隊服談義
が隊服を仕立て直した後の柱合会議のことだ。
“お館様”こと産屋敷耀哉に呼ばれて少し話をしたが学帽を
かぶり直して屋敷の外に出ると、
胡蝶しのぶと甘露寺蜜璃がなにやら和気藹々と話している。
は無視するのもまずい、と挨拶をしに二人に近寄った。
「こんにちは、胡蝶さまに甘露寺さま」
「こんにちはさん」
「あっ、さん、ちょうどいいところに!」
「お揃いでどうなさったのですか?」
蜜璃はの格好をみて衝撃を受けたように立ち竦んでいた。
「や、やっぱり普通の隊服だし、それどころかさん、
学帽とマントって、普通の隊士よりも着込んでる!?」
「そう言えば、さんはいつからかその格好ですね」
バンカラ学生のような、一見すると男にも見えそうな装いである。
どうやら柱の二人は隊服の話をしていたらしい。
「あぁ……私は炎柱の副官となりましたが、まだまだ柱の方々には遠く及ばず。
頭を守ったりと、できる限り防御手段は多くなくては。
それにこまごました医療器具を持ち運ぶのにマントが便利ということもありまして」
がマントを翻すと、赤い裏地にはいくつも隠しポケットが付いている。
包帯やちょっとした薬なんかを目立たずに持ち歩くにはもってこいの衣服だ。
「そういう観点なんですね」
感心したようにしのぶが言うと、は小さく呟いた。
「あと、女学生時代の知り合いに顔を合わせたくないのがいますから」
「恨みでも買ってたんですか?」
「しのぶちゃん、そんな」
ズバッと聞いたしのぶに、蜜璃がオロオロとの顔を伺った。
は困ったように眉をハの字に下げている。
「恥ずかしながらその通りです」
「えぇ?!」
※
蜜璃も柱合会議で話題に登ることが何度かあったのでの噂は聞いている。
鬼殺隊は常に人材不足だ。
そんな中現れた有望な新人、と期待されていただが、評判は二転三転している。
師範となった胡蝶しのぶの元での度重なる命令違反ゆえの放逐。
それと裏腹な鬼殺数が表す高い実力。
規律を重視する柱は、命令違反を犯すの階級をあげることに難色を示したり、
実力主義の柱は、鬼を殺した数の分の階級を上げ、警備地区を広くすべきと、
何かと争いの種にもなった。
結局、耀哉の采配で、炎柱、煉獄杏寿郎にの監督を申しつけてからは、
も少しは丸くなっているらしく、
しのぶとも和解して、このように世間話ができるようになったようだが、
杏寿郎は宇髄天元に「割と手を焼いている」とこぼしていた。
あの煉獄杏寿郎が手を焼くとは相当のことである。
そんなであれば過去に恨みの一つや二つ買っていてもおかしくはないし、
なんなら刃傷沙汰であっても驚かない。
ハラハラする蜜璃に、は悩ましげなため息をこぼした。
「私、当時はやたらと女の子にモテまして……最近で言うエスですね」
「エス」
全く思ってもみなかった単語に、蜜璃は思わず反芻していた。
しのぶは「あぁ」と得心したように頷いている。
「さん、顔は綺麗ですからね……」
はしのぶの言いように苦い笑みを浮かべた。
「『顔は』って何ですか。もう。
とにかく退学するときに方便で縁談が決まったと嘘をついたのですが、
後輩の一人が私を殺して自分も死ぬと刃物を持ち出して大騒ぎになり、」
「け、結局刃傷沙汰なの!?」
「はい。刺されて死ぬかと思いました。ふふふ」
「笑い事じゃないですよ、さん」
驚いた蜜璃に、は朗らかに笑っている。
しのぶは呆れた様子でをみていた。
「でも、……あの子には少し、悪いことをしましたね」
ふ、と目を伏せたの表情に、蜜璃は胸の高鳴りを覚えていた。
なるほど、確かに女生徒から人気があったのも頷ける。
は蜜璃のほうっとした視線に気がついたのか、にこりと微笑んで見せた。
「それにしても……強さと自信がなければ露出の多い服は着れません。
甘露寺さまはすごいです」
蜜璃はその言葉にハッと我に返り、ブンブンと腕を振って抗議した。
「違うのー! 私のこれは自信とかじゃないの!」
隊服縫製係の前田まさおが「女子は皆寸足らずの隊服である」と
通してこの格好になったのだ、と蜜璃が経緯を説明すると、
はパチパチと瞬いて首をかしげた。
「前田さんにも困ったものですけど、甘露寺さまもお断りすれば良いのに」
「だ、だってだって! せっかく繕ってもらったものだし……」
「油で燃やせばいいんですよ、毎度のことですし」
しのぶはマッチを差し出して蜜璃にずいっと押し付けている。
「しのぶちゃんは過激だわ!」
蜜璃が困り果てて言うと、
は何を思い出したのか口元に手を当てて思案するそぶりを見せた。
「そういえば、私も最初はボタンが閉まらなくて、
スカートに切れ込みの入ったやつを渡されましたけど、今は全然ですね……」
「え!?」
「さん、本当ですか?」
蜜璃としのぶがを注視すると、は何を思い出したのか手を打って答える。
「あぁ、明らかに寸法のおかしいものをぴったりとおっしゃるから、
疲れで目がおかしくなったのだと思って栄養注射を打ちました!
それ以降は煩わしいやりとりも全くなくなりましたねぇ。うふふふふ!」
蜜璃は柱合会議の話題に、に応急処置を受けた人々からの
感謝と、苦情が入っていたことを思い出した。
一般人からは感謝の言葉が多数、隊士の中からは苦情混じりのものが多かった。
曰く「治療は丁寧だが、注射の類が地獄のように痛い」
「あまりの痛みに絶叫したのち気絶した」「もう少しどうにかならないか」
結局、一般人からは何も苦情が出ていない上、
たかだか注射で弱気なことをいう隊士が軟弱だと言うことで話はまとまった。
だが、杏寿郎だけは妙に納得したような、同情していたような、
そんな顔をしていなかっただろうか。
「でも、また打たなくちゃかしら、胡蝶さまも甘露寺さまも、
隊服の仕立てが遅れるのは困りますものねぇ?」
の提案に、しのぶはにっこりと笑みを深めた。
「さん。二、三本は打っていいと思いますよ」
「し、しのぶちゃん、そんなけしかけるようなのは良くないと思う!!
さんもわざと痛い注射をするのはダメ!!」
蜜璃は必死にを止めたのだが、何しろは問題児である。
その後、柱の命令を聞いたかどうかは定かではない。