やたらと疲れた日
「、ネクタイを選んでくれ」
近頃の私が朝起きて一番にやることと言えば、ドフラミンゴの身だしなみの手伝いである。
まだボタンを留める前の、だらしなくシャツを羽織ったドフラミンゴが
私を抱き上げてタンスを見せた。
整頓された衣装ダンスの一番上、右に赤いネクタイ、左に青いネクタイがあったので、
ちょっと迷ったあと赤いほうを選んだ。
ケースの縁を2回ほど嘴でつつく。
「フフフッ、ありがとよ」
ドフラミンゴは私を床に下ろすと頭を撫でる。
私は少々思うところがあって首を傾げた。
以前はネクタイとかしなかったような気がするし、
そもそも首回りが苦しいのは嫌そうな感じだったと思うんだけど。
ドフラミンゴ、最近服の趣味変わった?
ドフラミンゴは不思議そうにタンスとドフラミンゴを見比べる私を見て、
言わんとするところ察したらしくちょっとばかり苦笑した。
「まァ、多少堅苦しいが、今は取引を中心にコネクションを作る駆け出しの時期だからな」
なるほど、そういうもんか。あ、似合ってるよ! ボスっぽい!
納得して首を縦に振った後、跪いて大げさに羽をひらひらさせてやると
ドフラミンゴは肩を震わせ笑っている。
「わかったわかった。フフフフフッ!」
そのまま上機嫌に身支度を整えにいったドフラミンゴを見送ってミッション完了だ。
あいつのご機嫌とるのも私の役目である。
おかげで私とドフラミンゴが喧嘩したりしてると幹部連中が
私に「いい加減ドフィと仲直りしてくれよ」と声をかけてくる始末だ。
ペットに仕事に影響が出るほど機嫌を左右されたり、
服を見繕わせるのとかちょっとどうよ、と思わんでもないが、
あれはドフラミンゴなりの愛情表現なんだろう。多分。
それに、何しろ私は「賢いフラミンゴの」である。
最初は鳥らしからぬ(まあ、悪魔の実の能力者なんでその通りなんだけど)行動をとる私に
ビビり倒していたヴェルゴ他、今のドンキホーテ・ファミリーの幹部連中だったが、
長く時を共にするともう「そういうもの」と思うようになったのか、
私がドフラミンゴの服を選ぼうが、覇気を使って敵を蹴散らそうが、
はたまた「YES・NO」で答えられる質問に答えてようが気にするそぶりもない。
新入りなんかは
「フラミンゴが敵をやっつけちゃったんですけど!?」
「なんでフラミンゴが若と書類の確認してるんですか!?」
などと恐慌状態に陥ることもしばしばだが、ドフラミンゴ他幹部連中は決まって
「ああ、だからな」「あいつは賢いフラミンゴなんだ」
といった、一言二言で片付けるので、
ファミリー歴が2週間以上になれば誰も私に深く突っ込みを入れてこないのだ。
・・・我ながら「お前らそれでいいのか?」と思わんでもない。
※
以前8年人間に戻らないことで服の劣化に気づかなかったのが本気でショックだったので
週に一回、私は羽を伸ばして人間に戻ることにしている。
昼間に出歩くこともやろうと思えば難しくはないんだろうけど、
最近ファミリーが大所帯になってきたし、
ベビー5とかいう女の子は私にどうも興味津々で、
年の近いバッファローといる時以外は私にくっついてくるので、
やっぱり抜け出すのは夜しかない。
羽を伸ばしてやることと言えば、服をとっかえたり、
爪を塗ったり、髪を整えたり、化粧品を見て回ったりである。
商品を盗むのは足がつくので、最近はドンキホーテファミリーと揉めてる人間を
闇討ちしたついでに金を盗んでその金で贅沢してるわけだ。
ちなみに闇討ちのこと自体をドフラミンゴは知っている。
とはいえ私が相手から金を盗んでることは知らないだろうが。
ドフラミンゴは私が危ない目に遭うのは嫌だと言ってはいたが、
駆け出しの時期なので、”猫の手”ならぬ”フラミンゴの翼”を借りたいところなんだろう。
ドフラミンゴは敵対してた奴らが暗殺されたのを知るたび微妙な顔をしつつも
なんだかんだ褒めてくれるのでまさに一石二鳥である。
今日はその週一の贅沢の日だ。
水商売の女たち御用達の美容室に目をつけていた私は目論見通り、
髪の毛をツヤツヤにしてもらってご満悦だった。
誰に見せるつもりはなくても着飾るのは楽しいし愉快だ。
たまに靴擦れしたりすっごい可愛い服が似合わないとキレそうになるけど。
髪を整えたあと、散々店を冷やかして回った私は街灯横のベンチに座って
やたら煌びやかな夜の街灯りをぼんやりと見やった。
今日も飲み屋街は賑やかだ。
人間ってこんな夜更かししても平気なのかな。
私なんて贅沢した次の日めちゃくちゃ昼寝しちゃうのによくやるよ。
自分の膝に頬杖をついてぼうっとしていると、
酒場から一人出てきた男がこちらを見ていることに気がついた。
逆光になってこちらからは顔が見えないが、視線が矢のように刺さってくる。
なんだ? やけにジロジロ見てくるけど、喧嘩でも売ってるのか?
