死者の女王、大いに戸惑う
麦わらの一味とハートの海賊団は同盟を組んでいるとはいえ、
それぞれに高額賞金首を抱えている。
そんな彼らが航路を連れ添って行くわけにもいかないだろう。
そうでなくては海軍が軍艦を率いてやってくる。
船長であるルフィやローはもちろんのこと、最悪の世代でもあるゾロ、
億越えの賞金首であるサンジ、ウソップ、ロビンを有し、
ドンキホーテ海賊団壊滅&ドフラミンゴ誘拐事件の首謀者であるや
幽霊となったドフラミンゴも方々から狙われている。
そうでなくとも麦わらの一味は船員全員が賞金首の船なのだから、
リスクは分散したほうがいい、ハートの海賊団とは別々の航路をとるべきだ。
サニー号に足を運んでいたローとロシナンテに
提案したドフラミンゴへ、二人はかなり不満気な顔をした。
「ドフィ。お前さァ、絶対と水入らずで話したいだけだろ」
「フッフッフ! なんのことやら。おれは現実を見て言ってるんだぜ?
それに水入らずも何も、おれァ麦わらの一味だからなァ?」
白々しく述べたドフラミンゴに、ロシナンテは言葉に詰まっていた。
「ようやく自覚が出てきたのね!」と満足気に頷いているの前では否定も肯定もしづらい。
ローは腕を組んでドフラミンゴを睨む。
「・・・の診察はおれがやるつもりだが?」
ドフラミンゴはローの牽制も想定の範囲内と言わんばかりに、
ドンキホーテの兄妹たちとローを伺っていたチョッパーを顎でしゃくった。
「こっちにも優秀な医者がいるじゃねェか、なァ、トナカイ?」
「え?! ゆ、優秀? おれ優秀か!? う、嬉しくはねェぞ! このヤロー・・・!」
突然ドフラミンゴに褒められてチョッパーは嬉しそうだが、
今ここで喜ぶとまずいのではないか、と同じく様子を伺っていたウソップが声をかける。
「おーいチョッパー、お前色々めんどくせェ事に巻き込まれようとしてるぞー」
「・・・いや、確かにトニー屋の腕は立つが、」
「って、そこは認めるのかお前」
ローにも褒められてでれでれと格好を崩し、踊り出したチョッパーを横目にウソップは呟く。
やたらに張り合わないという意味でローは大人である。
「本来はお前が提案すべきだったな、ロー?
船長なら船員の安全確保は当然の話だ」
「なら自分のとこの船長に言えよ」
ロシナンテがムッとしたまま言うと、ドフラミンゴは目を逸らす。
「・・・”麦わら”が言って聞くわけねェだろうが」
「だいぶ分かってきてるよな、ミンゴ」
「ドフィ兄さん、割とルフィの性格を把握するの早かったわ。
こういうのが経験の差ってやつなのかしら」
ウソップが感心したように言うと、がしみじみと同意している。
ローはドフラミンゴの言い分に渋々納得したようで頷いた。
「分かった。そうしよう」
ドフラミンゴは自分の思うようにことが運びそうなので上機嫌だ。
肩を落とすロシナンテの横で、ローは少し考えるそぶりを見せると
ポケットからでんでん虫を取り出した。
「なら、直通のでんでん虫を置かせてもらおうか。
通信範囲内になったら目が開く」
「そういうのがあるのね」
がローからでんでん虫を受け取る。
「・・・お前は嫌がらないんだな」
ぼそりと呟いたローに、は顔を上げた。
「え? だってロー先生もロシー兄さんも強いじゃない。
航路が違っても同じ場所に行き着くなら全然平気よ。ベポくんだっているし。
ずっと離れ離れなわけでもないでしょ?」
「・・・そうか」
どことなく、ローは気落ちした様子だったが、
は手を叩いて付け加えた。
「それに、お互いに違う航路でどんなことがあったのか聞くの、ちょっと楽しみじゃない?
