SUPERCAR 03
火の様な娘だった。
赤銅色の瞳はギラギラと燃えていて、
制服はいつも他人の血だか自分の血だかで血にまみれ、
自分の腕位に大きい機関銃を振り回し、海賊を骨の髄まで憎み、
持てる力や若さを全て正義を執行するために注いでいた。
悪を息をするように叩き潰し、殺すことのできる娘だと思った。
希有な才能の持ち主だと。
その娘がこちらをキッと見据えて、敬礼した時、
全身に怪我を負った娘は包帯塗れ、痣塗れだったし、
手入れされていない黒髪は潮風になびくまま、痛んでいたが、
それでも確かに、その娘は美しかった。
まるで抜き身の刀のように。
『この度部下として配属されることと相成りました、
中尉です。よろしくお願いいたします。サカズキ大将』
その目は今でも健在だ。
最初会ったときと同じようにギラギラと燃える瞳をこちらに向けて、は敬礼する。
「中佐、少尉、帰還いたしました」
「ご苦労じゃった」
「海賊の拿捕より先に帰還を優先しろとは、大将にしては珍しいご命令だったので驚きましたよ」
の生意気な口ぶりにサカズキは眉を顰める。相変わらずこの女海兵は口が減らない。
後ろに控えるがハラハラしているのか、冷や汗をかいているのが嫌に目についた。
「減らず口を叩くな。・・・内示を出しちょる。中佐、少尉。
貴様らは1階級昇進とする」
「!」
昇進にも喜んだ様子のないとにサカズキは続けて言った。
「部下を持て、。。
いつまでも勝手気ままが許されちょると思ったら大間違いじゃ」
「足手纏いはいらねェと、再三申し上げたはずだ。赤犬の大将。
私ら2人がレッド・ウアイラでどれだけ海のクズ共を拿捕し、
手配書を塗りつぶしたと思ってる」
慣れない敬語も取払い、はサカズキを睨んだ。
「じゃったらその怪我はなんじゃ、おどれともあろうものが毎回毎回情けない。
ワシはおどれが自ら前線に立ち、悪を根絶やしにする姿勢を咎めているわけじゃなか。
海軍の将校が遠征の度にその有様じゃ格好がつかんと言っちょるんじゃ。
部下を使え。少しはマシになろう」
「・・・」
は吟味するようにその目を眇める。
サカズキはその目を睨み返した。
しばし、ぴりぴりとした緊張感がその場を包んだが、
が奥歯を噛み締め、殆ど唸るように内示を受け入れた。
「内示の件、謹んでお受けいたします。サカズキ大将」
そう言うや否やくるりときびすを返し、荒々しく出て行ったに
慌てて付いていこうとしたが何を思ったか一度振り返る。
「おどれも苦労しちょるな、”中尉”」
「・・・いいえ、サカズキ大将。私は”の正義”に付いていくと、決めているので」
思いの外強い意思を持って返された言葉に、サカズキは口の端を皮肉っぽくつり上げた。
とが出て行った執務室の椅子に腰掛け、書類をぺらぺらと捲る。
その書類に記された、レッド・ウアイラの莫大な維持費を補ってあまりある
2人の活躍は凄まじいの一言に尽きる。
「・・・じゃじゃ馬共め」
※
「!」
は煙草を苛立たし気に咥えている。
フィルターを噛み潰しかねないその機嫌の悪さに、
追いかけて来たは息を飲んだ。
「予想通りだよ。赤犬の大将め、私を派閥に巻き込みやがって・・・!」
「・・・仕方の無いことです。上り詰めれば責任が生まれる。そうでしょう、」
「私は政治が上手くない。上にのさばる海千山千の怪物共にしてみりゃ
御しやすいことこの上ねぇ、若いだけの馬鹿だろうな!」
ガン、とマリンフォードの壁を叩いてが吠える。
「部下をつけろってのも、私とお前を引き離して監視を強めるためだろう。
