無限列車搭乗

竈門炭治郎と禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助は
炎柱、煉獄杏寿郎との合流を目指して無限列車の止まる駅に到着したところである。

胡蝶しのぶが『火の呼吸』について杏寿郎に聞いたところ、
直接指導するとのことで、駅で炭治郎一行と合流すべきという話になったらしい。

列車に乗ったことがなく、勝手のわからない炭治郎と伊之助のために
多少心得のある善逸が切符を手配しに行ったので、炭治郎は伊之助の刀を隠してやろうと
布をマントのように首元で結んでいた、その時だった。

「こんにちは、いえ、そろそろこんばんは、かしら。
 竈門くんに嘴平くん。我妻くんは席を外していらっしゃるの?」

さん!」
「!?」

薄い気配で近寄って来たのはである。
炭治郎が最初に会った時のように、学帽にマントを着込んでにこやかに微笑んでいた。

薙刀を背負っている姿はやはり目立つが、不思議と周囲からは遠巻きにされているようで、
駅員がを注意しに来ることもない。

「善逸は切符を買って来てくれているところです。
 ……さんは、薙刀を隠さないんですね」

炭治郎らの間では往来を歩くときに帯刀していると大騒ぎになるので、
とりあえず刀を羽織りで隠そうという話になっていたのだ。

そんな中で堂々と薙刀を持ち歩くはやはり、どこか浮世離れした佇まいである。
当のも自覚があるのか、困ったように頰を抑えた。

「ええ、何しろ柄が長いゆえ、皆さんのように隠しようもないんですよ」
「大変ですね……俺たちもさっき警官を呼ばれそうになりました……」

炭治郎がどこかしょんぼりした様子で言うと、
は「それは災難でしたねぇ」と労わるようなそぶりを見せる。

「そういう意味では、薙刀はまだ手習いをしているところも多いですし、
 布を巻いてしまえば真剣か、先竹の薙刀かはわからないですからね。
 多少言い訳ができるのです」

「なるほど」

どうやら薙刀は、一目で真剣とわかる刀を持ち歩くよりは融通が効くらしい。
感心した炭治郎に、はにこやかに微笑んだ。

「うふふ。私は嘘も方便も誤魔化しも、そこそこ得意な方ですから、
 何かあったら頼ってくださって構いませんよ?」

どういうわけか、めちゃくちゃに説得力がある言い分である。

「そんな状況にならないよう祈ります……」

どこか乾いた言葉を炭治郎が呟いたころ、善逸が切符を手に駆け寄ってきた。

「おーい、買って来たぞ……ウォアァア?! さん!?」

素っ頓狂な叫び声をあげた善逸を見て、
の顔に面白がるような笑みが浮かんだ。

「あらぁ、我妻くん。こんばんは」
「コ、コンバンハ」

の弾んだ声と裏腹に善逸はガチガチに緊張している。
どうやら蝶屋敷での看護と注射がよほどトラウマになっているらしい。
それを見て、は愉快そうに声を上げて笑う。

「うっふふっ! 嫌だわぁ。そんな硬くならずとも結構ですよぉ?
 同じ鬼殺隊の隊員ですもの。
 取って食ったりいたしませんから、気を楽になさって、ね?」
「ヒャイッ……」

小首をかしげる様は可愛らしいが、善逸はそれよりも恐怖が優っているようだった。
頰を赤らめつつも冷や汗をかき、裏返った声でなんとか返事をしている。

は善逸の手にした切符を見て、気を取り直すように両手を合わせた。

「我妻くんは切符のご用意ご苦労さまでした。
 炎柱のところまでは私がご案内いたします。
 中程の車両に居ると聞いておりますので」

「一緒に来たわけじゃないんですね」

炎柱の副官であるであるが、どうやらまだ杏寿郎とは合流していないらしい。
炭治郎が尋ねると、は先頭を立って歩きながら肯定した。

「ええ。前日に違う任務をこなしてますから。
 私もこちらで合流することになっているのです」

の説明を聞いていたのは炭治郎と善逸だけである。

山育ちの伊之助はどうやら汽車を生き物だと思っているらしく、
汽車の中に入ったことで猪頭を被っていてもわかるほど興奮していた。

「うおおおお!! 腹の中だ!! 主の腹の中だ!! 戦いの始まりだ!!」
「うるせーよ!!」

善逸が一喝するが聞くそぶりもない。爛々と周囲を見回していると、
ふと思い立ったようにに尋ねた。

「なぁ、柱っつーのは鬼殺隊で一番強い奴らなんだろ? この主より強いか?!」

「うふふ、汽車より強いかはわかりませんけれど、
 柱となるのは尋常にあらぬ鍛錬を積んだ方々ですから場合によっては勝てそうですね。
 それぞれ癖の強い方々でもありますが、
 皆さま世のため、人のために働くのを惜しまぬ、立派な強者たちですよ」

