幽霊の成長
運命とは数奇なものである。
ブルックはギターと仕込み杖を携えながら、
ブルックを一目見ようと集まったファンたちに手を振って
ライブ会場へと入った。
これからリハーサル、明日が本番だ。
マネージャーである手長族の3人は嬉しそうに
ライブ前日にも関わらず集まった観衆の数を数えている。
チケットは完売、会場は満員。興行収入は億単位。
能力の研鑽のためにも始めた歌手業は、
元々は盗賊だったマネージャーたちが意外にも本当に
”マネジメント”に長けて居たことから順調極まりない。
これなら金にも食うにも困らずに1年後に迫るシャボンディ諸島での、
一味との再会は叶うだろう。
しかし、ブルックには懸念があった。
「お嬢さん、今、どうしているんでしょうか・・・」
一味の仲間、”記憶喪失の幽霊”のことだ。
幽霊はビブルカードを持って居なかった。
1年前不甲斐なくも幽霊よりも先に、くまの手にかかりシャボンディ諸島から
飛ばされてしまったので幽霊の行方は定かではない。
どうか無事で、そして再び相見えることができれば、と祈るあまり、
幽体離脱まで編み出してしまった始末だ。
「どうした? ソウルキング、腹でも痛いのか?」
「おいおいTDのセールスは絶好調なんだ、この島のライブも頼むぜ!」
縞模様のスーツの小柄なピン、
白いスーツの大柄なポンがブルックのもの憂い気な態度を見て声をかける。
「いえ、なんでもありませんよ。ヨホホホホ!」
「その意気だ、ソウルキング」
明るく取り繕ったブルックの態度を見て安心したのか、
濃い茶色のスーツを纏ったパンがブルックの肩を叩いた。
そして、ブルックが会場へ入ろうとした、その時だった。
「ブルック!お久しぶりね!」
空から幽霊が降ってきたのだ。
にこやかな笑顔に、ブルックは唖然としていた。
マネージャーや近くにいたスタッフたちが騒然となる。
「誰だここは関係者以外立ち入り禁止・・・って幽霊!?」
「ギャアアアアアアアア!?」
「オバケーーーー?!?!?」
パニックになる周囲をよそに、ブルックは幽霊に声をかける。
「お、お嬢さんですか!? 本当に!?」
「もちろん!」
頷いた幽霊に、ブルックは思わず駆け寄って幽霊の手を取っていた。
「ああ! 私またあなたに会えてとっても嬉しいですよ!
だってお嬢さん、ビブルカード持ってなかったじゃないですか!?
私もう心配で心配で・・・!
胸が張り裂けそうでした。私、胸ないですけど! ヨホホホホ!」
「ウフフフフッ、スカルジョークは健在ね!」
感涙するブルックに、幽霊は朗らかに笑った。
その有様にパニックに陥っていた周囲も落ち着きを取り戻し出す。
「えっ、知り合い!?」
「骸骨の知り合いが幽霊ってのは、ホラーの世界だな・・・」
「いや、よく見りゃあ、あの幽霊なかなか・・・」
ピン、ポン、パンがそれぞれにブルックと幽霊の再会を眺めていることに気づき、
ブルックはハッとして彼らに言った。
「す、すみませんマネージャー、彼女は確かに私の知り合いです!
どうか二人でお話しさせてくれませんか?
