幽霊と赤い土の大陸
with Robin
幽霊は今日もブルックと歌っている。
今日はまだ怪我が治っていないはずのゾロに、
修行の応援と称して応援歌をブルックと即興で作り上げて邪険に扱われていた。
「うるっせェんだよ!気が散る!」
怒れるゾロのその剣幕に幽霊は反省してるつもりなのか、
ブルックと並んで正座してみせ、うなだれた。
「ええ・・・ゴメンなさいね。
でもゾロも大怪我してるのに、よくダンベルを持ち上げる気になるわね?」
「ヨホホ、信じられません。ホントに人間ですか?」
「お前らに言われたくねェ!!!」
骨と幽霊に非人間扱いされてゾロはおかんむりである。
幽霊は気を取り直して頬に手を当てた。
「でも、チョッパーも安静にしろって言ってたし、動いちゃダメなんじゃないかしら」
「どうってことない」
幽霊の忠告に顔を背け、またダンベルを持ち上げようとしたゾロに、
幽霊はふわり、とゾロの前に回り込んで指を立てた。
「・・・良いことゾロ?医者の言うことを聞かないとね、・・・死ぬのよ」
「は?」
幽霊は真面目くさった顔をつくり、ゾロに迫った。
「死ぬの。ゾロ。死ぬのよ。
もしくはめちゃくちゃに怒られるのよ。怖いわよ」
しつこく言い募る幽霊に辟易したのか、ゾロはため息をついた。
それを見て、幽霊は腕を組んで首を傾げる。
それからブルックの元へ浮かびヒソヒソと耳元で喋ってみせる。
「もしかしてゾロって、死ぬってどういう感じか分からないのかしら、ブルック。
私とブルックを見れば大体想像がつくと思うんだけど・・・。
もしかしてゾロって・・・理解力が、ちょっと、・・・あれな人なのかしら」
「ヨホホ、お嬢さん、辛辣!」
「聞こえてんぞお前ら!!!」
ブルックが腹を抱えて笑い出すと、全て聞こえていたらしいゾロが怒り出した。
完全に幽霊とブルックのペースだ。
ロビンはそのやり取りを聞いてクスクス笑っていた。
「今日は何か思い出した?幽霊さん?」
ゾロから逃げる幽霊にロビンは声をかける。
幽霊は頷いた。
「少しだけ。今日はサンジが作ってたスープを見ていたら、その作り方を」
「レシピね」
「そうなの。歌とか、小説とか、演劇の内容とか、レシピとか、
そう言う物ばかり思い出すわ・・・私自身のことは、サッパリ」
ロビンは顎に手を当てる。
「そうね・・・。でも、きっと思い出せるわ」
確信めいたその言葉に、幽霊は首を傾げてみせた。
ロビンは甲板から海を眺める。
「記憶って、匂いや、音や景色、五感がきっかけになって思い出すことも多いそうよ。
あなたは多分、ブルックと一緒に居たから、
音楽や演劇のことをよく思い出したんだと思うわ」
「・・・なるほど。そう言われれば、そうかもしれない」
幽霊は考える様に腕を組んだ。
その様を見て、ロビンはふと、呟いた。
「・・・”幽霊”って、何なのかしらね」
「ロビン?」
「ごめんなさい、私は考古学者だから、ミステリーも好きなの。
何冊か幽霊をテーマにした小説も読んだことはあるけれど、
あなたは幽霊の定義からは、少し外れている様に見えるわ」
それを聞いて、幽霊はホグバックの言葉を思い出していた。
「『幽霊は、未練や、生前覚えた強い意思によって”幽霊”になる』って、
ホグバックも言っていたわ」
「そうね。それに幽霊は『死んで恨みを晴らす』ことを目的にした存在としても描かれる」
幽霊は苦笑した。
「記憶が無いから、恨みを晴らす対象が居るも分からないわ」
「ふふっ、そうでしょうね。でも、恨み辛みに駆られているよりは、
歌って踊るあなたを見ているほうが私は楽しいわ」
笑うロビンに、幽霊は肩を落とした。
「・・・記憶が戻ったら、恨み辛みに駆られるようになるかもよ」
「あら、そうかしら。そしたらお札でも貼ることにするわ」
「効くかどうかはともかくとして、
お札を貼るロビンは見たく無いわ!」
幽霊とロビンは顔を見合わせてフフフと笑う。
ロビンは幽霊に好奇心を覚えている。
彼女が何を思い幽霊になったのか、
思い出した暁にはぜひとも打ち明けて欲しいと思っていた。
できれば幽霊が天真爛漫なままだと、なお良いのだが。
with Luffy
夜は展望台で寝ずの番の人間を待つのが幽霊の日課となっていた。
今日のパートナーを待ち構えていると、麦わら帽子が目に入る。
「幽霊、何してんだ」