の声にはどこか誇らしげな色が見えた。
しかし、は付け加えるように、ボソッと呟く。

「……まぁ、皆さま大概癖が強いですが」

自身も相当に癖があるのに『癖が強い』と繰り返すに、
炭治郎らは若干の不安を覚えた。
まさにこれから会いに行くのはその、柱の一人なのだから。

「炭治郎は一回会ったことがあるんだよな、その煉獄さん」
「うん。匂いも覚えているし、だいぶ近づいてきてると思うんだけど……」

不安そうな善逸に炭治郎が答えたときである。

「うまい!」

不意に車両中に轟くような声が響いた。
驚いた一行が前方を見ると、弁当をものすごい速さで完食している男がいる。

衝撃のあまり立ち尽くす炭治郎と善逸を前に、が深いため息をこぼした。

律儀に一箱完食するたびに「うまい!」と感嘆するのは、
間違いなく炎柱の煉獄杏寿郎であった。

「あの、本当にあの人が炎柱ですか……? 食いしん坊でなく……?」
「……はい。そうです。癖が強いと申しましたでしょ?」

善逸の疑問に、も呆れ交じりに答える。
積み上がった箱の数を数え、は杏寿郎に声をかけた。

「煉獄さん。後輩たちとが参上致しましたよ」
「おお! 君よく来た! ちょうど俺も弁当を完食したところだ!」

「ええ、わかります。12箱も召し上がったようですね?」

の声に非難めいたものを感じ取ったのか、
杏寿郎は表情は変えないまでも、心外そうな声を上げる。

「売店で幾つも種類があったので迷うよりは全部買うのが良いと思ったのだ!
 それに腹が減っては戦ができぬと言うだろう!」

「そりゃそうですけど食べ過ぎですよぉ、眠くなっても起こしませんからね」
「いや、さすがに任務中に寝ないぞ俺は!」

杏寿郎はの軽口にも慣れた様子だ。

汽車が出発する前に弁当箱を片付けてもらったのち、
杏寿郎の横、窓際に炭治郎が座った。手前には禰豆子の入る桐箱が置かれている。

杏寿郎の席の通路を挟んで横に善逸、窓際に伊之助、
善逸と向かい合う形でが座る。

それぞれが席に着き落ち着いたところで、
炭治郎はさっそく杏寿郎に「火の呼吸」についてを尋ねた。

杏寿郎は腕を組みながら話を聞いていたかと思うと、前だけを見据えたまま、
「知らん!」と声をあげる。

「『ヒノカミ神楽』という言葉も初耳だ!
 君の父親がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが!
 この話はこれでお終いだな!!」

「えっ!? ちょっと、もう少し何かありませんか!?」
「ない!」

あっさり話を終わらせた杏寿郎に、炭治郎はギョッとした様子で問いかけるも、
杏寿郎は身も蓋もなく断じてしまった。

「竈門くん、煉獄さんは本当に心当たりがないようなんですよ。残念でしたね」
「えっ、ええ……?!」

のすまなそうな顔をみてたじろぐ炭治郎に、
杏寿郎はこちらが本題だと言わんばかりに口を開く。

「俺の継子になるといい! 面倒を見てやろう!」
「待ってください! そしてどこを見ているんですか!?」

炭治郎の困惑を無視して、杏寿郎は自らの修める炎の呼吸の歴史についてを語り出した。
はそれを横目に見ながら面白そうに笑みを深める。

「いやあ、こうなってしまうと止まらないですね。あはは」
「く、癖が強い……」

善逸が思わずと言ったように呟く。

杏寿郎は基本の呼吸の説明から、
日輪刀の色で判断する適正についての説明に移ったらしい。

「溝口……いや違ったな! 竈門少年!
 君の刀は何色だ!」

「色は黒です!」

炭治郎が杏寿郎の勢いにつられ気味にハキハキと答えると、
杏寿郎は快活に笑った。

「ワハハ!……それはきついな!」
「きついんですか!?」

炭治郎が問い返すと、杏寿郎は頷く。

「黒刀の剣士が柱になったのを見たことがない!
 さらにはどの系統を極めればいいかも分からないと聞く!
 だが不安に思うことはないぞ、適正は適正だ!
 呼吸が違っても継子になることはできるからな! なぁ、君!」

