エレクトリカル・ロマン 02
キッド海賊団がグランドライン前半の海も半ばの航海で訪れたのは科学の島”アルバート島”だ。
科学の島と言うだけあってからくり仕掛けの建物が立ち並び、
街灯や街の構造の至る所に歯車やネジが使われている。
キッドにとっては都合がいいことに。
キッドが足を向けたのは、さる科学者の家だ。
その扉を乱暴に蹴破って、中に居た老人に挨拶をする。
「よォ、フランケン博士、ちょっと融通して欲しいもんがあるんだが・・・、
大人しく渡しちゃくれねぇか?」
安楽椅子に腰掛けていた老年の科学者フランケン・シェリーはぼうっとパイプを吹かしていた。
白髪頭で爆発したようにあちこちくるくると跳ねたくせ毛は直した様子も見られず、
口ひげはたっぷりとしているが、あごの周りには無精髭が伸びている。
いかにも科学者然としたその老人は、牛乳瓶の底のようなメガネがずり落ちてくるのを直していた。
突如押し掛けて来た強面の海賊の男にも、怯えた様子もない。
随分肝が座っている。
「・・・え?」
「耳が遠いだけか!?」
耳に手を当てたフランケン博士はとぼけた仕草でキッドを迎えた。
苛立ちに銃口を向ければ、大人しく手を上げてみせる。
「ふざけやがって、殺すぞジジイ・・・!」
「ん、んー・・・、君は、ユースタス・キッド君だね?海賊だ。
わたしを存じ上げているとは思わなかったな」
「んなことはどうでもいい」
「んー、で?君は何が欲しい?」
フランケン博士は実に物わかりが良さそうに言った。
キッドは短く舌打ちして顎をしゃくる。
「アンタがベガパンクと共同開発してるって言う人工知能、通称”ヴィクター”」
「ああ、あれかね。ふむふむ。なるほど。んー・・・どこに置いたかな・・・」
フランケン博士が、がさごそと積まれた書類やら機械やらをどけた先に、
キッドにとっては見覚えのある、鉄の箱のようなものがあった。
フランケン博士はそれをテーブルの上に置くと、億劫そうに安楽椅子に腰掛ける。
「これを欲しがるということは、んー、mc9000は君が持っているのかね?」
「さァな」
キッドが人工知能を軍艦から奪ったことをすでに知っているようだ。
フランケン博士はまた、ずり落ちて来たメガネを直した。
「まァ、どちらでもいい。あれは不完全だ。バグがあった」
「バグ?」
「感情バグだ。人間に好悪を持った。学習機能が感情にも作用してね、
喜怒哀楽が発達し過ぎたのだ。
機械には不必要な機能だと、わたしは認識しているよ。
ベガパンクはどこか面白がっていたがね」
キッドは眉根を寄せた。
「テメェで作っといて気にいらねェか」
「んー・・・気に入らないというか、必要性の問題だ。
人間の制御出来ない機械は危険だろう」
キッドは思い返していた。を手に入れた時に、
軍艦そのものの機能を掌握し、キッド達を攻撃したのことを。
はあれを”自分の意思”でやっていたと言った。
「ハハハッ!正しい認識だな、クソジジイ」
「んん?気に入らないかね、”キャプテン”キッド君?」
「ああ、気に入らねェな、科学者のくせにつまらねェことを言う」
銃口を額に押し当てると、フランケン博士は眉を顰めた。
「そうかね?ククッ・・・そう言えば君は海賊だ。一際ロマンチストな職業だった」
「ロマンチストだァ?」
「そうとも、ロジャーに踊らされる連中は後を絶たない。
さて・・・君はmc9000をどうする気だね?」
キッドの目が一度苛立ちで眇められたのにも気づかず、
フランケン博士はメガネの奥で、淀んだ瞳を光らせた。
「あれは人間の女よりよほど面倒だぞ。機械の癖に、感情をもっている。
逆に言えば、それしか持っていない。
いずれはその感情も多様化するだろう。嫉妬もするし、怒るし拗ねるだろうな。
それで暴走する。・・・だから私もベガパンクも、あれには目を与えなかった。
・・・君にあれが扱いきれるかい?」
「・・・さァ?だがひとつ言っておきたいことがあるぜ、よく聞けよ、
この世で聞く、最後の言葉だ」
キッドが銃の安全装置を外すと、フランケン博士は微かに怯えたような仕草を見せた。
キッドはそれに笑みを浮かべる。
「ああ、おれが欲しがるものを渡せば殺されねぇと思ってたのか、
”ロマンチスト”なのはアンタの方だったなァ、フランケン・シェリー博士。
ウチの””からの伝言だ。『名前もくれねェクソジジイ共は嫌い』だとよ」
引き金を引く手にためらいは無い。
後には事切れた老人の死体と荒れた部屋だけが残った。
※
