桃のパフェ


ドレスローザ王宮、応接間に王直々に招かれた少女は美しい所作で出されたパフェを口にしている。
少女の名前は
海賊の治める国に招待を受けたくせに、セーラーカラーのワンピースを着用したは、
自身にジッと注がれる視線に、呆れを込めて片目を瞑る。

「ドフラミンゴ。私に視線で穴を開けるつもり?」

舌ったらずな少女らしい甘い声に、ドフラミンゴは頬杖をついて笑った。

「つれねェなァ、。おれはアンタと話がしたくて呼んだのに、
 アンタときたらおれよりデザートに夢中だ」

は僅かに口角を上げる。
人形めいたその顔が表情を浮かべるとたちまち人間らしい色艶を帯びた。
計算され尽くされた笑みだ。

ドフラミンゴはの正確な年齢を知らないが、
”この”見た目より実年齢は遥かに上だろうと確信している。
見た目通りの少女なら、このような、倒錯した芳しい香気のようなものを全身から発している訳が無い。
そしてなにより、ドフラミンゴの一等気に入るような人物である訳が無いのだ。

は機嫌が良さそうにドフラミンゴに供された桃のパフェの感想を述べた。

「そうね。いつもながらお見事よ。
 生クリームは口当たりが軽いのね。全然くどくない。桃のジェラートも素晴らしい出来よ、
 甘すぎず、かといって単なる薄味に留まらず、風味を引き立ててるわ。
 肝心の桃もよく熟れてる。スプーンを進ませるバニラアイスと桃のソースの絡みも素敵ね。
 より桃の香りが引き立つように考えられているのだもの。
 計算された一皿。見た目も完璧だった」

綺麗に中身を食べられ、空になったガラスの器がカッティングに合わせて光を反射している。
は白い指でその縁をなぞった。

「私のために作らせたのでしょう?」
「ああ」

ドフラミンゴは頷いた。
は目を細めて笑みを深める。

「見返りに何が欲しいの、ドフラミンゴ?」
「これにサインを」

ほとんど間を置かずにドフラミンゴがに差し出したのは、豪勢な装丁の小説だった。
金箔で押されたタイトルが煌びやかだ。
は万年筆を懐から取り出し、遊び紙に慣れた手つきで名前を記す。

「・・・毎度のことながら、どうして発売前の新刊を、あなたは手に入れられるのかしらね」
「そりゃあ、おれがアンタの熱心なファンだからさ」

小説家
幾つか”顔”を持つ少女の中でも、ドフラミンゴが一際気に入った一面である。

の描く小説のジャンルは多岐に渡るが、
ドフラミンゴの好きな一冊は皮肉の利いた鮮烈な風刺、サタイアだ。
自由奔放に作中で荒れ狂う暴力とセックス、息苦しさを感じるまでに重苦しく、機械的な社会の描写。
文字を目で追う度に、その筆致に溺れるような感触さえ覚えた。

風刺でありながら、余りにも鮮やかでグロテスクなウルトラヴァイオレンスの世界を描いた本は、
世界政府によって発禁になった。
だが未だに裏社会では高値で取引されているし、が筆を折ることは無い。

書く本が過激だからと言う理由で政府から目を付けられていたらしいが、
は堂々と顔を晒し、追っ手に怯えている様子も無かった。

悪魔の実に呪われ、その年齢も体質によってまちまちに見せることが出来るからだろう。

ドフラミンゴが相対する時、は大抵12歳前後の少女の姿だが、
初対面の時は老婆の姿をとっていた。
また、一度だけが妙齢の女性の姿になったのを見たことがある。

そのときは小説家としての側面よりもずっと暗い一面をドフラミンゴに見せたが、
滅多にその姿を見ることは無いはずだ。
よほどの気が立っているか、怒らせることが無い限りは。

ドフラミンゴはに差し出した本を見て簡潔に感想を述べた。

「フフフッ、アンタの本領発揮と言ったところか、今回は。
 相変わらずドラスティックだ。血と不幸をこうも劇的に描ける小説家はなかなか居ない。
 だが、この間出した『翳りゆく陽』で遂に懸賞金がかかったって聞いたぜ、

ドフラミンゴが面白そうに言うと、
はサインを書いた本を丁寧にドフラミンゴに返してから
ため息を吐いた。

「そうなの。
 ”こっちの顔”でもお尋ね者なんて困っちゃう。
 最悪ペンネームは変えれば良いし、
 世界政府の彼らはをおばあちゃんだと思ってるから、
 今はそんなに問題ないとは思うけど」

「とばっちりだったな、
 だがアンタの書いたセリフは些か扇情的すぎた。
 分かってるだろう?あの言葉だ」

はドフラミンゴの指摘したであろうセリフをなぞった。

「『人間は、恋と革命の為に生まれて来たのだ』」

の口から聞くとまた違う印象になる言葉だ。
ドフラミンゴは愉快そうに笑う。

「フフフッ、革命軍がプロパガンダに使うのも無理ねェなァ。
 名前を変えるならおれには次の名前を教えてくれよ?」
「勿論」

が万年筆を手に微笑んだ。

「あなたは私の良き読者、パトロンですもの。
 私はあなたの期待に答えなくちゃいけないわ」

ドフラミンゴは機嫌良く笑った。

「なら、できれば頭の中を覗かせてもらいてェんだけどな。
 どうなってんのか見てみたいもんだ」
「あら、そしたらもう物語の続きは読めないけど、良いの?」
「それは困る」

