死の外科医、大いに笑う


島の探索に行く前、麦わらの一味とハートの海賊団が合流する際には
決まってローがルシンダの診察を行うことになっている。

だからその日も以前と変わらずに、幽霊のルシンダをハートの海賊団は出迎えた。
中でも一際目立つのはハートの海賊団の中でも一二を争う長身に見合う長い手を
大きく振っているロシナンテの姿である。

ルシンダ!!!」
「わっ!?」

ロシナンテは黄色い潜水艦に降り立ったルシンダを誰より先に出迎えた。
実体化していたルシンダを抱き上げてくるくると振り回す様に、
ローとロシナンテの顔を見比べてハートの海賊団は戦々恐々としている。

「コラさーーーーーん!!! 危ねェよ!!! 危ないからやめろ!!!!」
「見てて怖ェ!!!」

騒ぐハートの海賊団とは裏腹に、ルシンダは落ち着いた様子ではしゃぐロシナンテに苦笑している。
いつものことなので慣れているのだ。

「ロシー兄さんったら、ちょっと大げさじゃない?」
「何言ってんだ、大げさなんてことないだろ!」

落ち着いたところでルシンダを優しく甲板に下ろすと、ロシナンテはルシンダに目線を合わせた。

「久しぶりだなルシンダ! 元気そうで何よりだ!
 調子はどうだ? 大丈夫か? ドフィと一緒になって悪巧みしてねェか?」

「してないわよ! ウフフフフッ」

ルシンダは愉快そうに笑っているが、ロシナンテは冗談じゃなく、本気で聞いていた。
ルシンダとドフラミンゴの意見が一致した場合、
どういう手段をとったり、またはどういう事態に陥るかは考えただけでも胃痛がする。

見た目だけは身内の贔屓目を差し引いたって可愛らしい令嬢のように見えるのに、
とロシナンテは内心のため息を隠しつつ、ルシンダを見遣った。

「ん? そういやお前なんかいつもとちょっと違うような・・・」
「ああ、ナミとロビンが、島を出歩くなら変装した方がいいって言うから」

ルシンダは黒いタイトな膝丈のワンピースに太いベルトを締めている。
ニコニコと笑う様は変わらないのに随分大人っぽい印象だ。

ロシナンテは何か言おうと思ったが、その前にルシンダがローに気がついたらしい。
手を振ってローを呼んでいる。

「あ! ロー先生! 見てたなら声をかけてくれていいのに!」
「コラさんが転びそうになったら助ける予定だった」
「大丈夫。幽霊だから平気よ」

当たり前のようにロシナンテがドジを踏むのが前提となった会話を続けながら、
ローとルシンダは診察室へと向かう。

それを流されるままに見送ると、ロシナンテはショックを受けた様子で呟く。

「お、おれ、全然信用されてねェ・・・!」

「コラさんはいい人だけどさ」「ドジだもんな」「ドジだからなぁ」

甲板に膝をついて落ち込むロシナンテの肩をペンギンとシャチが叩き、
ベポが腕を組んでうなずいていた。

数分後、診察を終えたらしいローとルシンダを送り出すと、ロシナンテは深くため息をこぼした。

「複雑だぜ・・・ホント・・・」

肩を落としたロシナンテに、意外そうな顔を向けるのはペンギンとシャチだ。

「あれ、ついてったりはしないんですね?」
「気になるもんだと思ってたんですけど」

ロシナンテが妹を溺愛していることを、ローの次に付き合いの長い3人、
中でもシャチとペンギンはよく知っていた。
ゾウでハートの海賊団にルシンダを紹介した時のロシナンテは大変面倒な態度をとっていたものである。

ルシンダを褒めたメンツに「おれの妹に色目を使ってんじゃねェ」と言ったかと思えば
特に何も触れなかったメンツには「おれの妹が可愛くねェっていうのか?!」と因縁をつけていた。
等のルシンダ本人が「それは理不尽だわ・・・」とたしなめていたのがペンギンとシャチの印象に残っている。