キッドはまっすぐ船に戻ると、船長室にあるの本体に触れた。
スピーカーから声がする。
『キッド?何をしているのです?』
「お前の本体と似たようなもんが島の科学者の家にあった。
調べてみろよ」
『・・・コードをつないで頂ければできると思います』
コードをつなぐと、しばらくは黙っていた。
機械が何かを読み込むような音をさせている。
『これは、・・・人工知能の卵です。システムを解析しました』
キッドは口の端をつり上げる。
「そうか。そういやぁ、あの科学者、Dr.ベガパンクと関わりがありそうだったな」
『・・・キッド、私にこの卵を、頂けませんか?』
が何かを欲しがるのは、初めてだった。
人工知能が何かを欲しがる、と言うのも不思議な話だが。
『これを、より解析すれば、私の”目”が、見えるようになるかもしれません。
でも、これを解析すると、壊れてしまうと思うんです』
「へぇ」
『キッド、お願いします。貴重なものだと、分かってはいるのですが』
はその声で懇願するように言う。キッドはますます笑みを深めた。
「いいぜ、好きにしろ」
『・・・!ありがとうございます!キッド!』
キッドはそのまま甲板に出た。
は嘘を覚えている。
キッドが渡したのは、と同じタイプの人工知能だ。
人工知能の”卵”などではない。
甲板に居たキラーが、機嫌の良さそうなキッドを見て尋ねる。
「どうした?キッド」
「キラーか、聞いてくれよ。がおれに嘘をついた」
「が・・・?それにしては随分機嫌が良さそうだな」
キラーは人工知能なのに?とは言わない。
の成長を見て来たキラーには、がそうしてもおかしくない、という感覚があったらしい。
キッドは笑う。
「の奴、おれに嘘をついた上に、自分と同じ人工知能をぶっ壊して解析するつもりだ。
なぁ、キラー」
キラーは黙っている。
「欲しいものを殺して奪う。随分と海賊らしくなったとは思わねェか?」
「違いない」
※
その日の夜。
はでんでん虫を通じて目が見えるようになったと言った。
その実験をすると話すと、キッド海賊団の面々は競って食堂へと集まり、
目を閉じたでんでん虫を囲んでいる。
キッドは、勿論でんでん虫の正面に陣取っていたが、
その周りで船員達が今か今かとでんでん虫の目を開くのを待つのは
異様な光景でもあると自身を棚に上げ思っていた。
そして、その時は一瞬のようにも、永遠のようにも思えた。
でんでん虫の目蓋が、ゆっくりと持ち上がる。
「、どうだ?」
『・・・』
「?」
『・・・真ん中にいるあなたが、キッド?』
「どうだ?想像より悪人面か?」
どうやらキチンとその目は機能しているらしい。
でんでん虫が何度か瞬きをした。
『ずいぶん、鮮やかなのね。綺麗だわ、とても』
ざわついていた船員達がシン、と静まり返った。
キッドすら唖然としている。
は続けて言った。
『疑っているんですか?でも、そう思ったんです』
「おい、いきなりキッドを口説くな、」
最初に言葉を取り戻したキラーが茶化すと、船員達の間にも徐々に言葉が戻る。
「すげぇよの奴、一番怖いとこ行ったよ・・・」
「肝座ってんな・・・肝ねェけど」
「いや、あれ分かってないだろ。天然だ。いや、完全に人工物だけど」
は言葉尻を上げて不思議そうだ。
『口説く?私が?キッドを?思ったことを言っただけなのですが』
「あー・・・、お前には一般常識も誰かが教えてやらなければいけないな。
何とか言ってやれ、キッド」
キラーがため息をつくも、キッドは口を閉ざしたままだ。
心なし耳が赤い気がするのは、キラーの気のせいだったのだろうか。
「・・・良かったな、。目が見えるならますます出来ることが増えるだろう」
『はい!キッド、ありがとうございます!あの”卵”のおかげです』
「気にするな。ただの気まぐれだ」
言葉を弾ませるに、キッドはぶっきらぼうに言う。
その時、キラーだけが奇妙な予兆を感じ取っていた。
恐らく、この先の針路は少し荒れるだろうと。
※
の成長速度は加速したようだった。
航海術にも磨きがかかり、船員とたまにやるチェスもほとんど負け無しだ。
まれに負けるところも見るが、恐らく手を抜いてるのだろう。
でんでん虫を通じて景色を見れるものだから、は島を見て回りたがった。
様々な光景にはしゃぐは微笑ましいものがあったが、
はたまにキッドに愚痴のような、弱音のようなものを零した。
『キッド、私が人間だったらとは思いませんか?』
「はァ?」
『・・・ごめんなさい。聞いてみただけです』
