泥眼の告白
しのぶが去って行ったのを見送って、杏寿郎はに口を開いた。
「さしあたって、明峰さんにも挨拶をせねばと思うのだが!」
は杏寿郎の提案に、なぜだか遠い目をしている。
「そうですね、父に、挨拶。はい」
「なんだ、随分気が重そうだな。
確かに明峰さんは大層君を可愛がっていたから反対されるかもしれんが、
俺はそんなことで挫けたりはしないぞ! 絶対に説得してみせるから安心してくれ!」
張り切る杏寿郎に、
は照れと絶望とが入り混じったなんとも言えない表情で頷く。
「いや、ええ、ありがとうございます。
まぁ、それもあるんですけど……」
「何件か来ていた縁談、全部断っていたみたいですし」と呟いた後、
は深いため息をこぼした。
「お父さん、絶対私に怒ってるんだよなぁ」
「それはそうだろうな!!!」
何しろ娘が無茶をして左腕を失くし、失血死寸前に陥ったのである。
明峰の憔悴ぶりを目撃していた杏寿郎は、はっきりと肯定した。
は「人の気も知らないで」と言わんばかりにジト目で杏寿郎を睨む。
「……煉獄さん、父が怒ってるところ見たことあります?」
杏寿郎は首を横に振る。
明峰は常に冷静で人当たりの良い人物だった。
の怪我と状態に責任を感じていた杏寿郎に対しても
明峰はむしろ気遣うようなそぶりを見せ、
自分の怪我を治すことに集中して欲しいと、怒ることなどなかった。
「いや、ない!
実のところ君が鬼殺隊に入隊する時につかみ合いの大喧嘩をしたという話も、
未だに嘘だったのではないかと思うくらいだ!」
「本当なんですよねぇ、それが。
私は人の怒ってる顔が好きですが、父に怒られるのはあんまり……」
「ふむ」
それが普通のことなのだが、と思いつつも、に限っては珍しいことである。
杏寿郎は憂鬱そうなの顔を見やる。
「父は私に猛烈に怒ってる時、理詰めなんですよね。
そして、これがまた、私が的外れな返答をすると
ウジ虫を見るような目で見てくるんですよ」
「ウジ虫」
杏寿郎は思わず反芻する。
全く想像ができないが、いつもの冗談ではなさそうな雰囲気だ。
「でも、先ほどのやり取りは聞こえてるか、すぐに耳に入るはずなんで、
これで挨拶を先延ばしにしてもヘソを曲げて拗ねそうだし……」
はこめかみを抑えた。
「多分鬼殺隊を辞めろとか、言い出すと思います」
「それは、自然なことだと思う。
……正直俺も、君には前線に出て欲しくないからな!
しかし、」
の実力からして、片腕であっても並みの隊士には劣るまいが、
また上弦と相対するようなことがあれば今度は無事にすまないことは明らかだ。
また、心情的にも前線復帰は控えてもらいたいのだが、
悪癖のことを考えるとそうも言っていられないか、と苦い顔をする杏寿郎に、
も苦笑する。
「悪癖が、片腕になった途端になくなるわけではありませんから……。
とりあえず、煉獄さんとの鍛錬は続けさせていただきたいのですけど」
の申し出に、杏寿郎は首を傾げた。
「構わんが、なぜだ?」
「煉獄さんは強いので、私が暴走しても止めてもらえると思うと安心します。
それはもう、バッタバッタと投げ飛ばしていただきたく」
にこにこと言うに、杏寿郎は複雑な顔で腕を組む。
「……俺は妻を投げ飛ばさねばならんのか。
いや、君がそれで安心するならやるけれども!」
「う、うふふふっ! すみませんねぇ、ご面倒をおかけします。
あなたの痛がってる顔、正直とても好きなので、私も本気で参りますから」
照れ照れと頬を染めたが口元を抑えながらも物騒なことを言うので、
杏寿郎は真顔でを呼んだ。
「」
「はい」
「照れ隠しにしてももうちょっと他にあるだろう、君」
「失礼、つい」
は咳払いをすると話を本題に戻した。
「……私はゆくゆく前線復帰したいですけど、現状難しいのはわかっておりますし、