今日の寝ずの番はルフィらしい。
船長も船員も関係なく、当番制なのでそれも当然だろう。
「寝ずの番にお付き合いしようと思って。
お喋りしてた方が、眠らずに居られるでしょう」
「そりゃそうだな」
ルフィは展望台から海を眺める。
今日の海は落ち着いていた、特に風が強い訳でも無さそうだ。
ルフィと幽霊は雑談を始めた。
今までどんな冒険をしてきたのか、ルフィは幽霊に話して聞かせたのだ。
ウソップ程軽快な語り口ではないが、
ルフィの語るルフィの冒険は、幽霊にとって面白いものだった。
目を輝かせる幽霊に、ルフィは楽しそうだったが、ふと疑問に思ったのだろう、
こう問いかけた。
「なァ、幽霊。お前昔のことを思い出したいって言うけど、
おれは別にお前が思い出しても思い出さなくても、どっちだって良いんだ」
「・・・どういうこと?」
首を傾げる幽霊に、ルフィはあぐらをかいて、腕を組む。
「おれはブルックと居るお前が、
なんか面白くて良い奴そうだったから仲間にしたんだからな。
どこの誰でも気にしねぇ」
幽霊はそれを聞いて、悪戯っぽく笑った。
「極悪人だったりして」
「海賊に何言ってんだよ」
ルフィの突っ込みに、幽霊は「それもそうか」と呟いて、
少し考えるように腕を組んだ。
「うーん・・・なら、私がどこかのお姫様でも?」
「なっはっは!ビビもアラバスタの王女だったからなァ」
「その言い草・・・え?!王女様が船員だったの?!」
幽霊は目を丸くする。
ルフィは頷いて、砂漠の国の冒険を話しはじめた。
クロコダイルを倒した時の話だった。
「あんときは2回負けて、最後に勝ったんだ。
あいつも七武海って言ってたな」
「モリアと同じ・・・、強かった?」
「ああ!そんでムカつく奴だった!でからっきょも腹立つ奴だったけど」
ルフィは思い出していーッと歯を食いしばってみせた。
幽霊はくつくつと笑う。
「そうなの。・・・私もモリアは、酷い人だったと思うけど、
私に『どこまでやれるか見せてみろ』って、言ったわ」
「ん?」
幽霊はどうも、モリアを嫌い憎み切れずに居る。
人の影を無理に奪い、多くの人間を苦しめたことは知っているが、
ルフィや幽霊に激励するような言葉を投げかけたモリアを、
嫌いになるほどはよく知らないからだ。
幽霊はふう、と小さくため息を吐いた。
モリアのように身勝手にはなりたくはないが、
信念をもって、時に強かに物事に臨む様は見習ってもいいかも、
と幽霊は思っている。
「ルフィ、海賊って、奥が深いのね。
私、立派な海賊に、なれるかしら」
ルフィは幽霊の言い草にぱちくりと目を瞬く。
「お前ウソップみてェなこと言うんだなー。
わかんねェけど、なりたいならなればいい」
ルフィは頬杖をついて、幽霊を眺める。
幽霊はきょとんとした顔をしていた。
「おれだって、海賊王になりてェからなるんだ!
ししししし!」
「・・・ウフフフフフッ!」
幽霊はルフィの言葉に高らかに笑い、
くるくるとルフィの周囲を回ってみせた。
「ルフィの冒険は、物語みたいだったわ。
”東の海の青年、海賊王になる”
ウフフ! ベストセラーね、間違いないわ」
「そうか?」
「そうよ」
幽霊は頷く。
「現実の方が、小説よりもずっと不思議なことに満ちている。
・・・面白いわ。私も、私の物語を、面白くしたい。
ルフィ」
幽霊はルフィに笑いかけた。
よく笑う幽霊だったが、その笑みは特別優しく穏やかで、
思わず息を飲むような、美しい笑顔だった。
「私を仲間にしてくれてありがとう、私の船長さん」
※
その日のサニー号の周囲には少し霧が出ている。
しかし天候は穏やかで、カモメが鳴いていた。
ルフィが大手を広げ、叫ぶ。
「とうとう来たんだ!ここまで!!!」
ナミが”それ”を見上げた。
「なんだか”懐かしい”ような・・・感慨深いわね・・・」
「あの日は酷い嵐だったっけなァ」
「あれからちったァ成長したのかね、おれたちは」
東の海を共に出た、サンジとゾロが呟き、
ブルックが静かに息を飲む。
「私、50年もかかりました・・・ヨホホホ」
それを聞いて、ルフィが笑う。
「しししし!とにかくこれで”半分”だ!!
ラブーンに会った双子岬は海の反対でこの壁と繫がってる!!
——誰一人欠けずに、ここへ来れてよかった!」
「てっぺんがみえねェ・・・!!
