SUPERCAR 01
真っ赤に塗装され、洗練されたフォルムと、裏腹に凄まじい馬力のエンジンから生まれるスピード、
そして何よりも水上を進むのが売りの水陸両用車”レッド・ウアイラ”
さる女がDr.ベガバンクと談論し、技術の粋を集め
作らせたとまことしやかに囁かれるこの素晴らしい車、
その運転席で女が一人煙草をくゆらせていた。
次に見えるだろう島に思いを馳せているのだろうか、
その眼光は鋭く、口元は厳しく閉じられている。
女の目が一つの船を端に捕らえた。
すると女はニィ、と真っ赤に塗られた唇の端をつり上げ、
助手席で軍帽を顔に置いたまま寝ているらしい隣人の脚を蹴飛ばした。
「!起きろ!」
「痛ッ!起こし方酷く無いですか?!ユースタスの船が見えたんです!?
ってなんもないじゃないですか。
・・・あなた全速力でユースタス・キッドを追ってたんじゃないんですか?」
起き抜けで不機嫌そうな隣人に女は
「ハァ!?ふざけてんのかお前」と悪態をついた。
「おいマジで寝ぼけてんじゃねえよド天然!
昨日赤犬の大将から一旦戻って来いって呼び出し受けただろうが!
今はマリンフォードに戻ってる途中だよ!んなことよりスモーカーが来てる!」
目を輝かせる女の顔は上気している。
こうして見ると意外にも彼女が整った顔をしているのが分かるが、
その口の悪さは”恋する乙女”モードでも健在らしい。
と呼ばれた女はため息を吐いて手鏡を取り出し、軽く身なりを整えた。
「ハァ、”恋する乙女”さんのご命令の通りに・・・」
「はァ!?・・・うっせ、バァカ!!!
言っとくけどそれあの人の前で言ったらぶっ殺すからな!?」
顔を真っ赤にした女に呆れたようにため息を吐き、は手鏡を渡す。
「、だったらその赤面をなんとかしたらどうです?」
「チッ・・・やっと眠気が抜けたらしいな、
本当に憎らしい口ばっか回りやがる、おう、相変わらず私の美貌はキレキレだな」
ご機嫌なの冗談には辛辣に返す。
「目つきがキレキレの間違いでしょ。
せっかく顔はそれなりに恵まれてるのにその眼光で台無し・・・。
・・・思い出した。確かにキッド海賊団との戦闘は昨日行ってますね。
昨日の人殺しみたいな顔したあなたとそれを見たユースタスの顔ときたら!
ユースタスの船を半壊させるのあれで何度目でしたっけ?」
の疑問に答えを探すようには上を向いた。
と思いきやすぐに苦い顔をする。
「3回目だよ、でも捕まえられなきゃ意味ねぇだろ。
すぐ逃げやがるんだ、あの野郎・・・」
「嬉々としてあなたと戦闘したがるのを部下に取り押さえられながらね・・・。
何で好き好んで一騎打ちなんかやりたがるんでしょう。あなたもユースタスもいかれてますよ。
確実に部下が苦労するタイプですね。確実に!
それ骨幾つ折れてるんですか?」
「あばらが3本。左腕が1本。治る怪我だ。大したもんじゃねえ。運転に支障もねえしな。
それにユースタスの野郎にも肩と腕に何発かぶち込んでやった!ざまあみろだ」
ククク、と喉の奥で笑って見せるに、は思わず天を仰ぐ。
「・・・どーッしようもないですよ、あなた本当に!
あ、無線入ってますね」
が車に備え付けられたでんでん虫の受話器を取る。
「はい、こちら海軍巡回車レッド・ウアイラ。
応答はマリン・コード21824、少尉」
『こちら海軍本部所属たしぎ准尉。軍務規定に基づき、物資供給の確認の連絡です。
いかがなさいますか?』
「ありがたく受け取ります。接近しますのでよろしくお願いいたします」
返答したのを確認したはアクセルを踏み抜く勢いで軍艦に近づいた。
が隣で「スピード!出過ぎ!」と叫ぶのにも気にした様子も無い。
その様子を見て出迎えらしい兵士達の驚愕の声が聞こえてくる。
※
Dr.ベガパンクの珠玉、海軍巡回車レッド・ウアイラは美しく、そして珍しい。
グランドラインを転々とする海兵のなかでもその車の噂は広まっているようだ。
そしてその運転手についても。
軍艦から下ろされる縄梯子をなんなく片手で上がる女海兵に兵士達が目を剥くのが分かる。
現れたのはおおよそ海兵とは思えない身なりの女だった。
赤く染められた皮のライダースジャケットに
短く切られた黒いデニムは、どちらかと言えば女海賊の装いである。
すらりと伸びた脚を包む、薬莢を巻き付けたブーツが甲板に高らかな音を立てた。
長い黒髪から覗く赤銅色の瞳は鋭く、
煙草をくゆらせる様はどことなくこの船の主を思い起こさせる。
その右腕は包帯で吊られているし、よくよく見れば切り傷や擦り傷だらけである。
「・・・”マリンコード46603、中佐”」
ポケットから携帯灰皿を取り出し、煙草を消しながらは言う。
海兵達の中から見つけた船の主に、微かにの口角が上向いた。
「協力を、感謝いたします、スモーカー准将」
「・・・相変わらず敬語が似合わねえな、無理するなよ、中佐」
「フフ、酷い言い草だ。でもまあ、こういう堅苦しいのは性に合わねぇ。
ありがとう、スモーカーさん」