そうでなくても色々できることはありますでしょう、裏方とかで。
ですから、鬼殺隊に籍は置いておきたいです」
「そうだな! 事務仕事などは君の十八番でもあったし、
そういうものなら片腕であってもさほど体に負担をかけないのではとも思う!」
「でしょでしょ。でも、父は多分、それも最初は嫌がります。
多分冷静になって話せばわかってくれると思うのですが……うーん」
しばらく懊悩した後、は意を決したように顔をあげた。
「煉獄さん、すみません。
……おそらくお見苦しい様をお見せすることになると思うのですが、
ちょっと、父と話すので、その、よろしくお願いします」
「うむ! 構わんぞ! 俺も二、三発殴られるのは覚悟の上だからな!」
「父は殴ったり蹴ったりはしないと思いますが……」
勢い込んで拳を握った杏寿郎に、は小さく笑った後、
低く呟いた。
「私も、腹を括らねばなりませんね」
※
蝶屋敷の女子たちに木製の車椅子を用意してもらい、
は杏寿郎に押されながら蝶屋敷にも設けられた明峰の診察室に向かう。
はいざ診察室を前にすると怖気付いたようで、
杏寿郎を振り返り、ひそひそと話しかけた。
「もう、絶対怒ってる。扉からして威圧感が出てるんですけど……。
ちょっと、深呼吸とかさせてくれません?」
「気のせいだ! 行くぞ!」
「えぇ……? 迅速果断が過ぎるでしょ……」
が嘆くのも差し置いて、
さっさと扉を叩いて入室許可をもぎ取った杏寿郎らは診察室に入った。
明峰は入室した二人に背を向けたまま「要件は?」と尋ねる。
のこめかみに汗が浮かぶ。
杏寿郎も言葉を失った。
明峰は確かに怒っていた。
その背からは杏寿郎でさえ気圧されそうなほどの怒気が発せられている。
はなんとか口を開いた。
「お父さんにお話と、謝りたいことがあって、来ました」
明峰は書き物をしていた手を止める。
「……私は自分の心身を整えようとしない、だらしのない人間が嫌いだ。
同じく、無理を通したり無茶をする人間が嫌いだ。
両者は異なるように見えて、その本質は限りなく近しい」
立て板に水を流すようにつらつらと明峰は述べた。
声色は低く、なんの感情も感じられない。
「前者は自分のため、怠惰ゆえに、
後者は何か“大切だとされるもの”のために、
人の忠告を聞かない。自分の心と体をないがしろにする」
深いため息をついた明峰の声は、一段と低く冷ややかになった。
「そういう人間に治療を施さねばならぬ時、私は時間と金、薬の無駄だと思う。
そういう人間は大概すぐに死ぬ。取り返しのつかない大怪我を負う。
一時救えたとしても実際には手の施しようがない」
「医者には治せない、魂を病んでいるからだ」
振り向いた顔は能面のように無表情である。
を見つめる眼差しはこの上なく冷たく、眇められていた。
「私はそういう、命を粗末にする人間が嫌いだ。知っているはずだね、」
「……はい」
「知っていてその有様か?」
頷いたの左腕に目を向けて、明峰は嘆息する。
「お前は今すぐ鬼殺隊を辞めなさい」
「……できません、まだ私にはできることがあります」
の言葉に、明峰は心底失望した様子で眉を顰めた。
「話を聞いていなかったのか?
それともお前は私が思うほど賢い人間ではなかったということか?」
「ええ、私は愚かです。自分でもわかっています、でも」
なんとか話をしたいの言葉など、
聞く価値もないと言わんばかりに明峰は言葉を遮って告げる。
「お前に必要なのは休息と休養だ。魂の病を治すべきだ。
これを治すには途方もない時間を要するが、」
「私は後悔をしていません」
明峰は絶句して、を睨んだ。
「……自分を過信するのもいい加減にしろ。浅学非才の未熟者が」
びり、と肌のひりつくような空気だったが、は毅然と明峰を睨み返す。
「そもそも、曲がりなりにも医術を齧った人間が腕を落とすとは何事だ?
