My Bird
~シャボンディ諸島にて~
シャボンディ諸島で、ローは色鮮やかな鳥に出会った。
そう、鳥だ。
見事な極彩色の鳥がベポの頭に止まったのだ。
ベポは鳥が頭に止まった事など気づかずに、てくてくと歩いていた。
「・・・ベポ、お前」
「なにキャプテン?・・・どしたの、そんなにまじまじ見て、
おれの顔になんかついてる?」
ローの言葉に他の船員もベポの頭を止まり木にする鳥に気づいて
ぎょっとしている。
「いや、顔についてるっていうか頭・・・」
「むしろなんで気がつかねェんだよ!?」
ベポが腕を組んで首を捻ると、鳥も合わせて首を傾げた。
シュールな絵面にハートの船員がわーわーと突っ込み始めている。
「だから何で気づかねェんだよ!?お前神経通ってんのか?!」
「頭触ってみろよ!」
「頭・・・?え!?なんかいる!?何?!」
ベポの手の平が鳥の足に触れたようだ。
慌ててぶんぶん腕を振り回すベポに、
鳥は真っ赤な羽を広げベポの頭から離れた。
「・・・ニブいシロクマ」
「は・・・?!」
鈴の音を鳴らしたような声がその鳥の囀りだと気づいた時には、
もう既にその鳥はシャボンディの木々を縫うように、
煌びやかな軌跡だけを残して飛び去った後だった。
「ニブくて・・・すみません・・・」
「何に謝ってんだよ」
ベポがいつも通りの打たれ弱さを発揮しているのを横目に、
シャチが怪訝そうな顔をする。
「ていうか、今、あの鳥、喋ったよな・・・?」
「ああ、ありゃインコだよ。喋ってもおかしくないさ。
けど、インコにしちゃあ、なんつーか、良い声だったよな?
インコってもっと、だみ声だろ?」
ローはその鳥の鮮やかな羽が一本、落ちていることに気がついてそれを拾い上げた。
先端の薄い赤から、徐々に色が深くなっていく。
美しかった。
「・・・能力者かもな」
「え? ・・・あ、あー!なるほど!その可能性もあるのか!?」
ローの一言にシャチは顎に手を当てて大げさに頷いた。
呟いた言葉はもしかすると願望に似た何かだったのかもしれない。
自分の正気を疑ったのはその時が初めてだった。
※
「お、戻って来た!おーい、!どうだったー!?」
シャボンディパークで遊園地を満喫しているルフィ一行の頭上に影が落ちた。
それに気がついたルフィは腕を振り、鮮やかな鳥の名前を呼んでみせる。
大きく羽音を立てて、はルフィの差し出した腕に止まった。
「ルフィ、”レイさん”はこの辺には居ないみたい。でもシロクマがいた。喋ってた」
「そうか!・・・喋るクマ?見てェ!」
「いやいやいや・・・」
目を輝かせるルフィにチョッパー、ブルック、ケイミー、ハチ、パッパグら全員が手を横に振った。
「脱線し過ぎだ!一応おっさん探しに来てるんだろ、
・・・いやもうほとんど遊んでるようなもんだけど」
何しろ散々アトラクションには乗っている。
ジェットコースター、観覧車、メリーゴーラウンド。
”麦わら”のルフィの麦わらの上にはシャボンディパークの三角帽子が嵌っていた。
その有様に先ほどまで一緒に楽しんでいたはずのヒトデのパッパグがやれやれと腕を組む。
「でも、、良いのか?
