そこそこ悪くない毎日の繰り返し
5度目の”人生最悪”・・・というよりも、
私の飼い主にとっての”人生最悪”が訪れたのは、私が矢で射られてから、そう間もない時のことだった。
ドフラミンゴがホーミングを殺したのだ。
それで、恐れをなしたロシナンテがドフラミンゴから逃げ出したわけである。
ホーミングのよこした”プレゼント”の私も殺されかねないな、と返り血まみれのドフラミンゴを見て思ったが、
ドフラミンゴはいつも通り、嫌なことがあった時のように私を抱いて眠っただけだった。
私自身はドフラミンゴのとった行動が正解とは思わないが、
あいつにとっては致し方ないことだったんだと思う。
でもさ、それをロシナンテに理解してもらうってのは無理だと思うよ。
その辺はドフラミンゴも承知の上だったらしいので口ではグダグダ言うことはなかったが、
やっぱり今回の件は相当こたえたらしく、その日から私は毎晩ドフラミンゴに抱き枕にされた。
正直まだ羽が治ってないんだから加減してほしいぞ。
まぁ、うなされるあいつをほっとくのは
ペットの風上にも置けないことだから、添い寝くらいはしてやるけどさ。
おまけにマリージョアまでわざわざホーミングの首を持って行ったってのに、
門前払いを受けたドフラミンゴは荒れ狂い、
結局船を貸してくれたトレーボルとか言う、チンピラ達の元へと舞い戻る羽目になった。
よくわからないんだけど、ドフラミンゴがよく喋ってるのを見る、
トレーボル、ピーカ、ディアマンテ、ヴェルゴはドフラミンゴをやたら恭しく扱うし、
なんか「我らが王」みたいな呼び方するんだけど・・・。
ヴェルゴはもともとドフラミンゴに一目置いてた風ではあったけど、
大丈夫かよ、ドフラミンゴ。変な奴らに目ェつけられてない? 新興宗教とかに誘われない?
一応あいつら私も助けてくれたわけなんで闇討ちするのは嫌なんだが・・・やむなしか?
※
ドフラミンゴはどうやらトレーボル達のボスになるらしい。
勉強したり、ヴェルゴやディアマンテらと組手したりして、鍛えている。
そういうことなら闇討ちは勘弁してやろう。
船の調達とか色々考えているらしいので、ゆくゆくは海賊として旗をあげるつもりのようだ。
私は別に海賊とか犯罪者に偏見がないって言うか、なんとも思わない。
もともとマフィアの娘だしね。
しかしドフラミンゴが私の知らぬ間に糸を出せるようになったりしててびっくりした。
その糸でタップダンスを踊らされたりしたんだけど、なんだよあれは。
すっごいムカついたので自由の身になったあと、
頭をつついて蹴っ飛ばしてやったら謝ってきたが不機嫌を装って無視してやった。
「悪かった・・・お前がそんなに怒るって思ってなかったんだ・・・」
「・・・機嫌治してくれよ。せめてハンガーストライキはやめてくれ・・・」
3日ほどこんな感じで泣きついてきたのでまあ、許してやることにする。
どうもドフラミンゴは私に強く出れないところがあるらしい。
幹部共々めちゃくちゃうろたえてたのが割と愉快だった。
あと、私の羽は普通の状態だと飛べなくなってしまったのだけど、
ヴェルゴがやってた覇気?とか言うのを覚えたらなんとかなった。
覇気を使って空を飛び、地面から植木へと飛び移ってみせた私を見て
ヴェルゴとドフラミンゴはかなりビビっていたが。
「ええ!? フラミンゴって覇気を覚えられるのか?!」
「・・・は頭がいいからな。・・・、降りてこい、よくやった」
その時ドフラミンゴは飛べるようになったことを喜んではくれたけど、複雑な顔をしていた。
あんまりあいつの前で飛んだり覇気を使うのはやめとこうかな。
※
どうやらドフラミンゴは組織の運営とか、武芸の方に才能があったらしく、
組織はみるみる大きくなり、格好だの食事だのに金をかけたりできるようになった。
私にもカニとかエビの・・・焼いたのとか茹でたのとか、海産物を調理した料理をくれる。ありがとう。
フラミンゴの主食って主に甲殻類とかだからやたら金かかるし、
迫害されてた頃に捨てないで面倒見てくれたの奇跡だと思う。
っつっても当時は自分で食料調達してたし、
そもそも私、悪魔の実の能力者なんで普通に人間の食べ物食べれるけどね!
