ビジネスとジュブナイル


スパイダーマイルズ 
ドンキホーテファミリーのアジト

ドフラミンゴはコラソンとの作り事のような半日を面白がっていた。

「フッフッフッフ!面白ェ!」
『わらいごとじゃない』
「お前もお子様ランチが食べたかったなら頼めば良かったじゃねェか!フッフッフッフッ!」
『うるさい』

腹を抱えて笑うドフラミンゴにコラソンは息を吐いた。

「フフ・・・さて、本題だが、コラソン。
 お前の考える通り、これは今日一日を匿って解決する問題じゃあない」

ドフラミンゴは笑ってはいるが真面目な口調で語り始める。

「ドロテアの父親はおれも知っている。・ライトはやり手の経営者で、技術者だ。
 あの歳にしちゃあ、話は分かる方だが、譲らないところは譲らないというか、頑固だな。
 ドンキホーテにみかじめはきちんと払うが、風評を気にして利用はしない。
 あいつと取引出来りゃ、もっと金が入ってくるんだが・・・。
 まあ、それはさておき、おれの知る限りライトは割合”まっとうな”野郎だ。
 11の娘を結婚させようだなんてトチ狂った考えにはまず賛同しないだろう。
 十中八九”少女趣味の継母”とやらが勝手に決めた事だ」

ドフラミンゴは指を組んだ。
なにか調べさせていたらしい。
グラディウスがドフラミンゴに書類を渡す。
ドフラミンゴは書類をざっと流して見て「思った通りだ」と呟いた。

ローテーブルに書類を広げ、コラソンにも確認させた。

「見ろよ、この1年の間で不自然なくらい業績が悪化してるだろ?」

コラソンは頷く。

「ライトが月末しか帰って来れないのはコレが原因だな。
 業績悪化の理由は、の工場で生産していた機械部品が
 他社で同質の物をより安価に生産出来るようになったからだ。
 ・・・製図が流出しているのも確認したぜ。フッフッフ!きな臭いよなァ」

『まま母が流出させたのか?』

「そう考える方が自然だろう。時期も合う。
 ライトは質をあげる方向に舵を切ってるらしいが、苦しいようだ。
 フフ、次から次にひっきりなしに情報流出、技術者が姿を消す、金の持ち逃げ・・・トラブル続きだ。
 そのときそのときの対応は流石に早いが、こうも続くとなァ、
 おれがライトでも頭を抱えるよ」

ドフラミンゴは顎に手を当てた。

「ライトも馬鹿じゃねェはずだ、が、気づいているかどうか。
 案外女で身を滅ぼすタイプだったのかもしれねェし。
 ところで・・・コラソン、お前お嬢さんのために身体を張れるか?」

ドフラミンゴはニィ、と口の端をつり上げた。
これは質の悪い悪だくみをしているときの顔だ。

しかし、コラソンは頷いた。

話の流れから、今回はドフラミンゴとコラソンの目的は一致しそうだと感じたのだ。
・・・恐らく、動機は違うだろうけれど。
ドフラミンゴはコラソンの答えに満足したらしい、今後の流れについてざっと説明すると、
早速席を立った。

『どうしてそこまでする?』

不自然に思ったコラソンは素直にドフラミンゴにメモで問いかける。
コラソンの予想に反し、ドフラミンゴは機嫌良く笑った。

「お前と同じ理由さ」

意味深なドフラミンゴに首を傾げながらも、コラソンは善は急げとのところへ向かった。

はベビー5とバッファローらと何か話している。
気難しいはずのローも、を遠巻きにしているが気にはしているし、
会話にも入っているようだった。

「45歳」「結婚」「絶対無理」
「必要」「いいじゃない」
「やだ」「どうせなら」
「趣味悪ィ」「だすやん」
「ほっといて」

それなりに会話は盛り上がっているらしい。ちょくちょく聞こえてくるのは単語ばかりだが。
コラソンが来たことの気づいたはぱっと表情を明るくして駆け寄ってくる。

すっかり懐かれてしまった。

『行こう』
「どこに?」
『おまえの父親のところに』

まるで誘拐犯の常套句だな、と思ったが、間違ったことは言っていない。
コラソンはを抱え、歩き出した。

、気をつけるだすやーん!」
「コラさんドジッ子だから転ぶかもー!」
「・・・あの高さ、地面に叩き付けられたら下手すりゃ死ぬな」

・・・クソガキ共は後で殴ろう。

コラソンはこめかみに青筋を浮かべ、そんな事を思った。



工場の立ち並ぶ区域を、2人で歩く。

「コラソン。コラさんて呼ばれてるのね」

はコラソンの肩に捕まりながら、独り言のように話し続けた。

「・・・ドンキホーテファミリー、海賊の、偉い人だったんでしょ」

コラソンは何も返さない。

「”スパイダーマイルズには近づくな””怖い海賊が仕切ってる”
 パパが口を酸っぱくして言ってた。
 新しいママもそれを知ってたから、私を探すにしても、
 スパイダーマイルズは避けるだろうって思ったの。
 ・・・私、怖い海賊に助けられたのね」

