But I Need You
いつか、こんな日が来ることは分かっていた。
その日、ドレスローザに激震が走ったのを、
は腕を組んで見守った。
いまやドレスローザは”鳥カゴ”に囲まれている。
シュガーが気絶し、オモチャが本来の姿に戻っている時点で、
ドフラミンゴ政権は半ば崩壊したと言って良いだろう。
ドフラミンゴはドレスローザの解放を企む首謀者達に懸賞金をかけ、
潰し合いの手筈を整えた。
「来るものを叩き潰し、消し合う者達を傍観していれば良い」
そんな風に、ドフラミンゴがファミリーに説いている姿を、
は無感動に見つめていた。
横目でファミリーと幹部の面々を伺う。
彼らは普段通り落ち着いていた。
ドフラミンゴを信頼し、王と仰ぐ姿はずっと変わらない。
ベビー5も、グラディウスも、ラオGも、最高幹部達ですら。
ドフラミンゴはに、裏切り者であるローや、
彼と手を組んだ麦わらとその一味を食い止める様に指示をする。
立てた膝に腕をもたれ、ドフラミンゴはに目を配らせた。
「フフフッ、お前はまだローとは再会していないんだったな、」
「・・・まさか不安なんですか?ドフラミンゴ船長」
ドフラミンゴの含みのある台詞に、は怜悧な笑みを浮かべた。
「おれが、友情に篤い男に見えるのかよ」
の言い草にドフラミンゴは笑い出した。
「フッフッフッフ!
いいやァ、お前ならおれの期待に答えてくれるだろう。知っているさ。
だが、何の因果だろうな。かつてはおれの右腕候補だったあいつと、
おれの懐刀となったお前がぶつかるとは」
「・・・やめてくださいよ。
おれは柄にも無くセンチメンタルになりそうな気分なんです。これでもね」
ドフラミンゴはため息を吐いたを面白そうに眺めている。
は傍目から見てもまったくいつも通り涼し気で、
とてもじゃないが感情的になりそうには見えなかったのだ。
ドフラミンゴに会釈して、は王宮の中へと向かう。
事前の準備は、随分前から行っていた。
※
は、自分が常に傍観者でいることを自覚していた。
現に今も、ドレスローザの危機だと言うのに変わらずどこか他人事のようなのだ。
ドフラミンゴがドレスローザを乗っ取った時も、
コラソンが殺された時も、は醒めていた。
だが、今からは、自ら動かねばならないだろうと、は思っていた。
鏡の前で自身の姿を確認する。
身なりは今日も完璧だ。
仕立ての良いベストとスラックス、白い襟シャツ。黒いクロスリボン、白手袋。
磨かれた革靴。
ドレスローザの気候に則しているとは言えない、この堅苦しい服装をするのも、
恐らくこれが最後だと思うと妙に感慨深かった。
鏡越しにラオGとサイの戦闘が終わったのを確認して、
は鏡の世界に足を踏み入れる。
移動にも重宝する悪魔の実の能力だ。
革靴を鳴らし、はその場に姿を現した。
突然現れたその男に、サイ、ベビー5が息を飲む。
「!?」
「なんだ、お前は!」
緊迫した空気が流れた。
倒れ臥したラオGを見て、はうっすらと微笑む。
「おれはドンキホーテ・ファミリー、執事長兼殺し屋のだ。
派手に暴れてくれたようだな。花ノ国の、サイと言ったか?