目を凝らしていると男のシルエットがはっきりしてきた。
あ? なんかやたらでかくない?
・・・ほーう? ほうほうほう、なるほどね。
見覚えがあるんだけど。というか毎日見てるよお前のことは。
待て、なんで近づいてくるんだ。やばい。逃げよう。
私が立ち上がってとっとと立ち去ろうとしたら
顔の真横をキラッとした線みたいなのが走った。
おっ!? 糸だな今の!?
はぁ!? 脅しか?! なんでだよ!!! まだ何もしてねぇよ!!!
固まった私に革靴の音が近づいてくる。
「おい」
振り返ると真顔のドンキホーテ・ドフラミンゴのお成りである。
なんだか訝しむようにこちらを見ている気がする。
やっべぇよ。なんで居るんだよ。
そういや今日出かけるって言ってたけどなんでこの辺うろうろ、
・・・あー、取引相手の拠点が近くにあるね!?
ていうか他の連中居ないし、一人か?
ぐるぐる言葉が頭の中で回っている。冷や汗が止まらない。
「お前、おれに気づいた途端逃げ出そうとしたろ。
何か思うところがあるのか?」
そりゃ色々ありますとも! 説明したいの山々なんだけどさ! 声が出ねェのよ!
唇を開いて、閉じた。喉に手をやる。
無理に声を出そうとすれば、聞くに耐えないものになると知っていた。
情けなくなってそのまま俯くと、ドフラミンゴは察したようだ。
「お前、声が、」
私は頷いた。
ドフラミンゴはちょっとばかし申し訳なさそうな雰囲気になった。
「・・・悪かったな」
謝られたので、首を横に振って唇だけを動かした。
『知らないならしょうがない』
多分ドフラミンゴ、サングラスはしてるが目はいいから読唇できるはずだ。
ていうかそうでないと困る! 伝われ!
『知り合いに似てたもんで驚いただけ。
気に障ったなら謝る。ごめんなさい』
嘘は言ってないぞ、嘘は。
「・・・その”知り合い”ってのは」
ドフラミンゴはベンチに腰掛けた。
わざわざ一人分のスペースを空けていると言うことは、私に座れと言っているんだろう。
「見つかるとまずい男なのか?」
口角を上げてこちらを見やる顔には、どこか面白がっている節が見受けられる。
こうして話を続けると言うことは、簡単に逃がすつもりはないと言うことである。
いや、まあいいけどさ。
私は空けられたスペースに腰掛けて答える。
『そう言うわけでもないんだけど。
いや、勝手に私が気まずいだけで・・・』
「へぇ?」
『許可も取らずに出歩いてるからさ』
「ガキじゃねェんだ。いちいち許可なんかとって外に出てるのか?
そもそも書置きの一つでも残してやりゃあいいじゃねェか」
フラミンゴが書置き置いて外出できるわけないだろ。
そう言ってやりたいのも山々だがそれを言うわけにもいかない。
『まぁ、過保護なんだよ。見つかったら怒られるかも・・・。
あっ、そういや君、さっきなんか攻撃して来なかった!?
顔の横をさ、なんかキラッとしたもんが通ったよ!?』
と言うわけで話をそらすことにした。こういう時に相手に不利な情報を握ってると便利だよな。
しかしドフラミンゴはしれっとした様子で頷くだけだった。
「ああ、お前が逃げようとするからだ」
『はぁー? 信じられないんですけどー? 顔に傷でもついたらどうしてくれんのさ』
ジト目で下から睨んでやると、ドフラミンゴは何がおかしいのかくつくつ笑っている。
「フッフッフッ! そん時ゃ責任とって養ってやるよ」
『あっそう』
そりゃ今と全く変わんねェな。
割と素っ気の無い返事にもドフラミンゴは気分を害した様子がない。
それどころか興味深げにこっちを見ている。
『ところで君こそ、こっちになんか思うところがあるわけ?
