手抜きの返り討ち
その攻撃をいち早く感知したのは愈史郎だった。
「まずい、伏せろ!!!」
壁に大きな穴が開く。
縦横無尽の攻撃に愈史郎が珠代を抱え庇い、炭治郎が禰豆子を庇う。
「鞠……!?」
はその攻撃の正体を見てとると、刀を構えた。
音の呼吸 肆ノ型 響斬無間
爆音とともに土煙が立ち上る。
の攻撃で、鞠が破裂して床に散らばった。
土煙に咳き込みながら愈史郎がに文句を言う。
「お前、もうちょっと静かにやれないのか!?」
「すまんな。私の修めた“音の呼吸”は爆発爆音が特長の派手な流派なのだ。許せ」
は軽く流すと壁に空いた穴越しに居るのであろう、敵に向けて声をあげる。
「さて、頼みの鞠も破れてしまえば攻撃のしようがあるまい。
さぁ! 姿を現せ!」
「ほう。鞠は二つじゃ足りなかったようだの」
現れたのは女の鬼だ。
てん、てん、と片手で鞠をつきながら、のことを指差した。
「赤毛の鬼狩り、貴様には用はない。
私が用があるのはそっちの耳飾りをつけたお前じゃ」
は抜いた二刀のうち一つを肩に担ぐようにして、
禰豆子を庇っていた炭治郎へ揶揄うような声をあげた。
「……へぇ? 竈門、どうやら貴様鬼にモテるらしい。
私を差し置いてご指名だぞ。心当たりは?」
「ありません!」
断言した炭治郎はすぐに刀を構え、禰豆子に指示を飛ばす。
「禰豆子、奥で眠ってる女の人を安全なところ……地下室へ移動させるんだ」
禰豆子は頷くとすぐに駆け出した。
炭治郎は鬼へと刀を向けながら、に嗅ぎ取った鬼の数を告げる。
「さん、鬼は多分……もう一人います」
は口角を上げて頷いた。
「うん。奥の……木のあたりが怪しいな。貴様が行け。
こちらの手鞠鬼は私が引き受けよう。
互いに頸を斬った方から援護にむかうとする。いいな」
「はい!」
の判断を聞いて、鬼は心底愉快そうに声をあげて笑う。
「キャハハハハッ! 貴様、もう私の頸を斬れる気でいるのか?!
面白いのう! 可笑しいのう!」
てん、てん、と鞠をつく速度が上がる。
「貴様らなんぞに十二鬼月であるこの私を殺せるものか!」
「はァ?」
は困惑した様子で手鞠鬼に怪訝な目を向けた。
炭治郎も聞き慣れぬ言葉に問い返す。
「十二鬼月?」
「鬼舞辻直属の配下です!」
珠世の言葉に、は眉を顰めながら小さく聞いた。
「……珠世女史。
十二鬼月というのは、鬼舞辻に近く、
その強さが他の鬼と比較にならぬ“傑出した能力を持った鬼”。
鬼の間でもそういう認識で良いのだよな?」
「ええ」
肯定する珠世に、炭治郎は自らを奮い立たせるように声を上げる。
「なら、その血も濃いはずだ……必ず血を採って見せます!」
「……」
「さぁ! 遊び続けよう! 朝になるまで! 命尽きるまで!」
着物をはだけた手鞠鬼がメキメキと腕を生やす。
6本の腕、6つの鞠をもつ異形となった手鞠鬼を前に、は目を眇めた。
「……ふむ、ちょっと腑に落ちんが、良かろう。
本当にこの鬼が十二鬼月ならば、倒せば私は“柱”になる資格を得るわけだが」
二刀を構え、は呟く。
「まあ、試さんことには何もわからんか」
ゴウ、と音を立て、猛烈な速さで鞠が放たれる。
それに応えるようにも技を放つ。
音の呼吸 壱ノ型 轟
ただし、攻撃の対象は鞠でも、手鞠鬼でもない。
爆音を立てて土煙が立ち上る。
は地面を攻撃していた。
「竈門! 軌道を読めよ!」
「はい!!」
土煙の中で弾けるような音が響く。土煙から現れる鞠をが破った音だ。
炭治郎も鞠を切り、威力を殺して対応する。
防戦に徹し攻める様子のないと炭治郎に愈史郎が焦れた様子で声を荒らげた。
「おい、何を悠長にやってるんだ鬼狩り共!
