Early 20s

with Bellamy

ただの小娘にしか見えなかった。
ドンキホーテファミリー、最高幹部に名を連ねながらも、
そのハートの椅子に座るには違和感を残している女。
オペオペの実の能力者、軍とは名ばかりの医療チーム”コラソン軍”の指揮を執る女。
年もそこまで変わらないその女と、
一体自分とどれほどの距離があるのか、ベラミーは試す事にした。

レストラン、二人がけの座席に一人で朝食をとっている女、
ドンキホーテ海賊団、最高幹部”コラソン”に声をかけると、
は軽く眉を上げた。

「えーっと”ハイエナ”のベラミーだっけ?合ってる?
 私夜勤明けで食事中だから何か用件があるなら手短かに頼みたいんだけど」

幹部らしからぬシンプルな白いシャツとデニムにスニーカーという軽装。
首に巻かれたフラミンゴのチャームがついたチョーカーがやけに目についた。

しかし全体として見ればそのへんの一般人と区別がつかない。
この光景にしてもそうだ。
眠そうな目の女がのんびりパンケーキを突いているだけである。
とてもじゃないが海賊には見えない。

「・・・おまえ、ドンキホーテの最高幹部なんだろ?一体どんな手使いやがったんだ?」
「あっ、察した。あれでしょ。
 『なんでテメーが”コラソン”なんてやってんだ?』ってことでしょう?」

なんでもないように自分で言ってのけたにベラミーは口の端を上げた。

「わかってんじゃねぇか」
「道場破りみたいな感じ?いるいるそういう人。
 とりあえず食事が終わるまで待っててくんないかな。
 睡眠と食事を邪魔されんのが一番嫌いなのよ」

その言葉に眉を顰め、食って掛かろうとしたベラミーより先に、
は僅かに目を眇め、開いた窓を睨んだ。

「・・・次点で人と喋ってる時に邪魔してくる奴。
 ハァ・・・”Room”」

ため息を一つ落とし、は持っていたナイフを横に凪いだ。
すぐさま展開された円の中で、の持ったナイフの先端、
銃弾が空中に浮かんでいる。
ベラミーは唖然としていた。

「銃弾!?いつの間に?」

音も無かった。ベラミーは気づきもしなかった。
は平然と銃弾をナイフの先端で突いている。

「サイレンサーでも使ってたんでしょ。
 ドンキホーテ最高幹部の中でも私の見た目は若くて可愛くて弱そうだってんで
 たまーにこういうののターゲットになるんだよね。
 まあ、役職も広義で言えば船医だし。戦闘員でもない訳だから」
「・・・おい、若くて可愛いの部分いらねぇだろ」

ベラミーが突っ込むとはやれやれと片目を瞑った。

「そこ突っ込んじゃう?ま、いいや。
 別に見逃したところで痛くも痒くもないんだけど、ドフラミンゴがうるさいからなー」

は浮かんだままの銃弾を指でつま弾いた。
瞬間、銃弾は凄まじいスピードで銃の持ち主の元へと戻ったらしい。
断末魔の声が聞こえてくる。

「狙撃手がどこに居るのか分かってたのか」
「だって銃弾の向きとか考えれば分かるでしょ。
 外れてもRoomで当てれば良いし。便利だよね、悪魔の実」

何でも無いような所作で食事の続きを始めたがベラミーに座るよう促した。
促されるまま向かいの席に腰掛けたベラミーに、
はパンケーキを切り分けながら、問いかける。

「で?戦闘する?」

ガラス玉のような瞳がベラミーの顔を見つめている。
背筋がぞっとするような不穏な感覚を覚え、ベラミーはを見返した。

「・・・いや、やめとく」
「あっそう。賢明な判断だと思うよ。
 第一私にいちゃもんつけるって、ドフラミンゴに喧嘩売ってるのと同じだからね」
「は?」

ベラミーの反応に、はきょとん、としたように目を瞬いた。

「気づいてなかったの?最高幹部って、ドフラミンゴが直接与えるポストなわけよ。
 その相手に『相応しくない』って食って掛かるのは、
 裏を返せば『ドフラミンゴは人を見る目の無い阿呆だ』って言ってるのと同じだよ」
「・・・!」

息を飲んだベラミーに、は眉を上げた。

「だめじゃんベラミー、ドンキホーテは割とそういうの厳しいし、
 船長はこじつけと絡め手使ってくるから利用されてポイ捨てもザラだよ。
 『そんなつもりで言った訳じゃない』って言ってもダメ。
 『言い訳するな』で切り捨てる」