大丈夫、リハーサルまでには戻りますので!」
※
ひとまず控え室へと幽霊とブルックは向かった。
幽霊は雑然と音響機材が置かれているのが気になるのか、
キョロキョロとあたりを見回している。
「すみません、明日ライブがあるので、リハーサルまでの短い間しか・・・」
申し訳なさそうにアフロを掻いたブルックに、幽霊は首を横に振った。
「いいのよ。ウフフッ、私も袖からあなたの歌を聴いててもいいかしら?」
「もちろんですとも! それにしてもお嬢さん、よく私の居場所がわかりましたね?」
ブルックが問いかけると、幽霊は頷く。
「新聞を見たのよ! すっかりミュージシャンになっちゃって、びっくりしたわ。
ところで、ねぇブルック、何か気づかない?」
「え?」
ブルックは幽霊をまじまじと見つめた。
今の幽霊の服装は白いシャツに品の良いプリーツスカート、首元にはリボンが結ばれている。
腰のベルトにすらりとした剣の持ち手が光り、革張りの大きなトランクを持っていた。
そして、思い返すと、ブルックは幽霊の手をきちんと手にとっていたような気がしたのだ。
「あ、あれ、お嬢さん、気のせいか、さっき触れることができてましたよね!?
それに、お洋服も違いませんか!?」
幽霊は正解だと言って笑った。
「ウフフフフ! 修行したのよ!
それに、名前も思い出したの! 私、と言うの!」
それからは手短に、シャボンディ諸島で別れてから
どう過ごしてきたのかをブルックに伝えた。
主にゾロ、ミホーク、ペローナとの修行の日々のこと、
自身が悪魔の実の能力者だったこと、身につけた力のことだ。
「・・・! そうでしたか。
名前、思い出せて良かったですねぇ! さん。
それにしても、悪魔の実の能力者・・・。
いやあ、冷静に考えれば、そうなんでしょうけど、驚きですね」
ブルックは盲点だった、と言わんばかりに腕を組んだ。
そして、の能力の一つである”怪奇現象”に興味を持ったようだった。
「それに、どうやら私と似たようなことができそうです。
これからちょっとリハーサルをするので、私の歌、聴いていただけますか?」
「喜んで。だけど、マネージャーさんたちの了解を得なくても大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ヨホホホホ」
を連れて、ブルックはリハーサルへと入った。
スタッフ以外は誰もいない、
がらんどうの大きなホールの舞台に一人立っている。
マイクの前に立ち、ブルックは一曲だけきちんと歌うと言って、
ギターをかき鳴らした。
それは心臓を高鳴らせ、魂を揺さぶる音楽。
多くの人間を夢中にさせ、幻さえも浮かび上がらせる魂の力。
が目にしたのは色とりどりの花火、そびえ立つ城、
人々が歌い踊るカーニバルの風景。
「すごい・・・!」
思わず呟いていた。
まばらにいたスタッフたちから、溢れんばかりの拍手が響く。
「さすがソウルキング!」
「この調子なら明日のライブも成功間違いなしだ!」
「売り上げ倍増!商売繁盛!」
マネージャーのピン、ポン、パンも嬉しそうに手を叩いていた。
はブルックに惜しみない賛辞を送る。
「すごいわブルック!なんて刺激的で、魂を揺さぶる音楽なの!」
「ヨホホ、ありがとうございます。
でも、あなたも私と同じことができるでしょう?」
ブルックは確信を持っているようだった。
リハーサルを終え、スタッフが大方はけた後、
を舞台の上に呼んで、マイクの前に立たせた。
「”怪奇現象”。やってみて、くださいますか?」
「ええ、わかった。
・・・ところでマネージャーさんたちは、戻った方がいいと思うのだけど」
が客席にいるピン、ポン、パンに声をかけると、
彼らは首を横に振った。
「いいや、おれたちはブルックのマネージャー」
「そんで持って金の匂いには敏感なのさ」
「あんたがブルックと同じことができるって言うなら・・・そいつは商売のチャンス!」
どうやらテコでも動く気がないらしい。
はため息をつくと頷いた。
「わかったわ・・・でも、どうなっても知らないからね」
「ヨホホ、お嬢さん、何を歌うんです?」
「明るい曲がいいわ。『踊り明かそう』を」
は深く息を吸い込み、マイクの前に立った。
そして、その声が会場に響いたのだ。
「『ベッドへ行けって? とてもじゃないけど寝られないわ!
クラクラしてるの 頭を枕になんか着けられない!
