good route after: pygmalion
ドレスローザ王宮、にあてがわれた部屋。
簡易的な医務室としても使えるその部屋で、ドフラミンゴとは向かい合っている。
医師と患者の距離感である。
しかしそれにしては医師のは苛立ちを隠そうともしないし、
患者のドフラミンゴはの不機嫌を楽しむように笑っている。
「このやりとり何回目なのかもう分かんないんだけどさ、
止めようよ、わざと怪我して帰ってくるのは。治すのも楽じゃないんだけど、
なんなの?あなた七武海とか国王とかジョーカーとか、
2足も3足もわらじはいといて仕事はないの?暇なの?」
歯に衣着せぬ物言いに、ドフラミンゴは肩を竦めてみせる。
その腕はによって切り落とされていた。
「腹心の部下の言葉とは思えねぇな、、いや、コラソン?
おれの手を奪ってどうしようって言うんだ?」
「・・・ドフラミンゴ、私がなんでこんなことしてるのかは
私の今日のスケジュールを聞けばご理解いただけると思うんですがねぇ、
ええ?船長?」
慇懃無礼な口調を作り、はオペのついでに
バラバラにしたドフラミンゴの指をつねっている。
大して痛くはないが、にしては珍しい行動だった。
その目は据わっている。
「本日朝の5時起床で今深夜2時なんだけど。
あなたに命令されて立て続けにオペと、コラソンとしての戦闘が重なったせいで。
これは今日は寝るしか無い、もう何もしたくないって部屋に帰って来たら
どっかの馬の骨のナイフを腹に食らってる我らが船長が手を振ってるわけよ。
私の、ベッドの、上で!」
「フフフッ、嬉しいのか?」
「どうしてそうなるんだよ、人の話聞いてた?
血まみれじゃん!私の!布団が!
絶対わざと受けたでしょそのナイフ!」
リスのように頬を膨らませて怒っている。
その表情が豊かなせいか、海賊としての実力は確かなハズなのに
まったく迫力が無い。
「そもそもだよ、たまには船医の言うこと聞いてよ!怒るよ!?」
「もう怒ってるだろ?それで、そう言いながらも手当はちゃんとするんじゃねえか」
「当たり前でしょ、医者なんだから」
手早く能力を発動し、きちんとドフラミンゴの傷口が塞がったのを確認してから
バラしたドフラミンゴの腕をくるくると弄ぶは機嫌を治す様子が無い。
「ドフラミンゴ、あなた私をどうしたいわけ?
あなたがやたらと怪我するのは、
私が10代のガキの頃はこのオペオペの能力を研鑽するため、
あるいはオペオペの能力でする手術に慣れておきたいのかと思ってたんだけど。
今更そんなことする必要があるの?」
「さァな、どうしたいんだと思う?」
思わせぶりな言葉に、は目を眇める。
ドフラミンゴのバラされた腕がの手首を掴んでいた。
ドフラミンゴは説き伏せるように囁く。
まるで聞き分けの無い恋人の我が侭をなだめるように。
「なぁ、、3代目コラソン、我が船医、
おれの愛しむべき家族・・・。
おれがお前をどうしたいか、そんなのは分かりきったことだろう?」
「・・・家族ですって?家畜の間違いでしょ」
はっきりと憤りを露にしたの、
その言い草にドフラミンゴは閉口する。
だがしかし、言い得て妙だ。
その能力を磨き、最後にはその命と引き換えに、永久の命を得る。
その過程は確かに、食べるために生き物を飼育するのとそう変わりない。
「フフッ、上手い喩えだな、。おれはそんなこと考えもしなかったぜ」
「・・・ドフラミンゴ、あなたが何を考えてるのかなんて、
私には、分からない。私は”あなた”じゃないんだから」
懐疑的な眼差し、その奥で僅かに覗く憐憫の情。
は本当に分かっていないのだろうか。
その口ぶりには確信めいたものが見えるのに。
大人びた少女は病を克服し、愛するものと別れ、大人になった。
それで年相応になったかと言えばそうではなかった。
時折、はかつてのように神がかり的な物言いをする。
