Teen first half
with Doflamingo
コラソンとローと別れてすぐのことだ。北の海では初めて明確に、自分の意思で、人を撃った。
銃口から零れる煙、血と硝煙の匂いに吐き気がする。
それは他所の海賊の船に乗り込み、戦闘になった時のことだった。
乱戦の中はベビー5とペアで行動した。
ベビー5の指揮をとれとドフラミンゴに命令されたためだ。
そのため、はかなり気を使うはめになった。
基本は物陰に隠れて銃撃し、大人達の邪魔をせず援護に務めること。
これで命が危険に晒されることは無いと思った。
ベビー5は全身が武器だし、その扱いも上手だ。
子供だからか威力はさほどでもないが、息をするように、弾切れを心配すること無く銃撃出来る。
が丁寧に指示を出し、相手の死角を見つけ、敵の障害物となり得るものを撃ち落としたりと、
途中までは上手くいっていた。
にも拘らず、ベビー5が敵に剣を振り下ろされる羽目になったのは、
やはりの見通しが甘かったせいだろうか。
はベビー5に振り下ろされた切っ先が届く前に、その男の身体の中心目がけ、
自身の持っていた短銃の引き金を引いた。
反動で尻餅をついたが、銃弾はきちんとの目論み通りの軌跡を辿っている。
倒れた男の胸から血溜まりが広がった。
に助けられたことに気づいたベビー5は、泣きながらに抱きついて来た。
は唇を噛み締める。
撃たれた男の指には光るものが見えた。”糸”だ。
はそれですべてを悟った。
思えばその日はいつもと様子が違っていた。
常ならば手助けに入るはずの、グラディウスもその日は何もしなかった。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、人の命を使って、人を試すような真似をするドフラミンゴに、
は腸が煮え返るような思いを抱く。
戦闘が終わり、面会を求めると、ドフラミンゴは容易くそれに応じた。
「どうした??
お前は今日、ベビー5を守ったそうだな?偉いじゃねぇか、褒めてやろう」
「・・・白々しい、自作自演でしょう」
ドフラミンゴは笑みを深める。
「なぜおれがそんなことをする必要がある?」
「大体想像つくけど、・・・私に、私の意思で、人を撃たせたかったんだよね?」
の手は震えている。
それを見とがめて、ドフラミンゴは嘲るように言った。
「フフフ・・・手が震えてるな、、そんなに恐ろしかったか?
それとも今更人を傷つけるのが嫌か?・・・甘いなァ、無理も無い。
”お兄さま”に守られてたお前は、ろくに人に向けて銃を撃たせてもらえなかったからな。
せいぜいが物に当てて相手を脅す程度。今後はそうはいかねェぞ」
最後のセリフで、その声色が氷のように冷たくなった。
視線を合わせるようにしゃがみ、ドフラミンゴはにとっては残酷な真実を突きつける。
「兄に守られてたことを自覚しろ。それからお前の立場をだ。
忘れるな。お前が生意気な口を叩き、このおれに取引を持ちかけた。
・・・いつまでも手を汚さず生きて行けると思うな」
はドフラミンゴを睨み上げる。
その目は涙の膜で潤んでは居るが、は泣くまいと堪えているようだった。
「泣かないことも褒めてやろうか?」
「余計なお世話よ」
は一度ぐ、と言葉を飲み込み、息を吐いた。
「ドフラミンゴ、あなた何で”マリオネット”をベビー5に攻撃させたの?
