テンタクルス・アヴァンチュール
この目が嫌いだ。
この脚が嫌いだ。
私は私が嫌いだ。
蛸の人魚、は自宅のデスクに突っ伏して眠っていた。
それを咎める祖父母は亡くなり、
両親は随分昔に旅に出てしまい、今では一人が
魚人島、海の森にほど近いその場所にあるこじんまりとした屋敷に住んでいる。
そこに勝手知ったるとばかりに入って来た男は、の有様に呆れた様子だった。
「、お前また机で寝てたのか」
「・・・ハチさん?」
「お前もよくやるよ。何研究してんのかは全然わかんねぇけど、頑張ってんな」
「私のことなんかほっといてくれて構わないのに」
は慌てて前髪を撫でつけ、蛸の魚人、ハチに言う。
「何言ってんだ、お前のお袋と親父さんにゃ良くしてもらってたんだ。
少しは恩返しさせろ。これ、たこ焼きな!タコ抜きだけど!」
ハチはに笑いかけた。
も口元で曖昧な笑みを浮かべてみせる。
の両親は、クラゲの人魚とラブカの魚人だった。
明るく、快活で、そして気性が荒く自由気ままという言葉がぴったりの二人。
彼らはが物心つくや否や、その好奇心の赴くがままに外界へ飛び出してしまった。
彼らの両親、の祖父母にその世話を任せて。
は祖父母に育てられたも同然なので、
性格はどちらかと言えばその影響を色濃く受け継いだように思える。
真面目で頑固。の本質はそれだ。
そんなと打って変わって奔放な両親はタイヨウの海賊団の一員でもあったらしい。
そのことをが知ったのは、ハチと言う魚人がの世話を焼くようになったからである。
そのおかげか、海洋学に没頭し、まれに請け負う獣医の仕事以外では
誰とも喋らない日々を過ごしていたにとって、
ハチはもちろん、彼を通じてケイミーやパッパグ、
という喋り相手ができたことは有り難いことだった。
だがそれでも元海賊のハチはの出不精を案じているらしい。
「、最近ちょっとはマシになったが、若い娘が家に籠りきりなのは良くねェ。
ちっとは外へ出て遊べば良いじゃねえか」
「私はそういうのが不向きなのよ、ハチさん。
・・・でも、心配してくれるのは嬉しいわ。ありがとう」
がその目を分厚い前髪の奥に隠しているのを見て、ハチはため息を零した。
とて分かっている。
人魚や魚人。その姿形は多様で、だれもがその”個性”をコンプレックスに思ったりはしない。
だが、は違った。
母親が美しいクラゲの人魚だったのが、そのコンプレックスを加速させたのかもしれない。
は自身の容姿が気に入らなかった。
山羊の目のように横に広がった瞳孔。
黒く、冷たい、見ようによってはグロテスクな脚。
気を抜くとすぐにふにゃふにゃになる柔らか過ぎる肌。
は他の人魚たちのように肌を出す服を嫌い、前髪の帳を下ろしている。
願わくば誰も自分のことなど見なければ良いと思いながら。
※
はフードを被って、魚人島の街にある図書館へ脚を運んだ。
ふんわりとした長いスカートをはいたは少し猫背気味に本を探す。
その日、顔なじみの職員達は少し様子がおかしかった。
強ばった顔でを迎えると、今は止めた方が良い、とに忠告する。
が首を傾げると、職員の一人が「海賊が一人訪れているのだ」と囁いた。
「億越えの懸賞金がかかってる。今のところ大人しいが、
何かの拍子に機嫌を損ねて暴れられちゃ困るだろう・・・?」
海賊がよく訪れる島だけに、ある程度は海賊に寛容なこの島で、
こうも警戒されるのは珍しい、とは大きく瞬きをした。
は本棚の影から件の海賊の様子を伺う。
帽子をテーブルに置いて、熱心に本のページを捲る若い男がそこにいる。
目つきは尖っているし、捲られたシャツから覗く腕には入れ墨が見えているが、
どこか理知的な雰囲気を纏う男だった。
は少々逡巡したが、研究に使う本があるから、すぐにそれだけ借りて帰る、と
図書館司書のタツノオトシゴの人魚に断ると、棚へとその脚を向けた。
男が一度、に視線を寄越したのには、気づかないままに。
は目当ての本を見つけようと棚の間を歩く。
は海洋生物学者兼獣医だ。
