幽霊と伝説の海賊
今日は補給日である。
手長族のマネージャー、ピン、ポン、パンは金勘定と物資の補給、
ブルックはライブの一人反省会と次の会場でのセットリストの作成をしていた。
そしてと言えば、一人でピオニアを見て回ってはノートに何か書き付けている。
「さん、日記をつけるようになったんですか?」
ブルックが尋ねると、は答えた。
「日記というか、旅行記のような感じかしら。
一度自分の言葉で、自分の見たものをまとめるのも重要だと思ってね。
自分の中で情報を整理することも大事だと、修行の最中に気づいたものだから。
この国について、今まとめているの!」
ロビンがつけていた日誌を真似たのだと言う。
ブルックは興味を惹かれてに近づいた。
「へぇ! 見せていただいてもよろしいですか?」
「良いわよ」
ノートにはメモ書きでの見て回ったピオニアの特徴がまとめられている。
島の全容、暮らす人々の服装、特徴的な建物、
また印象的だったと言う”シャイニング・アップル”のスケッチや、
が感じた国の印象についても描かれていた。
「さんは島の成り立ちや文化に興味があるんですね。
そう言えばシャボンディ諸島でも、シャボン文化に興味津々だったような・・・」
シャボンディ諸島でのを振り返りながら言うと、もそれを認めた。
「ええ! 島の気候や、特徴によって住む人の暮らしも変わるでしょう?」
はノートを閉じて、
ホテルの窓の外、ピオニアを行き交う人々を眺めながら言う。
「洋服や、食べ物、建築・・・人が生きるために編み出した形、技術・・・!
島ごとに違っていて、どれも正解で、不正解は無いの!
それに直に触れることができるのは、楽しいわ!」
小説や絵画、写真などからも読み取ることはできたけれど、
自分の目で多くの物事を見るのは感慨もひとしおであるとは語る。
「知らなかったことを知るのは、素敵なことよ。改めて、実感してるの」
楽しそうに目を細めたを微笑ましく見守り、
ブルックはある提案をして見ることにした。
「なるほど・・・ではさん、酒場にでも行って見ませんか?」
「え?」
不思議そうなに、ブルックは続ける。
「酒場では国の発行してるパンフレット以上に、
そこに住む人間の顔や実情が見えるものです。
ちょっとした”冒険”、いかがです?」
はパッと顔を輝かせた。
「いいわね!お供してくれる?」
「ヨホホホホ、最初からそのつもりですとも!」
ちょうど煮詰まってきたところだったのだ、と
自分の綴っていたノートを指差して言うブルックに
は嬉しそうに頷いた。
※
ピオニアの酒場、給仕の女性たちは花びらのようなスカートを履き、くるくると働いていた。
どうやら団体客で賑わっているらしい。
「いらっしゃい」
酒場の店主はグラスを拭きながらブルックとに目を向ける。
するとブルックに気づいたのかパチパチと瞬いた。
「お、お客さん、もしかして・・・!」
「ウフフ、すっかり有名人になってるわね、ブルック」
「ヨホホ、ええ、お察しの通りですよ」
店主は笑みを浮かべ、TDを持ってくるとサインをねだった。
ブルックは快くサインに応じ、カウンターに座る。
は酒場の雰囲気が物珍しいのかキョロキョロと辺りを見渡していた。
「賑やかね」
「ん?そこに居るのは・・・、ソウルキングか!?」
「やだ、本当に!?」
「ぷぷぷ・・・!ラッキー・・・!」
声をかけて来たのは狐の耳のように割れた髪型の鼻の大きな男だった。
横には目出しのマスクをつけたつなぎの女性と、
同じく目出しのマスクをつけた大柄な男が侍って居る。
どうやら団体客の中の一人のようである。
「おれァ、あんたのファンなんだ!
奢るぜ、こっち来て飲もうじゃねェか!!!」
男の気前のいい提案に、ブルックはに尋ねる。
「・・・どうします?お嬢さん?」
「せっかくのお誘いだわ。ご同伴に預かってはいかが?」
ブルックは頷くと、男に向き直った。
「すみません、連れがいるのですが、それでもよろしければ」
「構わん構わん、フェッフェッフェッ!!!」
男は海賊なのだと言う。
男は銀ギツネのフォクシーと名乗り、ブルックにビールを注いだ。
女性はポルチェ、大柄な男はハンバーグと名乗る。
幽霊のが顔を出すと少々驚かれたが、
流石に海賊と言うだけあって肝が座っているのか、
幽霊にも骸骨にもすぐに慣れ、今では怯む様子もない。
「しっかし幽霊と知り合うことができるとはなァ、
生きてると何が起きるかわからねェもんだぜ」
「ぷぷぷぷぷッ!おもしれェ!」
感慨深く呟くフォクシーに、笑い上戸のハンバーグが合いの手を入れる。
「これもデービー・ジョーンズの思し召しかしらね」
ポルチェが頬杖をつきながらグラスをかき混ぜている。
は瞬く。
「デービー・ジョーンズ? それって深海に生きているという、伝説の海賊のこと?」
「ヨホホ、お嬢さんよくご存知で」
海賊の文化については疎いところのあるだが、
珍しくデービー・ジョーンズのことは知っていたらしい。
「ちょっとした学術論文で、彼と”さまよえる幽霊船”のバンダー・デッケンとを
同一視する研究があって、覚えていたの。
二人とも悪魔に呪われ深海に生きる海賊だし、強欲なのは瓜二つだから」
オペラ『さまよえる幽霊船』は
過去に実在したとされる海賊の船長バンダー・デッケンと、
彼に恋をする娘を描いた物語である。
はこのオペラをブルックと出会ったばかりの時によく歌った。
にとっては思い出深い物語の一つである。
「そうさ、そのデービー・ジョーンズだ」
フォクシーはビールを煽り、指を立てる。
「おれたちは”デービーバックファイト”で生計を立ててる海賊。
だからデービー・ジョーンズはおれたちにとって特別なんだ。
海賊が神を信じるって言うよりは、彼を信じるって言った方が様になるだろ?
