悦楽主義者の肖像 04
killing time
シャボンティ諸島、1番グローブ、人間屋。
その男はVIP席に座る天竜人達に実に気安く話しかけた。
整えられた金髪に、仕立ての良いヘリンボーンのスーツを
瀟洒に着こなした男は柔らかな声で挨拶をする。
「やぁ、奇遇だねえ、ロズワード聖、シャルリア宮」
誰もがその男の命はすぐに失われるであろうと予想した。
天竜人に、ああも馴れ馴れしく話しかけるだなんて、馬鹿のすることである、と。
事実、ロズワード聖は苛立った様な顔で、シャルリア宮も眉を顰めてその男に顔を向けたが、
次の瞬間には息を飲んでいた。
「なっ・・・!聖!あなたともあろう人がなんて格好をしているえ・・・!?」
聖、と言う名前に周囲の人間達はざわめいた。
天竜人、聖と言えば”高潔”と名高い世界貴族だ。
本来”天上金”を治めさせるはずの国の経済発展に尽力し、彼の意見を参考にした国は皆栄えている。
領地経営に置いて、は天才だった。
それ故に彼の課した天上金で国が滅んだことはない。
また、武芸にも秀でていることで知られており、
なんでもその実力は大将に匹敵するとかしないとか、まことしやかに囁かれていた。
傍若無人な振る舞いを取りざたされる天竜人だが、はその中でも異端だ。
その男が”人間屋”にいるとは、と驚きの眼差しが次々と向けられた。
は軽く肩を竦めてみせる。
「嫌だなぁ、そんなに驚くことないだろう?
シャボンティにはお忍びで遊びに来ていたんだよ。仰々しいのは苦手でね。
正装したら皆跪くじゃないか。僕はあれが好かない」
の言い分に唖然としたように口を開くロズワードを気にも止めず、
は続けて少々物憂い気なため息を吐いた。
「ちょっと会いたい人が居たんだが、彼もなかなかに忙しいようでね。
待たされているんだ。
そんな時に君たちがこの島に来ていると聞いたものだから、挨拶にね。
こういう場所に一人で来るのは、なかなか興味深いよ」
治安の悪い1番グローブをお忍びで闊歩してみせる天竜人。
その強さは知られているとはいえ、余りに無謀だ。
そう思ったのか、シャルリアがおずおずと口を開いた。
「だ、だからといって、お一人では危のうアマス、聖」
「おや、心配してくれるのだね、ありがとう。シャルリア宮」
にこやかに微笑まれてシャルリア宮は頬を赤く染める。
「でもほら、僕は一応護身の心得があるからね。
悪漢の一人や二人は撃退出来るさ」
はステッキを軽く持ち上げてみせた。
チャーミングな仕草である。
ほう、と恍惚のため息を吐いたシャルリアに、ロズワードがハラハラしている。
その様子を見て、は苦笑した。
「まあ、億を越える海賊達を相手にできるかは別の話だろうがね。
それより、ご子息の姿が見えないが?ロズワード聖」
「ああ、人間に乗って移動しているからな。遅くなるえ。そのうち来るだろう」
はその言葉に僅かに眉を顰めた。
あたかも傍若無人な振る舞いに軽蔑を示した様な仕草だったが、
表立ってそれを嗜めるようなことはしなかった。
「へぇ・・・。では、それまでご相席しても構わないかな?」
「もちろんアマス!良いでしょう?お父上様?」
「構わないが・・・あまり聖に迷惑をかけるでないえシャルリア」
はその返事に笑みを深めると競りの壇上へと顔を向ける。
その目は壁のペイントに注がれていた。
※
「な、聖?!なぜここに居るえ!?」
「チャルロス聖、そう大声を出さないでくれ。
まあ、野暮用で来ただけだよ」
父親のロズワードと同じ様に驚くチャルロスを静かに、と嗜めると
が口元に手を当て思案するように言った。
「それにしても、チャルロス聖。
君の奴隷に対する扱いは少々悪辣に過ぎる気がするが?」
乗り物のように扱った人間を血が出るまで虐待していた様子を見ていたのだ。
が苦言を呈す。
チャルロスが言葉に詰まると、ロズワードが見かねて助け舟をだした。
「・・・聖は下々民に甘すぎるえ」
「そうかな?僕は貴族らしい振る舞いをしているだけだよ。
人に対する扱いと言うのも含めてね。
フフ、まぁいい。教育方針の違いということだろうね?チャルロス聖」
の夕焼け色の瞳に射抜かれて、
チャルロスは「・・・考えてみるえ」と、少々萎縮した様子で返事をした。
しかし、人魚が競りの壇上に上がると、チャルロスは興奮の色を隠せない。
舌の根も乾かぬうちに、あっという間に高額で落札してみせた。
「やったぞえ〜っ!人魚だえ!人魚が売ってるえ!