海獣、魚類の治療を研究の合間に行っている。
海の生き物を知るということは、人魚、魚人のことを知ることでもある。
アロワナの人魚の病に対する対処法は、アロワナの対処法と同じだ。
は棚を目で追う。
針千本の記述がある本が欲しかった。
ハチから紹介されたオクトパ子と言うタコの魚人のペットが体調を崩しているのだ。
清潔な水と軟膏で治るのだが、効果がでるまで時間がかかるため、
オクトパ子から、大丈夫なのか、と散々疑われていた。
情けない話だが、は強い言葉で詰め寄られると流されてしまいがちだ。
そのため少しでも理解を得られるよう一度は目を通した本を探している。
しかし、どういうわけか、ごっそりと棚の一角が抜けていた。
「えっ・・・!?」
思わず驚きに瞬く。
いつもは誰も触っていないような棚なのに、とが慌てると
背後から鋭い声がした。
「探してるのはこの本か」
「!」
いつの間に近くに来ていたのだろうか、その男はに一冊の本を差し出した。
海洋生物のための医学書だった。
まさしくの探していたものだ。
鋭い眼光に萎縮するように肩を丸めると、男は不機嫌そうに鼻をならした。
「医者だろう、お前も」
「・・・なぜ?」
「自分がさっき通った棚をうろちょろしてる奴が居れば分かる」
つまり、この男も医者なのだ。海賊船の船医だろうか。
は内心冷や汗を書きながら答える。
「あの、どうも、ありがとう」
が礼を言ったのが不思議だったのか、
男はまじまじとを注視した。
「お前、少し時間あるか?」
「え・・・?」
男はにもう一つの本をずい、と見せる。
魚人の病の処置法についての記述が並んでいる。
「魚人の病の対処法について、幾つか聞きたいことがある」
に医療知識があると確認したその男は、
を自身が先ほどまで座っていたテーブルまで連れ出したかと思いきや、
あれよあれよという間にを質問攻めにし、
即席の勉強会のようなものを始めてしまった。
言葉を何度か交わすうち、男はトラファルガー・ローと名乗った。
は卒倒しそうになる。
顔は知らなかったが、その悪名は轟いている。
彼は億を超えているどころではない。2億を超える懸賞金の男だ。
司書がを止めた理由にも納得したが、今となっては後の祭りだった。
は怯えながらもローの質問や疑問には誠実に答えようと努力した。
魚人や人魚の性質から、ある程度の治療は平行して行えるが専門は獣医であること、
分からないことも多いと前置きをして、ローとの意見交換を継続すると、
驚くべきことににしては珍しく会話が弾んだ。
その内容はある種事務的だったが、
は久しく動かなかった感情が揺れるのを感じていた。
話題が尽きずに閉館時間まで小さく会話をつづけ、
次の日も会う約束を取り付けられていることに気がついたのは、
が自宅に帰ってその会話の余韻に浸っている時だった。
※
「船長、なんか機嫌いいですね」
「そうか?」
食堂でかけられたペンギンの言葉にローは首を傾げる。
自身に特別な何かがあった訳では無い。
そう告げると今度はペンギンが首を傾げてみせた。
「ええ、そうなんですか?でもほら、最近外出増えたじゃないですか?
そんなに魚人島の図書館って充実してるんです?」
「いや、こっちの医者に話の分かる奴が居てな。
そっちと話す方が興味深い」
「ヘェ、珍しいですね。やっぱ海賊に慣れてんのかな、この島。
魚人なんですか?」
「いや、人魚だ」
そう言えば、とローは考える。
という人魚と知り合ってから数日が経つが、
が”何”の人魚かは知らない。
スカートの端からちらりと覗いた脚を見ると、
クラゲかタコ、イカのどれかだとは思うが、は頑に露出を拒んでいた。
顔ですらその髪で半ば隠しているようなものである。
特に醜女であるわけではなさそうだが、と内心で訝しんではいた。
「ええっもしかして女!?」
「ああ」
「女の人魚!?医者の!?」
「さっきからなんだ、女だったら都合が悪いのか?」
「悪く無いです!全然悪く無いです!
