薙刀使い

機能回復訓練を終えた炭治郎、善逸、伊之助の3人は、
訓練場にてしのぶが呼んだという特別講師の登場を待った。

どういうわけか、それぞれどこか、緊張した様子である。

『せっかくですから、特別講師の方に稽古をつけていただくといいですよ。
 彼女も階級がだいぶ上になりましたし、後輩を指導しても良い立場ですからね』


全集中・常中を会得して浮かれていた3人に、
ニコニコ笑って言い放ったしのぶを思い出し、
善逸が絶望の表情で呟く。

「いやいやいやいや、絶対これ、あの人しかいないでしょ」
「……多分、そうだな。今日は来てくださる日だし」
「あいつか……」

炭治郎が頷き、伊之助が珍しく途方にくれたような声を出して、
訓練場の入り口を見やった。

チクタクと時計の音が訓練場に響く。

善逸は緊張と沈黙に耐えられなかったのか、
伊之助を指差してブンブンと腕を振り回した。

「お前が裏山で遊び呆けてたから! しのぶさんが怒ってさんに
 きつく稽古するように頼んでたら許さんからな!? 恨むからな!?」

「なんだと?! テメーもまんじゅう盗み食いしてたろうが!?」

「2人とも落ち着け! まだ誰が来るかわからないだろ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した善逸と伊之助を炭治郎が宥めたときの事だった。

「あっ、足音する! 来たぞ!?」

善逸の鶴の一声に、伊之助でさえ居住まいをただした。

訓練場の戸を叩き、正座する3人の前に現れたのは、
大方の予想通り、である。

「こんにちは、皆さま」

「……こんにちは」
「こんにちは」
「……おう」

それぞれパラパラと挨拶をしたものの、相手は“あの”である。

どんな厳しい稽古になるのかと不安気な表情を浮かべる3人だったが、
裏腹には薙刀と小さな袋を横に携え、穏やかに笑みを浮かべた。

「まずは怪我の快癒と全集中・常中の会得、おめでとうございます。
 特に短期間での全集中・常中の会得には大変感心いたしました。
 あれ、結構私も苦戦しましたもの。皆さま本当によく頑張りましたねぇ」

「え、えへへ」
「ありがとうございます!」
「……ワハハハハ!」

3人は労われてそれぞれ笑みを浮かべた。
炭治郎以外の、に特別苦手意識を持っている2人も褒められて嬉しそうである。

しかし、は少々困った顔をした。

「さて、本日は胡蝶さまから『稽古をつけてあげなさい』と申しつけられていますが、
 私、あまり直接教えるのが上手でないのですよねぇ。
 皆さま方とは得物も違いますし。……なので、私がやるのは“見稽古”です」

「見稽古?」

聞き慣れない言葉に3人は首をかしげた。
はそれに頷いて、空中に字を書いてみせる。

「はい。“見て学ぶ稽古”で、見稽古です」

それから胸に手を当てて自身の使う技についての説明を始めた。

「まず、私がどのような技を使う隊士であるかを説明させていただきますね。
 私は蟲・花・炎の呼吸と、手習いを受けていた薙刀術を基礎に、
 新しい型を自分で作って使っている、ちょっと特殊な隊士です」

