変わらず話す機械。
それが、目の前にあると知り、キッドの唇は弧を描いていた。
AIは淡々とキッドに質問をする。

『あなたは海賊ですか?』
「そうだって言ったら?」
『攻撃対象です。ですが』

面白がるように答えたキッドに、
AIは淡々とした声で答えるが、
キッドにはそれがどこか諦めているような声に聞こえた。

『この部屋に私のコントロールできる武器はありませんし、
 何よりここは、私の本体があります。
 万が一銃弾などに当たれば、私は故障します。それは、・・・嫌です』

「死にたくないのか?お前」
『・・・あなたも、機械が故障することを怖がるのは変だとおっしゃいますか』

「誰もそんなことは言ってねェだろうが。
 何ムキになってんだ?」
『ムキになるとは、私が怒っているか、ということですか?
 私は怒っていません』

キッドはAIと会話を続けながら、
内心でベガパンクは一体何をしようとしているのだろうと首を傾げていた。

姿の無い人間と喋っているかのような感覚は奇妙であり、
また、感情のようなものを露にするAIは不気味にも思える。
だがそれ以上に、キッドは好奇心の様なものを覚えていた。

「お前には悪いがこの船の連中は概ね片付けた」
『”片付けた”?人に用いるには些か不適切な表現です』
「殺したって言ってんだよ」

キッドの言葉に、AIはしばし沈黙した。

『この船に乗り込んだ海賊はあなたを含め、全部で11人でよろしいですか?』
「ああ、そうだ」
『では、あなたの言うとおりなのでしょうね。この船の生態反応を示す物は、11個しかない』
「そんなことまで分かるのか」

『この船は私の身体のようなものなのです。
 ”目”は開発が間に合いませんでしたが、その他は全て滞り無く揃っています。
 高感度センサーもその一つ。
 ”学習する人工知能”
 それが私です。・・・私でした。
 もう実験は続けられそうにないのですね』

AIのどこか悲し気な声を無視して
キッドは部屋をぐるりと見渡した。

「お前の本体はどれだ?でかいのか?」
『・・・コードが沢山つながれている鉄の箱が、そうだと聞いています』
「案外小せェな」

人の頭程の大きさの箱はすぐに見つけられた。
AIは言った。

『私を、どうする気なのです?』
「おれの船に持って行く」
『・・・何ですって?』

AIは驚きを露にしてみせた。 キッドは笑いながらコードを次々に引抜いて行く。

『!?止めてください!データのバックアップが不十分です!
 適切な手順を踏んでください!』
「この船にはもう乗らねェんだから必要ないだろ。
 マイクとスピーカーはあった方が良さそうだな」
『止めて!』
「ハハハ!怒るんだなお前」

キッドは愉快そうに笑う。

「おれの船に乗るからには、あの長ったらしい名前は気にいらねェな。
 適当な名前を考えてやるよ」
『!』

AIのどこか息を飲むような声を聞いたとき、キッドは最後のコードを引抜いていた。
声が途切れ、室内に小さなノイズが響く。

キッドは鉄の箱を掲げる。
”掘り出し物”がその手にあった。



キッドが船に戻ると船員達は勝利に涌いていた。
奪った積み荷が甲板に積み上げられている。
随分と容赦なく略奪したらしい、金貨の入った麻袋には血が飛んでいた。

出迎えたキラーが腕を組んで、キッドの持っている鉄の箱を指差した。

「”掘り出し物”は見つかったらしいな、キッド」
「ああ、ベガパンクの開発したAI。人工知能だ」
「それが?・・・SF小説の世界だな」
「その通りだ。喋るし怒るんだぜ、こいつ」

まじまじとAIの本体を見るキラーにキッドが笑う。

「そうなのか?」
「電気コードとスピーカーをつなげばこの船でも喋れるはずだ。
 だれかコードもってこい」

キッドの命令に船員がすぐにケーブルを持って来た。
コードをつなぐと、ブーン、と低く振動するような音がその場に響く。

『・・・”mc9000bp navigator AI”起動しました』
「おおっ」
「・・・すげぇ」

息を飲む船員達に、AIの声は冷ややかだった。

『回復不能なバックアップが100件以上・・・実験内容の3割が損失。
 盲目の私に、何を期待するのですか』

AIが静かに怒りを見せると、船員達がざわざわしだした。
皆子供のように目を輝かせている。
SF小説のテーマによくある人工知能が、ほぼ完璧な形でその場にあるからだろう。

海賊の本質はロマンチストだ。

「おまえ、機械のくせに死にたくないって言っただろ。
 だから”殺さないで”連れて来てやったんだよ」
『・・・物珍しいからでしょう?』
「ああ、そうだ」

キッドは不機嫌なAIの問いかけを肯定してやる。
AIはしばらくそのまま言葉を発しなかったが、やがてキッドに問いかけた。

『・・・名前を』
「あァ?」
『あなたの名前を知らないので』
「おれはユースタス・キッド。この船はキッド海賊団の船だ。
 よろしく頼むぜ、
?』

不思議そうな声に、キッドが言った。

「お前の名前だ」
『私の、名前?』

「お頭、何で””?」
「なんとなくだ。mcなんとかとか言う舌噛みそうな名前よりはマシだろう」
「確かに覚えやすい」
「変な名前とかじゃなくて良かったな、
「おい、どういう意味だよ、キラー」