でも大体すごくなんか・・・やたらうまいソースとか掛かってるんだけど、これ、人間用では?
そう言うこともあって
「お前たまにおれよりいいもん食ってるぞ」とか「ベヘヘ、贅沢な鳥だ。んね〜」とか
ディアマンテとかトレーボルあたりに揶揄されたりもする。
ドフラミンゴが好き好んでくれるんだからしょうがないでしょ。
おかげで羽毛の毛艶が良くなってきてる気がする。
・・・人間に戻った時すげー太ってたらどうしよう。
いや、戻る気は無いんだけどさ。
そういやまともに最近戻ってねェな。最後に戻ったのいつだろう。
※
『!?』
最後に人間に戻ったのが6歳くらいだった気がして、
つまり・・・8年近く人間に戻ってないわけで・・・これはさすがに不味いと思い、
ドフラミンゴが寝静まった頃を見計らって人間に戻って見たんだけど、
服が!!! 小せえ!!! あとボロボロ!!!
鏡で見たら心配してたほど太ってないし、フラミンゴのままでも人間としてちゃんと成長はするみたいだ。
そこはわかって良かったと思う。
鳥の形態の時に水浴びもちゃんとしてたから衛生的にも問題はないんだと思う。
服がボロボロでも匂いとかはしなかったから・・・でも、これはダメなやつだわ。
明日にでもどっかから適当にかっぱらってくるしかない。
※
と言うわけでまたまたドフラミンゴが寝静まった頃を見計らって窓から部屋を抜け出し
街へ出て服屋を物色しようとしたわけだが、
服屋どころか商店街の店!!! どこも閉まってる!!!
そりゃそうだよね・・・。ちょっと考えればわかることだったんだけど。
そう言うわけですごすごとねぐらに戻ろうと思ったら・・・なんと開いてる服屋を見つけた。
これが渡りに船って奴だ、と偵察したら
スパンコールだのチュールだのレースだのがくっついた、やたらと煌びやかで眩しい服ばかり置いてある。
どうやらキャバレーの店員御用達の店らしい。
中はそこそこ繁盛してるのか、山ほど積まれた布切れを何人かが夢中になって物色していた。
入り口横には私と同じようなフラミンゴの置物が『OPEN』の文字を咥えて立っている。
私は適当に何着かの服を嘴で引っ掴んで開いてた試着室にフラミンゴの姿のまま雪崩れこんだ。
人型になって、一枚さっさと着てみることにする。
『とりあえず1着似合うのがあればいいんだけど・・・。
うわ、なんだこれ!? すげー露出度だな?!・・・でも』
黒い透けた布でできたワンピースを着た私が鏡に映っている。
胸元を隠しただけの、下に何か着ないととてもじゃないが外を出歩けない代物だったが、
なんだかすごくテンションが上がった。
また別の服を着てみる。
赤と黒のフリルのついた華やかなドレス。ゴールドのスパンコールのついたワンピース。
最後にピンクの羽飾りのついた、ミニスカートのドレスを着た。
たくさんの服を取っ替え引っ替え身につけた時、
私は、頭の先からつま先まで雷が落ちたみたいな衝撃を受けていた。
『た、楽しい・・・』
思えば今身の回りに居るのはむさ苦しい男か子供ばかりで気づかなかったけど、
昔はドンキホーテの奥方の化粧品が気になって仕方なかったこともあった。
私、割とオシャレが好きなのかもしれない。
そんな風にどこか夢心地でいたからか私は外から近づいてくる足音に気づかなかった。
試着室のカーテンがいきなり開けられる。
「ちょっとあんた! 試着する時は一声かけな!!!」
飛び上がるように驚いた私を、くわえ煙草の店主と思しき女がジロジロと眺め回した。
「なんだい、見ない顔だねェ。・・・! あんた、傷だらけじゃないか、」
『!』
確かに私は奴隷時代についた傷が喉に残っている。
それから腕のあたりにもあんまり目立たないけどうっすらと。
これはドンキホーテの一家を庇った時のものだ。
目を伏せた私を見て、店主は眉を上げて白い息を吐いた。
「ふぅん? それがなきゃ結構な上玉なのにねェ、
まだ若いし、稼げるだろうにもったいない。見苦しいよ。隠しな」
女は大ぶりな金色のチョーカーと、揃いのブレスレット、
服に合わせたピンク色のファーショール、
黒いミュールを持ってくると私を試着室に叩き込んだ。
これは、着てみろと言うことなんだろうか?