「伊之助の“獣の呼吸”のような感じだろうか……」

炭治郎が思わず呟いたことに、
善逸は納得した様子で伊之助に目を向ける。

「ああ、あれも我流だって言ってたもんな」
「ふーん、へーえ」

伊之助の使う獣の呼吸も我流である。
に親近感を覚えたのか、伊之助は被り物の下からの顔をじっと眺めた。

「ええ、嘴平くんと私は感覚が少し近いのかもですね」

はそう言うと、薙刀を手に立ち上がった。

「ではでは、今から3つ技を披露いたします。
 それぞれの特色をよく覚えるように注意して、ご覧くださいね」

は薙刀を構えた。
集中するに従って、スゥ、と空気が研ぎ澄まされていくようだ。

 宝蔵院流 表十五本式目 薙刀 あらため

の放ったのは演武のような、15の型を連続して見せる技だった。
炭治郎たちに見せるためか、随分ゆっくり、丁寧に披露しているらしい。

足さばきも姿勢も見事で、薙刀に関しては門外漢な炭治郎らも、
が達人に近い領域にあると一目でわかるような、洗練された動作である。

しかし、炭治郎たちはすぐに気がついた。
は呼吸を使っていない。

型を終えたが、頭に疑問符を浮かべる炭治郎たちに頷いた。

「お気づきだと思いますが、今のが呼吸なしでの状態です。
 同じ技に、次から呼吸を乗せますよ」

ゴオ、との呼気が燃えるような音を立てる。

 宝蔵院流 表十五本式目 薙刀 炎改 えんかい

善逸が音の違いに気がついた。
薙刀が空を切る音が鋭い。

ほとんど動きは変わっていないのに、
最初に見せた型とは比べ物にならないほど、威力が上がっているのだ。

「これが炎の呼吸を乗せた状態です。
 次に、蟲の呼吸を乗せてみます」

 宝蔵院流 表十五本式目 薙刀 蟲改 ちゅうかい

こちらの変化は明快だった。
足さばきと柄の振り幅が先ほどまでとは違って小さく、
また、技と技の間隔も短かった。

「どうですか? 違い、わかりました?」

3つの技を終えたが質問すると、善逸がそろそろと自信なさげに手を挙げた。

「炎の呼吸を乗せた技が、一番威力が強い?」
「はい、我妻くん正解です。飴玉をどうぞ」

そう言ってが傍に置いていた小さな袋から取り出したのは、
小さな飴玉の詰め合わせだった。

「花の組飴です。色鮮やかで目に楽しい。もちろん味も良いですよ」
「あっほんとだ! うまっ!」

手渡された袋を開け、一つ摘んだ善逸が頬を押さえて言うので、羨ましくなったらしい。
伊之助が立ち上がって手をあげる。は回答を促した。

「はい、嘴平くん」
「最後のやつが一番ちまちま動いてた! そんで技が素早く出せてた!」

勢いよく答えた伊之助に、は微笑む。

「はいはい。蟲改のことですね。嘴平くんも正解です」
「飴玉よこせっ!」
「ええ、もちろん。うふふふふ!」

ズイっと手を差し出した伊之助に、は詰め合わせを渡した。

伊之助はもらった飴の袋を開けたかと思うと
何個かを口に放り込み、音を立てて飴を噛みはじめた。
善逸はそれを「信じられねぇ」と言う顔で見ている。

「お前、これ職人技がすげえ飴だぞ。
 それをバリバリ噛むか普通、味わって食えよ」
「俺の勝手だ!」

そのやりとりの横で悩んでいる様子の炭治郎に、は声をかけた。

「めぼしいことは言われてしまいましたから
 竈門くんには私から質問してみましょうか。
 この技が使えたら、鬼殺の際にはどんな風に使い分けます?」

炭治郎は面食らった様子ながらも答えようとした。

「ええと……例えば、最初に蟲改を使ったあと、
 炎改を使えば、同じ技なのに威力が上がってるように見えるから
 鬼は驚いて隙を見せるかもしれない、とか、ですか?」

は手を叩いて頷く。

「素晴らしい、ほぼほぼ模範解答ですね!
 竈門くんにも飴玉をあげましょう」

「……ありがとうございます」

なんだか母や姉におやつをもらっているような気分になって、
炭治郎ははにかんだ。

さて、とは注目を再び集めた。

「皆さんお気付きの通り、炎改は威力が一番強く、
 蟲改だと炎改に威力は及びませんが、少ない動きで素早く技を出せます。
 もちろんさっき見せた呼吸なしの技でも、場合によって鬼の首は切れますし」

「えっ!?」

呼吸なしで鬼の首を切れると聞いて、思わず皆はを注視した。
純粋に力だけで鬼の首を斬るのは、男でも難しいと知っているからだ。

驚いた様子の3人に、は「とはいえ」と前置く。

「さすがに強い鬼を相手にするときは呼吸を使わないと無理ですけどね。
 私の薙刀は少し特殊なもので……っと、話が逸れました」

は咳払いをして本題に戻った。

「重要なのは教わった呼吸・技・理念がどのような質であるか、
 一つ一つの動きにどのような意味があるかをきちんと分かっていること。
 そうすれば新しく型も編めるし、より自由に息をすることができる」

「鏡の前で自分の型を一回見てみるといいです。
 どの動きがどのように効果をなしているのかを確認して見ましょう。
 基本に立ち返ることはとても大事なことですからね」