赤犬派に貢献しろってか。私は政治や権力のために海兵やってんじゃねえよ・・・!」
「分かってます。分かってますから、落ち着いてください!覇気が漏れてますって!」
立ち上る攻撃的な覇気に、が怯むと、そこに老兵が声をかける。
「なにやっとるんじゃ、。荒れとるのう」
「・・・!ガープ中将!」
「・・・うるせぇ、クソジジイ」
が暴言を吐いた次の瞬間、ガープの鉄拳がの顔目がけて飛んで来た。
はその拳を受け止めると、
人でも殺しそうな瞳でガープを睨む。
「上官にする態度じゃなかろう、中佐」
「・・・生憎と先ほど昇進の内示を頂いたんで、今の私は大佐だよ、鉄拳のガープ中将。
大佐風情に拳を受け止められるなんざ鈍ってんじゃねえのか、えぇ?中将?」
「ちょっ、上官に喧嘩売らないでくださいよ、!」
ガープはの挑発も軽く受け流した。
「やれやれ、虫の居所が随分悪いらしいな。
昇進がそんなに気に食わないのか?」
「・・・昇進自体は別に。
むしろ喜ばしいことだろうよ。権限が増えるんだから。
問題はそれが赤犬の采配だってことだ。
私は派閥に入ったつもりは無いってのにあの野郎・・・!」
「お前もお前だがあいつもあいつじゃ・・・お前を案じているんじゃよ、サカズキは」
「ハァ!?」
は素っ頓狂な声を出す。心底信じられないと言った表情だ。
これにはも驚いていた。
「気づいてなかったんですか、。
あからさまに心配の言葉をかけてたじゃないですか、サカズキ大将」
「お前まで何言ってんだよ。最初から最後まで嫌味だったじゃねえか。
『何だその怪我は、海軍の将校が遠征の度にその有様じゃ格好がつかん。
部下が付けばちょっとはマシになるだろう』って。
実力も見合わないうちに勝手してんじゃねぇって意味だろ?」
ガープが驚きに目を見張る。
「、それは本当に赤犬が言ってたのか?」
「ええ、私は内心驚いてたんですけど、このていたらく
・・・って本当に鈍感なんですね」
「オイ、どういう意味だよ。
何二人で納得してんだ。私にも理解出来るように言え」
あのサカズキから、彼にしては実に素直な心配の言葉を引き出しながら
それを曲解しているにガープですら呆れた様子で息を吐いた。
「、お前本当に残念な奴じゃ
・・・腕もたつし、さほど頭も悪く無いのに馬鹿なんじゃな!
ぶわっはっは!」
「アァ!?」
笑うガープに眦をつり上げる。
が頭を抱えながらも、
の目に殺伐とした色が消えているのに気づき、
流石はガープだと内心で舌を巻く。
ワガママで自由人だが後輩の面倒見は良いのだ、この人は。
「チ、アンタと話してたら頭が冷えたよ。ガープ中将。
で?何か用なのか?」
「おお、そうじゃそうじゃ、コビーとヘルメッポが世話になっただろう。
礼を言わねばと思ってな。煎餅じゃ。茶ァしばくぞ。付き合え」
※
「部下を持てと言われたのか。まァ、お前たちのコンビネーションはなかなかのもんだがな。
。意外とお前さん部下の育成には向いてると思うが」
「嫌だよ。テメェの面倒見るので精一杯だ」
「あら、珍しいですね、。あなたがそんなに弱気なことを言うだなんて」
「うるせぇ」
ガープの執務室、煎餅をバリバリと頬張りつつ、は息を吐いた。
「ところで、アンタのとこのコビーとヘルメッポだが、私はあいつら悪く無いと思う。
素直だし。1週間とはいえ私らに付いてこれた。
泣き言が多かったが、そんなのは皆そうだろう。
ヘルメッポなんて、めちゃくちゃ言いながら最後にゃウアイラの運転上手くなってたしな」