珠世様に攻撃が当たったらどうするつもりだ!?」
土煙を再び立てながら、は珠世らをめがけて放たれる鞠を破る。
「だっかっらっ! 守ってるではないかっ! 鬼殺隊士の私がっ! 鬼の貴様らをっ! わざわざ!!!
おい、貴様らもなんかないのか?! 鬼だろうが!
特に貴様は珠世女史に良いところを見せる気とかないのか!?」
「はぁ!?」
珠世を庇いながらも苛立った様子で問い返す愈史郎を煽るように、は声を上げる。
「七三分けの! ちょっといいとこ見てみたい! 遊んでないで協力しろ!!!」
「クッソ、釈然としない……!
特別だ、俺の視覚を貸してやる!! それでさっさと二人を倒せ!!」
ヒュッ、と風をきって札が炭治郎との額に刺さる。
その瞬間、鞠を動かす矢印が二人の人間の目にも見えた。
「おお!? 便利だこれ! やるではないか!」
「愈史郎さんありがとう!」
鞠の軌道を読むのが断然楽になったと、と炭治郎が感嘆の声を上げる。
「無駄口はいいから早くしろ!!!」
「禰豆子! 木の上だ!!」
炭治郎の声が響いた瞬間、の立てた土煙の中から、戻ってきていた禰豆子が飛び出した。
全集中・水の呼吸 参ノ型 流々舞い
土煙が晴れたのを狙って鞠を放つ手鞠鬼を躱し、
鞠を破りながら炭治郎は禰豆子と矢印の鬼の元へと向かう。
木の上から矢印を操作していた男の鬼が禰豆子の蹴りを受けて苛立った様子で叫んだ。
「土埃を立てるな! 汚らしい!」
バチン、と音を立てて手の目が閉じる。
瞬間、禰豆子がめがけて飛んでくる。
は禰豆子を受け止める。
隙と見て手鞠鬼が鞠を投げつけるのを素早く後ろに下がって躱す。
愈史郎の血鬼術で状況が変わった。
手鞠鬼をが、矢印鬼を炭治郎が相手をすることで、
相手の連携を崩せた。
矢印鬼は炭治郎にかかりきりで、鞠の軌道を変化できなくなっている。
だが、矢印鬼の方は単体でも厄介な血鬼術だと、は炭治郎の体が不自然に浮き、
叩きつけられるのを見て短く舌打ちする。
炭治郎がうまく技を出し衝撃を殺したのを見て、
も禰豆子と並び立ち、再び手鞠鬼に向かって構えた。
矢印鬼が何に気づいたのか手鞠鬼に声をかける。
「朱紗丸、そちらに居るのは逃れ者の珠世ではないか。
これはいい手土産じゃ」
「そうかえ!」
朱紗丸と呼ばれた手鞠鬼が投げた鞠を、禰豆子が蹴ろうとした。
が、禰豆子の脚の方が衝撃に負けて吹き飛ぶ。
そのまま禰豆子を蹴りつけようとした朱紗丸の前にが立ち、二刀を振るった。
の刃から逃れようと、朱紗丸は距離を踊らせ、
その隙をみて珠世が禰豆子の治療に移る。
朱紗丸は唇を尖らせ、を睨む。
「せっかく蹴鞠が面白くなりそうだったのに……。赤毛の鬼狩り、貴様、邪魔だの」
それからいいことを思いついた、と朱紗丸は口の端を吊り上げた。
「そうじゃ。貴様の頸を落として頭蓋で蹴鞠をするのもいいのう!