なんだか一人でここ以外を探させちまってて、・・・観覧車面白かったのに」
チョッパーがに問いかけると、
ルフィも同様に頷いた。
「そうだぞ、ヒト型になりゃあいいじゃねェか、おれはとも遊びてェ」
「人型は目立つ。ヤダ」
プイ、と首を横に背けただが、
その言葉にあからさまにがっくりと肩を落としたルフィを宥めるためか、
ぽふぽふと翼でルフィの肩を叩いた。
「ジェットコースターとか以外の乗り物なら肩に掴まって一緒に乗れるよ」
「ホントか!」
を持ち上げてぬいぐるみのように振り回すルフィを微笑ましそうに見つめながら、
ブルックが息を吐いた。
そこには些か残念そうなそぶりが見える。
「人型のさん、ビューティフォーで素敵ですのに・・・残念です」
「仕方ないよ、ブルック。は目立つの嫌がるから。
鳥の時も目立ってるけど、ヒトのときの方が目立つからなァ・・・」
は麦わらの一味の1人、悪魔の実、トリトリの実の能力者だ。
最初はそうとは知らず、『カッコイイから』と言う理由で、
ルフィ自らウィスキーピークで買って来たらしい。
いくらインコとはいえ、あまりに流暢に喋るのを不思議に思ってはいたらしいが、
仲間達は「グランドラインだからそう言う事もあるか」とスルーしていたようだ。
チョッパーがドラム王国で仲間に入るまで、は人であることを隠していた。
仲間達に促され、チョッパーに人であることを看破されたが
渋々人間に戻ってみせたときのことは今でも覚えている。
チョッパーに人間の美醜の基準は良くわからないが、
それでもその色彩が瑞々しく、美しい事は分かった。
鳥の時と同じく、深紅の髪の毛と、冴え冴えとした青い目の女が現れたのだ。
その時は全員驚いていた。
特にサンジの目がハートになったり、驚き過ぎてウソップの顎が外れかけたりもした。
一番反応が大きかったのはルフィで、皆と同様に驚いた後は拗ねに拗ねていたが、
アラバスタの冒険を共にしているうちにわだかまりも溶けたようだ。
も変わった。基本的には鳥の姿をとってはいるものの、
戦闘になれば人獣型や人型になり、銃を扱うこともするようになった。
先日のスリラーバーグではウソップとコンビを組んで活躍していたので、
ブルックもその姿を知っている。
「ヨホホ・・・照れ屋なんですね。キュートです」
そんな緊張感の無い会話の後で、
まさか世界を揺るがす大事件が起こるとは、
だれもこの時は予想していなかった。
~シャボンディ諸島 オークション会場にて~
人間屋、競りも目玉商品にさしかかり、天竜人が5億を人魚に支払うと言う事で
決まりかけていたその時、麦わらのルフィがトビウオに乗ってオークションに乱入して来た。
どうやら売られた人魚はルフィの知り合いらしい。
人魚を助け出そうとしたルフィを止めようとしたタコの魚人を
天竜人が撃ったとき、麦わらのルフィの纏う空気が変わった。
「、ちょっと離れてろ」
そう言われて大人しくルフィの肩から退いて、
麦わらの一味、フランキーの肩に止まってみせたその鳥を見て、ローは眉を上げた。
さきほどベポに暴言を吐き捨てて去っていった鳥だ。と言うのは名前だろう。
ベポも、「あ」と言う顔をしている。
麦わらのペットだったんですね、と囁くシャチの言葉に、妙に胸がざわついた。
しかし、次の瞬間、ルフィの行動に誰もが目を奪われていた。
天竜人を殴ったのだ。
途端に騒然となるオークション会場に、ローは口の端をつり上げる。
ドフラミンゴの牛耳る人間屋に偵察に来ただけだが、
随分と厄介な出来事に巻き込まれたようだ。
乱闘の体を見せ始めたオークション会場、
しばらく様子を見ていたがふと、赤い羽が目の端を掠めたのでローは顔を上げた。
長い髪が風に舞い上がる。
セイレーン、ハーピー、人面鳥と呼ばれる姿の女が銃を構え、
天竜人の護衛を蹴散らしていた。
皮肉めいた情景だと思った。
神の遣いとも見間違うような姿の女は、
海賊で、モンキー・D・ルフィの仲間なのだ。
※
「・・・私も戦わなくては」
は人獣型にその形態を変えた。
肩甲骨の辺りから生えた赤い羽をはためかせ、
は持っていた銃で天竜人の護衛たちを攻撃する。
「わっ!?なんだ!?」
「あの翼・・・能力者だったのか!」
持っていた銃を全弾撃ち抜いてからは空中からの格闘に移る。
「じろじろ見ないで、目立つの嫌い」
「いやいやいやいや、お前の戦い方めっちゃ派手だからな!?」
ウソップが思わず、といった体で突っ込んでいる。
「控えめなちゃんも素敵だァー!」
「うん、じゃあ、逃げながら行こう」
サンジの賞賛にはにかむように笑ったかと思うと、
護衛達に鳥の足で蹴りを入れた。
はオークション会場入り口を振り返る。
その時、見覚えのある顔がこちらを見ている事に気がついた。
先ほど止まり木にした白熊と、目の下に濃い隈をつくった若い男だ。
多分そうだとは思っていたが、白熊は海賊だったらしい。
隣の男は白熊の船長のようだ。
たしか、ロビンが”トラファルガー・ロー”と言っていた。
彼には何もしていないのだが、やけにまじまじと見られている。
白熊に「ニブい」と言ったことを怒っているのだろうか?