は顎の下で指を組んだ。金のフラミンゴのチャームが首元で揺れる。

「ドフラミンゴの捨て駒になりたいんならそのままで良いけど。
 あんまり私はお勧めしない。手ぇ引きなよ、ベラミー」
「・・・おい、あまりおれを馬鹿にするなよ」
 
ベラミーはを睨みつけた。

「おれはドフラミンゴに憧れてんだ。
 夢見がちなそこらの海賊達とは違う。あの人みたいな海賊になるって決めた・・・!
 腕を磨いて、あの人の役に立つんだ。お前にとやかく言われる筋はねェ!」
「ベラミー・・・」

は目を瞬く。

「・・・重っ」
「ハァ!?」
「よく見たら入団して間もないのに
 ドンキホーテの刺青入ってんじゃん。怖っ・・・。
 あなた付き合った女の名前のタトゥー入れて、別れたら後悔するタイプでしょ。無いわ」
「何の話だよ!?それまでの話と関係ねェよなァ!?」

ベラミーが苛立ちにまかせて怒鳴りつけてもはどこ吹く風である。
パンケーキを完食して濃いめに入れたコーヒーに口をつけている。

「よく考えなくてもあなたがどんなアホのチンピラだろうが
 私には関係ないし、好きにすれば?」

人を煽っているとしか思えないような発言。
こめかみに青筋が浮かんでいることを自覚しながら、
ベラミーは口の端を引きつらせ、低い声で言った。

「テメェ、・・・!おれが幹部になったらこき使ってやるからな・・・!」
「やれるもんならやってみな。応援してあげるよ」
「死ね」

捨て台詞を吐くベラミーにあろうことか手を振ってみせる
だが、もうベラミーは彼女を舐めてかかることはできないだろう。
ベラミーは奥歯を噛み締めながら、仲間達の待つ船へと戻った。

with Doflamingo

はうとうとと微睡んでいた。

王宮の庭。
ドレスローザは花が名産というだけあって、王宮の庭の花々も見事に咲き誇っている。
パラソルの下、医学書と娯楽小説を読みながらの夢現つ。
にとってはつかの間の休みだ。

3代目コラソンとして、はその能力を遺憾なく発揮する毎日を過ごしている。
オペオペの実の力を示すため、七武海としてドフラミンゴが海賊を拿捕する手伝いをしたり、
医師として要人一般人問わず難しい手術をこなし、
またドフラミンゴが面白がってに部下を持たせるものだから
自棄になって好き勝手やった結果、”コラソン軍”を医療チームに仕上げたりもした。

のサポートに特化した有能なチームを作り上げてしまい、
内心で
「私居なくても良いんじゃないかなー?
 もっと育てたら休み増えるかなー?」
などと不真面目な事を思っている。

そんな忙しない毎日の中つかみ取った休日である。
王宮でも人通りが少なく、
誰からもちょっかいをかけられずに済みそうな穴場を見つけたとは思っていたのだが。

「・・・船長、仕事は?」
「フフフッ、終わったよ、とっくの昔にな」

ドフラミンゴがの持ち込んだソファに腰掛けた。
は狭くなったソファで体勢を変える。
流石にドフラミンゴに足を乗せるわけには行くまいと、
隣合って座るような状況になった。

「で?なんか用?」
「そう邪険にするなよ、
 たまには部下とじっくり話したくなる時だってあるんだ」

そう嘯いてみせるドフラミンゴに、は眠気故に普段よりぞんざいに答えた。

「はァ、しかしながら私今スゴイ眠いんですわ。
 残念無念また来週・・・」
「寝るなよ、つまらねェ」

背もたれに首を預けてズルズルとだらけた体勢を見せるに、
ムッとした表情を作りながら、
ドフラミンゴがの頬を摘み、伸ばす。

「いたい、いたいって!なに?!なにすんの!?」
「フッフッフッ!お前モチモチの実の餅人間だったか?・・・よく伸びるな」
「・・・どこまで伸びるか試そうとか考えてませんかねぇ!?やめろ!」

が鬱陶しそうにドフラミンゴの指を払う。
半分睡魔に蕩けた目がじろりとドフラミンゴを睨んだ。

「あなた、絶対、動物とかでも構い過ぎて嫌われるタイプだろ」
「フフフッ、残念ながら懐かれる方の事が多いな。飼い馴らすのは簡単なもんだ」
「へぇ、あっそう・・・はぁ」

意味深長な言葉を口にするドフラミンゴを前に、適当な返事を返して大あくび。
遂には目蓋を閉じたに、ドフラミンゴはつまらなそうにの足をつま先で軽く小突いた。

「・・・、お前寝過ぎだ。二つ名が”ドレスローザの名医”から”ねぼすけ”とかになるぞ」
「どうせなら・・・”眠り姫”とか言ってよねぇ・・・眠い・・・ねむい・・・」
「フッフッフッ!結構図々しいこと言うよなお前!おい、・・・おい、本気で寝る気か?」

