My Bird
~パンクハザードの宴会にて~
トラファルガー・ローがモンキー・D・ルフィの治療を行って2年が経つ。
偶然か、必然か、ローはパンクハザードで再会した麦わらの一味と同盟を組み、
百獣のカイドウの首を狙う最中だ。
カイドウの取引相手、ドフラミンゴを出し抜くべく、
麦わらの一味を含め、次の進路をドレスローザに決めている。
一刻も早くドレスローザへと移動したいローだったが、
シーザー・クラウンらとの戦闘の末、
どういう成り行きか海軍、シーザーの実験台だった子供ら、との宴会が始まってしまっている。
その喧噪から一人離れ、麦わらの一味のコック、サンジの作ったスープをあおっていると、
雪深い島に不釣り合いな鮮やかな羽が視界をかすめた。
「ロー!皆と食べないの?」
赤い羽を羽ばたかせ、隣に止まったと思えば、が首を傾げる。
麦わらの一味、ナミとロビンがこちらを興味深そうに伺っているのに、ローは眉を顰めた。
「性に合わない」
「・・・ふーん」
「同盟を組んだからと言って必要以上になれ合うつもりは無いぞ」
不満そうな声を上げるネシアに言うと、はますます首を傾げる。
つぶらな目がパチパチと瞬いた。
「そういうものなの?ルフィは同盟は友達みたいなものだって言ってたけど」
「それは麦わら屋の認識がおかしいんだ」
パンクハザードでルフィに散々振り回されたローは息を吐いた。
は立ち去る様子も無く、ローを伺っている。
ローはに向き直った。
「お前は、他の奴らと居なくていいのか」
「・・・いや、私はローにちょっと言いたいことがあって」
「何だよ」
「ええと・・・」
言いよどむにローは頬杖をついた。
「大体お前、何で鳥の格好をしている?」
パンクハザードでルフィらと再会した際には吹雪に凍え、
ルフィのコートの合わせ目からひょっこりと顔をだしたり、
チョッパーの帽子にへばりつくようにして温まっていた。
戦闘の際はモネと良い勝負をしていたらしいから、人型になるのを止めているとか、
そう言う訳では無さそうだが・・・。
「あー、と・・・」
「やけに歯切れが悪いな」
はたじろいで羽で頭を掻いた。
ローはサンジから送られる妙に尖った視線には気づいているし、
ブルックがこちらを伺うようなそぶりを見せるので、
一味は気心が知れているとは言えない海賊と共に居るが心配なのではと思っていたが、
当のがこの調子だ。
しかし不思議と追い払う気にはなれなかった。
は躊躇していたが、やがて意を決したように一つ頷くと、人面鳥の姿になった。
モネとは違う極彩色の羽は2年前よりますますその色を深くし、艶を帯びたようだった。
意思の強い目がローを捕らえ、柔らかく微笑む形に変わる。
「ずっとお礼を言いたかった。ありがとう。2年前、私を助けてくれて」
ローは瞬き、僅かに目を逸らした。
「お前を治療した覚えはねェよ」
「治したりはしなかったけど、助けてはくれたよ。
励ましてもらった。あの時私が折れずに済んだのはローのおかげ」
黙り込んだローに、は歯を見せて笑った。
「子供達のことも、助けてたね。それも気まぐれ?」
「・・・そうだ。ジョーカーの思い通りにさせるのも癪だったしな」
「ふーん」
今度は揶揄うような声色だった。
面白くないと眉を顰めると、はしたり顔でローを見ている。
「・・・素直じゃないんだね」
「うるせェよ」
「むぐ、」
ローは手元にあったクラッカーをの口元に押し付けた。
は素直にクラッカーを食べはじめる。
こう言うところはインコの名残のような物が見えた。
サンジが遠くから何かこちらに向けて言って来ているが、
ウソップが羽交い締めにして止めていた。
外野がうるさい。
「ローは」
ごくん、とクラッカーを飲み下したらしいが膝を抱えて言った。
「あのモネって人のオペもしたんでしょ?