そのうち穴でも開きそうなんだけど』
「ああ、お前と同じさ。お前が”知り合い”に似てるんでね」
『へぇ、そうなんだ。珍しいこともあるもんだね』
ドフラミンゴは笑みを深めたように見える。
「思ってることが全部顔に出るところとかそっくりだぜ?」
『・・・それは私が馬鹿面晒してるって言いたいのか?』
「フッフッ! 喧嘩っ早いのも似てるな」
なんかさっきから変な会話をしているような気がしているんだが、これ、気のせいかな。
いぶかしむような表情になったらしい私をドフラミンゴが笑い、それから色々と話しはじめた。
ビジネスでしばらくはこの島を拠点にするつもりだと言うこと。
仕事帰りに酒場に出たが、さほど飲む気分になれず部下を置いて出たところで私を見つけたこと。
要約するとこんなところだろうか。
ドフラミンゴは嘘は言ってないが、全部本当のことを言ってるわけでもない。
まあ、そもそも初対面の女に自分が海賊だと名乗るような馬鹿ではないだろうし。
とはいえ、懸賞金もかかってるから正体なんてわかる奴にはわかるんだろうけど、
ドフラミンゴは今の所知名度の低さを逆に利用して好き勝手やってる節もあるので、
知らんぷりしとくのが得策だと思う。
『部下がいるってことは偉いんだな? そんな年かさには見えないけど』
「歳と能力は関係ねェよ」
ドフラミンゴはさらっと言うが、実際のところを知っているので私は腕を組んで首を傾げる。
『そんなもの? えー・・・、でもさ、大変だと思うよ。
自分の面倒だけじゃなくって他人の面倒見るのは』
ていうか本当にマジでお前はよくやってるんだよ。
たまにヘマやらかす幹部相手のフォローもちゃんとしてるしさぁ。
寝ないで仕事してることもあるじゃんか。
それでも幹部の奴らには全然疲れてるそぶりも見せないしさぁ。
「まァ、家族みてェなもんだからな」
私の内心も知らずに、ドフラミンゴは肩をすくめるばかりだ。
そりゃお前がファミリーを大事にしてるのはよく知ってますがね。
『家族かぁ、・・・私も自分が気に入ってる人間には
割とあれこれしてやろうって思う方だから人のこと言えないけど、
具合悪いなら無理しないほうがいいよ』
ドフラミンゴの表情が一瞬強張った。
これは「なんでわかった」の顔だな。
私はお前のペットなので睡眠時間とか仕事内容とか食事内容とか色々把握してるんだぞ。
言えないけど。
『夜でもわかる。顔色が悪いぞ。生っ白い。
さては最近寝てないな? 長時間の睡眠をオススメします』
私はベンチから立ち上がった。
『というわけで、帰って寝なよ。私も帰るから』
「おい、待て」
今度は糸は飛んでこなかったが、代わりに腕を掴まれた。
ドフラミンゴは息を飲んだ。
多分、感触で私の傷跡に気づいたんだろう。
「お前、その腕はどうした?」
『ああ、これ? 昔無茶やったんでその名残だよ。
・・・ん? おいおい、なんでそんなにびっくりしてんだ?』
ドフラミンゴは私の腕を掴んだまま、黙り込んでしまった。
私は少々困惑していた。こんな動揺するドフラミンゴを見るのはいつぶりだろうか。
しかしいつまでも突っ立ってるわけにもいかない。
私は腕を掴むドフラミンゴの手を軽く叩いた。
顔を上げたドフラミンゴに私は笑ってみせる。
『これはね、名誉の負傷って奴だから気にしてないよ。
大事なものを守ってついた傷なんだ』
「・・・そうか」
ドフラミンゴは私の唇を読んで、ぎこちなく微笑んだ。
今日、ドフラミンゴは本当に珍しい顔をする。私が人間だからかな?
『ちなみに私は週一回、同じ曜日にこの辺うろうろした後は
ベンチでぼーっとしてんのが好きなんだけど』
ドフラミンゴは少し驚いた様子だった。
私もまあ、こんな提案すんのは本当はよろしくないんだろうけど、
なんかこいつの地雷を踏んだらしいってのはわかるからな。フォローが大事だ。
何しろ私はこいつのご機嫌とるのも仕事のうちな、賢いフラミンゴのなので。
『なんか気まずいなら次会った時ジュースでも奢ってちょうだい。それでチャラ!』
ドフラミンゴは勢いに押されたように頷いて、私の腕を離した。
よしよし。そのまま2、3歩歩いたところで振り返り、指を差す。
『あと、ちゃんと寝ろよ!』
ちょっと距離が開いたので唇が読めてるかは知らないが捨て台詞を吐いて、
私はとっととアジトに戻って寝ることにした。
どっと疲れた1日だったな・・・。