「はい!」

3人は威勢良く頷いた。

の授業は、炭治郎らが当初思っていたよりも
ずっとためになる、そして“まとも”な授業だった。

しかし、炭治郎はあることに気がついて、に声をかける。

「あれ? でも、前にさんが使ってたのは“罰の呼吸”だったような……?」

「はい。自分で編んだ新しい呼吸がありまして、
 鬼殺の際にはそちらを主に使っています」

ニコニコとしたの笑みに、どこか仄暗いものが混じった。

「うふふ。どれもこれも、鬼を懲らしめるために全身全霊、
 知恵を絞って考案した、自慢の技なんですよぉ……?」

炭治郎は、自分が藪を突いたことに気がついた。
その証拠にからは不穏な匂いがする。

炭治郎と同じように何か察したのか、伊之助は無言でだらだらと脂汗をかき、
善逸は「ヒッ」と小さく息を飲んで震え出した。

はうっとりと頰を抑え、笑みを深める。

「あぁ……相手が鬼であるならば、是非是非、とどめは“罰の呼吸”で刺したいですよねぇ。
 この技を放てばどういう有様で鬼が死ぬか。考えているときには大変心が躍りました。
 実戦で使い、改良するたび鬼の悲鳴がこう、だんだんと痛切なものに変わっていく。
 その度私はもう、楽しくて楽しくて、」

さん! その辺りは大丈夫ですから!!」

恍惚の表情で自分の世界に浸り出したを炭治郎は呼び戻そうとした。
なんだか聞いているだけで鬼に同情しそうな話になりそうである。

炭治郎に止められて、は夢から覚めたような顔になった後、
首を傾げて緩やかに眦を細める。

「今回は胡蝶さまから、
 『あんまり刺激の強すぎる講義はよせ』と、あらかじめ止められていましたが、
 請われたとあれば話は別。……ご覧になりますか。“罰の呼吸”」

「いえ! 本当に結構です!! さん3つも技を見せてくれましたし!!
 疲れてると思いますし!!! ありがとうございました!!!」

炭治郎が慌てて首をブンブン横に振ると、は微笑む。

「あら、そうですか? 全然遠慮なんてしなくてよろしいのに……。
 残念ですねぇ」

炭治郎他2人は思う。

と言う人は、確かに強いし公平で、尊敬できる部分もあるのだが、
いかんせん物騒すぎて心臓に悪い、と。



の稽古のあと、炭治郎と伊之助は那田蜘蛛山での任務で破損した
日輪刀を刀鍛冶から受け取るようにと鎹鴉から連絡を受けた。

刀を持ってきたのは鋼鐵塚と鉄穴森である。
2人とも鬼殺隊お抱えの刀鍛冶特有の、ひょっとこの面を被っている。

炭治郎と伊之助が2人を出迎えたのだが、
鋼鐵塚は刀を折った炭治郎に大層立腹しており、
炭治郎を一時間包丁を持って追いかけ回すと言う暴挙を働き、
しばらく刀の受け渡しどころではなくなった。