それにしては攻撃する様子も、怒りも見えない。
本当にただ見ているだけだ。
いつもに向けられる、物珍しいものを見るような、そんな視線ではなかった。
静かに目を細め、を見上げていた。
何だろう。不思議と嫌ではないけど。
は首を傾げながら、鳥の姿に戻り、
先頭を走るフランキーらの元へと急いだ。
〜頂上戦争後、黄色い潜水艦にて〜
どこで間違ったのだろう。
は膝を抱えて黄色い潜水艦、手術室の前で待っていた。
寝食を忘れ、ハートの船員達が部屋に案内すると言っても聞かず、
船長の無事を祈っていたのだ。
なにを間違ったのだろう。
は渦巻く思考に飲まれそうだった。
シャボンディでレイリーにサニー号をコーティングしてもらえることになり、
3日間島中を逃げまわろうと決めた時は、まだ皆が居た。
海軍大将黄猿と、まさかりを担いだ戦闘丸に出くわした時から、徐々に状況は悪化していった。
バーソロミュー・くまに、触れられた瞬間、ゾロがどこかへ消えてしまったのを皮切りに、
仲間達はバラバラになってしまった。
はルフィ共々女ヶ島に飛ばされた。
女だけの島でもルフィは自分らしく振る舞い、
九蛇を統べる海賊女帝ハンコックに気に入られたルフィは、
シャボンディへと帰る術を見つけたと喜んでいた。
そうだ。あの時、新聞でエースが処刑されると知ったのだ。
もエースには会った事がある。
アラバスタで、彼はルフィに挨拶をしにきたのだ。
のことも、『海賊らしい鳥だ。ルフィがいかにも好きそうだな!』と言っていた。
その彼を助けるために、ルフィはインペルダウンへと潜入した。
エースを奪うのには失敗したけれど、
かつての敵クロコダイルやMr.3、Mr.1、七武海だったジンベエや、
ルフィと昔小競り合いをしたと言うバギー、
革命軍のイワンコフらとマリンフォードまで道中を共にした。
はその時、ルフィは本当にすごい力を持っているのではないかと思ったのだ。
今までだって、ルフィは不可能だと思えたことを、可能にして来た。
アラバスタを救ってみせた。世界政府からロビンを助け出した。
誰も脱獄出来なかった監獄から出てこれた。
だから、エースだってきっと助けられると思った。
でも、ダメだった。
は唇を噛む。
よりによって、エースはルフィを庇って、目の前で死んでしまった。
はエースがどんな生き方をして来たのか、よく知らない。
それでも最後、エースは「愛してくれてありがとう」と言っていた。
ルフィにとっては、辛い別れになってしまった。
は頂上戦争で、何も出来なかった。
ルフィを助けることも、エースを助ける事もできず、状況に流されるままだった。
あの後、ルフィの手当を申し出た、トラファルガー・ローが居なければ、
きっとルフィも、も死んでいたに違いない。
はみっともなく泣きわめき、ローに助けを乞うてしまった。
ローは「わかってる」と頷いてくれた。
それがどれだけ、にとって救いになっただろうか。
どうか無事で居て欲しい。
沢山血を流していたルフィの、死んでしまいそうな顔ばかりが
脳裏をかすめ、怖くて仕方が無かった。
仲間なのに、何も出来なかった。手を差し伸べる事さえも。
ルフィを助けたのはジンベエだった、そして今、ローが力を貸してくれている。
後悔と不安ばかりが頭を巡る。
手術室の扉が開いた。
は顔を上げる。ローが無表情にを見下ろしていた。
立ち上がっては声を上げる。
「トラファルガー、ルフィは生きてるの?!」
「オペの範疇ではな。今後生きられるかどうかは、あいつ次第だ」
詰め寄って来たに眉を寄せながら、ローは応えてやる。