そんなロシナンテがいくらローとはいえ、妹と男が二人きりで出かけるのを許したものだな、と
不思議そうな顔をするペンギンたちに、ロシナンテはタバコの火をつけながら答える。

「気になるけどしねェよ、ドフィじゃねェんだから。
 それに、今日くらいはな、見逃してやってもいいだろ。今日くらいはな」

一瞬なんのことかわからなかったペンギンがしばし考えると合点がいったようで手を叩いた。

「・・・あァ! そっか、こないだ、」
「そういうわけだよ。じゃあコラさんのやけ酒に付き合ってくれるやつ、手ェ挙げろ!」

おどけたロシナンテにペンギンとシャチは顔を見合わせた。

「おごりだったら行きます」
「あと肩燃えてますけど」

「うわっ?! お前らそれ早く言えよ!?」

慌てるロシナンテに二人は笑ってバケツに水を汲んでやった。



ルシンダとローは堂々と街を闊歩していた。
変に忍び歩くよりはそちらの方が怪しまれないと誰に教わらずとも、二人は知っている。

美術館のある島”ピナコ島、グリプト王国”は新世界にありながら天竜人もよく訪れる豊かな国だ。
”天竜人のお気に入り”の島ということもあって、価値ある美術品や財を数多く有しながらも、
海賊たちはこの島に手を出すことがない。

「いたるところに施された彫刻に、壁画の数々・・・、
 街にはゴミひとつ落ちてないし、手入れが行き届いてるわ。ちょっと不気味なくらい。
 これを考えたのは几帳面な完璧主義者ね」

楽しそうに周囲を観察するルシンダに、ローは答える。

「グリプト王家はみんな建築を学ぶそうだ。そのせいもあるだろう」
「・・・なるほど、公共事業の決定権を持つ人間に美的感覚と技術を養わせると。
 面白い試みだわ・・・」

顎に手を当てて思索するルシンダの手を引いて、ローは神殿のような建物の前で立ち止まった。

「着いたぞ。”ムセイオン”だ」

目当ての場所は豪奢な、それそのものが芸術品のような建物だった。
白い柱を通って、ルシンダは息を飲む。

出迎えたのは翼持つ女神の像だ。手には旗を持って、鑑賞者たちを見下ろし微笑んでいる。

「マリージョアの次に、世界の財の集まる場所・・・”グリプトのムセイオン”。
 さすが、美術館の中の美術館を自称することはあるわ、・・・お手並み拝見といこうかしら!」

「なんのだよ」

ルシンダが知的好奇心に駆られるあまり妙なことを口走ってるのをみて、ローは思わず突っ込んでいた。

「ウフフッ! 行きましょう。ロー先生! 美術品が逃げないのはわかってるけど!」
「あぁ」

ルシンダは逸る気持ちを抑えきれないと言わんばかりに
ローの手を引いて「絵画棟はこっちね、」と足を運ぶ。

ルシンダが芸術を鑑賞するやり方は決まっていた。
まず一通り、会場を見て回ってから、気に入った作品の前に戻って飽きるまで眺める。
ローも13年前、ルシンダに絵や彫刻の見方や有名な作家については手ほどきを受けていたので、
作品の良し悪しはなんとなく理解できたし、ルシンダの好みも自然とわかった。

言葉を交わすことはなくても寄り添ったままゆっくりと時間が流れていく。

人がごった返していたのならローもルシンダももう少し鑑賞するペースを考えただろうが、
美術品に適した温度に調節されている、静謐で肌寒い館内は人がまばらだ。
天竜人がムセイオンの美術品の数十点を莫大な値段で買っていったというから、そのせいもあるかもしれない。

