ソウルキング、大いにからかう


「おかえりなさーい! ヨホホホ!
 その様子では楽しい時間を過ごせたようですね、お嬢さん。
 どうです? フィガロの結婚でも弾きますか?」

「そうやっていっつもからかうんだから!
 ラブソングのバリエーションが尽きても知らないわよ」

ローと1日を過ごしたを出迎えたブルックが、
またのことをからかって、怒られている。
ブルックは構わずに陽気に笑った。

「ヨホホホホッ、その時はオリジナルを歌えばいいでしょう。
 モデルはあなたで、相手役は・・・誰にしましょうかねぇ?」

「・・・あら、それは楽しみ。
 作詞が酷かったら寝た頃に足首を掴んでやるんだから、心することね!」

軽口には腕を組んで目を眇めてみせる。
しかし本気で怒っている訳ではないのだろう。その唇は愉快そうに笑みの形を作っていた。

ブルックは想像したのか震え上がっている。

「お嬢さん、それリアルに怖い!!!」

やたらと明るい音楽家たちのやりとりにも麦わらの一味やローは動じることがない。
彼らが外見と裏腹にポジティブなのは皆知っていることだった。

ローが腕を組んで笑うを見ていると、背筋を冷たいものが走った。

見れば、いつのまにか黒い霧に囲まれている。
ローは深くため息を吐くと口を開いた。

「鬱陶しいぞ。離れろ、ドフラミンゴ」

「フフフフフッ、思ったよりお早いお帰りじゃねェか、ロー?」

すっかり幽霊であることに慣れたドフラミンゴは、
黒い霧から半分透けた姿になってローの顔を覗き込んだ。

ローはこれ以上ないほど眉間にシワを寄せ、探りを入れてくるドフラミンゴを睨む。

「うるせェな、関係ねェだろ」

ドフラミンゴは唇ばかりで笑ってみせる。
かけているサングラスの奥の目が全く笑っていないことは、すでにローも気づいていた。

「関係ねェってこたァないさ。何せは可愛いおれの妹だ。
 くだらねェ奴を寄せ付けるわけにはいかねェよ。
 例えば・・・テメェの薄汚い欲望をあいつに擦りつけるようなクソ野郎は生かしちゃおけねェ」

「そうかよ」

凄んだドフラミンゴに淡々と返してみせたローに、ドフラミンゴは眉を上げる。
微塵も感情の片鱗を見せなかったローに、ドフラミンゴは意外そうな声で言った。

「・・・へェ? お前案外奥手だなァ?」

ローは短く舌打ちした。

「余計なお世話だ。それにしても、意外なのはこっちも同じだよ。
 お前、船から出なかったんだな」

正直ドフラミンゴの横槍を想定していたローだったが、今日一日全く邪魔が入ることがなかった。
ローの指摘にドフラミンゴは一瞬真顔になると、肩を震わせて笑い始める。

「フッフッフッ! おれはな、妹と骸骨の鳴らす音楽が気に入ってるんだ」
「・・・なんの話だ?」

脈絡のない話運びに思えて首をかしげたローに、
ドフラミンゴは答えなかった。

「こっちの話さ。フフフフフッ!」



それは今朝がたのことだった。

「それじゃ、行ってくるわね!」

はめかし込んで黄色い潜水艦へと足を運ぶ。

以外の麦わらの一味は船番に残る者、買い出しに足を運ぶ者、探索する者などに別れ、
各々好きに過ごすことになっていた。

ドフラミンゴはブルックとフランキーと共に船番の予定だった。
が、の姿が見えなくなったかと思うと、ドフラミンゴはゆっくりと立ち上がり、
その後を追おうとしたのだ。

「あれ、ドフラさん、私とフランキーさんと船番じゃなかったですか?」
「知るか。お前とロボ野郎が居ればなんとかなるだろ」

紅茶を片手に甲板まで出てきたブルックが見咎めて声をかけるものの、
ドフラミンゴが気に留めた様子はない。
ブルックは慌ててドフラミンゴを引き止めた。

「いやいやいや、ダメですよ!
 そりゃ、気持ちはわからんでもないですし、フランキーさんが居れば大丈夫かもですけど!」

「なんだ、骨。お前も付き合うか?」
「骨呼ばわりは酷くないですかね!?」

振り返って尋ねたドフラミンゴに突っ込むと、
ブルックは持っていたカップを横に置いて、珍しく腕を組み、頬杖をついてみせた。

「はァ・・・あの、そもそも根本的なことを申し上げてよろしいですか?」
「何だ? いやにモノ言いたげじゃねェか、言ってみろよ」

ニヤニヤと口角を上げたドフラミンゴに、ブルックは居住まいをただして向きなおる。

「では、言わせてもらいますけどね。
 あなた、妹可愛さからか知りませんが執拗に彼女を束縛しようとしますけど、
 いい歳して恥ずかしくないんですか?」

「・・・」

普段おどけた様子でいることの多いブルックに
厳しい正論を真っ向から叩きつけられて流石のドフラミンゴも閉口している。
ブルックはなおも続けた。

さんは別になにも悪いことをしてないですし、
 そもそも悪いことをしてたって彼女の自由です。海賊ですしね。
 それに、誰かとお付き合いするのにあなたの許可が必要な年でもないでしょう。
 私、あんなに楽しそうだったさんの邪魔、したくないんですけど」