仮にも上官に酷い口調なには眉を顰めた。
まあ、もっとも、スモーカーはそんなこと気にする様な男ではないと知っているが。
はと違って海兵らしい装いだ。
ピンストライプの仕立てのいいジャケットと
そろいのショートパンツのツーピースに白いブラウス、リボンタイに軍帽。
どこか気品さえ感じる装いにそぐわない仕草で、は頬をかいた。
「お久しぶりです、スモーカー准将。あまり中佐を甘やかすのは止めてくださいね」
「・・・!」
ぐるっと首を回してを睨むの眼光は鋭いが、
目尻は赤く染まっていてどこか愛嬌を感じさせた。
「お久しぶりです、中佐!少尉!」
たしぎが駆け寄ってくるとが敬礼した。は軽く右手を振ってみせる。
「・・・で?その怪我はどうした」
スモーカーが腕をみて顎をしゃくる。はばつの悪そうに頭を掻いた。
「昨日ユースタス・キッドと戦闘になって・・・、生憎取り逃がしはしたが・・・。
船は結構壊したしユースタスには何発か銃弾を打ち込んでやった。次で逮捕に繋がれば良いんだがな」
「あのキャプテン・キッドと、戦闘ですか!?たった2人で?!」
たしぎが声を上げるのも無理は無い。
キッドは超新星だと噂される高額賞金首の新人の一人である。
11人いるルーキーの中でも一際好戦的と言われる男だ。
むしろその男とたった2人で相手をしてこの程度の怪我で済んで
相手にいくらかダメージをを与えているだけでも凄まじい。
「無茶しますね・・・」
思わず零したたしぎの感想に、が同意する。
「いや、まあ、私はレッド・ウアイラから掩護してただけですけど
中佐は本当にむちゃくちゃやりましてね。
あばらも折れてるみたいで、私が運転を代わるといっても頑として譲らないし・・・。
手当はきちんとしているのですが、念のため船医に見て戴いてもよろしいですか?」
「も、もちろんです。あのう、中佐、本当に大丈夫なんですか?」
「ん?治るだろ。大した怪我じゃない」
いや、その理屈はおかしい。
のど元まででかかったがが心底不思議そうに己を見つめるのでたしぎは口をつぐんだ。
スモーカーが目を眇め、の頭に手を乗せる。
「わっ、わっ、す、スモーカーさん、なにすんだ!?」
ぐしゃぐしゃと髪を混ぜっ返すとスモーカーはくるりとに背を向け、言った。
「もっと自分を大切にしとけ、じゃじゃ馬娘。
・・・あんま心配かけてんじゃねえよ」
バタン、と船室への扉が閉まる。
たしぎがぽかんと口を開けてそれを見送った。
「はぁー・・・珍しいですね、スモーカーさんがあんなことするの・・・」
それを横目で見ていたは
ぶるぶると顔を真っ赤にして震えるに揶揄う様な声をかけた。
「良かったですねえ、」
「・・・!うるっせぇよ!何にやついてんだこの野郎!?」
「べっつに」
「チッ・・・!」
舌打ちするに、は内心で舌をだした。
はスモーカーに恋をしている。
幼い頃、まだ階級も無かったスモーカーに、
海賊に殺されそうになったところを助けられたそうだ。
ありふれた話だった。
だが、拳銃をこよなく愛し、海賊をこの上なく憎み、粗野な言動をとるが
まるで白馬の王子様を見つめる乙女が如く頬を染め、
スモーカーを慕っているのを見ると微笑ましく、ほっとするのだ。
は赤犬派。それも懐刀の一人と言われている。
Dr.ベガバンクの珠玉、レッド・ウアイラを与えられ、
グランドラインを巡回しているのも実力を信頼され目をかけられている故だと。
だが本当は違う。
は赤犬の掲げる正義に僅かに、それでいて決定的に噛み合ない部分があって、
派閥から距離を置くため、巡回車でグランドラインの海賊を拿捕するという無茶をしているのである。
そして、にはその無茶を押し通すだけの能力が備わってしまっていた。
の銃撃は能力者をもしとめる、
女で中佐という階級にいながらもなお、賞金首の拿捕人数は上官達にもひけを取らない。
そして何よりもカリスマ的なのだ。彼女の言動は人を動かす。
故に赤犬やセンゴク元帥は、を危険視している部分がある。
レッド・ウアイラに乗る、そしてを海軍、海賊は畏怖を込めこう呼んだ。
”海軍の赤い暴れ馬たち”と。
※
「その暴れ馬が一人の男に形無しなんですもんねえ」
船医に包帯を巻き直してもらいに席を外したを思いながら
はひとりごちた。
一晩宿を借りることになったため、
久々に食事を共にするたしぎがに首を傾げた。
「なにか言いましたか?」
「なんでもないですよ、たしぎ准尉。
・・・そろそろ昇進が近いとも聞いていますが」
「はい・・・内示が出ました」
たしぎは真剣な表情で頷く。
「ローグタウン、アラバスタで”麦わら”に逃げられてから、もう一度鍛え直すと決めたんです。
結果的にローグタウンを放ってしまうことになったので上からは何かと睨まれてますけど・・・」
「はは、私たちほどじゃあ無いですよ」
コーヒーを飲みながら苦笑するにたしぎは首を振り、拳を握って力説した。
「そ、そんなことないです!中佐も、少尉も、
ちゃんと実力を示しているじゃありませんか!