それにしてもルシンダほど熱心な鑑賞者はなかなか居ないだろう、と
ローは果物を描いた絵画の前で微動だにしないルシンダを横目で伺った。

赤い瞳は遠くを見ている。
きっと絵画の中に”物語”を見ているのだ。
それが静物画だろうと、風景画だろうと、ルシンダは作家の筆致からそれを読み取ろうとする。

不意に、ルシンダが目を瞑った。
瞬いたローの手に、ルシンダが軽く力を込める。

「あの、ロー先生、私じゃなくて絵を見てちょうだい・・・」
「どこで何を見るのかはおれの自由だろ?」

「おれに命令するな」とローが口角を上げて続けると、ルシンダはジト目でローを見遣った。
睨まれても、ローは頰も耳も赤いルシンダなど全く怖くはない。

「それはそうだけど。・・・落ち着かないわねぇ」

嘆息して、ルシンダは誤魔化すように次の絵画へと目を向ける。
どうやらローに鑑賞されることを許してくれるらしい。

ルシンダが次に目を向けたのは夜景の絵画だった。
月と星、田舎町の風景と城のような、木のようなシルエットが、絵の具を厚く塗りたくって表現されている。
空と町並みの境界は曖昧で、描かれる夜空は渦を巻いていた。空気が動くのを表現しているような、
激しい筆致で描かれたその絵をルシンダはしばし眺めると、感嘆の息を漏らした。

「こういう絵を見ると、あるべき場所にある絵はより美しいのだと思うわ。
 苦悩や苦痛を誰かに聞いて欲しいような絵は、沢山の人に見てもらえる場所にあったほうがいい」

「そういうものか?」

「私はそう思うわ。特にこれはすごく雄弁な絵画だもの。
 もしも一人で抱えてたら熱量に当てられてしまう。
 ”そこにある”からこそ輝くもの、意味があるものというのが、あるのよね」

ルシンダは絵画に向かって名残惜しむように微笑むと、ローへと向き直った。

「ウフフ。ありがとうロー先生。そろそろ出ましょうか」
「もう良いのか?」

まだ絵画棟しか見て回っていない。彫刻や工芸品の展示も多く収蔵されているから
1日ずっとここにいても、ルシンダは退屈しないはずだ。

意外そうな顔をするローに、ルシンダは目を細める。

「良いのよ。私は美術品も好きだけど、ロー先生とお話しするのも好きだから」

瞬いたローに、ルシンダはわざとらしくため息をついて、嘆いてみせる。

「船の上だとブルックはすぐにからかってくるし、一味の大半は面白がって注目してくるし、
 何よりドフィ兄さんがうるさいもの。落ち着いて話せる機会があんまりないわよね? 困っちゃう」

ローは帽子のつばを下げた。

ルシンダは、賑やかなのが好きだろ」
「あなたも別に嫌いじゃないでしょ。でも、それとこれとは別だわ・・・ウフフフフッ」

帽子の陰に隠した表情などお見通しのようで、ルシンダはからからと笑う。

「・・・なんだよ」

努めて無愛想に尋ねたローにも、ルシンダは笑ってはぐらかした。

「別に。なんでもないわ」



ルシンダとローは軽食をとった後、美術館の敷地内にあるベンチに腰掛けた。

「ひとつ、頼みがあるんだが」

珍しい申し出だった。
ローがルシンダに何かを頼むようなことはあまりない。
意外に思ったらしく、ルシンダは瞬いた後、胸に手を置いてうなずいた。

「私にできることなら、なんでもどうぞ!
 でも私、あんまりあなたにしてあげられるようなことはないんだけど・・・」

鷹揚に引き受けたは良いものの、途中で自信がなくなったのか、
「せいぜい歌を歌ったり、自分の知ってる物語を演じて聞かせるくらいで、」と
悩ましげな顔をするルシンダを見て、ローは小さく笑みを零す。

「それで良い。・・・お前の冒険譚が聞きたいんだ」

ルシンダはローの嘆願に瞬いてから、優しく微笑む。

「ウフフ・・・お易いご用だわ」

そして、過去の記憶を辿り始めた。
かつて名前すら失った幽霊であった頃の記憶を。

「霧の海はとても退屈だったわ。時々幽霊船に出会うくらいが楽しみで。
 あと、海王類ね。彼らは私に触ると嫌そうな顔をして逃げていってしまうのだけど・・・」

10年以上霧の海を歩み続けた頃の、夢遊病患者のように朦朧としていた時のことでさえ、
ルシンダの口から語られれば立派な物語だった。

不気味に朽ち果てた船、白骨死体と彼のものと思しき帽子のコレクション。
ひび割れた写真や、埃をかぶった机やペン。
出くわす生き物といえば怪物のような姿の海王類たち。

