幽霊とシャボン玉の島


人魚のケイミーと、ヒトデのパッパグは人懐っこく麦わらの一味に対応していた。
世にも恐ろしい骸骨と幽霊にも、怖がるそぶりを見せたのは一瞬で、
ブルックがおどけると笑顔を浮かべている。

海獣から助けたお礼にたこ焼きをご馳走するとケイミーは言うのだが、
どうやらもう一人”はっちん”と言う連れがいるらしい。
合流しようとでんでん虫をかけ始めた。

「もしもし、はっちん?こちらケイミーだよ。
 はぐれてごめんね、今どこにいるの?」

『おー、ケイミーか、モハハハ・・・わいが誰かわかるかい?
 ハチじゃないぜェ?』

どうやらトラブルらしい、と麦わらの一味は耳をそば立てた。

でんでん虫の先の人物は”マクロ一味”と名乗った。
人攫い組”トビウオライダーズ”と手を組んで”はっちん”を捕まえたと言う彼らは、
丁寧に自らのアジトを教えて通話を切った。

ケイミーは慌ててルフィに顔を向ける。

「ごめんルフィちん!お礼のたこ焼きまた今度でいい!?
 私すぐに友達を助けにいかなきゃ!」
「えー!?」

ルフィは腕を組んで不満そうな声を上げる。
幽霊もまた顎に手を当てて、考えるようなそぶりを見せた。

「ううーん、どう考えても罠というか、ケイミーちゃんを誘いこむつもりに聞こえたんだけど」
「そうよね・・・ちょっと待ってケイミー!
 首突っ込んで悪いんだけど、捕まった友達の救出なら、私たち、
 ・・・こいつらが協力するから!」

ナミが一味の男連中を指して言う。
ウソップとフランキーが「お前は何もしないのかよ!?」と突っ込んでいたが、
ナミは我関せずと言わんばかりに無視している。

「その代わり、あんたは魚人島に行く方法を、私たちに教えてくれるってのはどお?」
「え!?いいの、ナミちん!」

ケイミーの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
ナミの交渉術に幽霊が感心していると、ナミは幽霊にウィンクして見せる。

たこ焼き目当てでルフィの士気も高い。

トビウオライダーズのアジトまでは、波に矢印を描く魚たちのあとを追うようだ。
魚と話ができると言う、おとぎ話のような力を持つ人魚に、幽霊は目を輝かせた。



”はっちん”ことタコの魚人”ハチ”と麦わらの一味、特にナミとはどうやら因縁があるらしいが、
ナミはハチを助けることに決め、麦わらの一味は見事にマクロ一味とトビウオライダーズを下して見せた。

その結果、今やサニー号はたこ焼きパーティ会場と化している。
和気藹々とたこ焼きに舌鼓を打つ一味に、誰かが声をかけた。

「待て待てーっ!!!挨拶ナシってそりゃないぜーっ!!!
 ハンサム・・・!!あっ、間違えた!!!デュバルだぜーっ」

「えッ、あれ、あいつか・・・!?」

ルフィがたこ焼きを食べつつ驚いているが無理もない。
元はサンジの手配書の似顔絵そっくりだったトビウオライダーズのボス、デュバルの顔が、
骨格からして違う顔になっているのだ。

「骨格変えてやったんだ。もう何言われる筋合いはねェだろうよ!」

本人の言う通り、サンジの整形ショットの威力は凄まじいものがあった。
これでもう、海軍がデュバルをサンジと間違う事はない。
その上、デュバル本人も今の顔を気に入っているようだ。

「いや〜、黒足の若旦那!ボッコボコに顔面蹴られたあの後、
 意識を取り戻しても〜っびっくり!
 こんなハンサムにしてもらっちまって!これは女子がほっとかねぇべよ!
 人生バラ色ぬらっ!!みたいな!!!あはははは!」