子供達を逃がす時、私を見て、モネが言ってた」
モネはジョーカーの役に立ちたいと、その手足を動物のものに変えたがって、
ローに取引を持ちかけて来た。
特に断る理由も見つからず、ローはそれを受けた。
色々と候補はあったが、ローと、モネが選んだのは”鳥”だ。
「私自身と戦ってるみたいで結構苦戦したし、結局最後はゾロが倒したけど・・・」
「そりゃ悪かったな」
「あっと、そういうつもりじゃなくて・・・私の事覚えててくれたのかなって、
・・・自惚れかな。目立つから、この格好」
目立つと一口に言ってしまえばそれまでだし、
覚えていたかと聞かれれば肯定出来るのだが、ニュアンスが些か異なる。
そしてローはの言うとおり”素直じゃない”。
ローはに視線を流した。
「そうだって言ったら?」
「へ?」
「お前を忘れられなくて、他人をお前の姿に似せたって言ったらお前、どうする?」
唖然と目を丸くするの頭を撫で、ローは立ち上がる。
「冗談だ。本気にするな」
む、と頬を膨らませ、は鳥に姿を変えてローの肩に乗ると、首の辺りを軽く足蹴にした。
「ばか。死の外科医」
羽音を響かせ去っていくを見送り、ローは蹴られた首を撫でた。
大して痛くもなかったし、最後のは罵倒のつもりだったのだろうか。
小さく笑うと、ローは鎖に繋いでいたバッファローやベビー5の元へ向かう。
ドフラミンゴを足止めしなくてはならなかった。
※
「、どうだった?」
好奇心に目を輝かせたナミがに声をかけた。
「揶揄われた」
「フフ・・・蹴ってたわね。痛そうだったわ。トラ男くん」
「知らない」
機嫌を損ねたはロビンの肩に乗ってぷい、と顔を背けた。
ロビンはクスクス笑う。
2年後、ルフィと共にシャボンディ諸島に帰って来たは2年前と比べ、その雰囲気を変えていた。
久しぶりに集った皆にそういうところはあったが、はそれが顕著だった。
九蛇の覇気を覚え、その強さに磨きをかけた。
人目を避けて伸ばしていた髪は艶を帯び、もうその顔を隠しはしない。
自信に満ちて輝いていた。
ルフィと途中まで行動を共にしていたと言い、
ルフィを助けた恩人であるジンベエとローに会ったら宴に誘うのだ、と息巻く笑顔は
今まで見た事が無い物だった。
『ねぇ。ジンベエとロー、どちらが好きなの?』
『えっ?!ロビン!?何!?何言ってるの!?』
女部屋で聞いてみるとは実に分かりやすかった。
ナミも面白がっての頬を突いていた。
『私たちに隠し事が出来る訳無いでしょ?』
『ああ・・・そうかも・・・私分かりやすいのかも・・・』
うなだれるの言っていた通り、
一味の中でも勘のいいメンバーは気づいているはずだ。
サンジがハンカチを噛み締めそうなほど、ルフィの恩人について話すは綺麗だ。
『ルフィが気がついたらきっとまた拗ねるんじゃない?』
ナミはそんな風に零していた。
ロビンはを肩に乗せるルフィを思い出してそうね、と頷く。
ルフィはを気に入っているし、ことあるごとに構っている。
きっとその時間が減る事を嫌がるだろう。
『それはそれで、面白いと思うわ』
ロビンがそう零すと、ナミは「良い趣味ね」と呆れたような口調で言った。
でもその顔は笑っている。
魚人島でジンベエと会ったときもは嬉しそうだったが、
パンクハザードでローと出会ったときのはすぐに鳥の姿になってしまった。
照れていたのだろう。
ロビンは拗ねているがルフィに呼ばれ、その肩に止まったのを見て笑う。
ルフィのコートから顔を覗かせるは可愛かったけれど、
ローは面白く無さそうな顔をしていたように見えたのは気のせいだっただろうか。
先ほど何か話しているときの雰囲気も悪くはなかったと思うけれど。
海兵達が子供達をタンカーに乗せはじめている。
頑に子供らに海賊への悪態をつき続けていた海兵が、ついに別れを惜しみはじめた時、
は鳥の姿のままだったがローの事を気にしているようだった。
「わかりやすい」
「ウフフ、そうね」
つまるところ、麦わらの一味の女性陣は一味のマスコット兼妹分の恋路を面白がっているのだ。
~ドレスローザにて~
は眠り続けているルフィの横に鳥の姿のまま侍っている
そのまま寝ずの番を続けているゾロとローとの間には奇妙な沈黙が流れていた。
ゾロは飲み続けていた酒の瓶を床につけると、いい加減にしろ、とを睨む。
「いつまで拗ねてんだアホウドリ」
「・・・拗ねてない。あと私はコンゴウインコ。種類が違う」
「どっちだって同じだそんなもん」
右手を失いかけ、重症だったローが目を覚ました時には泣く程喜んでいたと言うのに、
しばらく経ったらこの不機嫌。
ロビンやフランキーはを見守る体勢をとっている。
ウソップも当人同士のことだしなァ、と我関せず。
ルフィは勿論まるで気づいていない。
ゾロもウソップと同じ立ち位置に居たのだが、
くじ引きで勝者となった彼らは今、
眠りの中に居て、この針を刺すような空気からは逃れられている。
まさしくゾロは貧乏くじを引いた格好となっていた。