ローはルシンダの味わった最初の冒険に目を眇めた。
退屈の中に現れた、きっと取るに足らないような変化がルシンダにとっては鮮やかな冒険だったのだろう。
それらを微細に観察し、時に空想し、ルシンダは廃人になることなく自我を保っていた。
途方もない時間のほとんどを霧の海の中で過ごしながら。

それを痛ましく思いながらも、黙ってローは聞いていた。
だが、ルシンダの物語は陽気な骸骨に出会って変わり始める。
ルシンダは手を合わせて声を弾ませた。

「一味の中で最初に出会ったのがブルックだったの!
 霧の海を漂う船に乗って、2ヶ月ほど歌って踊って過ごしたわ。
 フロリアントライアングルのことを知ったのもその時よ。
 ・・・霧の中を歩き続けたのはどうも、途中で寄り道したりしてたのがまずかったみたいで、」

ルシンダが苦笑まじりに呟くのを聞いて、ローは呆れを隠さずに指摘した。

ルシンダ、お前、コラさんほどではないがドジだよな」

痛いところを突かれたのか、ルシンダはがっくりと肩を落とす。

「ええ、自覚あるわよ。おかげで10年遭難しました!
 もう! こんなとこばっかり似るんだから!」
「・・・ふふ、」

頬を膨らませて怒り出したルシンダをローが肩を震わせて笑うと、
ルシンダは軽く咳払いをして話を続けた。

「ブルックと話してるうちに、なんとなく、いろんなことを思い出し始めたのよ。
 懐かしいわ。ゴーストジョーク、皆伝のお墨付きを彼に頂いたのはルフィたちに披露した時だったの」

再会してからルシンダが時々口にしている「私もう死んでるけど!」の口癖はブルック譲りらしい。
薄々勘付いてはいたが、とローは眉を上げた。

「ああ、あのやたらと種類のある・・・、ドフラミンゴにも言わせようとしてるんだろ?」

ルシンダは近頃幽霊になったドフラミンゴにも”ゴーストジョーク”を教えようとしているが、
あまり反応は芳しくないのだと、つまらなそうに頬に手を這わせた。

「ドフィ兄さん嫌がるのよね。往生際が悪いんだから。もう死んでるのに」
「どう考えてもやりそうにねェが」

そういう性質じゃないだろう、とローが呆れたように言うも、
ルシンダは首を横に振った。

「頼んでみないとわからないじゃない。あれで割と融通は利く方なのよ?」

半信半疑の表情を浮かべるローに、ルシンダは言葉を続ける。

「この前だって、チョッパーにサングラスを取ってくれって頼まれて、
 サングラスの下からサングラスを取り出す手品を披露してたし・・・」

「あいつ一体何やってんだよ」

確かに子供の扱いはそこそこ上手かった気がしないでもないが、
それにしたってふざけすぎではないだろうか。

ローの言葉にルシンダは腕を組んで頷く。

「どうも、チョッパーのことは少し気に入ってる風なのよね」

最初は怖がられて憮然としていたが、
近頃チョッパーが慣れてきたのか、時々歩み寄る姿勢を見せているので上機嫌だ、と面白そうに告げられて、
ローは「そうか・・・」と返すことしかできなかった。