そして、人知を超えたオペオペの実の能力に相応しく、
その術を扱うラミはまるで神にも迫る難しい手術もこなせるようになった。
その能力が手中にあると言うことが、
どれほどドフラミンゴにとって価値のあることか、
はまだ知らないでいる。
ドフラミンゴは口の端をゆるく上げる。
はドフラミンゴが普段と異なる表情を浮かべていることには気づかない。
その変化は一瞬の、そして微々たるものであったからだ。
いつもと変わらない声色で、ドフラミンゴはに言った。
「しかし、お前がそんなに膨れるのは珍しい。悪かったな。
明日の仕事はキャンセルしてやる。それと、臨時で何か買ってやろう。
何が欲しい?服か?宝石か?」
突如言い渡された休みと報酬に、
は一瞬困惑を露にしたが、すぐに希望を口にする。
「新しい布団を買ってください」
「フッフッフッ!色気がねェなァ!」
「笑い事じゃないから。切実なんだよ、こっちは・・・!」
腹を抱えて大笑いするドフラミンゴに、は額に手を当てて嘆いた。
※
ドフラミンゴは気前が良い。
人に何かを贈るのも奢るのも好きらしい。
無論、見返りを求めていないわけではないだろうが。
ドレスローザを歩くドフラミンゴとその腹心である、と思われているに、
ドレスローザ国民は歓待の声を上げる。
は複雑な心境だった。
ほぼ強制とはいえ、ドフラミンゴの計略に協力し、
この国の正当な王を排斥した上、自身はドフラミンゴの築く富の恩恵を得ている。
歓迎を受ける立場ではないと考えているのだ。
ドフラミンゴはの浮かない顔の意味に気づいているのかいないのか、
いつもの笑みを浮かべている。
「どうした、、浮かねェ顔だ。さっき希望のもんは買ってやったろうに」
「・・・休みくれるんじゃなかったの。ぜんっぜん休まってないよ私」
「おいおい、おれは予定をキャンセルしてやるって言ったんだ。
それに、お前どうせ休みの日は延々寝てるだろう?不健康だぜ、船医殿」
ドフラミンゴの指摘には目を逸らした。
事実である。
「・・・布団買ってくれたのはいいんだけど、なんでそこで解散じゃないの?
糸で動かされてんのは楽だけどそこまでしてなにがしたいの?」
「なに、いつも勤勉に働いてくれる優秀な部下には
おれ個人から褒美でもやろうと思ってなァ、
・・・前々から思っていたが、お前、年頃の娘にしちゃ、地味だぞ。
今着てる服も悪くはねぇが、良くもねぇ」
は怪訝そうに眉を顰めた。
「医者が派手でどうするのよ」
「お前は確かに医者でもあるが、
コラソン、つまりドンキホーテファミリーの幹部でもあるんだ。
分かるな、」
言い含めるようなドフラミンゴに、は露骨に嫌そうな顔をした。
「まさかとは思うけど、あなた私の服を選ぶ気でいるの・・・?」
「フフフッ、喜べ」
「そういうのは愛人にやってよね!?嫌だ、帰りたい!」
「おいおい、なんだ、おれのセンスが信用出来ねえっていうのか?」
眉を顰めたドフラミンゴにが方向性の違いがあるだろう、と喚いた。
「派手なんだよ!
あなたが侍らせてる綺麗なお姉さん方、超デコラティブじゃない!
私はあなたのアクセサリーじゃないって!百歩譲って船医なだけ・・・、
ちょっと、聞いてるの!?」
ドフラミンゴはがうるさく言うのを無視して御用達の服屋に入る。
は内心で今日一日着せ替え人形にされるのを覚悟した。
ドフラミンゴは言い出したら聞かないのだ。
※
「おいコラ!普段着るには露出度が高過ぎるでしょうが、水着かこれは!?」
「似合ってるぜ、フッフッフッフッフッ!」
口では褒めていながら、ドフラミンゴは腹を抱えて笑っていた。
ざっくりと胸元があいた、へその見えるトップスに、
脚線美を露にする短いスカートは似合っていないわけではないが
それを仏頂面で着ているの反応が愉快なのだ。
「爆笑!?それ似合ってると思ってる人の笑い方じゃないから!