なあ矢琶羽、頸は四つ持ち帰れば良いのだろ? こやつはいらんよな?」
矢琶羽と呼ばれた矢印鬼は執拗に煤を払いおとすようなそぶりを見せると、
不機嫌そうに答えた。
「耳飾りの鬼狩りと逃れ者以外の頸はいらぬ。好きにしろ」
「“逃れ者”ね……」
は禰豆子の治療をする珠世を横目で一瞥すると、朱紗丸に尋ねた。
「朱紗丸とやら、貴様はなぜ執拗に竈門を狙うのだ?」
「キャハハハッ! 貴様に教える理由はないわ!」
鞠を再生、すぐさま投げつけた朱紗丸に、は再び土煙を立てる。
鞠が破裂する音が三つ響くと、朱紗丸の耳元で声がした。
「なるほど、貴様には鬼舞辻の意図はわからんのだな?」
「!」
朱紗丸は素早く振り返り、打撃を入れようとするが、の姿はそこにはない、
土煙が晴れると、禰豆子との位置が入れ替わったかのようだった。
向かってくる禰豆子に朱紗丸が鞠を投げつける。
つい先ほどと同じく蹴ろうとする禰豆子に、また足が飛ぶ。二の舞だ。と
笑みを深めた朱紗丸だったが、禰豆子の足は今度こそ衝撃に耐えた。
「!?」
それどころか、鞠を蹴り返し、朱紗丸に応戦してくる。
珠代のそばに寄っていたは、
禰豆子がとりこぼした鞠を弾きながら軽く眉を上げた。
「なんだ、鬼を強化する薬でも禰豆子に投じたのか?」
「いいえ。私が使ったのはただの回復薬です。彼女自身が急速に強くなっている」
は禰豆子を静かに見やり、珠世に念を押した。
「へぇ、そういうこともあるのだな……。さて珠世女史、
あやつから血を採取するのであれば道具の用意をお願いしたい」
「それは、いつでも構いませんが」
は矢琶羽の頸を切ろうと技を放った炭治郎を横目に、目を冷たく細める。
「竈門も矢印鬼を斬れそうだし、そろそろ仕舞いにしよう」
瞬間、ドォン、と大きく爆発音が響き、また土煙が立ち昇る。
「またこれか、目くらましもいい加減に飽きるわ!」
鞠を次々再生し、土煙を晴らそうと鞠を振るおうとした朱紗丸の体勢が、一気に崩れた。
「……え?」
立っていられない。支える手足が切り落とされている。
わけもわからぬまま、天を仰いだ朱紗丸の顔をが覗き込んだ。
月明かり、逆光の中、不思議と青い目ばかりがギラギラ光って見える。
「貴様、本当に十二鬼月か?」
「?!」
「貴様の序列は何番目だ? まさか上弦ではありえんだろ。下弦の、何だ?」
矢つぎ早に問いかけられ、朱紗丸は口を噤んだ。
「歴代鬼殺隊の柱には十二鬼月を倒した者もいる。
十二鬼月の目には序列を表す数字が刻まれているそうだが」
はどこか淡々と、朱紗丸を追求する。
「貴様、自分の顔を鏡で見たか?」
「あの方が、私に、嘘を吐いたとでも言うのか!?」
朱紗丸はを怒鳴りつけたが、
構わずは懐から小さな丸い手鏡を出した。
「女の嗜みだ、私は鏡を持ち歩いている。自分の目で確認すればいい」
鏡を向けようとしたからぶるぶる震えて目をそらし、
代わりに腕を再生して直接の顔を潰そうと、朱紗丸は飛びかかった。
「黙れ黙れ黙れ! あの方が嘘など吐くか!
嘘吐きはお前だ鬼狩り! 騙されないぞ!
貴様らを全員殺して、あの方に喜んでもらうのだ!」
「そうか」
鏡が投げつけられる。一瞬映った自身の姿に朱紗丸が気を取られた瞬間、
朱紗丸の視界が、ズレた。
「ならば相手が悪かったな」
はもう振り返らない。
朱紗丸の血をとる珠世へと声をかけた。
「珠世女史、もしも私がいなかったら、どう対処した?」
血液を採取しながら珠世はに答える。
「……私の血鬼術の中に、自白剤のような効力を持つものがあります。
鬼に鬼舞辻の名前を言わせれば“呪い”が発動する」
刀を鞘に収めたを、珠世は見上げた。
「そしてその術は人間には、有毒です」
「なるほど、私が居るから使えなかったと」
は珠世の言葉に納得した様子で顎を撫でるが、
珠世は目を伏せ、小さく眉を顰めた。
「さん、あなたは終始手を抜いて居るように見えました。
……我々を、試しましたね?」
「!」
珠世のそばで状況を見守っていた愈史郎がハッと顔を上げてを見やる。
確かにはずっと相手の力量を伺っていた。