ラオGは幹部の中でもそれなりに強い方なんだが・・・」
「・・・お前はそれ以上のやり手ってわけだな」
サイが薙刀を握りしめ、臨戦態勢をとる。
こめかみには汗が流れていた。
の纏う覇気は、サイを威圧するのに充分なものだったのだ。
連戦するには厳しい相手と見て、サイは唇を噛む。
焦りを浮かべるのは、ベビー5も変わらない。
は横目でベビー5は流し見た。
「また敵方と恋に落ちたのか、ベビー5」
「・・・!」
ベビー5は口を噤んだ。何か言わなくてはと口を開きかけた瞬間、
ベビー5よりも先に、サイがに声をかけた。
「お前にその女を責める権利があるのか?」
「・・・ご挨拶だな、何が言いたい?」
サイはの目をまっすぐに睨んだ。
「その女はおれの役に立ちたいと、死のうとしたぞ」
「へぇ? そうなのか、ベビー5。
お前の悪癖もここまで来ると大した物だな」
棘の混じったの声色に、ベビー5の肩が竦んだ。
ますますサイは顔を顰める。
「・・・悪癖だと分かっているなら、なんで止めてやらなかった。
おれが初めてでもないだろう」
「・・・」
「そこのジジイはこの女を『便利』と言ったぞ。お前も同じ意見か?」
はその顔に何も浮かべはしなかった。
黙ってサイを見つめていた。
その赤銅色の瞳を見ているうち、サイはぐっと薙刀を握りしめた。
「答えろ」
「『同じ』と言ったらお前はどうする」
の底冷えするような声色に、ベビー5は再び涙を流しはじめた。
サイは奥歯を噛み、を怒鳴りつける。
「お前に勝って、そいつを妻にもらうぞ!!!」
「——なるほどな」
足技を繰り出したサイをは受け流した。
どこからか取り出した鏡で、サイの手足を固定する。
「なに!?」
油断はしていなかった。
にも関わらず、あっという間にサイは手足を封じられてしまった。
は歯噛みするサイには構わず、ベビー5に近寄った。
常の様にベビー5を見下ろすに、ベビー5は泣きながら唾を飲み込む。
この状況下でのドフラミンゴへの明確な裏切りをは許さないと思ったのだ。
しかし、は銃を撃つでも無く、ナイフで斬りつけるでもなく、
なにか、袋のようなものをベビー5にぶつけてみせた。
硬い音がして目を見張ると、投げ渡された袋からは金貨と宝石が零れている。
袋との顔を呆然と見比べたベビー5に、は冷たく言った。
「拾え。持参金にでもしろ。花嫁になるなら入り用だろう」
その場に居た誰もが息を飲んだ。
ドフラミンゴの懐刀のはずのが、
ベビー5の裏切りを咎めるでもなく、言葉を紡ぐ。
「それからお前の借金。1億ベリーだが、すでに返済のめどは立っている。
もっとも、この混乱では踏み倒しても問題ないだろうがな。
今後はくだらない事に使うな。
お前はそのサイとやらにだけ、必要とされていればいい」
ベビー5の目が大きく見開かれた。
「な、なんで・・・!?」
は氷よりも冷たい声色で吐き捨てる。
苦虫を噛み潰したような、心底不愉快だと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「勘違いするな。
おれはお前が嫌いだよ、ベビー5。
必要だと言われりゃ、誰にでも尽くす馬鹿女。
おれがお前の借金の処理をしてやるのは、
それでおれの被る面倒を減らせるからだ。お前のためじゃない」
そこまで言って、からふ、と表情が抜け落ちた。
ベビー5の目がおかしくなった訳でなければ、
その口角が、緩やかに持ち上がったように見える。
今まで見たことの無い顔だった。
「おれの預かり知らないところで、勝手に幸せになれ、ベビー5。
二度とおれの前に顔を見せるな」
きびすを返したにベビー5が叫んだ。
「待って!!」
「来るな!」