散々炭治郎を追い回して満足し、
大人しくなった鋼鐵塚をなんとか蝶屋敷の中に案内したとき、襖が開く。

「どうも皆さま、お茶が入りましたので、よろしければ」

がお茶を淹れて持ってきたのだ。
と鉄穴森は面識があったようで、鉄穴森の方から挨拶をした。

「これはこれは殿、息災なようで何よりです」

「ありがとうございます。お二方もお元気そうで。
 頼んでいたものはどうですか?」
「はい。お持ちしましたよ」

どうやらも刀鍛冶の2人に用があったらしい。
鉄穴森がに渡したのは小さな袋と、布に包まれた医療用のメスである。

「猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石の粉末に、メスが2本。確かに受け取りました」

「医術の道具も刀鍛冶の方に作ってもらってるんですね」

炭治郎が感心したように言うと、が浮かべていた笑みを深めた。

「場合によってはこれでも首を斬れますからね」
「えっ、これで!? どうやって!?」

どう考えても普通のやり方では鬼の首は切れないだろう、と驚いた炭治郎に、
は声を潜めて囁く。

「……知りたいですか?」
「あっ?! 大丈夫です!」
「まぁ! 残念残念。うふふふふ!」

はどうも炭治郎をからかうのに味をしめたらしい。
焦る炭治郎をひとしきり笑って見せたあと、改めて鋼鐵塚と鉄穴森に向き直った。

「冗談はさておき、鬼殺隊お抱えの刀鍛冶の方々は腕が良いので、
 この医療用メスも並みのものよりずっとずっとよく切れる。いつも重宝しております」
「いやいや……」

照れたように鉄穴森が頭をかいた。
鋼鐵塚の方はの携えている薙刀の方が気になるのか、
じっとの背後に顔を向けている。

「にしても殿、それはもう再利用もできないくらいのくず鉄ですが、
 一体何に使うおつもりなんです?」

鉄の粉の入った袋を見ながら不思議そうに首をかしげる鉄穴森に、
は頰に手をやり、陶然とした様子で答える。

「それでも陽光山の鉄の粉ならば、鬼の嫌うものではありましょう。
 ちょっと実験をしたいのです。
 私の仮説が正しければ……ふふ、とても愉快なことになりますので」 

 また何か悪いことを企んでいるらしい。

炭治郎はそんな香りを嗅ぎ取って青ざめつつも沈黙した。
が不穏なのはおそらく性分で治らないだろうと思ったので、
突っ込むのもきりがないと悟ったのだ。
伊之助も無言で冷や汗をかいている。

ニコニコと機嫌よく笑うの袖を、鋼鐵塚が引いた。

「薙刀が見たい。見せろ」
「はい、構いませんよ。どうぞ」

は鋼鐵塚に頷いて、まき布を取り、刃を露わにした。
冴え冴えとした薄青い刃に、ほう、と誰かが息を飲む。

「薙刀を使う人は珍しいですよね、ああ、よく手入れされている……!」

鉄穴森の感嘆に、は照れたように笑う。

「ありがとうございます。
 入隊以前から薙刀を嗜んでいたのもありまして、扱いには慣れておりますから。
 ……一応腰には短刀も差しておりますし手習いも受けておりますが、
 あまりこちらを抜く機会はありませんねぇ」

伊之助も薙刀に興味があるのか、指を差して尋ねる。

「触っていいか?」
「ええ、振り回したりしなければ大丈夫ですよ」

伊之助は薙刀の柄を両手で持ち上げた。

「刀よりは重いな、権八郎、お前も持ってみろ」
「本当だ。柄も長いし、大きいからだろうか」

炭治郎も伊之助から薙刀を渡されて呟く。
は指を立てて薙刀の説明を始めた。

「薙刀は突いてよし、打ってよし、斬ってよしの武器なのです。
 遠心力を利用しますから普通のものだとそれほど腕力もいりません」

「じゃあこれ、普通の重さじゃないんですか?」

炭治郎の疑問には鉄穴森が答えた。

「ええ、殿の希望で柄を鉄製にしています。
 通常のものよりも重くなり、扱いも難しくなりますが、
 殿は大変上手に使いこなしているご様子、打った私も嬉しいです」

コクコクと満足そうに鉄穴森が首を縦に振った。
丹念にこしらえたものをが愛用しているので嬉しく思っているのだろう。

「ふふ。そういう特別仕様なので、とにもかくにも技の威力が上がります。
 バリバリ首を斬れますし、打てば骨も粉砕できるのがいいですねぇ」

「バリバリ」
「粉砕」

炭治郎と伊之助は思わず、物騒なの言葉を繰り返した。

「ええ、バリバリ。粉砕。うふふふふ!」

も反芻して朗らかに笑う。
そして鉄穴森の荷物に刀を見つけて、話題を変えた。

「竈門くんも嘴平くんも刀を打ち直していただいたのでしょう?
 確かめたらどうですか?」

その後、鉄穴森が打った新品2本の刀を伊之助が石でわざと刃こぼれさせ、
鉄穴森が烈火のごとく怒り出した際には、珍しくも伊之助に苦言を呈した。

「嘴平くん……、刀というのは職人の方が丹精込めてこしらえたものですから、
 いきなり傷つけるのでなく、ちゃんとどのような形状にしたいかを、
 前もって言っておいたほうが良いですよ……」

だが「ぶっ殺してやるこの糞餓鬼!!」と怒り狂う、
普段は割合穏やかな印象の鉄穴森の衝撃に押され、
の忠告は空に溶けていくのだった。