するとは唇を戦慄かせ、俯いた。
涙をこらえている。
生きている。少なくとも、今は。
目の前に居る、この人のおかげだ。
「・・・ありがとう。
あなたが居なかったらルフィは死んでた」
「気まぐれだ、気にするな」
いっそ素っ気ない程のローの言葉に、は苦く笑った。
「気まぐれでも、救われたのならお礼を言いたい。
ルフィは私の船長だから。
・・・ホントは私が守れれば良かった」
の握りしめられた拳を見とがめて、ローは短く舌打ちした。
びく、と肩を震えさせたに静かに言う。
「目が覚めたら」
その声がどこか、優しく聞こえたので、は顔を上げる。
「恐らく麦わら屋は暴れるだろう。
止めてやれ。
船員の仕事だ、そういうのは」
ローは自分が被っていた帽子をに無理矢理被せた。
目を白黒させるを見て小さく笑う。
「それまでにそのみっともねェツラ、なんとかしとけ。
うるさくしねェなら中に入ってもかまわない」
すたすた歩き去っていくローの後ろで、
が悔恨と安堵に涙を零しているのだろうとローは分かっていたが、
はローのクルーではない。
治療する腕は持っていても、慰める腕は持っていないのだ。
※
ローが去った後、幾つもの治療器具につながれたルフィを見守りながら一晩を明かした。
はいつの間にか眠っていたらしい、
頭の上に白い帽子がある事に気がついて昨夜のことを思い出していた。
「帽子、返さなきゃ・・・」
は腫れた目蓋を抑えて呟いた。
ローは言葉少なではあったが、を気にかけていたのだろうことは分かっている。
もう死んだかと思ったルフィの命をつないでくれた。疲れた顔をしていた。
ルフィを助けたのは気まぐれだと言っていたが、
それで、そこまで尽くしてくれるものなのだろうか。
「あ。おはよう」
白熊、ベポが部屋に入って来た。
は顔を上げて力なく手を上げた。
ベポはの被る帽子を見て目を丸くする。
「あれ?その帽子・・・」
「トラファルガーが貸してくれた」
「ええ!?キャプテンが!?」
ベポは素っ頓狂な声を上げた。
「滅多に人には渡さないんだよ。
・・・目が腫れてる。、泣いてたの?」
情けない事に、昨日からずっと泣きっぱなしだ。
は目を伏せ、帽子を脱ぐと手に持った。
白いまだら模様のふかふかした帽子だ。
「・・・みっともない顔するなって、トラファルガーにも、言われたよ」
「へえ、キャプテン、のことも心配だったんじゃない?」
ぱちくりと瞬いたに、カルテに何か書き付けながらベポは言った。
「上手く言えないけど・・・ホントにみっともないとか、面倒くさいとか思ってたら、
キャプテンはきっと無視する。帽子も貸さないと思うな。
おれ、知ってるんだ。キャプテンは結構優しいよ。
そうでなきゃ医者になんか、ならないでしょ?」
「・・・」
そうかもしれない。は思い返していた。
チョッパーがを人だと見抜いた時、
『もしかして、隠してたのか?ごめんな・・・』と、謝られてしまったのだ。
仲間に隠し事をしていた、の方が悪いのに。
医者はみんなそうなのだろうか。優しくて、温かい。
ベポは黙り込んでしまったに明るい声をかける。
「麦わら、良くなるといいね。おれから帽子、返しとこうか?」
「ううん」
は首を横に振り、なんとか笑顔を作ってみせた。
「自分で返すよ。ありがとう、ベポ。・・・ニブいって言って、ごめんね」
「え!? いいよ、気にしないで!」
ぱっと顔を明るくしたベポはそのままスキップでもしそうな調子で手術室を去っていった。
また改めてお礼を言おう。
今度はみっともないなんて言われないように、泣かずに。
~九蛇にて~
九蛇に着いてしばらく経つと、ルフィは目を覚ましたが、