5億で買うえ!5億ベリー!」
会場はそのとてつもない金額を提示した天竜人を相手に、恐ろしく静まり返った。
ロズワードは呆れ顔だ。
「チャルロス、また無駄遣いを・・・。お前の水槽にはピラニアが飼ってあるだろうえ」
「追いかけっこさせて遊ぶんだえ、人魚は世界一速いんだえ!?お父上様」
は小さく息を吐いたが、チャルロスを咎める様子は無かった。
だがその目には軽蔑の色がありありと浮かんでいる。
それに気がつく人間は、誰も居なかった。
※
競売にかけられた人魚の知り合いだったのか、
海賊とともにタコの魚人が競売の場に割り込んで来た。
それを銃で撃ち、下品に喜ぶチャルロスに、の目はいよいよ冷えきっている。
「・・・ロズワード聖、余りに品位に欠ける振る舞いだとは思わないか?」
「・・・!チャルロス!」
の軽蔑に気づき、咎めるようにチャルロスへ呼びかけたロズワードだが、
チャルロスはタコの魚人を撃ったことへの興奮で聞く耳をもたなかった。
「自分で捕ったからこれタダだえ?
得したえー!ターダー、ターダー、タコがタダー」
がいよいよ立ち上がろうか迷った矢先、
目の前を麦わらの青年が横切った。
がおや、と片眉を上げる。
彼はドフラミンゴが名前を出していたので覚えていた。
たしか、麦わらのルフィだ。
なんでも、ドフラミンゴが一目置いていたクロコダイルを倒したらしい。
の唇が弧を描いた。
ルフィの表情、タコの魚人が紡ぐ話の内容からいって、
今から見られるのは、とても面白い”見せ物だ”と、は確信したのだ。
そして、の予想の通り、
麦わらのルフィがチャルロスを殴り飛ばした。
それは痛快なまでに、見事な殴りっぷりだった。
clap clap clap
レイリーの覇気もものともせず、
その天竜人は笑っていた。
「さて、随分と大人しく成り行きを見守っているようだが・・・
天竜人、聖?」
レイリーがその顔を強ばらせてを見つめている。
海賊達はに目を向ける。
聖の整ったその顔には笑みが浮かんでおり、
同じ天竜人に敵意が向けられたにも拘らず、心底愉快そうだった。
ルフィにその夕焼け色の瞳を向けて、言う。
「やぁ海賊諸君、愉快な立ち回りだったな。
表向き新聞は一大事、けしからんことだと騒ぐだろうが、
判官贔屓な世間は喜ぶだろう」
「知らねぇ、ムカついたからぶん殴った。それだけだ」
ルフィは硬い表情のまま、に返した。
はますます面白そうに笑みを深める
「そうだな。彼らの振る舞いは僕から見てもスマートではなかった。
不愉快と思われても仕方がなかった、
まァ当然の処置として大将は呼んでいるが、面白かったよ。とてもね」
「・・・君は、覇気が使えるのだな」
レイリーの問いに、は軽く頷いた。
「シルバーズ・レイリー。お初にお目にかかるね。
覇気か。持っているとも。
天竜人の中にそう言う素養の人間が居たとしても不思議ではなかろう?
何しろ僕らのルーツは世界の創設者、王の血筋なんだから
さて、君とは一度話をしてみたかったが、
フフ・・・そう嫌そうな顔をしないでくれ」
レイリーがぐっと眉を顰めた。
レイリーはの異様さに気づいているようだった。
はそれを好ましく思い、言葉を続ける。
「たしか・・・同い年位だ。話は合うはずだろう?」
事情を知らないものは驚愕に息を飲んだ。
の年齢は20代半ば、せいぜいが30くらいに見えるのだ。
麦わらの一味、ニコ・ロビンが驚きを露にしながらも言う。
「確か、聖は不老なのだという噂もあると聞いていたけれど」
「ああ、まあね。確かに僕は28の頃から老いてはないかな」
はそれにも軽く頷いて、その騒ぎを見物していたローに目を向けた。
「君にも一度お目にかかりたかったんだよ。トラファルガー・ロー。
・・・先代には世話になったからね」
ローの瞳に一瞬怪訝そうな色が浮かんだが、すぐに警戒の色に変わる。
の言う先代が”オペオペの実の能力者”を指すことに気づいたのだ。
は先代のオペオペの実の能力者の命と引き換えに、その不老を得た人物なのだろう。
「・・・それはおれ自身とは関係の無いことだ」
「そうつれなくしないでくれたまえ。
興味があるなら教えて上げても良いんだよ?