 麦わらの一味に関わると皆気が抜けるのかもしれない。

自らもその自覚のあるローは苦笑するも、
子供時代に見ていた時よりも幾分感情豊かになったルシンダを見て、思わず、口にしていた。

「お前を拾ったのが麦わら屋の一味で良かった」
「・・・え?」

ルシンダは驚いたようで、瞳を大きく見開いていた。
ローはわざとらしく諧謔味を帯びた笑みを浮かべる。

「まァ、いつでもウチに来てくれて構わないんだが、あの船の上で、お前は格別楽しそうだからな」
「ロー先生、」

ルシンダは何か言いかけて、言葉を探している様子だ。
ローはルシンダの返事を待たずに告げる。

「だが、お前の病を治すのはおれだ。トニー屋にもそこは譲れねェ。
 ・・・必ず治してやる」

ルシンダは息を飲むと、不意にローから目をそらした。

ルシンダ?」
「・・・私も帽子、被ろうかしら」
「?」

脈絡のない話に感じて首を傾げたローに、ルシンダは俯いた。

「だってこんな、・・・みっともないわ。
 自分がどんな顔をしてるか、わからないんだもの。
 あなたの前じゃ、顔がうまく作れない」

「無理に作る必要ないだろ」

断言したローにもルシンダは不安そうだ。

「・・・変な顔してない?」
「いつも通りだ」

「まさか、いつも変な顔だったりするの?!」

絶望的な表情を浮かべるルシンダにローは宥めようとする。

「どうしてそうなるんだ。かわいいよ、お前は、」

そこまで言うとローは口を滑らせたことに気がついた。
ルシンダは先ほどまで所在無さげに俯いていたのが嘘のように顔を上げて目を輝かせている。

「本当に?!」
「・・・あぁ」

帽子を深く被り直したローに、ルシンダは悪戯めかした笑みを浮かべた。

「じゃあ、ロー先生はいつも私のことをかわいいと思ってくれてたの?」

「・・・・・・ルシンダ、言わなくても分かってくれ」
「えー? 嫌よ。嬉しいことは何度だって聞きたいわ!」

ルシンダの揶揄するような笑みに、ドフラミンゴの顔が脳裏によぎってローは顔を顰めた。

「しおらしいと思ったらこれだよ、お前って奴は、」

嘆息したローを見てルシンダは満足したのかそれ以上の追求をやめた。
それでも上機嫌なのは変わりないようでカラコロと笑っている。

「ウフフフフ! 良かった、ならちょっと安心できるかも。
 少しでもよく思ってもらいたいものね」

ルシンダが指を合わせてそんなことを言うものだから、ローは瞬いたあと、口角を上げた。
やられっぱなしは性に合わないし、何より今ここに、邪魔は入らない。

「へぇ?──そういや、久々に会ったからいつもどんな顔してたかは忘れちまったなァ」

「え?」

ルシンダの頰に手をやって上向かせたローが、そっと顔を寄せた。

「だから、もっと近くで顔を見せてくれよ・・・ルシンダ」

あっという間に触れていた頰がバラ色になった。
ルシンダは驚いて、目を伏せて、それから少しだけ首を傾ける。
触れるだけの戯れのようなキスだった。

満足して顔を離したローが見たのは、頰を赤く染めた、複雑な表情を浮かべるルシンダだった。
怒るべきか、恥じるべきか、あるいは喜ぶべきか、迷って困っているのだろう。

ローは笑みを押し殺しながら指摘する。

「変な顔してるぞ」
「な、──今のはいじわるだわ!」

ルシンダは怒ることにしたらしい。眉を逆立ててローの肩を軽く叩いた。

ローはそれでも構わなかった。
ローが平生であればあるほどムキになるルシンダに、
ついに押し殺しきれず声を上げて笑った。



「なんだか今日は私ばかり話していた気がするんだけど、
 ロー先生はつまらなくなかった?」

日暮れまでルシンダはローに自分の冒険を話して聞かせた。
ローはそれに相槌を打ったり時々口を挟んだりもしたが、
基本的にはルシンダが喋っていた。

首をかしげたルシンダに、ローは淡々と答える。

「いや、面白かった」
「そう? ならいいんだけど!」

ひとまずルシンダは安堵したようで、船へと帰ろうと立ち上がったローに笑みを浮かべた。
そして実は、と打ち明ける。

「ねえ、ロー先生、船に戻る前に、行きたい場所があるの」

断る理由もなく寄り道を了承したローに、ルシンダはローの手を取って歩き出す。
手を引かれるまま連れてこられたのは灯台だった。

ルシンダは入口の鍵が壊れていることを知っていたのか重い扉を開くと、
ひと気のない灯台の螺旋階段を軋ませながら登り始める。

ローがきちんと付いてくるのを確認しながら、ルシンダは童謡を口ずさんだ。
誰もが知っているメロディだが、ルシンダの覇気が合わされば、
それは一つの舞台さながら、鮮やかに響きだす。