とりあえず渡された物を身につけてみると、傷は隠れたし、とても華やかに見える。
・・・なるほど、これは確かにあったほうが良い。
おずおずと試着室から出た私に、店主の女はニコニコ顔で頷いてそろばんを弾き出した。
なんだか、嫌な予感がする。
「よしよし、やっぱり私の見立てにゃ狂いがないねェ、
ざっと・・・30万ベリーでどうだい?・・・あ?」
女店主が何か騒ぎ出したのを後ろに、私はフラミンゴの姿になって飛び去った。
本日のミッションコンプリートである。
※
「遅かったじゃねェか、」
ねぐらに帰っていそいそと与えられたクッションの山に戻ろうと思ったら、
暗がりに声をかけられてドキッとした。
どうやらドフラミンゴは起きていた上に、私の帰りを待っていたらしい。
「真夜中の散歩か? 言伝を置いてくれりゃいいんだが、・・・戻って来ないと思ったぜ」
なんでもないような調子で呟かれた言葉に、すっ飛んでドフラミンゴの膝元に駆け寄ると、
嘴の下あたりを撫でられる。
この様子だと悪夢でも見たんだろう。
・・・ごめん。側を離れるべきじゃなかった。
頭をドフラミンゴの手にすり寄せると、どうやら謝ってるのが分かったらしく、
ドフラミンゴは喉を鳴らして笑った。
「フッフッフ! 気にするな。お前は鳥なんだから外に出たい時もあるだろう。
おれの元へ戻ってくるならそれでいいさ」
そう言ってドフラミンゴは私をヒョイ、と抱き上げるとベッドに連れて行った。
丸くなった私の羽毛に手を突っ込んで眠るのが気に入ってるらしいのだ。
腕が痺れても知らないぞ。
「重りになんかならねェよ。
不思議とお前がいれば、よく眠れそうな気がするんだ」
へぇ、そんなもんかな。
ドフラミンゴは声もない、表情もさほど動かないはずの、
鳥である私の言いたいことをよく汲み取ってくれた。
愉快そうに肩を震わせて私の羽を優しく撫ぜている。
しかし、私が成長したのと同じか、それ以上にドフラミンゴも大きくなった。
私がマジでこいつの枕サイズになる日が来るとは思わなかったよ。
だって私、鳥の状態でも人間の子供と同じくらいタッパがあるのにさ。
そういえば、天竜人言葉もいつのまにか使わなくなったなぁ。
ちょっとした感慨に耽ったあと、
私はドフラミンゴの手のひらに嘴を擦り付けて、丸くなった。
おやすみ、ドフラミンゴ
「ああ、おやすみ、」
羽を2回ほど軽く叩くと、ドフラミンゴはそのまま動かなくなる。
私も目を瞑り、また来るだろう明日に備えるため、静かに眠りについた。