私、どんなことがあったのか聞いて欲しいし、
もちろんロー先生の冒険だって聞きたいわ! ウフフフッ」
「・・・そうか」
はにかむように笑ったに、ローも珍しく眦を緩める。
どことなく華やいだ雰囲気の二人とは対照的に横の男二人は暗い。
「・・・」
「チッ」
ロシナンテは複雑な顔で、とりあえずそこにあったふきんを限界まで絞っている。
ドフラミンゴは面白くなさそうに短く舌打ちしていた。
「お前ら・・・」
「ミンゴとドジ男、顔怖ェ」
露骨に不機嫌になったの兄たちに、
ウソップは呆れ、チョッパーはウソップの背に隠れた。
※
ローがハートの海賊団とつながるでんでん虫を置いて行って早2週間、
サニー号ダイニングにある、
いつも寝ぼけ眼だったでんでん虫の目がパッチリと開いたのがその日だった。
鳴り出したでんでん虫をサンジが取り、2、3話してからへと代わる。
「ロー先生、ええ! お久しぶりね!
私? 私は元気よ。・・・ええ、ご飯もちゃんと食べてるわ。
・・・診察は2週間前にしてるし、チョッパーにも診てもらってるから、
そんなに心配しなくてもいいでしょ?」
はでんでん虫の前で楽しそうだ。
「次の島? ナミからは気候的に秋島だろうとは聞いているけど・・・、
え!? 美術館があるの!?」
ぱっとが目を輝かせる。何度も頷きながら返事をしていた。
「まぁ! それは楽しみ・・・、もちろん! ご相伴にあずかれるのならぜひ」
しばらくして受話器を置いたは、何に引っかかったのか考えるそぶりを見せた。
それを見咎めて、キッチンに立っていたサンジが声をかける。
「お嬢さん、どうしたんだ? ローと何か?」
「いいえ、次の島のことを話しただけよ、特別変わったことは・・・、はっ!」
は何かに気づいたらしく頰を抑えた。
「もしや・・・これは・・・。
いえ、別に、別にそんなつもりでロー先生は誘ってくれたわけではないのかもだし・・・」
「お、お嬢さん、どうした?」
様子のおかしいにサンジは戸惑った様子だ。
は顔を上げて笑顔を作る。
「なんでもないわ!!!」
「そんな全力の『なんでもない』聞いたことないけど?!
・・・ま、お嬢さんがいいならいいんだ」
そのままやけに圧の強い笑顔で押し切ろうとするにサンジは苦笑する。
何事もなければいいのだと再びキッチンに戻ったサンジとは対照的に、
チョッパーを抱えるようにして本を読んでいたドフラミンゴは無言で、
ダイニングを出るを見送った。
「おーい、ミンゴ? どうかしたか? 具合でも悪いのか?」
ページをめくるよう催促しても動かないドフラミンゴを不審に思ったのか、
自身を見上げたチョッパーにドフラミンゴは口角を持ち上げる。
「フッフッフッ! 具合は悪かねェが、虫の居所は悪ィかもなァ・・・?」
「ヒッ!?」
一歩引いたチョッパーに肩を震わせるドフラミンゴを見て、
サンジが呆れた様子で息を吐く。
「おい、ドフラミンゴ、チョッパーをビビらせて遊ぶなよ」
「ビ、ビビってねェ! サンジ、失敬だぞ! ミンゴも人で遊ぶな! いや、おれトナカイだけども!」
怒り出したチョッパーにサンジは肩をすくめて頷き、
ドフラミンゴは何を考えているのかわからない笑みを浮かべた。
「へいへい」
「フッフッフッフ!!!」
※
は女部屋に直行するとトランクとクローゼットを前に考え込んでいる。
甲板で読書していたロビンは能力で様子を伺うと、一人納得したように頷き、
図書館にいたナミを呼び出した。
「どうしたのロビン? 航路は順調でしょ?」
「ええ、航路はね。ねぇ、ナミ、次の島は秋島でしょ?
美術館があるんですって」
ロビンが言うと、ナミは島の詳細な情報までは知らなかった、と瞬いた。
「え? ああ、トラ男君からの通話でも聞いてたのね。
向こうはさすがに新世界に詳しいわ・・・」
「ふふ、それでがクローゼットを前に頭を悩ませてるみたいなのよ」
ロビンはナミに意味ありげに目配せする。
ナミは少々驚いたが、やがて何かに気づいたのか口角をあげ、悪い笑みを浮かべてみせた。
「それは・・・ちょっと面白そうじゃない?」
「奇遇ね。私もそう思うの」
二人は頷きあうと、女部屋に乗り込んでに声をかける。
「ねーえ、? 勝負服は決まりそう?」
「え!? 勝負!? なんの!?」
の肩を組んでイタズラっぽく笑ったナミに、は瞬いている。
「トラ男君と次の島で出かけるんでしょ?