眠りなさいって言われても 今夜はとても寝付けない!
国中の王冠や宝石をもらったって無理!』」
途端に、目を疑うような光景が広がった。
宝石の、金貨の雨が降る。
はそれを弾いて笑い、歌う。
「『一晩中でも踊れたわ!
踊り明かすことだってできたのよ!
それでもまだ足りないくらい
翼を大きく広げてね
なんだって出来る気がしたの』」
白い小鳩が羽ばたく。スボットライトもないのに、
が指を差すとカラフルな光が周囲に溢れる。
伴奏もないのに驚くほど楽しげな音楽が広がった。
「『なんであんなに興奮したのかしら?
なんで突然心に羽が生えたのかしら?
私に分かることと言えば
あの人が私と一緒に踊り始めると
一晩中でも踊れたってことなのよ!』」
ブルックは自分がステップを踏んでいることに気がついて驚いていた。
本当に、一晩中でも踊れそうな気分だった。
ただ、歌を歌っているだけなのに、
のイメージがブルックをとてもワクワクさせたのだ。
心臓を失っているはずなのに、鼓動が高鳴るのさえ、感じていた。
が歌い終えると、ブルックは心からの拍手を送った。
「素晴らしい・・・! 素晴らしいです、さん!
なんて表現力なんでしょう! 腕を上げましたねぇ!」
「そ、そう? 照れるわ」
は照れたように頰を掻いた。
ブルックは興奮冷めやらぬと言わんばかりに提案する。
「お互いに、切磋琢磨できそうじゃありませんか!
どうです? ステージに立ってみては?」
ブルックの提案に、はちょっと困った顔をする。
「そうしたいのは山々なんだけど・・・実はこれ、覇気を使っているのよ」
「え?」
ブルックは首を傾げる。
がマネージャーを指差すと驚くべきことに、
3人とも泡を吹いて倒れていた。
「ほら、マネージャーさんとかは耐性がないのか、失神しちゃってるわ。
私、覇王色の覇気の使い手ではないんだけど、
声ってほら、振動だから、それが強化されてるみたいでね・・・」
「あらら、結構危ないんですね・・・」
残念そうなブルックに、は気を取り直したように笑った。
「でも、能力は伸ばしていきたいの! 一緒に頑張ってくれる? ブルック」
「ヨホホホホ!もちろんですとも!」
しっかりと手を組んで、ブルックとは笑い合う。
魂を震わす歌い手の二人はこれからもっと腕を磨いていくのだ。
ルフィとその仲間たちのために。
※
「お嬢さん、随分頑張ったんですねぇ」
ライブを終え、次の島へと向かう船の甲板で、
ブルックとは話をしていた。
仲間たちとはぐれてからの、1年間のことを。
「ブルックだって波乱万丈じゃないの。
魔王として扱われたり、手長族に拐われて見世物になったり、
・・・最後にはミュージシャンになってるんですもの!
それも、世界的に有名な!」
「ヨホホホホ! 生きてると何が起きるか分からないものですねぇ!