それは十二鬼月と名乗った二人の鬼だけではなかったのではないか。
は愈史郎に血鬼術を“使わせた”のではないかと思い至ったのだ。
は深々と息を吐いて見せた。
「……そう悪く取るなよ。竈門の監督指導の一環だ」
「監督指導?」
首を傾げた珠世に、は腕を組んで口を開いた。
「竈門は鬼殺隊になりたての新米。
そして私は貴様の見抜いた通り鬼狩りとしての暦がそこそこ長い。
故に後輩に経験を積ませつつ、危なくなったら援護すると言うのが私の仕事。
私は鬼殺の任務を通して後輩を育成せねばならん。それが私に下された命令だ」
一息に説明したは口角を皮肉に歪めた。
「と、ここまで鬼の貴様らに情報を開示して居るからには、
信頼はできなくとも信用はしてほしいものだな、珠世女史」
「……」
「そも、本当に貴様らを試すつもりなら、敵の攻撃から庇ったりはしないと思うんだが?」
珠世はの言い分を全て受け入れたわけではなかったが、
ひとまず穏便に済ませることにしたらしい。
頷いて、小さく吐息をこぼした。
「そう、ですね。失礼なことを言いました」
「構わん。何しろ我らは鬼と鬼狩りだ。
口で信じると言ったところで、そう簡単に信用するのは無理な話よ。
私も紛らわしい行動をとった。すまなかったな」
軽く謝ったあと、は矢琶羽を倒しながらも
ズタボロになって地に伏している炭治郎を親指で指差した。
「さて、そこで這いつくばってる竈門の手当てを手伝ってほしいんだが、いかがか?」
「勿論です」
承諾した珠世に微笑むと、は炭治郎に声をかけた。
「竈門、大丈夫か?」
「さん、……はい、平気です」
炭治郎の刀を預かると、は素早く炭治郎に肩を貸した。
その際肋骨が痛んだのか顔を顰めた炭治郎を見咎めて、はむっと唇を尖らせる。
「お前骨をやってるだろ。珠世女史が手当てしてくださるそうだ。
餅は餅屋。医者に頼った方が良い」
「はい……」
力なく頷いた炭治郎を半ば担ぐようにして進みながら、
は深々とため息をこぼした。
「しかし鬼は群れんと思っていたのだが、ああして徒党を組まれるのは厄介だな」
の独り言に、珠世は思うところがあったらしい、
自分の言葉にどこか腑に落ちない様子ながらも応えた。
「それだけ鬼舞辻が炭治郎さんに執着していたのかもしれませんね」
「……竈門、本当に狙われる心当たりはないのか?」
「全然ないです……」
炭治郎はに首を横に振った。
珠世はさらに言葉を続けた。
「さんの言う通り、基本的に鬼は群れません。
共喰いをします。そのように鬼舞辻が操作している。
束になって自分を襲ってくるのを防ぐためですが、
忠誠心の高い鬼に対してはあのように、協力させることもあるようです」
淡々と述べた珠世に「げぇ」とはあからさまに顔を顰めている。
「忠誠心が高いと言うことはその分鬼舞辻が目をかけていると言うことだろ。
それは結構キツい……あんまり望ましい事態ではないな」
炭治郎は肩を借りているの匂いがふっと薄くなったことに気がついた。
ちらりと伺った横顔は無表情である。
「まぁ、そういうこともあると頭には入れておくか」
小さく、そんな声が聞こえたような気がした。
※
炭治郎を手当てしたあと、珠世と愈史郎は浅草を去ると告げた。
鬼舞辻無惨に近づきすぎたので、早急に拠点を移す必要があると考えたらしい。
それに乗じ、禰豆子も一緒に預かろうかとの提案を受けたが、炭治郎は断った。
もう二度と離れ離れにはならないと誓う炭治郎に、珠世は納得した様子で頷く。
「じゃあな、俺たちは痕跡を消してから行く。お前らももう行け」
愈史郎はぷい、と顔を背けると「炭治郎」と呼びかけた。
「お前の妹は美人だよ、それから、まァ、そっちのお前もな」
炭治郎は、愈史郎の呟いた言葉に微笑んだ。
しかしはというと瞬いたのち、愈史郎に向かって耳をすませるような仕草をする。
「ん~? 聞こえんなァ?」
「は?!」
思わず振り返って聞き返した愈史郎に、
はわざとらしく明後日の方を向き、すっとぼけてみせる。
「な~んか、竈門妹のついでで濁されたような気がするなァ?