「ああ、そうでしたね。コビー君も引き際を分かっていました。
ああいう子は生き延びますよ。無鉄砲に突っ込む様な馬鹿は死にますからね。
ね、」
「・・・悪かったな、無鉄砲の馬鹿で。生憎とこうして生きてるよ」
拗ねた様なに、ガープとが笑う。
は、軽く微笑んだが、眦を尖らせ、やがて重々しく口を開いた。
「ガープ中将。最近の海なんだが、あなたはどう考えている」
「・・・どう、と言うと?」
「22年前、ゴールド・ロジャーが死んでから、この世は大海賊時代。
私は生まれてこのかた、その海で生きているからそれ以前のことは知らない。
だが、最近の超新星と呼ばれる海賊を相手にして思うんだ。奴らは伝説になり得ると。
アンタも何人かは相手してるだろう。その実感はどうだ」
ガープが口元を引き結んだ。
「今年の超新星は11人。どいつもこいつもまだまだひよっ子じゃ。
だが、これから先、どうなるかは分からん」
「アンタの孫も大暴れだもんなァ」
が諧謔味を帯びた笑みを浮かべるとガープは大声で笑った。
「流石はワシの孫じゃ!」
「ま、私が見つけたらボコボコにして捕まえるから悪く思わないでくれよ、ガープ中将」
「・・・言っておきますが二人ともその感想おかしいですからね。
ベクトルが違いますけど、どっちもおかしいですからね」
玉露を啜りながら呆れたように言うに、
ガープとがきょとんとして顔を見合わせている。
天然共め、とため息をついたの唇は、しかし弧を描いていた。
MARINE GIRL’S TALK
「昇進おめでとうございます!大佐!中尉!」
「追いつかれちゃったわね、。ヒナ驚愕」
たしぎとヒナが非番だと言うのでマリンフォードの少々小洒落たバルに連れて行かれた
とがそれぞれビールとワインをグラスに注がれている。
はグラスを受け取りつつ苦笑してみせた。
「・・・なんだか照れくさいな、こう言うのは」
「あら、もしかしてスモーカーくん呼んだ方が良かった?」
「べっ、べつに良いです・・・!
揶揄わないでくださいよ、ヒナさん」
ヒナに揶揄われるは照れ隠しでジョッキを煽った。
良い飲みっぷりだ。そこまで弱くは無いので心配しては居ないが、ペースが速くなるようなら
止めなくては、とが様子を見つつ頬杖をついた。
「良いですよねえ、恋。
は恋する乙女モードだと目がキラッキラするんですよ。
普段人殺しみたいな目なのに・・・」
「そういえば、さんはスモーカーの前だと凄い優しい顔しますよね」
はともかく、たしぎからの思わぬ攻撃に、が咽せる。
女4人が集まってしまえば話題がこう言う系統になるのは分かっていたが、
いざそうなると感じるものは違う。
が恨みがまし気にを睨んだ。
「う、うるさい。私のことは良いんだ。あとは黙ってろ!
ヒナさんとたしぎには浮いた話とか無いのか!?」
「あ!そう言えば聞きましたよ私。
ヒナさん海賊をその美貌で改心させて海兵にさせたんですって?」
「うわぁ、カッコイイですね!」
「よしてよ、そんなんじゃないわ」
目を輝かせるたしぎとにヒナは息を吐いた。
ジャンゴとフルボディは部下として信頼してはいるが、恋愛感情をもつには少々難がある相手だ。
「、たしぎ、あなたたちはどうなの?」
「私はダメでした。うん、今は仕事が恋人です」
「・・・私も今はそういうの考えられないですね」
頬をかいたたしぎに、きっぱりとしたを見て、が呆れたように言った。
「の場合はツラだけ一点豪華主義をなんとかしないとな」
「何言ってんですか!