私を狙えばそれで済んだでしょう?」
「お前は、お前に振り下ろされる剣には、必死にならねぇだろう?」
「・・・」
ドフラミンゴは黙り込んだの顎を掴む。
は眉を顰め、ドフラミンゴを睨んだ。
「いずれはおれのために尽くしてもらわなきゃならないが、
その資質は充分らしいな?」
「・・・悪趣味」
「フッフッフッ!話は終わりだな」
ドフラミンゴは片手での退室を促した。
はそれに従い、ためらい無く扉から出て行く。
ドフラミンゴはの背中を目で追い、それから浮かべていた笑みを取り払った。
「生意気なガキだ」
思い通りにならない。だが殺すには惜しい。
囲っても囲い足りない気さえする。
確かに手元に居るはずなのに。
まだ背丈もドフラミンゴの半分あるかないかほどの子供を、
あの手この手で繋ぎとめようと必死だ。
だが、あの子供はただの子供ではない。
ドフラミンゴは自身の手の平を見下ろす。
あの生意気な目が、ドフラミンゴの為に命を捨てる覚悟を決める日まで、
おそらくこの胸のざわつきが、収まることは無いだろう。
with Dellinger
はその日夕食もとらず、与えられた自室に籠っていた。日課のように行っているオペオペの実の訓練をすれば、
そのうち眠気も来るだろうと、はベッドの上で小さなRoomを展開し、
本を浮かしたり、ペンをぐるぐると空中で回したりしている。
だが、早く眠りたい時に限って眠気は来ない。
が深いため息を吐くと、小さなノックの音がした。
振り返ると、おそるおそると言った様子でに声をかけてくる子供が居る。
左手に枕を引きずっていた。
「どうしたの、。若様に怒られた?」
「・・・デリンジャー」
5歳になったデリンジャーがおずおずと扉の影から顔を覗かせている。
ドフラミンゴに食って掛かったのを見ていたのだろう。
あそこには他にもファミリーがいた。
は時計を確認する。23時を回っている。
良い子は寝る時間だ。
「また抜け出して来たの?ジョーラに怒られるよ。良い子は自分のベッドで寝てな」
「海賊だから悪い子でいいもん」
デリンジャーは口を尖らせて言う。
その様子を見たはデリンジャーを手招きした。
素直にベッドの側、Roomの中まで寄って来たデリンジャーの帽子を能力で浮かせ、
くるくると弧を描かせて見せる。
デリンジャーは歓声を上げた。
は自身の頭に収まった帽子のつばを持つと、物憂い気な息を吐く。
「ハァ、そうだねぇ」
「?元気ない?」
「そうなんだよ、元気ないんだよ、眠りたいけど眠れない。
だから自分のベッドに帰ろうかデリンジャー」
「・・・病気なの?」
突然の疑問には目を大きく瞬く。
そして心なしデリンジャーの目が潤んでいるように見えてぎょっとする。
あまりに酷く泣かせると漏れなくジョーラから拳を一発頂くのだ。
には何度か前科がある。
「どうしてそうなったのデリンジャー・・・、病気なら治したよ」
「本当?」
「嘘だったら私が困るって」
の答えに満足したらしい。
デリンジャーは大きな目をぱちくりと瞬いてから、にぱ、とギザギザの歯を見せて笑った。
はそれに苦笑いして、デリンジャーの頭をグリグリと撫でる。
撫でているとデリンジャーはこんどはむっとした様子でを睨んだ。
それに構わずはデリンジャーに言う。
「そうかそうか、デリンジャーはお姉様が元気ないと悲しいか?」
「・・・はお姉ちゃんじゃない」
「・・・おお、まさかのお言葉。まぁそうなんだけどね?」
「こども扱いやめてよ」
撫でていた手を振り払われ、は一瞬驚いたような顔をする。
それを見てデリンジャーがしまった、という顔をした。
それから徐々にデリンジャーの目がうるうると滲む。
「あー、なんだ?難しい年頃?私にもそんな日があったよ。気にしてない。
だから泣くな?な?!男の子でしょ!?
ジョーラ来たらうるさいから!お前が泣くと一発で飛んでくるんだよあのひと!」
「な、泣いてないもんっ、あとお前って言わないで!やだ!」
「ああ、もう、わかったよデリンジャー・・・ほら、おいで」
しかたない、といったようにが布団を上げる。
すると先ほどまで泣きそうだったのが嘘のように、
デリンジャーがに飛びついて来た。
「キャハハハ、、ちょろーい」
「・・・おい、どこで覚えたその言葉。
あと私はちょろくないから、諦めが早いだけだから」
「ね、、お話して?」
「デリンジャー、まず人の話を聞こう。話はそれからね?」
の言葉を聞いているのかいないのか、デリンジャーはきゃらきゃらと笑うばかりだった。
with Buffalo
「オペオペで一発芸やるから見てちょうだい」大人達が商談などで出かけているとき、がこんなことを言い出したので、
留守番していたバッファローら子供達は、の自室に集まることになった。
が披露したのは徐々に自分の体をバラバラにして
最後にぴくりとも動かなくなるという演目だ。
最初は笑っていたバッファローやベビー5、デリンジャーも、
が徐々に口数が少なく、動かなくなって行くと不安そうな顔になる。
もしかして、能力を扱いきれずに、本当にバラバラ死体になってしまったのでは?