聞こえんからわからんけど、誠意というやつが足りぬのではないかなァ、
誠意というやつがなァ~~~?」
「ええ……さん……」
その言い草に炭治郎は呆れ、珠世に至っては苦笑している。
愈史郎はぶるぶると身を震わせた後、に向かって指をさした。
「だーーーッ!なんっなんだお前はっ!? 絶対聞こえてるだろうが!
! お前のことを美人だと言ったんだ! 美人だと!!!」
「ハッハッハッハ! そう怒鳴らんでも聞こえるよ。そうとも、私は美人だ!」
芝居掛かった所作で横髪を払うと、は快活な笑顔を見せる。
「珠世女史とせいぜい仲良くな、愈史郎殿!」
「……ふん、お前に言われるまでもない」
腕を組み、鼻を鳴らした愈史郎にはひらひらと手を振ると、
意気揚々、地上へと向かった。
※
夜明けからしばらく経った頃、
炭治郎は浅草の外れでのことを待っていた。
「おーい」と遠くの方から声が聞こえたので振り向き、炭治郎は固まった。
初対面の時と同様に、は顔を包帯をぐるぐる巻きにして覆っていたのだ。
「待たせたな竈門、ちょっと野暮用があったのだ!」
が炭治郎に手を振りながら駆け寄ってきたのと同じ頃に、
炭治郎のカラスが甲高い鳴き声をあげた。
「南南東ォ! 南南東ォ!」
「む、もう指令が来たのか。立て続けだな」
包帯のせいで顔色が読めないが、どうも難しい顔をしているのだろう、
腕を組んだに炭治郎は意を決したように口を開いた。
「あの……さん」
「なんだ?」
「前から思ってたんですけど、包帯ぐるぐる巻きはとても目立つと思うんです」
しばらくの沈黙が二人の間によぎる。
先に口を開いたのはの方だった。
「何……だと……!?」
ガーン、と衝撃を受けた様子では立ち竦んでいた。
まさか本当に自覚がなかったのか、と苦笑する炭治郎に、は動揺を隠せずどもりながら言う。
「し、しかしだな、竈門。私は美貌もさることながら髪色、目の色が目立つのだ。
うん。大変に目立つ。
鬼殺隊は政府非公認の組織だからあまり目立つのはよろしくない……。
いや、包帯を巻いていても目立つのだから、同じことか?!」
むむむ、と悩ましげに腕を組んだに炭治郎は手をあげて述べた。
「俺はさんの髪の毛の色、好きですよ!」
「……うん?」
顔を上げたが見たものは、朗らかな炭治郎の笑顔である。
「炭を焼いた時の火の色だ。キラキラしてて綺麗です」
「……竈門、」
ほう、とが息を吐いたかと思うと、首がこてんと傾いた。
「さては貴様、見かけによらずタラシだな?」
「はい?」
思っても見なかった言葉が返ってきて、炭治郎は思わず問い返す。
しかしは勝手に一人で納得した様子でうんうん頷いている。
「ふむ……天然でこれか。なるほど。刺されぬように気をつけるといいぞ。
貴様はなんとなく情の重そうな女に好かれそうだし、
分け隔てがないから嫉妬深い女に当たると苦労しそうだ。
特に思い詰める種類の人間は男を平気で刺すからな。覚えておくといい」
「えぇぇ……?!」
包帯をするするとほどきながらわけのわからない会話の転換をしたに
炭治郎が唖然としていると、包帯をほどき終えたがニッ、と目を細めた。
「そして、考えれば目立とうがなんだろうが、つどつど切り抜ければ良いことだものな。
よく言ってくれた。ありがとう」
「今後も気づいたことがあれば言うと良い。遠慮はいらないからな」と、は爽やかに笑う。
炭治郎は瞬いたのち、に微笑み返した。
微笑み返して、さっさと先を行くその背を見つめる。
いい人なのだ。さんは。
だから、気になっていることがある。
基本的には明るく朗らかで、惑いのない匂いのする。
だが、時々その香りが薄くなる。薄くなって、別の匂いが顔を出す。
隠し事の匂い。それから、多分……。
「竈門、何をぼうっとしているのだ。先を急ぐぞ」
ぼんやりとした感覚の輪郭をつかむ前に声をかけられ、
炭治郎は頷いて、の後を追った。