振りかえるは苛立ちを隠そうとはしていなかった。
怯んだベビー5に、は眉根を寄せ、息を吐いた。
「おれについて来たら、お前は本当にドンキホーテ・ファミリーにとって
都合のいい”便利な女”になるぞ。良いのか?」
皮肉に顔を歪めたは一度目を瞑り、
それからはっきりとベビー5を見た。
赤銅色の瞳が、苦し気に細められる。
「・・・おれはお前にとって必要の無い人間なんだよ。分かれ」
はそうして、王宮最上階へと足を運ぶ。
ベビー5はその背中を、ただ見送ることしか出来なかった。
※
ドレスローザ王宮・最上階
ローはドフラミンゴとトレーボル相手に苦戦を強いられていた。
右腕は切り落とされ、何とか止血したものの、立つことさえままならない。
その最中だった。
「ちょっと見ない間に随分やられてるな、ロー」
ローが顔を上げると、秀麗な顔立ちの男が目に入る。
燃えるような赤毛と赤銅色の瞳、唇には薄い笑みが浮かんでいる。
耳触りの良い声は昔より低いテノールに変わっているが、面影は残っていた。
「・・・!」
「はは、ご名答だ。覚えていてくれて嬉しいよ」
が腕を組み、面白そうにローを見下ろした。
ここに来てドフラミンゴへの援軍、それもドフラミンゴの”懐刀”と名高いとは分が悪過ぎる。
歯噛みしたローだが、ドフラミンゴとトレーボルの様子がおかしいことに気がついた。
「・・・、お前なぜここに?麦わら達の足止めはどうした?」
「冷たいな船長、おれはアンタの期待に応えに来たんだぜ」
は手袋をとった。
「”右腕”と”懐刀”の共闘、見たかったんだろ、ドフラミンゴ」
の手から、鏡の破片が飛び散った。
それぞれ糸と粘液で鏡の刃を受け流すが、ローを含めて3人とも状況を飲み込めずに居た。
はローを庇い立てながら、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「なぁ、ドフラミンゴ。アンタはおれのモットーを知ってるよな。
”目には目を。歯には歯を”つまり、”裏切りには裏切りを”、だ」
ドフラミンゴはを怒鳴りつけた。
「・・・何を言っている!?!お前何を血迷う!?」
は冷たくドフラミンゴとトレーボルを睨んだ。
「この鳥カゴ、緩やかに収縮を始めているようだが、
アンタ、敵と味方の区別がつくのか?
敵だけを切り刻めるのか?この糸は」
誰もの問いかけには答えなかった。
トレーボルですら口を噤んでいる。
は静かにため息を吐いた。
「やっぱりな。そうだと思った。
皆気づいていないか、分かっててもアンタに心酔してる奴らばかりだが、
おれは違うんだよ」
は目を細める。
「残念だが、おれが命を捧げているのは、アンタじゃなくて、ベビー5だ」
「、・・・お前」
ローは目を丸くする。
幼い頃、ベビー5にが恐ろしく執着していることを知っていたが、
あれから13年は経っている。
その上ドフラミンゴを裏切るほどとは思っていなかったのだ。
は当たり前のようにドフラミンゴに攻撃してみせる。
「おれはともかく、あいつまでアンタは殺そうとした。悪いな、ドフラミンゴ。
ずっと思っていたんだが、・・・あいつを虐めて泣かせていいのはおれだけだ。
幾らアンタでも許せそうにない」
「・・・恩知らずの若造が!」
トレーボルはが本気だと悟り、吠えた。
ドフラミンゴも表情を険しくし、を睨む。
は不敵に口の端をつり上げる。
いっそほれぼれする程の見事な笑みだった。
「おれはアンタと違って、情の深い男なんでね」
その言い草に、ドフラミンゴの顔から笑みが消えた。
はローに目配せする。
「おい、ロー立てるか?悪いがテメェの面倒はテメェで見てくれ。
七武海に出世したんだろ?