「・・・心なしか性格も明るくなっている気がするわ」

幽霊が嫌に明るいデュバルに呆れながら呟く。

「すぐにでも田舎に帰りてぇとこなんだが、
 恩人たちに恩も返さず帰った日にゃあ、寝覚めが悪ィってんでね!
 この海域は初めてだろ!? 何かおれらでお役に立つ事があれば
 何なりともうしつけてほしいん・・・だ!!!」

いまいち決まらないウインクをして見せるデュバルは浮かれているのか、
鏡に写る自分の顔に見とれたり、ナミが投げキッスしたなどと言ってみたりと、
うぬぼれから全く人の話を聞いていないようだった。

ウソップがたこ焼きを頬張りながらため息をつく。

「ハンサムはわかったが、元がバカだからどうしようもねェな」

ウソップの毒舌にはさすがにショックを受けた顔をするが、
デュバルはすぐに気を取り直して呟いた。

「・・・嫉妬か?」

「違うわ!!!」
「やめろウソップ! なんか性格的に敵わねェ!!!」

突っ込むウソップを止めるルフィを見て、幽霊はブルックに声をかけた。

「ねぇ、ブルック、ルフィにああ言わせるって、結構大物なんじゃないかしら、彼」
「ヨホホホ!確かに!」

去り際までポーズを決め、部下に「よっハンサム!」と言われながら
サニー号を後にするデュバルは生き生きと先を行く。

元はと言えば、手配書の件で麦わらの一味、特にサンジを逆恨みしていたデュバル。
戦いを経てあっさりと和解が成立することもあるのだな、と
幽霊は呆れ半分、感心半分で、彼らを見送った。



たこ焼きを食べ終え一服する一味は、
魚人島へ行くためのルートをケイミーたちに確認する。

「進路はこれであってるよ。行き先は”シャボンディ諸島”ね」

海図と地図を広げてケイミーとパッパグが指差しながら説明を始める。

「まず、”新世界”へ抜けるルートは実は2本ある。
 が、お前らみてェな無法者にとっては1本に限られる!」

「何でだ?」
「何故ならば! 1本は世界政府にお願いの上、”レッドライン”の頂きにある町、
 『聖地マリージョア』を横切ると言う手段だからだ」

幽霊は少し眉を顰めた。
しかし、それに気づいた者は誰もいない。
パッパグは説明を続ける。

海賊である麦わらの一味は”魚人島”経由の『海底ルート』を辿るしかない。
レッドラインに空いている穴が、ちょうど海底1万メートルにある魚人島を介して、
新世界への入り口となっているのだとパッパグは短い腕を組みながら言う。

「この船って、潜水艇じゃないわよね、フランキー」
「ああ、・・・海底へこの船で行くってどう言う事だ?」

首をかしげる幽霊とフランキーに、ケイミーが頷いた。

「これから行く島で船をコーティングするんだよ!」
「ほら、ちょうど着いたぞ、前を見ろ!」

サニー号の前方には、飴のような縞模様の木々が茂る。
シャボン玉が浮かび飛ぶ、その景色は幻想的だ。
遠くには観覧車が見える。
街にはどこか丸みを帯びた建築物の数々が建ち並んでいた。
79の”ヤルキマングローブ”の樹の集まりがこの諸島を成しており、
ヤルキマングローブの根から特別な樹脂が分泌され、シャボン玉が発生するのだ。