話を振られて、は炭治郎に微笑んで見せた。

「そうですねぇ、私も煉獄さんの継子です。
 日輪刀は青色に変わっておりますが、炎の呼吸もそこそこ使えますよ」

「本当にそこそこだがな! 
 君の場合、新しく作った呼吸の方が強いだろう! 
 ……俺はあまり君の呼吸が好かんが! 威力は認める!」

どことなく悩ましげな様子を見せる杏寿郎に、
は面白そうに声を上げて笑った。

「うふふふふ! 大事なのは鬼の首を取れることですからね」

話している間に、汽車が動き出した。
杏寿郎は何に納得しているのか頷きながら、炭治郎らに目を向ける。

「兎にも角にもみんな俺のところで鍛えてあげよう、もう安心だ!」

面倒見の良さを遺憾なく発揮した杏寿郎に、炭治郎は圧倒されている。

そんな中、走り出した汽車の窓から身を乗り出し、伊之助が叫んだ。

「うおおおお!! すげえすげえ、速ぇえええ!!」
「危ねぇよ、この馬鹿!」

善逸が必死に止めようとするが、伊之助は聞く耳を持たない。

「外に出て走る!! どっちが速いか競争するぞ!!」
「馬鹿にもほどがあるだろ!!」

善逸が猪頭の上から拳骨を落とした。
それでもなお汽車に思い切りはしゃぎ倒す伊之助に、
が見かねた様子で声をかける。

「ダメですよ、嘴平くん。
 この汽車の時速はおおよそ100kmですから無理矢理降りたら大怪我です」

「じそく……? 100……?」

耳慣れない言葉に頭に疑問符を浮かべた伊之助に、
は愉快そうに眦を細めた。

「うっかり線路に足など出して轢かれてしまえば、
 あっという間にぐちゃぐちゃの挽肉になってしまうくらい速い、ということですよ。
 うふふ! 危ないですねぇ……! 怖いですねぇ……!」

「なんでそんな嬉しそうなんですかァッ?!」

弾んだ声色で説明された物騒な言葉に、善逸が半泣きで突っ込む。
伊之助もの物言いが恐ろしかったのか無言で窓を閉めた。

杏寿郎もの言動に咎めるような声を上げる。

君! 後輩をからかうのはよろしくないぞ!」
「あら、私としたことがつい……すみません」
「わかれば良し!」

素直に謝ったを鷹揚に許し、杏寿郎は伊之助と善逸にも注意した。

「それにはしゃぎすぎるのも良くない!
 いつ鬼が出てくるかわからないんだ!」

「え?」

杏寿郎の言葉に善逸の顔色が変わった。

「嘘でしょ!? 鬼出るんですかこの汽車!?」
「出る!」
「出んのかい!?」

キリリと答えた杏寿郎に、善逸は驚嘆のあまり吐きそうになっている。

「嫌ァーーーッ!!! 
 鬼のところに移動してるんじゃなくここに出るの!?」

怯える善逸に、杏寿郎はここに至る経緯を説明し始めた。

「短期間のうちにこの汽車で40人以上の人間が行方不明になっている!
 鬼殺隊隊員を何人か送り込んだが、全員消息を絶ってしまったのでな! 
 柱である俺と、君達とで調査にあたることにしたわけだ!」

鴉からの指令ではなく、杏寿郎自身が編成を決めたので、
事前の説明などができるわけもなく、寝耳に水の任務に善逸は泣き喚いていた。

「はァーーーッ!! なるほどね!! 俺降りる!! 降ります!!」
「大丈夫ですか、我妻くん?」

しきりに降りると連呼する善逸に、が一見心配そうな声をかける。
しかし、その顔には心底楽しそうな笑みが浮かんでいた。

「無理に降りたらさっき言った通り、ぐっちゃぐちゃになっちゃいますよぉ?
 諦めて鬼退治頑張りましょ、我妻くん! 
 ……それとも挽肉みたいになりたいんですか?」

顎に手を当て小首を傾げるの恐ろしげな言葉に、
善逸はほぼほぼ半狂乱になっていた。

「嫌ァーーーッ!!! どっちも無理ーーーッ!!!
 そんでなんでアンタは死ぬほど楽しそうなんですかァーーーッ!!!
 アァーーーッ! 無理ィーーーッ!!!」

「うっふふふふっ!!」

もはや階級の序列とかに対する恐怖などが吹き飛んでいるらしい、
善逸の取り乱しようにくつくつと、は喉を鳴らして笑っている。

「やれやれ、君のそれは治らんなぁ……!」
「うふふ、すみません。控えようとは思ってるんですが、どうにも」

呆れた様子の杏寿郎に、が肩をすくめたときである。

「切符……拝見……いたします……」

切符の確認に車掌がやってきたらしい。

随分やつれた様子の車掌に、は怪訝そうに首を傾げたが、
ヒソヒソと炭治郎が杏寿郎に声をかけた方に気を取られ、そちらに目を向ける。

「切符を見せて何をするんですか?」

「車掌さんが確認して切り込みを入れてくれるんだ。
 同じ切符で何度も汽車に乗るのを防ぐためだな」

汽車に乗るのが初めてらしい炭治郎に杏寿郎が説明してやる中、
車掌はパチン、と5人分の切符に鋏痕をつけた。

おそらく、予兆のようなものに気付いたのは鼻の利く炭治郎だけだっただろう。
だが誰も抗えず、それぞれが眠りに落ちていった。

眠り鬼、魘夢の血鬼術の中へ。