私、もう死んでますけど! ヨホホホホ!」
「ウフフフフッ、全くだわ!」
ひとしきり笑い合うと、は夜の海を眺めた。
「私ね、みんなと離れてからも記憶を少しずつ、思い出したの。
名前もそうだけど、昔、私がどう言う状況で、生きていたのか」
はポツポツと話し始めた。
かつて、病気だったこと、自殺を強要されたこと、その時に悪魔の実を口にしたこと、
そして。
「・・・まさかルフィさんを助けた
トラファルガー・ローと言う海賊が、あなたの主治医だったとは、」
ブルックの驚嘆に、は目を伏せる。
「・・・思い出せない部分も多くて、確かじゃないのよ。
私の知っている彼は、まだ幼くて・・・。
それに、同姓同名の別人ということも考えられなくはないし」
「でも、あなたの直感は、彼がそうだと言っているのでしょう?」
ブルックの問いかけに、は静かに頷いた。
シャボンディ諸島で出会ったローは
確かに成長していて、一目見ただけでは分からなかったが、
今思い返すと、確かに面影は残していた気がする。
「・・・ええ」
「ならそれを信じるべきですとも。
そうなると、彼がルフィさんを助けた理由の一つに、
”あなたの船長だったから”ということもありそうですね」
「・・・そうかしら」
の沈んだ声色に、ブルックはおや、と首を傾げる。
「彼は、『私を知らない』と言ったわ」
シャボンディ諸島で、確かにローはを知らないと言い、
また、名乗りもしなかった。
「・・・彼にだけは嘘を吐かれたこと、なかったのに」
の呟いた言葉を聞きながら、ブルックは甲板の手すりにもたれた。
「ヨホホ、疑心暗鬼は良くありません。
話を聞く限り、彼はあなたを大事に思っているから、
嘘を吐いたのだと思いますよ。
・・・お嬢さん、本当はわかっているでしょう?」
ブルックはに向き直る。
「どういう経緯かはわかりませんが、あなたのような人が、自殺まで追い詰められた。
きっと普通のことじゃありません」
全ての記憶を失いながらも霧の海を彷徨い歩き、
ブルックと出会ってからは明るく、朗らかに笑い、歌い。
王下七武海モリアにも怯まず啖呵を切る。
過去に何が待ち受けていようとも記憶を取り戻したいと息巻くは、
幽霊だと言うのに、生きる希望に満ちていた。
そのが、どう言うわけか自殺を選んだ。
ブルックは胸が痛む心地がしていた。
明るく天真爛漫なが、一度は自分の人生を諦めたなど。
「知らない方が幸せなことだって、きっとあります」
は首を横に振った。
「でも、私は思い出したいわ!
昔どんなに、辛くて、悲しい目に遭っていたのだとしても!」
眉根を顰め、スカートを握る。
「私はローのことも全て忘れていた・・・!
私にとって、彼は、」
思い返すのは、ささやかな幸福の記憶だ。
は固く目を瞑る。
「決して忘れてはいけない人だったわ・・・!」
ブルックは微笑んだ。
「ヨホホホホ、なら、思い出すべきです。全てを」
「!」
は弾かれたように顔を上げる。
「あなた、自分で思っているよりも実は結構強い人ですよ。
自信を持ってください。ミホークさんにもそう言われたのでしょう?」
ゾロの師であり、の師でもあったミホークは、
を”稀有な強さの持ち主”と認めていた。
ブルックは明るく言った。
「私は彼と直接相対したことはありませんが、私も剣士の端くれ、
その人となりは聞き及んでますとも。
彼は上っ面の励ましを言う人じゃありません。
それは何より、あなたが良く知っているでしょう」
『折れてもいい、砕けるな』
ミホークはにそう言った。
これから先、どんな記憶を思い出したとしても、
はもう一度死を選ぶことはしない。
もう二度と砕けない。
そう決めたのだ。
「ええ、ええ、そうね・・・!」
常の笑みを取り戻したに、ブルックは安堵したように頷いた。
そしてから聞いた1年の冒険と、取り戻した記憶を振り返り、
ブルックはに笑いかけた。
「それはそうとして、お嬢さん、随分おモテになるんですね?」
「えッ・・・!? 急に、どうしたの!?」
突然の話題転換には目を丸くしている。
「ヨホホホホ、お話を聞いていたらそう思ったので。
いえいえ、もちろんあなたはとても魅力的な女性ですが」
の頰がサッと赤らんだように見えた。
「か、からかっているでしょう!」
ブルックはニヤニヤと笑っている。
「ヨホホホホ!私、ミホークさんと、そのローさんとはお話してみたいですねぇ。
ああ、ラブソングが歌いたい気分です!」
「ブルック!」
「ヨホホホホ!」
あまりにブルックが揶揄うので、が腕を実体化し、
ブルックの肩を叩いたのは無理もない話だった。