・・・さっきからやたらにボディラインを強調する服ばっか渡してくるのは何?
あなた私で遊んでるでしょ!?」
「あぁ」
「やめろ!」
寄生糸で操られているが故に、
渡された服を試着して出て来ざるを得ないは
顔を赤くしたり呆れたりふてくされたりと表情をコロコロ変える。
ドフラミンゴは何が面白いのか楽しそうだ。
「その方がモテるぜ、」
「さんざん笑っといてなによそれ。
だいたい、肌を見せて寄ってくる男ってどうなのよ?
しかもあなた、今でも私に気のありそうな男はぶちのめすし・・・、
私が恋でもしようもんなら相手を殺すでしょう」
「わかってるじゃねぇか」
至極当然とばかりに頷かれては嘆息する。
ろくでなしの男に引っかかりまくる、ベビー5に対して以上に過保護だ。
は、ドフラミンゴが己を気にかけ、
必要以上に過保護なのはオペオペの実の能力を
よそに奪われるのが嫌だからだと正しく理解している。
「おれのもんに手を出してくる盗人は殺しても殺し足りねェだろう?」
の頭をぐりぐりと撫で付けるドフラミンゴに、は奥歯を噛み締め、口を噤む。
当然だが、自身は自分をドフラミンゴのものだとは思っていない。
しかし、それを言うと本格的に機嫌を損ねそうだ。
ドフラミンゴは懐の浅い男ではないが、琴線のようなものが幾つかある。
踏み抜くと厄介な地雷を持っている。
軽口を叩くを面白がっているところがあるが、
一度ドフラミンゴの琴線に触れてしまえば、おそらくは殺され、
ドフラミンゴは新たにオペオペの実を探すのだろう。
そして、ドフラミンゴを裏切って海賊として名を上げつつある、
ローとロシナンテを追うに違いない。
その命を、殺めるために。
もし、仮にドフラミンゴが彼らを追う気がなかったとしても、
間違いなくローもロシナンテも、ドフラミンゴに立ち向かってくるはずだ。
そうしたらやはり、二人は殺されるだろう。
そういうわけにはいかないのだ。
の葛藤を知ってか知らずか、ドフラミンゴは店員を呼びつけ、
もう何度となく繰り返した試着を再びにさせるようだった。
試着室へ足を運ぶは深いため息を吐いた。
店員から渡された服に袖を通す。
カフスと襟とにハートの刺繍が入っている白いシャツだ。
はおや、と思いつつボタンを留める。
羽が舞っているエスニックな柄のタイトスカートも
先ほど渡されたものより丈が長い。
パンプスは洗練された形のグリッターナイロン。
の職業柄を考慮してか、ヒールはさほど高くない。
鏡の前に立つと中身は変わっていないと言うのに、
格好が見違える程洗練されて見えた。
シャツ一枚にしてみても、シルエットが美しいのだ。
は内心で舌を巻く。
ドフラミンゴは派手だし、歳の割に落ち着きも無いが、
良いものと相応しいものは知っているらしい。
が試着室のカーテンを開けると、
ドフラミンゴが満足げに口の端をつり上げる。
「いいじゃねェか」
「・・・どうも」
散々遊ばれたあとなので素直に礼を言うことの出来ないを、
ドフラミンゴは愉快そうに笑う。
その頭を撫でて、店を出る。
支払いは既に済ませていたらしい。
呆れる程スマートだった。
少しドフラミンゴを見直していたは知らない。
翌日、のクローゼットの中身が全てドフラミンゴの
セレクトした衣服になっていることも、
それを見たが驚愕の声を上げ、ドフラミンゴに抗議することも、
その声に起こされたドフラミンゴが高らかに笑うことも、
まだ少し先の、未来の話である。