はもう半分夢の中に入るように見える。
かくかくと頭が揺れていた。

これを見て面白くないのはドフラミンゴだ。
唇をへの字に曲げてを睨むが、そうこうしている間には健やかな寝息を立てつつある。

ドフラミンゴにとっては駆け引きと策謀を巡らせ合う、
身内でありながら気が抜けない相手だ。
に取ってもドフラミンゴは未だ警戒に値する相手であろう。
だが、こうも無防備な反応を返されると奇妙な気分を覚える。

あるいはこれもの計算のうちだろうか。
は人心掌握に長けているし、計算高い一面も持っている。

ドフラミンゴは頬杖をつき、しばしその顔を眺めていたが、
ある悪戯心を覚え、を担ぎ上げた。
流石にも自身が持ち上げられたことには気づいたらしい。
小さく声を上げた。

「・・・どうしたの?私は惰眠を貪りたい・・・ねむい・・・」
「そんなこと言ってられんのは今のうちだぜ、

はその不穏な言葉に胸騒ぎを覚えたのか、目蓋を開ける。

「目ェ覚まさせてやるよ」

ヒュン、と風を切るような音。
浮遊感に目を瞬く。
次の瞬間、は空中に居た。



は絶叫していた。

「なにこれ?!なに!?速いんだけど!なにこれ!?」
「フッフッフ!うるせぇな!」
「『うるせぇ』じゃないって!落とさないでよ!?死ぬからね!?マジで!」
「フフフッ!どうやら目は覚めたらしい!」

を抱えながら糸で雲を掴んで凄まじい速さで移動するドフラミンゴに、
はしがみついた。
あっという間にドレスローザが豆粒のように遠ざかる。
カモメを追い越し、海ばかりが眼下に広がる。

落ちれば二人とも能力者。まず助かりはしないだろう。
すっかり動転したは叫んでいる。

ドフラミンゴが人一人抱えて移動するのにさほどの苦を覚えもしないだろうということは、
普段の冷静さを持っていればすぐに思い当たっただろうに。

そうこうしているうちにドフラミンゴは雲に糸をかけて制止する。

「ほら、目を開けろよ、
「風が目に入って痛いってどういうスピード出してんの・・・ありえない!
 自分はサングラスしてるからって・・・!ありえない・・・!」
「聞いてんのか?目を開けろ。もう止まってる」
「うるさいっ何よ、急に・・・!」

固く目を瞑っていたが、ドフラミンゴに促され、
イライラと目を開けると、広がるのはこの世のものとは思えない光景だった。

サンゴや、魚影すら捕らえられそうな透明な海がどこまでも広がる。
夜が差し迫っているのか空が夕焼けを真ん中に、昼と夜が半分に分たれたようだ。
雲が下にある。まず普通に生きていれば見る事の出来ない景色だった。

美しいが怖い。は圧倒されていた。
飲み込まれそうだ。
人間の葛藤や意思、運命を飲み込むような、自然の作る光景に言葉を失う。

「フフフッ、どうだ?眠気は吹っ飛んだろう?」
「・・・すごい、きれい」

ガラス玉のような瞳が、風景を反射して煌めいた。

「ドフラミンゴ」
「なんだ?」
「あなた、いつもこんな景色を見ているの?」

の言葉にはどこか神妙な響きがある。
ドフラミンゴは躊躇なく是と答えた。

「ああ」
「・・・こんな景色、普通に生活してたら見れないだろうね」
「そうだなァ、飛行能力を持つ能力者と、
 それから、お前の信じるところの神くらいのものだろう」

は言葉を飲み込んだ。遠くを見ている。
迫り来る夜に思いを馳せているのか、”神”という言葉に思うところがあるのだろうか。

「怖くはないの?」
「いいや。むしろ世界の全てがおれの支配下にあるようだ。
 海も、空も。昼も、夜も、時間でさえ。
 そうは思わないか?
「・・・あなたらしい答えだね」

ラミは苦みを含んだ笑みを浮かべる。

「ドフラミンゴ、あなたはなんで、手に入らないものばかり欲しがるの、
 だれも時間は止められないし、永遠の権力も、絶対の信頼もこの世には無いよ」
「お前が居るだろう」

ドフラミンゴは笑った。
だがラミの瞳を覗き込む、サングラスの奥の目は笑っては居ない。

「少なくとも時間は止まる。お前が止めるんだ。
「それは、いつ?」

は静かに聞き返した。ドフラミンゴは即答はしない。
普通に、普段通りに話すドフラミンゴに、は少しだけ眉を顰めた。

「今より先の、未来の話だ」