「嫌われたくないですし」とぼやいたブルックをドフラミンゴは睨みつける。
いつもなら震え上がって見せるだろうブルックも今回ばかりは平然としていた。

「いい機会だから言いますが、あなたが昔さんにしたことを考えると
 私、腑が煮えくりかえりそうになります。
 ヨホホ! 今の私に内臓はないんですけどー!!!」

脈絡なくスカルジョークを飛ばしたブルックに、ドフラミンゴは眉をあげる。

「・・・へぇ? じゃあどうする? 仮にも船員同士で戦りあうのか?」

だが、ドフラミンゴの挑発をブルックは意に介さなかった。

「そんなことしませんよ。何よりさんが嫌がるでしょう。
 10年以上閉じ込められようとも、嘘を吐かれようとも、どうしようもない悪人でも、
 さんにとってあなたは”大好きなお兄さん”だ。
 じゃなかったらあなた、ここにはいませんよ。わかってるでしょう?」

諭すようなブルックに、ドフラミンゴは無言で答えた。
がドフラミンゴを兄弟としてこの上なく大事に思っていることは、
ドフラミンゴ自身が誰よりも承知していた。

そうでなくては病に冒されているが寿命を分け合うこともなかったし、
莫大な金額を首にかけられるような大立ち回りを演じてまで
ドフラミンゴを拐うこともなかっただろう。

きっとそれは、ブルックも、あるいは麦わらの一味の全員が知っていることだった。

さんは今、失った青春を取り戻そうとしている。あなたが閉じ込めなければ
 手に入れていたかもしれない楽しい時間をね」

皮肉めいた言葉に不機嫌そうに口をへの字に曲げて黙り込んだドフラミンゴへ、
ブルックは首をかしげてみせる。

「そんなにトラ男さんが気に入らないんですか?
 誰だったら許せるんです?
 私、トラ男さんとさんは結構お似合いだと思うんですが」

ドフラミンゴは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。

「はァ? あんな若造に任せられるか」
「じゃあ、ミホークさんならどうです?」

思わぬ人物の名前が浮上して、ドフラミンゴのこめかみに青筋が浮かんだ。

「おい、骨! 何でそこで鷹の目が出てくる?!」
「ヨホホホホ! 勘ですけど、多分ミホークさん、お嬢さんのことを憎からず思ってるんですよね〜」

世界一の剣豪、鷹の目のミホークはの覇気の師匠でもあり、
また常にが腰に下げている剣の贈り主でもある。

思い入れのない相手に、ミホークが剣を贈るわけがないことはドフラミンゴもブルックも察しがついていた。
だが、ドフラミンゴは師弟関係ならまだしも、と心底苛立った様子で眉を顰める。

「ダメに決まってるだろ! あんな斬り合いのことしか考えてねェ野郎は!
 おれはあいつがに酌をさせたことだって気に入らねェんだ!」
「本当に注文の多い人ですねぇ」

ブルックは嘆息すると、また首を傾げてみせる。

「では、私は?」

ドフラミンゴは一瞬虚をつかれたような顔をしたが、
すぐに笑みを浮かべて見せた。

「論外だな。人外にゃ妹をやれねェよ」
「ヨホホ! テキビシー! ではルフィさんなんてどうでしょう?」

流れるように次々と候補をあげてみせるブルックにドフラミンゴは腕を組んだ。

「お前、ふざけてんのか?」

「ええ。だってあなた、誰でも嫌だって言いますよね?
 そんな問答に真面目に答える意味なんてありません」

ブルックは傍らに置いて少しばかり冷めてしまった紅茶を口に運び、淡々と答えて見せた。
ドフラミンゴは狐に化かされたような奇妙な心持ちでブルックを眺める。

不思議ととローを追いかける気になれなくなっていることに気づいたからだ。

「・・・食えねェ野郎だな」
「ヨホホ! 伊達に歳はとってないですから!」

「あなた、まだまだ若いですねェ」と揶揄するように笑ったブルックに、
ドフラミンゴは頬杖をついて息を吐く。

「フッフッフッ! ならおれを退屈させないでくれよ、”ソウルキング”」
「では、退屈しのぎにいくつか奏でましょうか」

ドフラミンゴの示した妥協点をきちんと読み取ったブルックは
ギターを取り出すとチューニングを始めた。

「あくびが出るような音楽だったら”散歩”にでも出ちまうぞ」
「言うじゃないですか。ご心配なく。渾身の一曲から始めますとも。ヨホホホホ!」

ドフラミンゴは芝生の甲板に腰を下ろし、小さなライブの開演を待つ。
そしてが帰ってきたなら1日の締めくくりにデュエットを奏でさせることにしようと
ドフラミンゴは勝手に決めていた。

それくらいのわがままは許されると知っている。

何よりこの骸骨と妹の奏でる音楽が、ドフラミンゴは嫌いではなかったのだ。