は息を吐く。黒いコートをぎゅ、と握りしめたようだった。

「海賊の子たちと、ちょっと話したけど、全然、違った。
 私よりずっとしっかりしてる。周りを良く見てる。
 自分が恥ずかしくなっちゃうくらい・・・。
 ・・・疑ってかからないとダメだって、目つきの怖い男の子から言われたわ。
 海賊に優しい奴が居るわけないって」

ローだ。
全てを壊したいと言う望みを持ったあの賢い悪ガキは、
が気に入らなかったに違いない。
小さな猜疑心をに植え付けたようだ。

「・・・ねえ、コラソン。どうして私を助けたの?」

はコラソンにしがみついた。
その声は僅かに震えている。
だが、コラソン自身にも、その理由は分からない。
喉まで答えが出掛かっているのに、明確な言葉が見つからないのだ。
だから正直に、その言葉を書いた。

『わからない』

「なに、それ」

は笑いだした。

「そんなことって、あるの?
 理由も無く人を助けるなんて・・・、
 海賊なのに、正義の味方みたいなこと言うんだね」

不覚にも一瞬ひやりとした。
黙りを決め込むと、は優しく言った。

「ありがとう。コラソン。
 家を出てきたときは、もうどうしようもないって思ってたのに、
 今は、大丈夫だって気がするの。あなたの、」

その柔らかな声は、別の声に遮られた。

「あら・・・、?こんなところに居たの。
 探したのよ?」

コラソンの前に現れたのは長身の女だった。
キセルを咥えた妙齢の女は、夜の闇にまぎれるようなブラックドレスと
白く輝く真珠のネックレスを身に着けている。

の言っていたような”少女趣味”には思えない女だったが、
がコラソンのコートを掴む手を強くしたことから察するに、
やはりこの女がの継母なのだろう。

「・・・ママ」
「まさかスパイダーマイルズから戻ってくるとは思わなかったわ、
 それも、ドンキホーテの”コラソン”と一緒に!」

継母はコラソンを値踏みするように見つめる。
街灯が夜道を照らしている。

「どうしましょう。公爵閣下は”少女趣味”なの。
 それも手垢のついていないまっさらなお人形みたいな女の子が。
 ・・・お前のおかげで、ビジネスが台無しよ、

継母の声が冷ややかなものに変わった。
それがどういう意味なのか、理解しきれないにしても漠然と悟ったらしい
震える声で継母に言った。

「・・・パパが許すはず無い」

「いいえ?あなたも知っているでしょう?
 あなたのパパはね、今お仕事の失敗でお金がないの。
 経営者って大変よね。労働者の生活を守らなくっちゃいけないんだもの・・・」

継母は困ったように言った。

「苦渋の選択だったわ。でもあなたのパパは決断したの。
 ・・・娘を売るって」
「嘘!」

は護身用に持っていた銃を継母に向けた。
流石にこれには驚いたらしい継母が、眉を顰めた。
しかしやがてその唇に緩やかな笑みを浮かべる。

「私を撃てる??」
「!」
「一緒にお洋服を買いに行ったわね」

優し気な声を継母は作り上げた。

「パーティにも連れて行ったわ。
 同じ食卓を囲んで、たくさんたくさんお話をした。
 パパと3人、月末には必ず夕食を囲む。
 今日は何をお勉強した、どこへ行った。どこで遊んだ・・・。
 そんなたわいもない事を話すのが幸せだった。
 私を、本当に撃てる??」

は震えていた。唇を噛み、涙をこらえている。
コラソンはの頭を励ますように2回、優しく叩いた。

「・・・コラソン?」

次の瞬間、コラソンがから銃を奪いとり、
継母へ向かって銃撃した。

弾はまっすぐに”継母の持っていた銃”を撃ち落とした。

「・・・!」
「チッ・・・!何故邪魔をするドンキホーテ!
 関係ないだろうが!」

手を抑えて継母が吠える。
コラソンはから奪った銃を継母に向け続けている。
だが継母は呪詛のような言葉を吐いてコラソンを挑発した。

「・・・だんまり、いや、お前は口がきけないんだったな、
 どういう理由でそのガキを庇うかはしらないが、金持ちの娘なんざ、
 血を繋ぐ為の道具だ、”商品”だ!
 私はそのガキが高く売れる商品になったから売ってやる!
 商品が傷物になったなら処分する!それの何が悪い!」