なんだ、船長もちゃんと女性に関心を持つとかできるんですね」
「・・・シャンブルズ」
ペンギンが胸を撫で下ろしながら良い笑顔で笑うので
ローはその帽子と引き換えにかなり大きいビールジョッキを落とした。
イテェ!と野太い悲鳴がその場に響く。
「馬鹿にしてんのか、バラすぞ」
「してないです!でも、ほら、海賊女帝に無反応だったじゃないですか。
・・・正直心配してました」
「あの場で取り乱すようなやわな鍛え方をしてないだけだ、馬鹿」
流石、と呟きながらペンギンは頭を掻いた。
ローがそれを呆れたように一瞥する。
だが、内心ではペンギンの言葉に考えさせられるものがあったと認めてもいた。
に関心を持っているのは確かだ。
その医療知識についてもそうだが、なにか、暴き立ててやりたくなる様な、
そんな感覚をはローに呼び起こさせる。
・・・少々火遊びに興じてみても悪くは無いだろうか。
そんな、普段とは異なる思考に自分自身で驚きながらも、
ローは機会を伺うことにした。
なにしろローは海賊。一度欲しいと思ったものは必ず手に入れると決めているのだ。
※
「そう言えば、あなたは海賊でしたね、
もうログは溜まりましたか?」
「ああ」
図書館で交わされる問答の合間に投げかけられたの雑談に、
ローは肯定してみせた。
本来ログが溜まりしだいすぐに魚人島を出発しても良かったのだが、
船員達の不満解消と、との問答が面白かったため、先延ばしにしているきらいがある。
時々は島への滞在期間を延ばすこともあるので、船員達は気にした様子も無いが。
は「そう・・・」と俄に残念そうなそぶりを見せた。
「変わってるな、おれみたいな高額賞金首の海賊なんて、
居なくなってくれた方が嬉しいんじゃねえか」
「それは・・・普通はそうかもしれませんけど、
ローさんとこうして話すのは、楽しかったので・・・」
肩を丸めておどおどと言葉を紡ぐは可愛らしい。
「安心しろよ、まだしばらくはこっちにいる予定だ」
「そうなんですね」
その目は見えないが、は心底嬉しそうに微笑んでいた。
ローがと話していて感じるのは、どうも箱入りというか、
無防備で世間知らずなところがあると言うことだ。
魚人島の若い女の人魚は煌びやかな格好をしていることが多く、
愛嬌はあるが、警戒心が強い。
若い人魚はその美貌からか、高値で取引されることも多く、そのせいもあるだろう。
だからこうして、のように海賊に心を開いてくるような真似はしない。
「そういえば、、お前は一体何の人魚なんだ?」
「あ・・・」
気になっていたことを口にすると、が目に見えて意気消沈した。
「蛸の、人魚です」
「そうか」
なるほど、スカートから覗いていた脚は蛸のものだったか。
は淡白なローの反応に安堵しているようだった。
「蛸の人魚だとなにか都合がわるいのか」
「いえ、そんなことは、無いんですけど。
・・・あまり綺麗なものではないですから」
人間の女がその目の大きさだとか、その顔の作りに一喜一憂するように、
人魚にもそう思う気持ちがあっておかしくはない。
のおどおどとした態度や、露出の少ない服はそれが理由だろうか。
ローが内心で気にすることないだろうに、と呟くも、
がそれを言ったところで聞くような人物で無いことはここ数日の会話の中で理解している。
「あ、ところでローさん、先日興味があると仰っていた、
喉の薬の調合を家で行うんです。見にいらっしゃいますか?」
話題を変えようと、が寄越した提案に、ローは微かに眉を顰めた。
海賊の、ちょっと話が合っただけの男を自宅に招くなど、
普通の人間の女にしたって余りに無防備で軽はずみな提案だ。
しかしにはなんの他意も無ければ悪気も無い。
ついでに危機感も欠如している。
「・・・お前危機感が無さ過ぎるぞ」
「えっ、そ、そうでしょうか?」
思わず指摘したローにはおどおどと慌てた様子だったが、
発言を撤回する気はないらしい。
どうも本当にローを信頼しだしているようだ。
だが好都合でもある。
は少し理解するべきだ。
海賊について、そして他ならぬ自分自身についてを。
※
の小さな屋敷は海の森の近く、少々街から離れたところにある。
ローはの無防備さに苛立ちさえ覚え始めていたが、