「お前が人間だったらって?あー・・・たぶん最初に会ったときに殺してるな」
『なぜ?』
「軍艦をアレだけ操れるなら、強くて頭がキレる奴だと思ったんだよ。
実際はお前だったが」
『・・・頭はキレますよ』
「ハハッ、言えてるな」
冗談も取り繕うことも覚えた、は人間と変わらないようにも思える。
だが、には肉体が無い。持ち合わせているのは声と、その頭脳、感情だけだ。
はそれを、気にし始めている。
そしてそれは、キッドが不覚にも右腕を負傷した日に、爆発した。
『キッド!どうしたんです、その血は!』
「・・・ちょっとした油断だ。生き死にに関わる怪我じゃねェ」
『でも・・・』
「ごちゃごちゃうるせェな!ちょっと黙ってろ!」
キッドは寝台に横になった。こめかみに脂汗が滲む。
かなり縫った。傷跡は残るだろう。
ため息を吐き、閉じた目蓋を開くと
の分身と化したでんでん虫が、
救難信号でも無いのに大粒の涙を流しているのに気がついてぎょっとする。
「お前・・・泣くなよ、面倒くせェな。
そのまま泣き続けるとでんでん虫の目がふやけるぞ」
は黙って泣き続けた。
キッとでんでん虫が眦をつり上げて、それでも泣いている。
「おれはけが人だぞ、気を使わせるんじゃねェよ」
「おい、、何とか言え」
「・・・お前もしかしておれが黙れって言ったから黙ってるのか?」
こくり、とでんでん虫が頷いた。
キッドは深いため息を零す。
「何か話せ、」
『・・・やっぱり、私、人間だったら、良かったと、思うのです』
「は?」
『私が人間だったなら、治療出来たかもしれない。
私が人間だったなら、汗を拭いてあげられたかもしれない。
私が人間だったなら、あなたに怪我をさせないよう気を配れたかもしれない。
私が人間だったなら・・・」
延々とそんな調子で言い募るに、キッドは眉を顰める。
「怖ェよ、なんだその羅列するような物言いは。壊れたのか?」
『分かりません。止まらないんです。ずっとそんな言葉が延々止まらない。
これが、どういう感情に相当するかも分からないんです、キッド』
「・・・お前がわからねェことを、おれがわかる訳無いだろ、」
ぼろぼろと泣き続けるでんでん虫に、キッドは目を眇めた。
泣く女を宥めるのは面倒だ。たとえそれが人工知能であったとしても。
キッドはどうにか話を反らせようと、口を開いた。
このとき、キッドが傷の痛みよりもの機嫌を直す方を優先させたことに、
気がついたのはしばらく後だ。
「その話よりは、前の、ベガパンクとの問答の話の方が面白かった。
お前なんて答えたんだったか。・・・人生の、目的はなんだ?」
『・・・より良きをなすこと』
は素直に答えた。
『生命の目的は、永遠に生きること。
存在の目的は、この海で、何が起きるのか発見すること。
今私がどこに居るか問われた時には、人里離れたところに、と』
キッドは目を閉じる。
静かな女の声が、哲学者のような言葉を連ねている。
「それから?」
『・・・死の目的は、命を得ること。
知的存在の目的は、それが何かを発見すること。
感情の目的は・・・』
は間を置いた。
実際に、今が”苦しみ”を覚えている理由がそこにあるからだ。
『”わからない”』
「そうだ。わからねェから追いかけたくなるんだ。
・・・なァ、おれは”ワンピース”が欲しい」
キッドは寝台に深く身を沈める。
「それがなんなのか、誰も知らねェ、
海賊王の船員たちも皆口を噤んでやがる。
だが、ロジャーは言った。
”ラフテル”
この世のすべてをその最果ての島に置いて来たと」
『”ラフテル”・・・』
「それが、富なのか、武力なのか、別のもんなのかは知らねェ。
だが、それを見た人間は”海賊王”だ」
は黙っている。
キッドはいつの間に、傷の痛みを忘れたような心地だった。
は夢を笑わない。
『それが、あなたの夢なのですか、キッド』
「そうだ」
『・・・なら、私もその景色が見たいです。この目で』
は震える声で言う。
『私を、ラフテルに連れて行ってください、ユースタス・”キャプテン”・キッド』
「・・・ハハハ!随分なワガママ言うようになったな、!」
笑うキッドに、でんでん虫は拗ねたような表情を作った。
感情表現も随分上手くなったものだ。
「いいぜ、連れてってやるよ。
代わりにサポート頼むぜ、お前”ナビゲーター”なんだろ?」
『ええ、ええ、勿論です』
キッドは再び目蓋を閉じる。
もしかして、が人間だったら良かったと、
望んでいるのは自分かもしれないという考えを振り払いながら。