自分の限界も見極められないのか? なんだあの出血量は。
手術をしたのが私でなければ、今頃お前はこの世にはいないだろうが」
「上弦の参を撃退し、200名余りの人間を守りきるにはああするしかなかった。
私は最善を尽くしました」
「最善……? 最善だと?」
明峰はついに、を怒鳴りつけた。
「お前は自分の命と引き換えにそのたかだか200の命を救ったつもりで満足か!?
お前は私の娘だ! たった一人の!
私はお前が生きてさえいれば良かったんだ!」
はヒュ、と息を飲む。
「誰が死のうが生きようが、お前と引き換えになるわけがないだろう!」
「そんなことを言わないでよ!!!」
悲鳴のような声だった。
思わず明峰も驚いたようで、を見やる。
悲痛に顰められた顔のまま、は首を大きく横に振った。
「……そんなことを、お父さんだけは、
命を秤にかけるようなことを言わないでください。
だって、お父さんは、私が怪我や病気なんかしなくても、
医院に来た大勢を、平等に助けられるようにしてたじゃない!
できる限り全部の命を、助けようとしてたでしょう!?」
は父親のことを心から尊敬している。
「自分のことも他人のことも大事にして、患者さんの前ではいつも笑顔で、
すごく難しい手術をやった日も、疲れてるだろうに、なるべく普段通りに過ごして、
誰かを助けられなかった時は、次は助けられるよう、
また、分厚い本を買って、大きな病院に呼ばれたら飛んで行って、
ずっと、ずっと、頑張って……」
だからこそ、父親の前では悪癖のことを隠そうとした。
杏寿郎も、の以前の師範である胡蝶しのぶもその意思を汲んだ。
「お父さんはこんなに優しくて立派なのに、私は……っ!」
しかし、今、は明峰に悪癖を打ち明けようとしている。
ぱた、との膝に涙が落ちた。
「謝らなきゃ、いけないことがあります。
今回のことじゃない……お父さんの言う通りだわ。
私は生まれつき、魂を病んでる。……もっと悪い。腐ってる。私、」
「……?」
戸惑う明峰に、は懺悔するように首を垂れた。
「私は、あなたの娘、失格です……」
奥歯を噛みしめる音が聞こえた気がして、
杏寿郎はの肩に手を置いた。
はそれに励まされるように、口を開く。
「私は、人でなし、です。
……昔から人が怯えたり、痛がってる顔を見るのが好きだった。
悲鳴や、苦痛に呻く様を見るのが」
明峰は、驚嘆に息を飲んだ。
信じられないものを見るように、のことを見ている。
「絶対誰にも言っちゃダメなのは分かってた。
だってこんなの、頭が、おかしい……!」
引き絞られるような声が部屋に響いた。
「私は、お父さんの娘なのに、なんで……? どうして……?!」
俯き震えるに、明峰は喘ぐように問いかける。
「私の、せいか? 私がお前に、幼い頃から、医術なんて教えたから、」
「違う!!!」
は顔をあげて叫ぶ。
「お父さんのせいじゃない! それは絶対に違う……!
お父さんがお父さんじゃなかったら、私は自分がおかしいことにも気づけなかった!」
黙り込んだ明峰に、は眉を顰めた。
「だけど私がもしも、……誰かに、ひどいことをしたら、
お父さんは絶対に自分を責める。そうやって自分のせいだって言う」
膝の上に置かれた拳が強く握られ白くなる。
「そんなの私は許せない」
低く苛立った声が、深呼吸の後になんとか平生を保とうとしたものに変わる。
「だから頑張ってはみたんです。
ずっと我慢してた。我慢できると思ってたのに、」
はは、との口から自嘲するような笑い声が溢れた。
ハラハラと頬を涙が伝う。
「鬼に遭って……全部ダメになっちゃった……」
初めて薙刀を鬼に振るった日、の箍は外れてしまった。
「この手が、いつ人に向けられるかも、わからなくなったの。
あの日から歯止めが、利かなくて、」
残った右手を、忌々しさを隠そうともせずには睨む。
途方もない自己嫌悪がそこにあった。
「鬼殺隊に入って、人のためにって理由をつけて
鬼を殺せるようになれば、少しは楽になるかと思ったけど、そうじゃなかった」
煉獄杏寿郎に出会う前、鬼殺の任務に就くたび、は鬼を嬲り殺した。
腹わたを引きずり出し、顔を押さえつけて皮を剥ぎ、舌を抜いて、目玉を潰した。
首を切れるような状況でも鬼の再生力が落ちるまで延々手足を切り続けた。
怒声と悲鳴と命乞いを嘲笑った。
朝になったら日に炙って焼き殺した。
それが心底楽しかった。やるたび胸がスッとした。
だが、朝日を浴びて我に返るたび、は自分が恐ろしくてたまらなくなった。
「調べれば調べるほど、鬼は元々人間だってことがわかったのに、
私は殺戮を愉しんでしまう。
朝焼けで我に返ると、……私はいつも血塗れで、」
鬼は人間ではない、人殺しの化け物だ、大手を振って殺しても構わない怪物だと
思い続けることがにはできなかった。
元々鬼は人間だった。
かなり変貌しているが、体の機能は人間を踏襲している。
鬼は、鬼舞辻無惨の細胞と血によって初めて鬼足り得るのだ。
だったら生かしたまま、その細胞と血を取り除くことができれば?