コラソンはの頭を片手で押さえた。
肩口がの涙で濡れる。
耳を塞ぐには片手で足りないことが残念だった。
コラソンは怒りに歯を食いしばりながら、銃のセーフティを外す。
それに気がついたらしい継母も銃を拾い上げようとしゃがみ込む。

不機嫌を孕んだ低い声が夜に溶けた。

「・・・悪かねェが、気にいらねェなァ」
「は?」

継母がぴた、と動きを止めた。

ドフラミンゴが街灯の下に現れる。

お嬢さんをおれの弟が気に入ってんだよ。
 どこぞのクソ野郎にくれてやるのは惜しいってな。
 ついでに親父に挨拶でもしとくか?コラソン?」
「え、」

涙に頬を濡らしたがその声に振り返ると、
ドフラミンゴの背後から、鋭い目の男が現れる。

「パパ・・・!」

・ライトが静かに息を吐いた。
その眼差しは猛禽を思わせる、精悍な顔立ちの男だった。

「エラト、全く、残念だ。
 ドフラミンゴ氏が君の企てに気づいて私に忠告してくれた。
 私の正常な思考を奪い、私の財産を、娘を、全てを奪おうとしたんだな?」

継母、エラトは頬を引きつらせた。
ドフラミンゴは低く嘲笑う。

「フッフッフッ、随分詰めが甘かったなァ、お前。お前の部屋からは簡単に見つかったぜ、
 薬物、不穏な内容の書類、人身売買のリスト。まったく大した悪党だ。
 しかし運も悪けりゃ相手も悪かったな。・・・なァ、お前、誰に向かって銃を向けた?」

その言葉に、エラトは何かに思い至ったように息を飲み、
やがて歯を鳴らし、怯えを露にしはじめた。

エラトが銃を向けたのは
しかし、を抱えるコラソンに銃弾があたってもおかしくはなかった。

ドンキホーテ・ファミリー船長、ドフラミンゴは、
"ファミリー"に手を出す者を許さない。
それが実の弟、コラソンならばなおさら。

「ま、待って、私は、を」
「それでもほとんどかわらねェよ。言い訳は無用だ」

ドフラミンゴは冷えた声色でグラディウスの名前を呼んだ。
するとドンキホーテの中でも一際ドフラミンゴに心酔している男が姿を見せる。

「お前の思いつく、”おれの気に入りそうな対応”で処理してくれ」
「はい、若」

その場にいた誰しもが理解している。
彼女の未来は明るくないだろうと言う事は。



「パパ!」

を地面に下ろしてやると一目散にライトの元へと駆け寄った。
ライトもを抱き締める。

「すまない、気づいてやれなかった・・・!
 どれほど怖い思いをしただろう、本当に、すまなかった、・・・!」

コラソンはその光景をぼんやりと眺めていた。
『ああ、良かった』心底そう思っている。

「おい、コラソン。お父様に挨拶は良いのかよ?」

だから茶化して肩を組んでくるドフラミンゴが心の底から鬱陶しかった。

『うるさい』

メモを数ページ程さかのぼり、書いた文字を指差すとドフラミンゴは「つれねェなァ」と笑い、
ライトに声をかける。

「フッフッフ!一件落着ってやつだ。そうだろ?・ライト」
「・・・ドフラミンゴさん、今回の件では君に大きな借りができたな」

ライトは大きくため息を吐いた。

「君に工場を譲る。私は一からやり直す事にする。
 それで手打ちで構わないか?」

コラソンは思わず息を飲んだ。
その財産のほとんどをドフラミンゴに渡すこととほぼ同義だった。

「フッフッフ!随分潔いじゃねぇか」

ドフラミンゴは腕を組んで笑う。
ライトは息を吐いた。

「一からやり直すよ。私には腕がある。
 この島を出ても生きていけるだろう。多少のつてもあるしな。
 君が我が社を型にどんな悪事を広げるのか見守ってやろうじゃないか」
「フフフ、せいぜい度肝抜いてやるよ」