半ば本気で殺意をほのめかしたドフラミンゴには冷静に返した。
ドフラミンゴは残念そうに肩をすくめる。
はその様子を見て、くすくす笑いながら銀のスプーンを向けた。

「でもね、ドフラミンゴ。あなた、私の中身なら大体想像がつくはずよ」
「ん?」

ドフラミンゴが微かな違和感に首を傾げると、
の瞳に柔らかな狂気が宿る。

「”お砂糖、スパイス、素敵なもの”」

先ほどまで少女だったはずだが、妙齢の女がそこにいた。
女性として理想的な曲線を描く身体に、やや低く、艶を増した声。
頬杖をついた女が笑っている。

ドフラミンゴは僅かに眉を顰めた。
”その女”はドフラミンゴにとって、扱いが難しい人物の一人だったからだ。

「薮を突いたか。その姿を見るのは何年振りだろうな、”人食い”」

どうやら、革命軍にはそれなりに腹を立てていたらしい。
人食いと呼ばれたはうっそりと微笑む。
その二つ名の通り、人を好んで”食べる”という
異常な殺人鬼としての側面を持つは切れ長の瞳を瞬いた。

「ええ、ドフラミンゴ。せっかく桃のパフェをごちそうになったのに、申し訳ないんだけど」
「・・・何が望みだ?」

ドフラミンゴが問えば、は指を立てた。

「話が早くて助かるわ。
 本当は”全て”と言いたいところだけれど。
 その耳の先のピアスを一つ、頂けるかしら」
「・・・しょうがねェな」

ドフラミンゴはその指を耳にかけようとして、動きを止める。
は既に、その能力を発動していたからだ。

金のピアスが質感を変えている。
ざらりとした粒が一欠け落ちた。

砂糖だ。

はゆっくりと立ち上がった。大型の、ネコ科の肉食動物を思わせるしなやかな動作だった。
そのまま流れるような仕草で、の唇がドフラミンゴの耳を飾っていたピアスにかじり付いた。

カリッ、と高い音が響く。
耳の輪郭に舌先が触れ、ほんの少し温い感触をドフラミンゴに残してから、は離れた。

ドフラミンゴは息を吐く。呆れを滲ませて言った。

「アンタ、おれの耳ごと砂糖に変える気だっただろう」
「あは、バレちゃった。でも流石ね、糸を張り巡らされてしまったから、
 ピアスしかいただけなかったわ。だって殺されるのはごめんだもの」

は頬の横を走った糸を指で弾いた。

「冷たくって甘い。さっき食べた桃のジェラートみたいな風味。
 ウフフ、あなたみたいな味がするわ。このピアス」

その恍惚とした目つきにぞくりとする。
背筋を這い上がる痺れるような感触に、ドフラミンゴは口の端をつり上げたが、
徐々に少女の姿に戻るを訝しく思ったようだ。首を傾げている。

「もういいのか?おれァてっきり適当な”食材”を見繕えとか、
 ワガママを言われるかと思ったぜ」
「私はそこまで短慮ではなくてよ。ドフラミンゴ。
 でもあなた、私のワガママを聞くの、お好きでしょう?」

ドフラミンゴは笑みを浮かべたまま否定しない。
は指を振った。

「スリルが無くては、人生はつまらないものねぇ。
 あなたが私をこうして呼びつけては”雑談”をするのは、そう言うことなのでしょう?」
「フッフッフ、なんでもお見通しってわけか。
 一つ忠告しておくが、おれを食べちまったらあの桃のパフェは二度と食べられねェぞ」
「それは困るわ」
 
頬に手を当て本当に困ったように眉を八の字にするに、
ドフラミンゴは笑う。

「次は革命軍の誰かを食事に誘うつもりなんだろ?」
「ええ、そうよ。あなたと同じ金髪の、でも夢見がちな男の子を一人」

は指で自身の唇をなぞり、小さく人差し指の爪を噛む。

「”竜の爪”が頂けるのなら、ぜひとも味わってみたいと思っていたから、ちょうど良かったわ」
「大義名分ができたってわけか。どっちがとばっちりなのかわからねぇな」

呆れた様子のドフラミンゴに、は高らかに笑う。
そのまま王宮を立ち去ろうと立ち上がったの背に、
ドフラミンゴはかねてから聞きたかった疑問を投げかけた。

「なァ、アンタ一体幾つなんだ?」

は振り返り、甘ったるい少女の声色のままドフラミンゴを咎めた。

「レディに歳を聞くもんじゃないわよ、坊や」

言い捨てられて閉ざされた扉に、ドフラミンゴはこみ上げて来る笑いを噛み殺しきれず、
先ほどのと同じように哄笑した。

ジャンルを選ばない小説家。
人間を砂糖に変えて食べてしまう人食い。
覚醒したシュガシュガの実の能力者。砂糖人間。
年齢不詳、名前すら本名であるか疑わしい謎に満ちた女。

は底が知れない。

次、招いた時には竜の爪がどんな味がしたのか聞いてみたいものであると、
ドフラミンゴはその顔に残忍な笑みを浮かべた。