腕の1本や2本でくたばるほど、ヤワじゃねェとこ見せてくれよ」
「・・・簡単に、言ってくれるな」
ローは刀、鬼哭を支えに立ち上がった。
しかしその唇には笑みが浮かんでいた。
「臨むところだ、馬鹿野郎」
2対2の戦闘が始まった。
ローとは、かつて合わせた息を覚えているように、
抜群のコンビネーションを発揮した。
鏡で攻撃を受け流し、敵の視界を遮り、その隙をローが攻撃した。
ローの考えていることをが汲み、のサポートをローが生かす。
”右腕”と”懐刀”はやがてトレーボルを捉えた。
「・・・ピギャアアア!?」
「トレーボル!」
トレーボルを何とかローとのタッグで倒すことが出来ても、
ドフラミンゴは恐ろしく強い。
2対1になったとはいえ、ブラックナイトを使われてしまうと数の利さえなくなってしまう。
もローも満身創痍だった。
鏡は糸に砕かれ、の奇策も、ローの戦術も致命傷には至らなかった。
激しい攻防の最中、転機は突然訪れる。
の腹を、糸の槍が貫いたのだ。
「!!!」
ローが焦り、叫んでいるのがの耳に入った。
そのとき、麦わら帽子を被った、ローの同盟相手の顔が見えたような気がして、
はうっすら微笑む。
「ローのこと、頼んだぜ、・・・麦わら」
の意識は、そこで一旦途切れたのだった。
※
は己がどこまでも傍観者であることを改めて自覚していた。
慣れない主役を張ったせいで、腹に穴があいたのだ。
だからその感動も感慨も、常の通り他人事だった。
国中が喜びに沸き立ち、ローは瓦礫に座り込んで、糸の檻が崩れ去ったのを眺め、
帽子を深く被り直している。
「・・・ドフラミンゴは倒れたのか、
それにしても、気絶したおれを運んだのかよ、ロー」
「・・・!、起きたのか」
ローは軽口を叩くに向き直った。
は傷口を抑えながら笑みを浮かべる。
「この手当はお前か」
「ああ、そうだ」
「医者みてェなことしやがって」
「・・・余計だったか?」
ローは真顔で、瓦礫に背中をつけたを見下ろした。
は目を瞑り、力なく微笑む。
「否定してやりたいが、その通りだ。おれは死ぬ気だったんだぜ?」
「・・・分かってる、そうじゃなきゃ、
お前はドフラミンゴをあそこまで挑発しなかっただろ」
ローの推察に、は苦笑した。
「腐れ縁ってのは、怖いな。お見通しか・・・そうだよ。
おれはあの時、ドフラミンゴに殺されてやるつもりだったのさ。
・・・あの人になら殺されて良かったんだ。
伊達でも酔狂でもおれを拾って、名前をくれたのはあの人なんだから」
はそれから深くため息を吐く。
「でも、ベビー5を殺させるわけには行かなかった。
・・・恩を仇で返しちまったなァ」
ローは呆れた様に目を眇める。
「なんでお前はベビー5にそこまで執着するんだ?」
はローの言葉に、青空を見上げた。
懐かしむような表情で、ぽつぽつと話し始める。
「・・・おれのために泣いてくれたんだ」
は恐ろしく天邪鬼で、
おおよそ本心というものを口にしたことはないような男だったが、
その時ばかりは憑き物が落ちた様に、素直に語り始めた。
「お前はおれがどういう経緯でドンキホーテに入団したのかは知っていると思うが、
イカサマで荒稼ぎしていた賭場で、ドフラミンゴに灸を据えられたことがあってな。
自棄になっておれは境遇をべらべら喋ったよ。殺すなら殺せって啖呵を切った。
そのとき、ベビー5が、おれを”可哀想”だと言ったんだ。
『必要とされないのは、辛いことだと知っている』って言って、泣いたんだぜ」
の口ぶりに、皮肉が混じる。
ローは黙って聞いていた。
「・・・それまで、おれは誰かに心を砕いてもらったことなんかなかった。
親はクズだったし、どいつもこいつも、おれを消費しようとした。
クソみたいな大人への媚びの売り方と、殺しとイカサマの技術。
身につけたなけなしの生きる術を、どいつもこいつも当たり前みてェに利用するんだ。
おれは生まれてから今まで、ずっと誰かの道具だったよ。薄汚い、道具だ」
は億劫そうに、顔を掌で覆う。
「それをあいつは可哀想だって言うんだ。
打算も無く、純粋に、哀れんで同情したんだ、おれを。
おれのことなんかよく知りもしないくせに」
その声が震える。
「・・・嬉しかった」
ローの驚愕を滲ませた眼差しはには見えない。
の表情も、掌で隠されて見えなかった。