記憶の混濁と受けたショックから半狂乱で船を飛び出し暴れ出してしまった。
ローの帽子を返すタイミングを見失いつつも、
ハートの海賊団の船員の手伝いをしていたは、器具を船員に渡して
ルフィをすぐにでも止めようと駆け出そうとする。
そのを、ローが呼んだ。
「」
そのとき、は今までに無い不可思議な感覚を覚えていた。
振り返るとローがにつかつかと歩みよる。
麦わら帽子をに押し付けた。
「お前が渡せ。おれたちは先にこの島を出る」
ルフィの麦わら帽子を受け取ったはローに何か言うべきだと思った。
でも、気の利いた言葉が出てこない。
そうこうしている間にも、ルフィは兄を失った悲しみに苛まれている。
は名残惜しさを覚えていた。けれど、時間が無い事は分かっていた。
できれば笑顔で別れようと思った。
「トラファルガー、・・・ロー、ありがとう!また、会えたらいいな!」
は目を細め、柔らかく微笑む。
ローの前髪が潮風になびいた。
シャボンディで見た時と、同じ顔をしているとは思う。
その目はだけを見ていた。
ローに帽子をかぶせて、は人から鳥へと変わり、
ルフィを追いかける。
次、ローに会えたなら、ルフィはきっとお礼を言いたがるはずだ。
ルフィが元気になったら、また会えたら、今度はもっと話をしてみたい。
一味で宴を開いても良いかもしれない。
ナミを説得して予算を立てて、サンジに腕を振るってもらって、ブルックに音楽を奏でてもらおう。
そしたらルフィは料理を吸い込むように平らげ、ゾロは酒を散々に飲むだろう。
チョッパーやフランキーは踊り、ウソップは大げさな冒険譚を聞かせてくれる、
ロビンは騒がしい一味を笑顔で見守るだろう。
そこにハートの海賊団を招いて、沢山、沢山、話をするのだ。
はそんな時間が来ればいいと思っていた。
※
ローはに乱暴に被せられた帽子を被り直し、
船員達に船を出すように指示を出そうと振り返る。
するとぽかんと口を開けている船員達と目が合った。
「お前ら、何を呆けてる?」
「あ、え!?す、すいません」
「ちょっといいなって思ってました! 持ち場にもどります!」
「・・・何言ってんだ、お前ら」
首を捻るローを他所に、ハートの海賊団の船員達は
嫌にニヤニヤしたり浮き足立ちながら出航準備をしていた。
ローは小さく息を吐き、静かに目を伏せた。
『また、会えたらいいな!』
「・・・次は、敵同士かもしれねェってのに」
鮮烈な印象を残して、はローの元を去っていったが、
どういうわけかローも不思議と、また会える気がしている。
ローはポケットに手を入れながら、船へと向かう。
染め上げたような深紅の、柔らかな羽がそこにはあった。
※
『強くなりたい。私も。私、ルフィみたいに、覇王色はできないかもしれないけど、
覇気を覚えられれば、もっと、ルフィを助けられると思う。もう何も、できないのは嫌だ』
レイリーにそう伝えたからか、は2年間、九蛇で修行を積むことになった。
どうやらレイリーと、ルフィが口添えしてくれたらしく、
ハンコック自らが修行をつけてくれることになったのは良いのだが、
城に招かれ、人の姿をとれと命令され、
従った途端にハンコックの目つきが厳しくなったのはどういう理由なのだろうか。
心無しか周囲の女達の目も痛い。
「・・・赤毛娘、そなた、ルフィとはどのような関係なのじゃ!?」
「え?・・・仲間、だよ」
ハンコックに正直に答えるも、
なにが気に入らなかったのかますます眉を顰めて詰問される。
「なぜ言いよどんだ?なにか、わらわに隠し立てて居ることがあるのではないか?