君の先代が、どのような人物だったか、とかね」
ローの目が苛立ちで尖る。
の物言いや仕草、そこかしこに、ローの仇敵の影が重なるのだ。
「そんなに怖い顔しなくたって良いのに、
僕は何もしないよ。君たちに攻撃したりしない。
こんなに面白いものを見られただけでも儲け物だ」
「・・・癪に障る」
「きゃ、キャプテン!」
ローが思わず呟いた言葉に、側に居たシャチが慌てたように肩をつかんだ。
はそれを見て目を眇めた。
「おっと、僕に攻撃するのかい?あるいは誘拐でもしてみるかい?
随分見くびられたものだなァ」
「・・・止めたまえ、聖。我々は君に何もしない」
「だから何だ?先に天竜人に手を出したのはそちらだろうに。
大義名分はこちらにあるのだよ、シルバーズ」
レイリーとがしばしの間にらみ合う。
しばらく緊張感に包まれたが、折れたのはが先だった。
「・・・つまらないな。ちょっと暴れたい気分だったのに。
まァいい」
ステッキをくるくると手慰むように回したと思えば、は入り口を差してみせた。
「海賊諸君、逃げたまえ。捕まったらそれまでの旅の話でも聞きに行くから、
その時はよろしく頼むよ。フッフッフッフ!」
あろう事か手を振ってみせたを後に、海賊達は逃げ出した。
の異様な振る舞いに、なにか薄ら寒ささえも覚えながら。
Attachment
シャボンティ諸島。宿泊先のホテルの一室、はでんでん虫をかけていた。
その相手はドンキホーテ・ドフラミンゴ。
の甥である。
「やぁ、ドフィ。酷いじゃないか。約束をすっぽかされて僕は悲しいよ」
『聖、すまねぇなァ、海軍の強制招集を受けちまったもんだから、
連絡が遅くなっちまった」
悪びれた様子も無いドフラミンゴの笑顔が浮かぶ様な声色に、
は確信犯だな、と思いながらグラスから水を飲む。
「そうそう、退屈しのぎに君の店に行ったよ。人間屋だ」
『・・・なんだと?』
ドフラミンゴの声色が変わる。
の目が緩やかに細められた。
「怖いもの知らずのルーキーが大暴れしてたよ。
実に面白かった」
『アンタが殴られたのか?』
どうやら麦わらが天竜人を殴ったと言うニュースは既にドフラミンゴの耳に入っていたらしい。
ドフラミンゴの硬い声が呟く。
は少々驚いたようで「えぇ?」とにしては珍しい声を上げた。
「なんでそう思ったんだい?僕じゃないよ。
僕はたまたまその場に居ただけ。
殴られたのはチャルロス聖。ロズワード聖の息子だ」
『そうか』
その声色に安堵を読み取って、が面白そうに言う。
「・・・なんだいドフィ、僕が誰かに殴られるのが嫌だったの?」
ドフラミンゴから返ってくるのは沈黙だった。
殆ど肯定しているようなものだ。がそれに声を上げて笑う。
気分を害したらしいドフラミンゴがでんでん虫を切ろうとすると、
が軽く謝罪する。
『それ以上話にならねぇなら切るぞ』
「フフフッ、ごめんごめん。そんなに怒らないでくれよ。
あと人間屋に、君が言ってた子も居たよ。トラファルガー・ロー。
あの子もなかなか面白い子じゃないか」
『・・・アンタは本当に生意気なガキが好きだな』
ドフラミンゴの呆れたような声に、が諧謔味を帯びた笑みを浮かべた。
「なんだ、自覚があるんだね?ドフィ。
そうだよ。僕は反抗的な子の方が好きだ。面白みがあるからね」
『フフッ、そうやって悠長に構えてるといつか手を噛まれて痛い目みるぜ、叔父サマ』
「楽しみにしてるよドフィ。やってみるがいい。できるものなら」
ガチャン、とでんでん虫が切られた。
どうやらの返答がドフラミンゴの気に触ったようだ。
が役目を終えたでんでん虫の頭を撫でて、笑う。
「わがままな甥っ子を持つと大変だなァ、懐かれて悪い気はしないがね」
は正しく理解している。
ずっと昔から、ドフラミンゴはを屈服させたいのだ。
そして、万が一が他の誰かのものになったら烈火の如く怒るのだろう。
その執着を、は面白がっているのだった。