“鬼”というのは人を食う衝動を抑えきれぬ、病のようなものではないのか?
鬼殺に当たるうち、そういう疑問がの中で首をもたげるようになった。
私は病人を、嬲り殺さずにはいられないのか?
少なくとも、胡蝶さまの言うように、慈悲でもって介錯するべきではないのか?
……私は父の治してきた患者たちを、拷問しながら殺しているようなものではないのか?
実際私は人間が苦しむ顔が好きだ。鬼が人間の延長線上にいるものだとするなら
私と彼らは、どちらが、鬼だ?
覚えた自己嫌悪と罪悪感が、悪癖をより加速させた。
「それでも、どうしても鬼が嫌いだった。痛めつけずにはいられなかった。
理性を失った自分を見ているようで……私の中にも、夜叉がいるから」
は鬼に自分を重ねた。重ねて痛めつけ、そして罰したのだ。
“罰の呼吸”は、そうやって完成した。
は肩に置かれた杏寿郎の手に、自身の右手を重ねる。
「煉獄さんが止めてくれるまで、私は本当にどうしようもなかった。
でも、ずっと止まっていられる保証もなかった。気を抜いたら終わってしまう。
だけど、お父さんに迷惑も、心配も、絶対かけたくない。だから、」
重ねた手のひらを強く握ったまま、は深く頭を下げた。
「できるだけ多くの鬼を殺した後に、
私なんか、鬼に殺されてしまえばいいと、思っていました」
「、」
顔を上げたは、
痛ましいものを見るように自身を見る明峰を見て、零してしまった。
「ずっと、終わらせたかった。死にたかった……」
車椅子から転げ落ちるようには床に手をつき、
明峰に向かって平伏する。
「ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい……!
せっかく育ててくれたのに、こんな、
私、全然、気持ちの優しい、良い子になれなくて、ごめ、」
泣きながら謝罪し続けるの前に明峰が膝をつき、
無理やり顔を上げさせた。
「謝るのは、私の方だ」
明峰はを抱き寄せ、落ち着かせるよう背中を優しく叩く。
「ごめんな、ずっと無理してたんだろう、すまなかった。
無理をするなと言っていた私が、お前に無理を強いていたのか」
後悔の滲む声が、努めて優しげなものに変わった。
「なら、お前の頑張りを、私だけは認めてやらなくてはな」
は涙を流しながら、目を見開く。
「は私の自慢の娘だ。たくさんの人を助けて守った。
自分の悪いところから逃げなかったんだ。
は良い子だ。私の誇らしい、娘だ」
明峰はの失くした左腕をとって、額を擦り付ける。
「こんなに苦しんでたのに、気づいてやれなくて、本当に、本当にごめんなぁ……!」
は明峰を強く抱きしめながらも、何も言葉を紡ぐこともできず嗚咽して泣き出した。
その時、杏寿郎にはのずっと被っていた仮面が落ちたのが見えた気がして、
唇に小さく笑みを浮かべる。
ようやく、は明峰を前に、何のわだかまりもなく振舞うことができるのだ。
※
と明峰が落ち着いてきたところで、
杏寿郎はを再び車椅子に座らせる。
散々泣き喚いて目を腫らしたは杏寿郎に罰の悪そうな顔をした。
「いや、本当、今日は厄日なのかしら、
私、あなたに格好悪いところを見せてばかりで、」
だが、杏寿郎は首を大きく横に振る。
「格好悪いことなどない! 君は頑張った! よく言えたな!」
「……ありがとうございます」
眉を下げて困ったように微笑んだに頷いてみせると、