その家の中を見た瞬間、その苛立ちは吹っ飛んだ。
天井まで届く本棚に隙間なく並べられた学術書。
幾つも並べられた水槽には傷ついた魚が手当を施されている。
テーブルの上に並ぶのは海藻や珊瑚、そして調合途中の薬品のかけられた鍋。
自宅と医院をかねて居るのだろう。
まるで絵本に出てくる様な非現実感と、現実感が混ざった空間は不思議と魅力的だった。
「あまり片付いていなくてごめんなさい。
そう、この鍋の中身が喉の薬になるんです。
最後にこの貝殻の粉末を入れると完成するの。
上手くいけば色が変わるんですよ」
はそう言うと予め擂り下ろされていた白い粉をさらさらと鍋に入れ、
ゆっくりと撹拌する。
すると乳白色だった鍋の中身が静かに透明の水のような液体に変化した。
どうやら成功したらしい。
「薬効は喉の痛み、嚥下障害、声の嗄れだったか?」
「ええ、人魚の歌は船を沈める程魅力的だと言われているけれど、
歌い過ぎて喉を痛める人も多いから、こう言う薬ができたんです。
良く効くと思うわ」
「・・・この薬はお前の専門とはかけ離れてるな」
ローがまじまじと鍋の中身を見つめた。
が少々苦く笑いながらも、その中身を小さなボトルに移し替えていている。
ローはその華奢な肩を見つめ、微かに目を眇めた。
「母が教えてくれた唯一の薬だったから。
・・・他の調合は一切できない人だったけれど、これだけは私に教えてくれたの」
「医師の家系なんだな。本棚の書籍も一から揃えた風には見えない」
「そうよ。もっとも、両親は海賊だったらしいけれど」
「・・・なら、お前はもっと海賊に対する扱いを教えてもらうべきだったな」
が含みを持たせたローの言葉に疑問符を浮かべて振り返る。
驚く程近くにその身体があって、は息を飲む。
ローの手がの顔を掴み、その前髪を払おうとする。
「鬱陶しくはねえのか、その髪」
「え!?・・・や、やめてっ、見ないで!」
「暴れるなよ」
壁に押し付ける様に身体を抑えられ、は身動きが取れない。
が懸命に身を捩り、抵抗していると苛立ったのかローがその顎を掴んで
かなり乱暴にに口づけた。
ぎょっとしてが見せない目を白黒させている間に、
驚く程熱い舌が伸ばされる。
顎の裏を撫で、くすぐられる様な感触には翻弄されていく。
知らない、こんなの。怖い。熱い。・・・ゾクゾクする。
蹂躙するかのような口づけにの手はいつの間にかローのシャツを掴んでいた。
抵抗する気力を失ったところで唇を離したローの手が、乱れたの髪を梳く。
息を乱したは呆然とローを見上げている。
「う、・・・見ないでって、言ったのに・・・!」
涙目のが露になった目でキッとローを睨むが、
ローはの目尻をなだめるように軽く撫でるだけだった。
「そんなに、私の目が見たかったの?見れたでしょう、離してよ」
「ああ、見たかった。悪く無いな、その目」
ローの感想に、は心臓がどくん、と一際大きく鼓動したのを感じる。
ギラギラと光るその琥珀色の目を細めて、ローが笑った。
「一つ教えておいてやるよ。
隠されているもの程暴きたくなるし、逃げられりゃ追いたくなるもんだ」
ローの言葉に、は喉を鳴らした。
不思議と、最初にが感じていた恐怖が溶けている。
「あ、あの。気持ち悪いとか、思わないの」
「は?」
水を差す様な言葉に、ローが不機嫌そうな声を上げる。
「なんで気持ち悪いんだよ」
「感情が読めないとか、悪魔の目とか・・・」
「別にそんな風には見えない」
「あ、脚だってグロテスクじゃないですか?」
ローがスカートをたくし上げて半分程見えている黒い蛸の脚は、
言われて見れば確かにグロテスクに見えないことも無いが、
それを言ってしまったら他の魚の人魚だってグロテスクだ。
むしろ淡いフリルのような白い吸盤が並んだその脚は妙に艶かしい。
「そんなことはない」
落ち着けるように脚を撫でてやるとが震える。
そこにはもう、抵抗する様な様子は見えなかった。
今、ローはに半ば強引に迫っている立場ながら、
その無防備さにやや困惑してもいた。
「・・・お前、本当に危機感を持てよ。
今から何されるのか分かってんのか」
「分かっては、いるんですけど」
が目を伏せる。
蚊の鳴くような声で、小さく、呟いた。
「嫌じゃ、ないです」