どんな服で行くのか、考えてるんじゃない?」
「!・・・ウフフ、さすがロビン。お見通しね」
照れたようにはにかむに、ナミは「やっぱり勝負服じゃないの」と笑っている。
「で、候補がこれね」
「らしい服だと思うわ」
ハンガーにいくつかかかっている洋服を見て、ナミとロビンは頷いている。
「秋島で過ごしやすそうだって聞いてたから長袖がいいかなって」
並べられているのは清楚な印象のブラウスやスカートだ。
ナミは腕を組んで考えるそぶりを見せる。
「これもすごく可愛いけど。
でも、アイツ柄悪いじゃない。このままだと”拐われたお嬢様”になりかねないわよ」
「が、”柄悪い”!? と言うか、いつもそんな風に見えてたの!?」
はいたくショックを受けた様子でローのことを思い返している。
だが、納得いかなかったのか首を傾げていた。
「確かにロー先生、普段は結構目つきが悪いけど、私といるときはそうでもないし・・・」
「惚気ちゃって」
「ウフフ・・・でも、そうねえ。もう少しカジュアルにしたほうがいいかしら?」
ニヤニヤとナミに笑われては苦笑し、選んだ服へと目を移す。
そのやりとりを横目に、ロビンは自身のクローゼットを開いて微笑んだ。
「私たち、違う雰囲気のも可愛いと思うのよ。変装も兼ねていいじゃない?」
ナミもアクセサリー等を引っ張り出してきて言う。
「そう! 幽霊だからっていつもキッチリした格好じゃなきゃダメってことないでしょ?
次の島でだって外にいるときは実体化してるんだろうし」
やけに押しの強い二人には戸惑った様子だ。
「そ、そう? でも違う雰囲気って、どう出せばいいのか、」
に、ナミは本題だと言わんばかりに指を突きつけた。
「そこは私たちを頼ってよね」
「ふふ、楽しみだわ」
ロビンとナミが思い思いにクローゼットから洋服を取り出しはじめた。
中にはが今まで履いたことのなさそうなミニスカートや、
肩を大胆に出すようなデザインのトップスなどが手に取られているのを見て、
は目を白黒させている。
「ええ!? それはちょっと冒険しすぎなのでは!?」
「この船でルフィの次くらいに突拍子も無い冒険してるヤツが何言ってんのよ。
どうせなら目にモノを言わせてやりたいじゃない? 悩殺してやりなさいよ」
ナミが茶化して言うと、はますますオロオロしていた。
「の、悩殺・・・?! そんなの私にできるとは思えないんだけど!?」
不安げなに、ナミはなんてことなさそうに頷く。
「大丈夫大丈夫、楽勝楽勝」
「私もナミと同意見よ。・・・ドギマギしてるトラ男くん、興味ない?」
ロビンの言葉に、は視線を彷徨わせた。
「うっ・・・それは、その、見たいけど。あの・・・お手柔らかにお願いします・・・」
しばらく狼狽えたあと、は頰に手を当てて、全く手加減をしてくれそうも無い、
ロビンとナミにため息をこぼした。
それからすぐに、ロビンとナミは好き勝手にに服を当て始める。
二人がああでも無いこうでも無い、と言いながら最後に選んだのは黒いミニスカートのワンピースだ。
ウエストに太めのベルトを締めたにロビンとナミは満足げに頷いた後、
今度はアクセサリーを選びだした。
永遠にやっていられそうだな、とは冷や汗をかいて、鏡へと向きなおる。
確かに大人っぽい印象で素敵だ、と思いながらもは落ち着かず、
そわそわしながらナミ達に声をかける。
「ねえ・・・何か羽織っちゃダメかしら・・・。
こんなに腕とか足を出すの、落ち着かなくて。
それに、こんな胸とか出しちゃっていいものなの?