杏寿郎は小さく呟く。
「だから、今度は俺が頑張らねば」
意を決したように、杏寿郎は明峰に顔を向ける。
「明峰さん、お話があります」
「はい、何かな?」
明峰は椅子に腰掛け、杏寿郎の言葉を待った。
杏寿郎は静かに口を開く。
「俺はさんに守ってもらって命を繋いだ男です」
は杏寿郎を見上げる。
その声が穏やかに、何かを尊ぶようなものに聞こえたからだ。
「彼女は今回、いいえ、鬼殺隊に入ってからずっと、人を助けてきました。
自分の悪癖に苦しみ格闘しながらも、多くの人の救護にあたり、
薙刀を自分のためでなく、人のために振おうとしました。
他の誰にも真似できません。俺はさんを尊敬しています」
「……うん」
明峰は頷く。
杏寿郎は笑みを浮かべ、朗々と明峰に頼み込んだ。
「だから、今度こそ俺がさんを守りたい!
この一生をかけて共にありたいと思うのです!
お嬢さんを俺にください! お願いします!」
深々と頭を下げた杏寿郎に、
は唇を引き結んだあと明峰に声を上げる。
「私からも、お願いします。
煉獄……杏寿郎さんは、私のどうしようもない悪癖を知りながら見捨てず、
克服したり堪える方法を、一緒に考えてくださった。
至らない私を信じてくれた人です」
そして、杏寿郎同様に頭を下げた。
「共白髪になるなら杏寿郎さんがいい。
許してください。お願いします」
「いいよ」
あっさり承諾した明峰に、思わず杏寿郎とは上げた顔を見合わせた。
「本当ですか!?」
「いいの?!」
「ハハハ、聞いといてなんだ? そんなに驚くことかな?」
快活に笑って首をかしげる明峰に、は半ば呆然と呟いた。
「だって、思ったよりあっさり許してくれたから。
縁談が来ても全部断ってたのに、」
「いやぁ、そりゃあ娘には幸せになって欲しいけど、
お金があるから幸せってわけじゃないだろう? そういうのばっかりだったんだよ。
それ、ただの前提条件なのになぁ?」
さらっと述べた明峰は、泣き腫らした目を抑えるに柔らかく微笑む。
「が目を腫らすまで泣くのなんて、子供の時以来だねぇ」
「急に、何ですか?」
むっとした様子を見せたにもおかまいなしに明峰は腕を組んだ。
「は取り乱す様や泣き顔を誰かに見せるの、一番嫌いだったろう。
でも、煉獄さんには見せられるんだよね?」
「……ええ、そうですね」
「ならいいよ。大丈夫だと思う」
が頷くと、明峰は杏寿郎に向かい頭を下げた。
「娘をよろしくお願いします」
「はい! 必ずさんを幸せにします!」
朗々と答えた杏寿郎に、明峰は満足げに頷く。
「うん。ああ、でも……」
明峰の目が細められた。
そこに、の瞳に時折チラつく金色の光と同じものが見えたような気がして、
杏寿郎は瞠目する。
「本当に万が一だけど、君がを不幸にすることがあったら、
その時は献血2リットル、お願いしようかな」
「胡蝶さまから聞いてるけど君、血の気が有り余ってるようだし、
この瓶一杯くらい平気だろ?」と
ドン、と音を立てて、タライと見紛うような大きさの瓶を机に置いた明峰に
が口の端をひきつらせた。
「お父さん、それだと杏寿郎さんが死にますよ。
ていうかこの瓶、容量2リットル以上あるでしょ、どう見ても」
「うん? そうだね?」
「……お父さん?」
「ハハハハハ!」
遠回しに「お前を殺す」と言いながらも快活に笑う明峰を見て、
猛烈にとの血の繋がりを感じた煉獄杏寿郎であった。