「優しくて、可愛くて、死ぬ程好きだった。
おれはあいつのためだったら何だってできる気がした。
・・・はははっ、道具のおれが!出来ることなんて限られてんのになァ!」
は掌を拳の形に変える。
「おれはガキができねェ身体なんだ。
クズどもに散々”使われた”せいで」
ローが小さく息を飲む。
は深く息を吐いた。
「・・・別にそれでいいよ。おれの血は汚れてる。
あのクソみてェな親の血を後世に残さずに済むのは良いことだ。
——でもあいつは違う。
結婚式を挙げて、幸せになりたいって、言うんだ。
温かい家庭を築いてみせるんだって、
あいつを利用することしか考えてねェ、
ゴミクズみてェな男に引っかかりながら、笑って言うんだよ」
は笑う。
「・・・悔しかったさ、あいつを利用する奴らには、
あいつを幸せに出来る条件は揃ってるんだからな。
おれじゃ一生かかっても、あいつを幸せにできない」
は暫く黙り込んで、静かに言った。
「あいつ、ホントに男を見る目がねェんだけど、
今日はいい男を捕まえてた。あいつの為に怒ってたな。
おれが本気で脅しても怯まなかった。あれならいいと思ったんだ」
「・・・お前、この期に及んで死ぬ気なんだな」
それまでの話を黙って聞いていた
ローが冷たい声色で問いかける。
「ああ、手当してもらって悪いが、おれにはもう生きる理由が無い」
「」
ローの声ははっきりとを咎めていた。は胡乱気に眉を顰める。
「・・・なんだよ、13年振りに会っただけの腐れ縁を止める気か?」
「いや、おれはそんな面倒な役目はゴメンだ。他に適任が居る」
ローは口角を不敵に上げた。
そして、ローの背後に居る誰かに乱暴に声をかける。
「おい、泣き虫。天邪鬼が素直になったんだ。
テメェも言いたいこと言ってやれよ」
の顔からみるみる血の気が引いた。
白いフリルのヘッドセット、赤いミニスカートのメイド服。
ハイヒールを鳴らして、ベビー5が近づいて来た。
「ベビー5、なんで・・・おい、ロー!お前・・・!」
ローはに意味有りげな笑みを浮かべて、右腕を庇いながら立ち去った。
残されたは額に手を当てる。
「黙って聞いてれば、」
ベビー5は泣き腫らした顔を拭いもせず、
狼狽えるを睨みつけた。
「好き勝手言いやがって」
ベビー5は容赦なく、の胸ぐらを掴み、その頬を張った。
唖然と目を見開いたに、ベビー5が怒鳴りつける。
「なんであんたが、私の幸せを勝手に決めるの!?」
「・・・ベビー5、」
「私の幸せは私が決める!
それなのに、勝手に色々手を回して、何で自分は死のうとするの!?
私のこと好きなんでしょう!?」
は言葉に詰まった。
ベビー5は奥歯を噛み締める。
「言いなさいよ。
——私が必要だって言ってよ、」
は口を開こうとした。
罵る言葉も、皮肉る言葉も、いくつも知っているはずだった。
ベビー5が何を言えば傷つき、嘆き悲しむのかをよく知っていた。
何を言えば喜ぶのかの、倍程は。
それなのに、何かにせき止められた様に、喉から言葉が出て来ない。
ベビー5は口を噤んだを黙って見つめた。
もうその眦に、涙は浮かんでいない。
は観念した様に呟いた。
「・・・お前におれは必要ない。
でも、おれにはお前が必要なんだ、ベビー5」
何しろ死んでも良いくらいだ。相当だろう。
は硬く目を瞑る。
「・・・違うわね」
返って来た言葉はの予想とは異なっていた。
「私にも、あなたが必要なのよ、」
は顔を上げた。
ベビー5は泣いていた。散々に泣き腫らした顔を、
さらにぼろぼろにして、目を擦りながら泣いていた。
「だから、し、死ぬだなんて、言わないでよ。
死んだりしないで・・・!」
ドフラミンゴに拾われたとき、
名前も無かった子供へ涙を流した女の子に、は恋をした。
自分の為に涙を流してくれる人が居るだなんてことを、
は知らなかったから、思わず泣きそうになったのだ。
その時は、ドフラミンゴやバッファローの手前、何とか堪えられた。
でも、今は耐えられそうに無かった。
はベビー5を引き寄せて、その肩に額をつけた。
目の奥の、芯の部分が恐ろしく熱い。
「お前は」
は本心から、笑って泣いた。
何も取り繕うことの無い、幼い笑顔を浮かべていた。
「お前は本当に、馬鹿な女だよ、ベビー5」
やはりは、ベビー5の泣き顔が、世界で一番好きだった。
自分の為に、泣いている時の顔は特に。