大人達の居ない間にそんなことになってしまったら・・・、
はドフラミンゴに格別目をかけられている。
死なせてしまったら拷問で済むかどうかも怪しい。
バッファローが顔を青ざめさせていると、
不安に耐えきれなくなったのかついにベビー5が叫んだ。
「キャー!、が死んだー!?」
「死んだの!?」
「生きてるよ」
すると閉じていた目を開き、生首のまま、が喋る。
バラバラになった片手でピースサインを作るとバッファローが怒鳴った。
「悪趣味だすやん!何もそこまでやる必要ないだろ!?」
「”オペオペ一発芸、バラバラ死体”なんだけど・・・。
能力の練習してたら出来たから、ぜひとも誰かに見せたくて」
「ふざけんな!怖いわ!」
はバラバラになっていた身体をくっつけている。
バッファローは泣きべそをかいている妹分のベビー5を指差して言った。
「見ろ!ベビー5がお前のこと心配して泣いてるだろ!?」
「えッ!?」
は自分がやり過ぎたことに気づいたようでその眉を困ったように下げた。
「泣かないでよベビー5・・・」
「泣いてないッ!」
「泣いてないーッ!」
なぜかデリンジャーまでもが涙目だ。
「おいおいそこでデリンジャーまで泣くのか。
ちょっとバッファロー、この中じゃ最年長なんだからどうにかしてよ。
・・・よっバッファロー兄さん!年上の頼りがいがあるところが見たいなァ!」
の調子のいい言動にバッファローがため息を吐いた。
「お前、都合いいだすやん。お前が泣かしたんだろ。
なら泣き止ませるのもお前の仕事だすやん」
「ワァ・・・正論が返って来たよ、さすが年上。見直したわバッファロー」
は軽く頬をかいて、腕組みした。
「じゃあ別の芸でもするか・・・。
”ペンとインクのダンス”」
の手が机の上にあった羽ペンとインクをとる。
インクの蓋を開け、羽ペンの先をインクにつけてから、はRoomを展開した。
咳払いをし、芝居がかった様子で語りかける。
「Shall we dance?」
”Of course!”
の言葉に応えるように、くるくるとペンが空中に浮かび、文字を綴る。
インクが羽ペンの周りを泳ぐように奇妙な動きを見せた。
が指を回せばインクもそれに呼応するように渦巻き、
もう片手で指を波打たせるとペン先がステップを踏むように空中で跳ねる。
ベビー5もデリンジャーも、バッファローでさえその動きに釘付けになっていた。
のコントロールでインクも、羽ペンも別の生き物のように生き生きと空中で踊る。
インクが空中で曲線を描き、静止し、また動き出す様は面白かった。
途中で貴婦人のシルエットや燕尾服の男のシルエットを描いたりとなかなか芸が細かい。
おそらく手品師になれば、は一財産築けるだろう、とバッファローは思った。
ベビー5もデリンジャーも、の作り出す舞台に夢中になっている。
バッファローもそれを単純に面白いとも思ったが、
半分はの能力者としての力を再認識し、感嘆していた。
オペオペの実の能力。その力をこうも短期間で習得しつつあるとは。
そんなことを考えているの手が演奏を終えた指揮者のように握られた。
その途端にインクはインク壷に戻り、羽ペンも動きを止める。
「はい、おしまい」
「すごい!もう一回やって!」
「やって!」
ベビー5の歓声に重ねるようにデリンジャーが手を叩く。
「これ結構疲れるからやだ」
「えー?」
「えー?」
「また今度ね」
ベビー5とデリンジャーは不満そうだ。
が肩をすくめる。
その後は無難にトランプをやることになったが、バッファローにはある疑念が生まれていた。
はオペオペの実を口にしてからと言うもの、その能力を使いこなそうと練習している。
表向きはドフラミンゴに逆らわず、また、ファミリーの人間達にもこれまで通り、
・・・過保護だったローがいなくなったからむしろこれまで以上に接する機会も増えた。
だが、本当にが心を開いているのかと言うと、きっとそうではないだろう。
「、今度アイス食べに行くぞ。おごってやるよ」
「えっ?どうしたのバッファロー、頭でも打った?」
生意気な態度に腹も立つことはあるけれど、どんな事情であっても、
それでもは、の意思でファミリーに残ると決めたのだ。
受け入れてやるのが”家族”と言うものだとドフラミンゴは言っていた。
「失礼だすやん!」
「そんな怒ること?いや、せっかくだから行くけど。
バッファローは何アイス派?チョコミントは許せるタイプ?」
「私も行く!」
「あたしも!」
ベビー5とデリンジャーが手を上げると、バッファローは腕組みして唸る。
「ニーン・・・全員におごったら破産するだすやん・・・ベビー5、金貸してくれ」
「えっ?い、いいよ?」
「それ奢ってないじゃんバッファロー。年下にたかるなよ」
が呆れている。
バッファローは、ベビー5に「簡単に金を貸すもんじゃない」と
世話を焼く、に目をやった。
かつて珀鉛病を患った兄妹に、近づくなと言ったことを、バッファローはどこかで後悔している。
あの時、ローの、苛立ちに刃物のように尖った視線とは対照的に、は淀んだ目をしていた。
今もその淀みが、の目をよぎる時があることを、バッファローは知っている。
その淀みが消えるのか、それとも澱のように沈殿しているだけで、
何かのきっかけで舞い上がり、が、”ファミリー”を裏切るのかはまだ、分からない。
だが、確かに言えることがあるとするならば、
の居場所は、今はここだ。
はまだ、鳥かごの中にいる。