・・・女海兵にとって、つる中将やヒナ大佐、
中佐、少尉、あなたは憧れです。
強くて、男にも負けない力がある・・・特に、中佐は能力者でもないのに、凄いです」
「褒め過ぎですよ。つる中将やヒナ大佐と並べるなんて恐れ多い。
それにあの人に憧れてたら口が悪いのが移りますよ?」
「へぇ、随分上官を馬鹿にした物言いじゃねぇか、少尉?」
が少々疲れた顔で首の骨を鳴らしながら現れる。
横にはスモーカーが葉巻をふかしていた。
「あ、スモーカーさん、中佐・・・」
「おい、少尉、の手綱をちゃんと握れ、
この女肩も折れてたぞ」
「船医に説教食らった。私の感覚も鈍ったもんだな、もう」
はハァーと深いため息を零した。
ため息を零したいのはこっちだ、と言う言葉を飲みこんでが問う。
「ちなみにどっちの肩ですか?」
「右肩だ」
「、マリンフォードまで助手席です」
「えぇー・・・」
不服そうなだが、横から寄越される鋭いスモーカーの視線に参ったのか、
わかった、と小さく了承してみせた。
が困ったように眉をで八の字を描いてみせる
「スモーカー准将、私にの手綱を引くのは無理ですよぅ。暴れ馬過ぎます」
そんな言葉にがイライラした顔を向けた。
「お前・・・。
自分のことを棚に上げてよくもまぁしゃあしゃあとそんなこと言えるよな・・・。
こないだなんかどこぞの外科医野郎の脳天に一撃入れてやるって血眼だったくせに」
パリンッ、との手の中でコップが弾けた。
先ほどとは打って変わって座った目がを睨む。
「私の前であの男の話をしないでください。・・・怒りますよ?」
その剣幕にたしぎとスモーカーは驚く。は慣れた様子で頷いた。
「はいはい、撃滅されちゃかなわないからな。
・・・相手がに突っかかってきて、それから犬猿の仲なんだ。
生理的に無理って奴なのかね?よくわからないが」
「」
軽く説明したのも気に入らなかったらしいに低い声で名前を呼ばれ、
は肩を痛めない範囲で首を軽く竦める様な動作をしてみせる。
「話題を変えようか。スモーカーさん、昇格するって噂になってるけど・・・本当?」
のその声色に賞賛が滲んでいる。”恋する乙女モード”だ。
どこまで気づいているのか居ないのか、スモーカーはの問いかけに頷いた。
「ああ、内示が出た。・・・なにかと部下を持たされたりしがらみも増えるだろうが、
ある程度幅を利かすには地位が居る」
「そうだな」
は頷いた。睫毛が影を落としている。
落ち着いて思慮に耽るはどきりとするほど繊細に見える。
たしぎが僅かに息を飲んだ。
「自分の正義を通すには、力が居る」
その声色に歯痒さのようなものを感じたらしい、スモーカーが言った。
「・・・お前にも近いうち昇格の話が来るだろう。あれほど海賊を拿捕してるんだ。
マリンフォードに向かっているといったな、その件じゃねえか?」
「どうかな・・・私は上から嫌われてるから」
「上からどう思われててもどうだっていいだろ、
お前は自分の正義を貫いてるだけだ。上の連中も馬鹿じゃない。
実力で黙らせろ。できるだろうが、お前なら」
激励にハッとが顔を上げた。
スモーカーが煙を吐く。
「少なくともおれはそう思ってる」
がおや、と片方の眉をあげた。
凄い殺し文句のように聞こえたが気のせいだろうか。
たしぎでさえどきりとしたらしい。
と思わず顔をあわせてくるのだからよほどのことだろう。
「そっか・・・そうだな。
ありがとう、スモーカーさん」
が笑った。
確かに良く笑うだがその笑みは不敵、あるいは不穏なものばかりだ。
珍しく柔らかい表情にスモーカーも驚いたらしい。
軽く目を見開いて、それからの頭をわしわしとかき混ぜたのである。
にはそれが照れ隠しのように見えてならなかった。
これはひょっとすると脈とかあるんじゃないですかねぇ、と
口元に手を当てつつ考える傍ら、照れまくっているを見て、
このじゃじゃ馬がそれに気づくとは思えないとため息を吐いたのだった。