幾らルフィから『を頼む』と申し付けられたとはいえ、特別扱いはせぬぞ。
ここはわらわの国じゃ、わらわに噓偽りを申すならその舌、引っこ抜いてくれよう・・・!」
「姉様、落ち着いて・・・!」
ハンコックに詰め寄られては戸惑いを隠せず、眉を困ったように八の字にした。
妹のサンダーソニアが宥めようとしているが、ますます怒っているように見える。
「ええと、私、ほとんどインコの格好してるから、ペットだと思われてるかもなって思って。
でもよくよく考えるとルフィは私がペットって言われるの嫌がるから・・・。
ハンコック、さんは、私とルフィが特別な関係だと嫌なの?」
が首を捻ると、ハンコックは少々たじろいでみせた。
「な・・・!?」
「どこから特別になるの?ペットは良い?仲間は?」
ハンコックは、む、としばし考えるそぶりを見せた。
「・・・そう言うのならば、そなた、ルフィの恋人ではないのだな?」
その言葉と恥じらうような仕草に、は手を打った。
「ああ!ハンコック、さん、ルフィのこと好きなんだ!」
カッとハンコックはその頬を赤らめ、を怒鳴りつける。
「声が大きい!聞こえたらどうする!?」
「姉様、今ルフィはルスカイナに居て、聞こえるはずないわ・・・」
呆れたようなマリーゴールドの言葉も、ハンコックには届いていないようだ。
はハンコックに首を横に振ってみせた。
ルフィはの船長で、大好きだし、大切な仲間だ。
信頼もしている。けれど、それが恋かと聞かれるとは少し違うと思う。
どちらかと言われると、友人や家族へ向ける親愛に近い気がするのだ。
「違うよ、ルフィのことは好きだけど、恋じゃないと思う」
それにしても、頬を赤らめ、こうもに対して感情的になるとは。
九蛇に来たばかりの時、最初に見たハンコックは、美しいけれど冷酷に見えた。
しかし今は可愛らしいと思う。
ルフィに関する事に一喜一憂する、今の方がずっと魅力的に感じる。
そんな風にハンコックを変えてしまった、恋とはどんな物なのだろう。
は素直に聞いてみせた。
「私、恋ってしたことないけど、どんな感じなの?」
ハンコックはそれを聞いて赤らめた頬に手を当てる。
「彼を思うと胸がときめき、彼のためならば、何を差し出しても構わないとさえ思う・・・。
彼と言葉を交わすだけで心が躍る。離れれば会いたいと強く願う。
名前を呼んで欲しい、笑って欲しい、
求めることばかりが多くなる。・・・時折気が狂いそうじゃ。
だが、彼を困らせとうない。幸せであってほしい。
できるなら、その幸福な彼の側で、
自らも幸福になりたい・・・、そんな、気持ちじゃ」
思わず石になりそうな程、恋を語るハンコックは素敵だった。
現に、ほう、とため息をつく側近や妹達は恍惚としている。
しかしはそれどころではなかった。
ハンコックの言葉が、頭を殴りつけたような衝撃をに与えたのだ。
「・・・あ、あれ?」
脳裏に一人の男が浮かんでいた。
”名前を呼んで欲しい”
”会いたい”
は前髪を掴んだ。自分の状態がよくわからなくなる。
顔から火が出ているように熱い。
ハンコックがの様子を見て、軽く瞬いた。
「そなた、」
「なんか、・・・よく、わかんない」
うずくまり、膝を抱えるに、ハンコックはつかつかと近寄った。
「赤毛娘、今誰を思った?」
ぐい、と顎を掴まれ俯いた顔をむりやり上げさせられる。
「キャー!蛇姫様ー!」「羨ましいわ!変わって!その位置変わって!」
と側近達が騒いでいるが、にはほとんど耳に入らない。
「ルフィか?」
「お前の船の仲間か?」
首をぶんぶん横に振るにハンコックは甘く囁く。
「誰じゃ?」
は唇を噛んで、ハンコックを睨んだ。
「い、言いたくない」
「言え。そなただけわらわの思い人の名を知っているのは狡いではないか」
顎を撫でられる。
その唇に悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
しかしその目は雄弁に語っている。
”話さなければ石にするぞ”
「・・・ロー。トラファルガー・ロー」
は震える声で呟いた。
ああ、ダメだ。名前を呼んだだけで体温が上昇するのが分かる。
は小さく呻いた。
別れ際、名前を呼ばれた時に、変だと思ったのだ。
妙に胸がざわついて、浮ついたような気持ちになっていたのだ。
その原因が今なら分かる。
その名前にハンコックはなるほど、と頷いてみせた。
「ほう、ルフィを助けたあの海賊じゃな。
ふふ、そなた、首まで真っ赤じゃ。面白いのう」
「意地が悪いよ、ハンコック・・・」
愉快そうなハンコックにはかろうじて憎まれ口を叩くので精一杯だった。