ローが一度唖然としたように口を開けたが、
すぐに唇を真一文字に結んだ。
「、いいか」
骨抜きになりそうな艶のある声色で囁かれた懇願に、
がきょどきょどと視線をさまよわせ、
最後に観念したようにこくり、と頷いた。
※
は未知の快楽に振り回されっぱなしだった。
こんなに人と密着するのも、身体を撫で回されるのも、
身体が自分の言うことを聞かないのも初めてだ。
の隠していた目も、脚も、必要以上に柔い身体も
ローは特に気にしなかった。
気にせずにの着衣を乱し、触れ、その陰茎を遂に
の足の奥へ押し込んだ。
痛みと僅かな疼きがない交ぜになった様な感触。
恥ずかしい、ちょっとまって、とうわずった声で懇願すればするほどに、
を見るローの目が野性味を帯びるのが良くわかる。
その目に射抜かれる度に、
は皮膚の下が熱く、強ばる様な切なさを覚えた。
人魚や魚人と違って、人間の身体はとても熱い。
その熱いものに抱かれている。揺さぶられ、噛まれ、触られている。
とても怖い。・・・溶けそうだ。
は息を吐く。気持ちが身体に追いついていないに違いない。
の意思なんて考慮せず、順応して快楽に従順になった身体から
勝手に零れる声を抑えようと指を噛むと、乱暴に手首を掴まれる。
入れ墨の入った指が、手首をなぞり、やがて指を組んだ。
愛でる様な手つきに、が軽く息を吐く。
「声出せ、そのほうが興奮する」
挑発するようにローは笑った。
その顔を見たときに、全身がざっと総毛立つような感覚がの背中を走る。
の中で、何かが変わった気がした。
なにかのスイッチを押したように、思考が切り替わったのだ。
そしてそのスイッチは、物好きにもを愛でる、ローによって押されたのだろう。
ただひたすら従順な受け身の思考が快楽と共に歪な変貌を遂げたのを感じていた。
は揺さぶられるままに息を吐き、やがて口角を密やかに上げる。
自分が一体”何ができるのか”は天性の直感で理解していた。
※
の脚がローの肌を、陰茎を、
あるいは誰にも触れることを許さなかった場所を、愛でている。
その脚は淫らに動き、先ほどまで目を白黒させていた淑やかさはなりを潜めている。
吸盤はの意思によってその効力を発揮するらしく、
強く吸ったり、柔らかく吸ったりを繰り返している。
擦りながらときおり齎される異様な感触にローは息を詰めた。
理解が追いつかなかった。
に好感を持ったのは確かだし、
新雪を汚したくなる様な欲望を覚えたのも認めている。
それがまさかこのような形で裏切られるとは思わなかった。
半ば強引にを暴いたまでは概ねローの思惑の通りだった。
だが、そこからはその脚でローの手首を拘束し、
他の4本の脚と手をもってローに奉仕してみせたのだ。
初めのうちは少々驚いたものの、
慣れないそぶりながら懸命なの態度は好ましく、
成り行きを見守ってみたのが不味かったのかもしれない。
はすぐにローの癖や弱みを見抜き、
その手足の動きもあれよあれよと言う間に洗練されていった。
声を殺すのが億劫になりつつある。
こんなのは未だかつて経験がない。
気持ちが良いのだ。とてつもなく。
異常な快楽にこれ以上は正気が保てないと危ぶむ程度には。
「・・・ッ、いいかげんに、しろ・・・!」
「なぜ・・・?」
ローの制止を聞いたの頬は桃色に上気している。
人間離れした横長の瞳孔に見定められて、ぞくりとした感覚が背筋を上る。
もう何度も味わった感覚だ。
の眼差しには心を揺さぶるような魔力でも籠っているかのようだ。
ありえない思考にローは眉を顰め、好き勝手煽り立てるを睨んだ。
が柔らかく微笑む。
「ねえ、きっと自分では、わかっていないのでしょう?」
「・・・なにがだ、」
は手首を拘束する脚の先で、ローの指を軽く撫でる。
今ではそれすら下腹に熱を生じさせるのだから、恐ろしい。
が首に手を回して唇に齧り付くようにキスをする。
どうでも良いことばかりがローの脳裏に浮かんだ。
この恐るべき快楽は人魚を抱いた人間なら誰もが味わうものなのか、
それともが特別なのか。
しかしその思考も塗りつぶされていく。
「その顔、好き」
「いつも難しい顔してたのに、とても、」
は甘いため息を吐いた。
「たまらないわ」
それはこっちのセリフだ。