ドフィ兄さん、そういう事にすごくうるさいんだけど・・・」
かつてドフラミンゴに軟禁されていた時、
の衣食住はほぼ全てドフラミンゴに管理されていた。
当時のことを思い出して難しい顔をするに、ナミは眉を顰める。
「はぁ? ドフラミンゴなんて胸どころか腹まで放り出してるじゃないの。
言うこと聞く必要ないわよ」
「・・・そういえばそうね。今考えると自分のことを棚に上げすぎだと思うわ。
・・・昔はもう少し落ち着いてたのに」
ナミのあけすけな言い草と複雑な表情を浮かべるにロビンが吹き出している。
「ふふっ! でも本当に随分大人っぽい印象になったわね、似合うわよ」
「そう?」
「私たちの見立てに狂いがあるわけないでしょ!」
鏡を見て、は眉を下げる。
確かに似合っているとも思うのだが。
「でも、やっぱり羽織物が欲しいわ。・・・あと、丈も短すぎると思う」
「えー? 可愛いのに。子供じゃないんだから胸を張ってればいいじゃない」
ナミが腰に手を当てて言うと、は自身を鼓舞するように頷こうとした。
「そう。・・・そうね、これでも私、大人だもの! 大人、おとな・・・」
しかし途中で自信がなくなったのか額に手を当てて首を振る。
「あぁ、だめ、嘘よ・・・。私は嘘を言ったわ。大人だなんてとても言えない!
経験値が! 全く!! 足りないもの!!! 大人らしく振舞うなんて無理よ! 無理!!!」
はベッドに倒れ込んでジタバタし始めた。
その様子に目を丸くして、ロビンは首を傾げて見せる。
「、振舞い自体はいつも通りでいいと思うわよ」
「そうよ。まぁ、いつもと違う服を勧めたのは私たちだけど・・・それとこれとは別でしょ?」
なだめるナミの言葉にもは聞く耳を持たずに、自分の枕を叩き始めた。
「うぅ・・・! だって、そもそも私にはぜんっぜん人生経験が足りないのよ!?
浴びるように本を読んでたから、物語の中でこ、恋人同士がどんな風に話すのかとかは
知ってるけど・・・! でも、違うじゃない・・・! そういうことじゃないじゃない!」
叩いていた枕を握りしめてはナミとロビンに向きなおる。
「ででで、デートだって初めてだもの!!!」
「ああーっ!」と喚きながら枕を手にごろごろとベッドを転がるに、ナミとロビンは顔を見合わせた。
笑ってはいけないと二人ともわかっていたが、口の端がお互い緩みかけている。
「どう振る舞えばいいのかなんて、わからないわよ!
正解があるわけでもないんでしょ!?」
呻きながら暴れていたが、急に大人しくなった。
枕に顔を押し付けて動かなくなったに、さすがに心配になってナミが近寄った。
「? 大丈夫?」
「こんな、こんな。勝手に浮かれたり落ち込んだり、
・・・きっと呆れるわよね。私、随分年上なのに」
は蚊の鳴くような声で呟く。
「・・・幻滅させたらどうしよう?」
いつもポジティブなの弱音にナミは少々驚いた顔をした後、
ニヤニヤ笑いを隠せず、訳知り顔で肩を叩いた。
「安心して、絶対それはないから」
「えぇ。むしろこの一連の出来事、トラ男くんに教えてあげたいくらいよ」
「なんで!? 絶対ダメよ!!!」
飛び起きて抗議したに、ロビンは肩をすくめてみせる。
「あら、きっと喜ぶのに。
がこんなに一生懸命になってるのを知ったら・・・ねぇ、ナミ?」
「でれっでれになるんじゃない?」
「無理!!! 恥ずかしくて死んじゃう!!! 私もう死んでるけど!!!」
わっと顔を覆いながらもゴーストジョークを飛ばすに、ナミは腰に手を当てて息をついた。
「でもまあ、この調子だと、あんまり思い切った格好するのは酷かもね?」
「そうね。少しハードルを下げましょうか」
「・・・そうしてくれると嬉しいわ」
は心底ホッとしたように胸をなでおろした。
準備でこれでは、当日はどうなってしまうのだろうか、と漠然とした不安を抱えながら。