でっけー!これが!!」
チョッパーがその巨大さに目を瞬いた。
壁の様にそびえる、その大陸、レッドライン。
「なんだか泣けてくらァ、色んなことあったなァ・・・!!」
ウソップは涙ぐんでいる。
フランキーは静かに笑ってみせた。
「おれは物心つく前に”南の海”からリヴァース・マウンテンを越えたらしいが、
30年以上前の話か・・・」
幽霊はただひたすらその壁を見上げた。
ノイズがかった脳裏に、
同じようなそびえ立つ赤い大陸を見たことがあった。
「・・・うっすらと、覚えがあるわ。この大陸」
「フフ、なら私と同じように、どこかの海からグランドラインに入ったのかもね。
私は”西の海”からこの海に入った・・・」
ロビンが懐かしむように言った。
ルフィがサニー号の船首の先で、宣誓するように声を上げる。
「世界をもう半周した場所で、この壁をもう一度見ることになる。
・・・そのとき、おれは海賊王だ!!!」
※
「そう言えば次の島”魚人島”って、海の底にあるんでしょう?
どうやって行くのかしら」
幽霊の疑問に、フランキーとナミが反応した。
「そうね、ログポースも”下”を指してるから、それも間違いないはず・・・!」
「オイオイ、こういう時こそ”シャークサブマージ2号”の出番だろ!」
こうして一流船大工、フランキーの造船技術で作られた潜水艇が運用されることになったのだ。
リハビリと鍛錬を行うゾロとおやつを作るサンジ以外は、皆甲板に集まっている。
くじの結果、ロビン、ブルック、ルフィが潜水艇に乗り込むことになった。
でんでん虫をつないだナミが、3人に呼びかける。
「どお?ロビン、ブルック、ルフィ!!」
暫く間を置いて、返して来たのはロビンだ。
『だめね、真っ暗で』
次に聞こえるのがはしゃぐルフィの声だ。
『真っ暗だー!おいおいアレ!今なんか光ったぞ!』
『うわっ!怪物の目玉では!?死ぬーっ!ってもう、私死んでるんですけどー!ヨホホホホホ!!
あ、そうだ、ナミさん』
いつものようにスカルジョークを飛ばしたブルックが、真面目腐った声色を作る。
何かに気づいたのかと耳を側立てた面々はごくりと唾を飲み込んだ。
『今日はどんなパンツはいてるんですか?』
「うっさい!!まじめにやれ!!!」
「ブルック・・・セクハラだわ。良くないわ」
ナミの怒りにチョッパーがびくつき、
ウソップがブルックに呆れとともに感心したそぶりを見せている。
フランキーは海が暗いということで、3人に注意を促した。
「おいおめーら、シャークサブマージ2号の限界深度は5千メートルだ。
気をつけろよ!」
『あれ?なんか船体ミシミシいってますね」
『深度5千メートルを越えてるもの・・・』
『ああー、それでか、なははは』
「えっ、大丈夫なの!?」
それなりに深刻な事態らしいのに、3人の乗組員達はのんきだ。
唯一ブルックが水圧で潰れると騒ぎ出している。
その上どうやら怪物とも遭遇しているらしい。
変わらずぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる声に、
甲板に居る面々はため息を吐いた。
「だめそうだな、こりゃ」
キッチンから出て来たサンジが梨のタルトを用意して甲板の面々に声をかけた。
しばしの休息である。
ナミがタルトに舌鼓を打ちながら困った様に眉を八の字にした。
「また”空島”の時の行き詰まり再来だな」
「そうなの・・・進むべき方角は分かっても、
到達の手段が分からないんじゃね・・・。どうやって行くの?魚人島」
シャークサブマージ2号が海面から顔を覗かせた。
どうやら怪物に襲われても、海の中を見るのは楽しかったらしく、
ルフィとブルックがはしゃいでいた。
しかし魚人島の影も形も見えず、海の底も遥か下にあるという結論に至る。
「近くに島があれば、話も聞けるんでしょうけど・・・」
「そこに行く方法も分からないものね。困った・・・。
ローラ達にもっと話聞いとくんだったわ」
一同が頭を悩ませたその時だ。海面に気泡がぶくぶくと立ち上り、
海獣がその姿を現した。
「”海兎”!!!」
兎と名のつく割に恐ろしく鋭い歯をもつその獣がぐるる、と低く唸る。
サニー号の倍程も大きい。
獲物に食らいつこうとその口を開けた瞬間、ルフィがにィ、と不敵な笑みを浮かべた。
「海の上でおれに勝てると思うなよ。
”ゴムゴムの”ー」
右腕がピストルのような恐るべき早さで、海兎の腹を殴打した。
「”ライフル””!!!」
轟音を立てて海兎が沈む。
すると、海兎が何かを”吐き出した”。
「ん?魚か?」
しかしその魚と思しき”何か”は悲鳴を上げている。
「人!?違う!!」
「まさか・・・」
甲板の上に、”人魚”と手袋のような何かが着地した。
尾びれがぴちぴちとはためいている。
「わー!?吃驚した、人間の人?!」
驚愕する若い人魚はケイミーと名乗った。
「消化されそうなところ助けてくれてありがとう!
わたし海獣に食べられやすくって!!」
「ウフフ、ドジッ子なのね」
ケイミーは幽霊に頷いて、ルフィに声をかけた。
「何かお礼をしなくちゃ、・・・そうだ!たこ焼き食べる!?」