「『きらきら ひかる』」

「『お空の星は』」

「『瞬きしては みんなを見てる』」

一つ一つ歌う度、ルシンダの足元から煌めく光が零れ落ちた。
床に落ちた光は壁や階段を伝い、ローに先へ進めと促すようだ。

灯台のてっぺんに行き着いたローが見たのはダイヤモンドのようにきらめく星々とオーロラだった。
ルシンダの足元からこぼれた星が、集まって織られていく。
ルシンダの歌が見せる幻は恐ろしいほど美しく、偽物の夜空を彩っている。

「『──”きらきら星”のプラネタリウムへようこそ!』」

きらきら星を歌い終えたルシンダは微笑んで手を広げた。
その言葉が合図だったように、夜空の星を光の筋がつなぐ。
星座が形を成してゆっくりとドーム状の天井を回り始めた。

「お誕生日、おめでとう、ロー先生! ウフフフフッ」

降る星々に瞬いたローに「この間お誕生日だったからサプライズなの」とルシンダは腰に手を当てて告げる。
ローはと言えばルシンダがこういった形で祝ってくるとは思っておらず、
半ば呆然と光る星々を眺めた後、ぽつりと呟いた。

「・・・覚えてたのか」

「私が忘れるわけないでしょ!
 いえ、前科があるから説得力はないかもだけど、うん」

何しろ一回全ての記憶を失ったルシンダだ。
気まずそうに一度視線を彷徨わせたが、すぐに気を取り直すとローに真っ直ぐな視線をよこした。

「もう忘れないわ。覚えていたいから」

息を飲んだローを見て、ルシンダは微笑むと、カバンから小さな小箱を取り出した。

「私があげられるものってそんなに多くはないからちょっと悩んだんだけど、
 やっぱり”麦わらの一味の音楽家”なら歌うべきよね。
 それに、これ! 前の島でチョッパーと一緒に選んだ羽ペンもあるのよ!
 消えてしまうものばかりじゃなくて、何か、あなたに寄り添えるようなものを贈りたくて、」

差し出された小箱を受け取ると、ローは帽子の影で目を細めた。

 大人になってからルシンダに誕生日を祝ってもらえる日が来るなんて思っていなかった。

 ルシンダの享年に旗を上げた時、
 永遠に歳を取らない人の年齢を追い越してしまったことが苦しくてたまらなかった。
 成長した自分を一番に見て欲しかった。
 病に打ち勝てた自分を。
 ルシンダが『優しく賢い人にしかなれない』と眩そうに口にした、誰かを治せるようになった自分を。
 
 けれどそれが叶わないことを改めて突きつけられたような気がしたのだ。

 だからきっと、ドフラミンゴにルシンダの死の真相を告げたあと、
 時代のうねりと混乱の最中に、海賊らしく刹那的に生きて死ぬのだと思っていた。

 でも、ルシンダが今、目の前にいる。

ローは微笑んで立っているルシンダを見つめた。

ルシンダ」
「なに?」

ルシンダの笑う顔は13年前とさほど変わらないのかもしれない。
しかしローにとっては違った。

ルシンダは今、自由だ。
自由の只中にいて、それでもなお、ローに向けて笑いかけている。

ローはルシンダの細い肩を引き寄せて抱きしめた。
そのまま肩口に額を寄せる。
せっかくルシンダが用意したプラネタリウムが見えなくなってしまったが、
そうしなくてはいられなかった。

噛みしめるように、耳元で囁く。

「ありがとう」

ルシンダはローの声に、しばしの沈黙の後、抱きしめ返すことで答えた。

「ウフフ、どういたしまして」

お互いがどんな顔をしているのかなんて顔を見なくてもわかっていた。
13年の困難と冒険の果てに再び出会うことができたから。
言葉を交わして、同じ時間を分かち合うことができるから。

きっと誰より幸せだった。

めでたしめでたしで終わった、物語の後の世界のように。