顔が良ければ大抵のことは許せるじゃないですか!」
力説するにヒナも呆れた顔を向ける。
「・・・許せてないから別れてるんじゃないの?」
「ハッ!な、なるほど、たしかに」
「たしぎ、こう言う男を見る目の無い女にだけはなるなよ。
はっきり言ってヤバいぞ、の好きになる男たち」
なるほど!と納得しているをどうしようもない、と
首を振ったの言葉にたしぎが目を瞬かせる。
「えっと、どんな人達だったんです?」
「そ、それは・・・」
言いよどむに、が指を折った。
「こないだは金を稼ぐ気のないクズ、その前は女狂い、
その前はコイツを家政婦だと勘違いしてるマザコン」
「うわぁ・・・ヒナ吃驚。本当に見る目ないのね」
「うぅ、別れた男を悪く言いたく無いですが・・・その通りです」
がっくりと肩をおとしたに、たしぎが肩を優しく撫でる。
それを見ながらが煙を吐いた。
「そのうち海賊にマジで惚れたって言い出しそうで私は心配だよ。
実際、外科医野郎に惚れかけてたんだから」
「は!?外科医野郎って、トラファルガーですか!死の外科医の!?」
「うっそ、なにそれ、気になるわ」
興味津々、と言わんばかりに身を乗り出したたしぎとヒナの勢いに
怒るのも忘れてはテーブルに突っ伏した。
「向こうから声かけて来たんですよぅ・・・最初全然手配書と顔違ったし、
話してるうちにいいなって・・・思ってたら・・・
私が海兵だって分かった途端態度変えやがって!
おかしいと思ったら海賊だし!顔は別人のを拝借してたみたいだし!
騙されて揶揄われたんですよ!
今度会ったら鎖でがんじがらめにしてぶん殴ってやるぅ!!!」
「ほらあれ、なんだっけ、しゃ、しゃん、シャンデリアみたいな響きの技あったろ。
あれで人格を入れ替えてたらしい」
「『シャンブルズ』でしょ!バカァ!!」
の補足に顔を上げて怒ったがワインを煽った。
ダンッとグラスをテーブルにつけてが吠えた。
「しかもなんで元の顔が割と好みなんですか!!!本当腹立つ!!!ムカつく!!!」
「知らねェよ。はスラッとした野郎が好きだからな。アホだわ本当」
「それこそ改心させちゃえば良いじゃない。海軍に引き込みなさいよ」
「お、おもしろがってるでしょ、ヒナさん・・・!」
「当たり前でしょ、ヒナ愉快」
「他人事だと思って・・・もぅー!」
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいよさん」
以前聞いた時に怒り心頭だったのはそれでか、とたしぎは納得しながら苦笑した。
「それを言うならだってキャプテンキッドにご執心じゃないですか!
恋?恋ですか?スモーカーさんと二股ですか!?」
「ハァ!?なんでそうなるんだよ意味分かんねェ!」
飛び火したが眉を顰めた。
「そう言うんじゃねぇよ。
海兵なら必ずこの手で捕まえたい相手って言うのは居るだろうが」
「そうですね・・・その気持ち、分かる気がします」
たしぎの脳裏には麦わらの船に乗る剣士の姿が浮かぶ。
それを見て、ヒナが面白そうな笑みを浮かべた。
「あら、たしぎにも居るの?」
「恋?恋ですか?!」
「、お前飲み過ぎだよ」
「飲まなきゃやってられないんですぅ、
誰かさんの無茶にいつも付き合わされてるんだから
多目に見てもらわないと困りますぅ」
頬を膨らませるは可愛らしいが、
酒に弱い上酒癖が悪いようだ。
がおいおい、と言いながら水を飲ませている。
クスクスと笑うたしぎとヒナには息を吐いた。
できればこんなたわいもない会合がいつまでもできればいいと、内心で願いながら。