ライトの目にはどこか挑発的な光が宿る。
が、それはすぐに和らいだ。

「改めて礼を言おうか、ドフラミンゴさん、コラソンさん。
 特に、コラソンさん、を守ってくれたようだね」

コラソンは少々ばつが悪そうに明後日の方向を向いた。
がずっと離れなかった父親から、コラソンに駆け寄る。

「コラソン!」

はコラソンにしゃがめ、と手で合図した。
コラソンは素直に従ってやった。そうすべきだと思ったからだ。

「・・・今日は、ホントに、ありがとう」
『きにするな』
「楽しかった」

コラソンは目を丸くした。
さっき目の前で銃まで撃ったのに、随分肝が座ってる。
誤摩化しているのだろうか。
だがは微笑んで見せる。花が綻ぶように。

コラソンはその頭を撫でた。
犬にするような乱暴な仕草だったが、はほとんど気にしていなかった。

『父親となかよく くらせ』
「うん」

の小さな手が、コラソンの顔を掴んだ。
柔らかな手の平の感触に戸惑っているうちに、頬にもっと柔らかなものが触れた。
次の瞬間、聞こえたのはドフラミンゴの大きな笑い声、
でもそんなのは気にならなかった。のルビーのような瞳だけを見ていた。

「ねえ、コラソンも、元気でね。
 今日の事、絶対忘れないからね」

その目から涙がぽろぽろ零れるのを、指で拭ってやってから、
頭を撫でてハートのワンピースの背中を押した。
はなんども振り返って手を振った。コラソンはそれをずっと見ていた。

別に今生の別れじゃない。
・・・本当に?

コラソンはすぐ近くにドフラミンゴが居るのを分かっている。

泣く程のことじゃない。
20代も半ばでみっともない。
だから、泣く程のことじゃない。

なんども自身に言い聞かせていた。
その甲斐あってか大泣きはしなかった。静かに二粒零れただけだ。
何でか失恋したような気持ちだった。

「帰るぞ、泣き虫ロシー」

だからドフラミンゴのからかう言葉を聞いた瞬間、
その尻を思いっきり蹴っ飛ばして大げんかになったのはコラソンのせいじゃないと思うのだ。
間違いなくデリカシーの無いクソ兄貴のせいだ、とコラソンは噤んだ口の中で悪態をついた。



「あ、帰って来た・・・コラさんはともかく、なんで若様も傷だらけだすやん?」
「ああ、ちょっとした兄弟喧嘩だ。気にするな」
「わァ、コラさんボロボロ!」
「・・・」

ぼそ、とローが小さい声でざまあみろ、と言った気がしたので、
コラソンはローの頭から帽子を取り上げ、その額に指を思い切りぶつけた。
いわゆるデコピンと言うやつだ。ローは涙目で悶絶している。
そのまま帽子を放り、ソファに腰掛ける。

「大人げねェな。ついでに言えば鈍感だ」

フン、と鼻を鳴らしたドフラミンゴも向かいのソファに偉そうに腰掛けた。
兄弟喧嘩の名残か、機嫌が余り良くない。

「マザコンも大概にしろよ、コラソン」
『どういう意味だ』
「・・・まァだ気づいてねェのか?お前の目玉はどうなってんだよ」

首を傾げたコラソンだったが、ドフラミンゴの言い草に母を思い出していた。
優しく、病気がちだった母の事を。
その人が健在だったころはいつも側に居て、その手に撫でられるのが好きだった。
コラソンは「あ、」と言う形に、その口をぽかんと開けた。

は母にそっくりだ。
あの花咲くような笑い方、ルビーのような煌めく瞳。

「従姉妹の娘、遠い親戚だ。おれたちの母の、妹の娘」

ドフラミンゴは端的に述べた。

ドフラミンゴが不自然なまでにに気を配り、
案じた理由をそこで初めて納得した。
ドフラミンゴは”ファミリー”には一貫して甘い。血のつながりがあるなら、なおさらだ。

「お前の足にしがみついてるお嬢さんを見てると
 ・・・お前が母の服の裾を握ってたのを思い出した」

その声色に感傷的な気配を感じ取って、
コラソンは腕を組んだ。

乱暴に扱われた帽子についた埃をはたき、被り直したローが、
イライラした様子でコラソンに向き直る。
しんみりとした雰囲気をぶち壊すようにこう言い捨てた。

「マザコンでロリコンでドジッ子ってどんな三重苦だよ」

言葉を言い終えないうちから、ローは脇目もふらず駆け出していた。
ソファから立ち上がったコラソンが、驚くべき速さでローを追いかける。

ドフラミンゴがローの暴言に腹を抱えて笑っている。
ベビー5がその様子を見て、「なんだ」と呟いた。

の片思いじゃなかったんだね」
「ん?」
「だって、どうせ結婚するならコラソンが良いって言ってたの」

ローやバッファローに悪趣味だってさんざん言われていたのに譲らなかったのよ。
ベビー5が呟いた。

その言葉に、ドフラミンゴはローの首根っこを掴んで
思い切りぶん殴っているコラソンの背を見つめた。

こみ上げる笑いをまた抑えきれず、吹き出す。

「フッフッフ!誰かと同じでみる目がねェな!」