「あれがシャボンディ諸島・・・!
 なんて綺麗なの、素晴らしいわ・・・!」

その景観に幽霊は目を輝かせ、諸島を見つめた。

船をつけるとすぐ、自然の作り出す不可思議な光景にルフィは夢中になって、
シャボン玉に飛び乗りながらかなり高いところまで登っていった。

幽霊はシャボン玉に手を伸ばした。
ふわりと幽霊の手をすり抜けて行くシャボン玉は、
普通のシャボン玉よりも幾分丈夫そうだ。

「ハチ、この島での目的は何?さっき、船のコーティングがどうとか、」

ナミの疑問に、ハチは頷いた。

「ニュ〜、コーティング職人に会いに行って、おめぇらの船を樹脂で包んでもらうんだ。
 そうすると、船は海中を航海できるようになる」
「ええ!?本当に!?」

どうやらハチは特別な技術を持つコーティング職人を紹介してくれるらしい。

ただ、と、ハチは指を立てて声色を硬くした。
いつの間にかシャボン玉から降りてきたらしいルフィに、忠告めいた言葉を送る。

「その代わり、一つだけ約束を守って欲しいんだ。
 町に入ると、”世界貴族”が歩いてることがある」
「・・・”世界貴族”?」

幽霊が反芻するように呟いた。

「聖地マリージョアの住人たちのことね」
「ふーん。そいつがどうした?」

能天気なルフィとは裏腹に、ハチは真剣に一味の顔を見回した。

「たとえ町でどんなことが起きようとも、『世界貴族』にゃたてつかねェと約束しろ!
 目の前で人が殺されたとしても、見て見ぬ振りをするんだ!!!」

ハチの必死な様子に、一味の皆は息を飲む。
ブルックがヒソヒソと幽霊に声をかけた。

「お嬢さんも気をつけた方がいいですよ。
 あなた幽霊ですけど可愛らしいですし・・・、お嬢さん?」

いつもなら、「からかわないでよ、もう!」と苦笑しそうな幽霊が、
どこか険しい顔つきで空を睨んでいた。
ブルックの問いかけにも気づいていないようだ。

骸骨の手のひらを幽霊の顔の前で何度か振って、
ようやく話しかけられたことに気づいた様子だ。

「あ、あら、ごめんなさい。少しぼうっとしてしまって」
「大丈夫ですか?どこか、具合が?」

心配そうなブルックに、幽霊は首を横に振って笑顔を作る。

「ウフフフフッ、幽霊は病気にならないわ!
 そんなことより、ほら! みんなも諸島を歩くみたいよ。行きましょう!」

「・・・ええ、もちろんですとも」

ブルックはどこか腑に落ちないものを感じながらも、
笑う幽霊に頷いて、歩を進めた。



「すごいわ、すごいわ!面白いわ!」

幽霊はシャボン玉の乗り物に手を叩いて喜んだ。

「ほんと!種類もいろいろあるのね!」

ナミの言う通り、『ボンチャリ』と言うペダル式の乗り物には
カゴがついているもの、大人数で乗れるもの、1人乗り用など用途によって形が様々だ。
空中を浮かぶ乗り物が面白いらしく、ルフィは「小遣いで買うぞおれは!」と息巻いていたが、
ハチに他の島では使えないと言われ、諦めていた。

「違う島でも使えたらなァ」
「ウフフフフ、違う島には違う島で面白い乗り物があるわよ、きっと!」

幽霊はそう言って諸島を見回した。

「この辺りは、お土産物屋さんとか、ショッピングモール、ホテルとかが多いのね。
 まさに観光地って感じだわ」
「ニュ〜、マリージョアの通行許可を待ってる船乗りたちのためだ」

幽霊はあれもこれも気になるのか、
今度は丸い部屋の連なるホテルを見て面白そうな顔をした。

「綺麗に丸い形の部屋が並んでるわね! どうやって作るのかしら」
「意外と簡単なんだぜ。でけェシャボン玉に合金を塗ったら基盤ができる」
「物知りね、パッパグさん!」
「いやァ、それほどでもあるけど!?」

パッパグの説明を聞いて、幽霊は目を細める。

「ヤルキマングローブの恩恵を、この島の住人は受けているのね。理にかなっているわ・・・」

土産物を買い込んでいたルフィとチョッパー、ブルックらが戻ってくる。
ブルックは諸島のあちこちに好奇心を見せ、
パッパグをガイドにして笑っている幽霊をみて、安堵していた。