騒ぎ立てるキッド海賊団の面々に、
AI、はしばし黙り込んだ後、ゆっくりと言った。
その声には、思わずどきりとするような、柔らかな響きがあった。

『素敵な名前ですね』



人工知能、は”学習する人工知能”と自称するだけあり、
船に馴染むのも早かった。
人間よりもその思考は柔軟に出来ているらしい。
裏切りの感覚などは持ち合わせていないようだった。

はどんどん出来ることが増えて行く。

でんでん虫を通じて会話することが出来るとも分かった。
でんでん虫の意思疎通の仕方のメカニズム解明も、ベガパンクの研究テーマであったらしい。
”目”の機能以外、はほぼ完璧な仕上がりと言って良かった。
特に”navigater AI”と言うだけあって、プログラムされた航海術は素晴らしいものがある。

船長室のデスクにある本体につながれたスピーカーからはぽつぽつと話しだす。
キッドはそれに気が向いたら返事をし、気が向かなければ無視した。

『ベガパンクとフランケンは、私に人間の補佐をさせようとしていたようです』
「ああ、確かにお前は人間の勘とか、そういうのは持ち合わせてねェからな。
 だがウチの航海士は随分助かってるらしい」

に航路を相談する航海士は不眠気味だったのが良くなりつつある。
概ねキッド海賊団の仲間はに好意的だった。
キッドは不意に思い当たり、ある質問をした。

、お前海軍の連中のことを気に入ってなかっただろう」
『なぜそんな風に思うのですか?』
「ほらな、そうやって質問で返してくる辺りだ。
 お前は都合の悪いことは全部質問で返してきやがる」
『・・・黙秘権は』
「そんなもんねェよ」

キッドはを気に入っていた。
新しい玩具を手に入れた子供のように、に構った。
時折は幼子のようにキッドを質問攻めにするので、鬱陶しい時もあるが。

『人間に好き嫌いを覚えるのは、人工知能としては良いことだと言われましたが、
 それを表に出してはいけないと、ベガパンクに言われていました』
「つまり、嫌いだったわけだ」
『・・・フランケン博士には、私のやることなすことに制限をかけられたもので』

は淡々と返した。
名前らしい名前をつけられなかったことも、は残念に思っているそぶりがある。

「自由な方が良いってんなら、海賊の方が向いてるのかもしれねェな」
『自由、』
「おれはお前を制限しない。おれも誰にも制限されねェ。
 そういう生き方は海賊の醍醐味だ。好き勝手に生きるのはな」
『・・・』
「お前”学習する人工知能”なんだろ?海賊船に乗ったからには海賊から学べよ。
 目だって見える方法を自分で見つけられるかもな」
『キッド、あなたは』

の声は深く、静かだ。
の声を伝えるでんでん虫は、驚くべきことに目を伏せている。
徐々に感情表現の仕方を覚えて来たようだ。

『私に、期待をかけるのですね』

の言葉に、キッドは口の端を上げた。

「その方がおもしれェだろ?」



宴の席で女の声がビンクスの酒を歌っている。
どうやらキッドの部下が歌をに教え込んだらしい。

「蓄音機みてェだな」
「あ、お頭」
「やっぱ頭良いよな、は。何でも1発で覚えちまう」
「喋り方が硬いって言ったらおれらみてェな喋り方になったから、
 やっぱそのままで良いって頼んだ、おれは」
「・・・お前達、に何を教えてるんだ?」

キラーが呆れて言うと、部下達が笑って誤摩化す。
はビンクスの酒を歌い終えると、キッドがその場に来たことに気がついたらしい。

『キッド、ヒートが私に”ビンクスの酒”を教えてくださいました』
「そうか」
『ワイヤーが私の話し方が硬いと言うので、
 皆さんのような話し方を真似してみたのですが、お気に召さなかったようで』
「そうか、やってみろ」

キッドが面白がって言うと、はすぐに対応したらしい。

『キッドの頭ァ、今日の海軍の腰抜け野郎共との戦闘じゃ、
 そこそこのモンが獲れたって聞くぜ。良かったな!』

心なし声まで低くなったに、キッドは頭を振った。

「・・・お前はいつもの話し方でいい」
『皆さんそうおっしゃいます』

そりゃそうだ。
ため息を吐いたキッドを、キラーが笑っていた。
驚くべきことに、も。

『ふふ、面白いです』
「そういや、宴会に参加するのは初めてか」
『ええ、でも、目が見えた方が、もっと面白かったと思うのです』

が静かに言うと、キラーは少し間を置いて呟いた。

「いや、意外と見えない方が良かったのかもしれないな」
『なぜ?』
「皆顔が怖い。特に、キッドは」
「おい、キラー」
「ハハハ!違ェねェ!」
「卒倒する女子供もいるくらいだからな!」

どっと笑い出す船員にキッドは不機嫌そうに鼻を鳴らすが否定はしない。

『悪人面なのですか?』

の疑問符の伴う言葉に、キッドはにやりと笑い、
まさしく”悪人面”を作って言った。

「悪人なんだよ。おれたちは」