そしての不機嫌の原因と思しきローは何を考えているのか、
帽子を深くかぶっていて、読み取ることはできない。
ゾロはイライラしていた。
こういう役目はそれこそロビンだとか、ナミだとかがやるべきだ。
深く息を吐いて立ち上がると、の足をむんず、と掴んだ。
「!?」
じたばた暴れるを持ったまま、ローに向かって目を向けると、
入り口を顎でしゃくる。
「お前ら外出て頭冷やして来い。おれ一人で寝ずの番は充分だ」
「・・・わかった」
案外素直にローは頷いた。
ゆっくりと立ち上がるとしっかりした足取りで小屋の外へ出て行く。
「なんなの、ゾロ!?」
皆が寝ているからと小声だが、その声は怒っていた。
「おれのセリフだ。なんでおれがこんな世話焼きババアみてェなまねを・・・」
「何の話!?」
「お前が本調子にならねェとルフィがうるせェから、
とっととなんとかしてこい」
「何が!?」
頭の上に疑問符を浮かべるを放り出して小屋の扉を閉めた。
静かになった小屋の中で、ゾロは腕を組んでまた酒を飲む。
「・・・どっちにしろうるさそうだ」
※
「話は終わったのか」
「・・・わけが分かんない」
ローは鬼哭を持ったまま、鳥の姿のを振り返った。
は息を吐いた。
追い出された格好だ。あの様子ではしばらく中には入れてくれないだろう。
はしぶしぶローの後を着いていく。
ローは当てがあるのか無いのか、花畑の中を進んでいった。
鳥の格好のまま着いてくるを気にして、振り返る。
「・・・何」
「・・・いや」
「着いてくるなら人型の方が便利だろうって?」
分かってるらしい。
はハァ、と再び大きく息を吐くと、完全な人間の姿になった。
真っ赤な髪が風になびく。夜だと言うのにその色彩は驚く程鮮やかだった。
目尻が赤く脹れて居る。
「だから嫌だった」
「何が」
「前、泣き顔がみっともないって言ったでしょう」
は額に手を当てた。
「いや、良いんだけど、それは。・・・ねぇ」
「なんだ」
「なんでハートの海賊団の人達と一緒に居なかったの」
の目は強い意思を湛えている。
「・・・ドフラミンゴ。倒せると思ってなかったんでしょ。
色々思い返すと、ローが”死んでも”ドフラミンゴの不利になるように動いてたと思う。
違う?」
「そうだな」
ローは肯定した。穏やかとも言っていい声色だった。
はますます目を吊り上げる。
「それ、ハートの船員は知ってるの」
「あいつらは、何も知らない。知ってたらきっと止めただろう」
ローは顔を上げる。星空が広がっている。
13年前とさほど、その色は変わらない。
「おれはそれを振り払っていける自信が無かった」
は目を大きく瞬いた。
冴え冴えとした青い目は陽光に照らされる海のようだったが、
今は星が映り込んでいて、不可思議な色合いをしていた。
「13年間、おれはドフラミンゴを討つためだけに生きて来た。
海賊として名を上げ、あいつの首を薙ぎ払うために。
そのために立ち上げた海賊団だった。・・・最初はな」
ローの脳裏に様々な出来事が浮かんだ。
言葉を話す白熊と出会ったときの驚愕、
黄色い潜水艦”ポーラータング”を手に入れたときの歓声、
海賊の心臓を集めると言った時の船員たちの嫌そうな顔。
宴会を開いたときに聞こえる調子外れの歌、赤ら顔。
「北の海から、グランドライン、新世界。
あいつらと馬鹿をやりながら航海をしてきた。
おれの無茶にも散々付き合わせたってのに、あいつらどこまでも着いてくるんだ」
「あなただからだよ」
は呟く。
「あなたがかれらの船長だからだよ」
「・・・だから今回ばかりは付き合わせるわけには行かなかったんだ。
もう、おれのために、死なせる訳には」
はまた、眦を尖らせた。
「ローは船員に一発ずつぶん殴られるべきだ」
「は?」
「怒られるべきだ。ローは」
はつかつかとローに歩み寄る。
「船長を自分の手の届かないところで死なせるなんて
船員にとっては自分が死ぬより嫌なんだよ」
は我慢ならない、と言うそぶりでローの右腕を指差した。
「しかも、腕。医者のくせに!腕!取れてるし!」
「切られたんだからしょうがねェ」
「子供の歯じゃないんだから生えてこないんだよ、腕は!」
「知ってるよ・・・医者だぞおれは」
「『今はくっついてるからいいじゃねェか』って顔だ。その顔は」
図星である。
むくれたままはローをジト目で睨んだ。
「反省してよ。もっと自分を大事にしてほしい」
は俯く。
ローはその頭を見下ろした。
「なんでそこまで言う。ただの同盟相手だ」
「あなたが好きだから」
思いの外照れも無く、はっきりした調子で言い切られ、
ローは口を噤む。は眉を顰めた。
「薄々勘づいてたくせに、言わせるなんて卑怯だ」
ローは黙ってを見ていた。
釣り上がっていた目が徐々に不安で彷徨いはじめる。
「・・・何か言ってよ」
「お前こそ」
ローは低く囁く。
「お前こそ、卑怯だ、」
瞬いた目の中にいる、自分の顔が見えなくなるよう、近づいた。
自分で引いた線を踏み越えたことには気づいていたが、構うものかと思っていた。