「胸を撫で下ろしたい気分です。私、撫で下ろす胸ないんですけどー!!!ヨホホホ!!!」
「おめェ、1人で何言ってんだブルック。あれ?ナミとロビンは?」

チョッパーがケイミーに聞くと、どうやら2人はショッピングモールに行ったらしい。
コーティング職人の元へはルフィ、ブルック、チョッパー、幽霊らの面々と、ハチたちで行くことになった。

ボンチャリに乗ったルフィがハチに声をかける。

「なァハチ、目的地はまだ遠そうか?」
「ニュ〜?そうだな、13番グローブにあるからまだまだ先だな」

ハチの答えに、ルフィにニィ、と口角を上げた。

「しっしっし、だったらよ、次のグローブまで競争しようぜ!」

数分後、風を切って行く二つのボンチャリからは笑い声が絶えなかった。

「だー!おれが抜いたぞー!!!」
「ニュ〜負けねェ!挽回するぞ!」

全速力でペダルを漕ぐルフィとハチに、ブルックは長い手足を投げ出し、悲鳴を上げていた。

「きゃあああ!?速いっ速いですって!飛ばされそうですよ!?」
「ぶわああああ!?」

チョッパーは風圧で喋れずにいる。

「あははははっ、行けー!はっちん!!」
「2人とも速すぎるわよっ!ウフフフフッ!」

ケイミーと幽霊の女性陣は楽しそうに笑っている。

「おおっ!?幽霊お前すげー速ぇな!?」
「フフッ浮いてるからね!」

ペダルを漕ぐ2人に、浮きながら同じくらいのスピードでついてくる幽霊を見て、
ルフィは羨ましそうな顔をした。

「いいなァ!おれも、空飛べたら楽しいだろうになァ!」
「あら、じゃあ幽霊にならなくちゃね!一回死ななくちゃ!ウフフ!」

「ヨホホホッ、な、流れるような、ゴーストジョーク!素敵です、お嬢さん。
 ヨホホ、今私ちょっとグロッキーですけど・・・」

「オメェら、その冗談あんまり冗談になってねェからな」

ルフィの珍しい突っ込みを受けて幽霊は高らかに笑い、
ブルックは乾いた笑い声を響かせていた。



「うわー、すげぇスピード」

ボンチャリではしゃぐ連中が猛スピードで横切ったのを見て、
シャチは帽子を抑えながら呟いた。
あっという間に見えなくなってしまったが、随分楽しそうだったのは分かる。

ペンギンも頷いた。

「ああ、爆走してた。しかしあれ、麦わらじゃなかったか?」
「え!?あいつらもこの島来てんのか?」

シャチが驚きに目を見張る。

「手配書と同じ顔だった気がしてな。いや、一瞬だから見間違えかも知れねぇけど」
「キャプテンはわかりました?」

振り返ったシャチとペンギンは、ローの顔を見て、ぎょっとした。
常に冷静なはずのローが、まるで幽霊でも見たかのような青ざめた顔で、
ボンチャリの向かって行った先を見つめているのだ。

「キャプテン? どうしたの・・・?」

すぐそばに居た、不安そうなベポの声を聞き我に返ったのか、ローは目を瞬いた。
それから心配そうな船員たちに目を向け、首を横に振る。

「いや、なんでもない」

「どう考えてもなんでもないって面じゃねェっすよ!?」
「誰か知り合いでも居たんですか?」

ローは帽子を目深に被りなおした。

「ああ。だが見間違いだろう。・・・先を急ぐぞ」
「・・・アイアイ・キャプテン」

ひとまずは納得して目的地に向かう船員の背を見ながら、
ローは一瞬見えた、その顔をもう一度思い出そうとしていた。

きっと見間違いだとわかっている。

なぜならローの知っているその人は11年前に死んだのだ。
生きて再び出会うことのできない人だった。

それこそ、その人が、”幽霊”にでもならない限り。