”神の思し召し”よりも”デービー・ジョーンズの思し召し”」
「なるほど・・・、だから酒場の皆さん落ち着いていらっしゃるんですね。
海賊を略奪する海賊だから」
酒場に海賊を商売相手にしていると言う緊張感があまりないのはそのせいか、と
ブルックは顎に手を当てて感心していた。
「フェッフェッフェ! その通り」
「まあ、とは言え”海賊は海賊”!
欲しいものは全て手に入れるんだけどね」
「ぷぷ・・・!」
ブルックへ頷いたフォクシーに、ポルチェは肩を竦め、
ハンバーグは何がおかしいのか笑っている。
「デービーバックファイト? 初めて聞いたわ」
が首を傾げると、フォクシーはニヤリと口の端を吊り上げた。
「そりゃあ、そうだろう。これは海賊の”ゲーム”なんだ」
デービーバックファイトとは
海のどこかにあると言う海賊たちの楽園”海賊島”で生まれたと言うゲームである。
より優れた船乗りを手に入れるため、海賊が海賊を奪い合ったことが始まりなのだ。
その戦いの火蓋は互いの船の船長同士が合意し、同時に銃を空に撃った瞬間切って落とされる。
オーソドックスなのは”3コインゲーム”と呼ばれる3本勝負。
1ゲームごとに勝者は相手の船から好きな船員を貰い受けることができるのだ。
深海の海賊”デービー・ジョーンズ”に誓って、貰われた船員は速やかに敵の船長の忠実な部下となる。
敵船に欲しい船員がいない場合は、船の命、海賊旗の印を剥奪することもできる。
デービーバックファイトによって奪われた仲間、印、全てのものは
デービーバックファイトによる奪回の他認められない。
フォクシーに詳しくルールを説明されて、は腕を組んだ。
「・・・船員の他にも財宝とかも賭けの対象に、してそうね。
『デービーバックファイトによって奪われた仲間、印、”全てのもの”は
デービーバックファイトによる奪回の他認められない』
って言うルールは、そのためにありそうだわ」
「フェフェフェ・・・ポルチェが言ったろう? ”海賊は海賊”だとな」
「ぷぷぷ・・・!」
フォクシーは人の悪い笑みを浮かべている。
は苦笑して、ゲームの感想を述べた。
「デービー・ジョーンズについては詳しいことをあまり知らなかったから、
新鮮だわ。それにしても、ルールを聞くと、実に海賊らしい・・・」
の感想に、フォクシーは満足そうな笑みを浮かべた。
「そうだろう? おれァ、このゲームが好きさ。
船長が船員のために戦い、船員が船長のために戦う。
洗練されたルール! その裏をかく時の醍醐味!」
「あ、結局ズルはするって認めましたね」
ブルックの呟きに気づかなかったのか、フォクシーは機嫌よくビールを煽る。
「それに何より、このゲームは単なる戦いとは違う!
”戦略”が勝敗の要になるのさ。
実力差があったとしても、このゲームの中に引きずり込んじまえば、
格上とも互角以上の勝負ができる!」
ポルチェがうんうん、と頷き、フォクシーを褒めそやし始めた。
「オヤビンはデービーバックファイトのエキスパート。
1000を超えるゲームをこなしてきた中で、1回しか負けたことは無いの。
すごいです!オヤビン!」
「フェフェフェフェ! その通り、だが、」
フォクシーはため息をついて落ち込み始めた。
「たった一回の敗北がおれに、いやおれ達に暗い影を落とした・・・」
ズーン、と落ち込んだ雰囲気になる周囲を見て、
不思議そうなブルックとに、ポルチェが額に手を当てながら嘆いた。
「ある海賊にシンボルマークを捧げて以来、士気がなかなか上がらないのよ」
「ぷぷぷ、帆は取られなかっただけマシだけど・・・!」
ハンバーグの言葉に、ブルックが腕を組んだ。
「へえ、代わりの海賊旗を寄越してきたんですか。
一体どんなマークなんです?」
ポルチェが船の写真を2枚差し出してきた。
一枚はフォクシーによく似た狐のシンボル。
そしてもう一つ。
子供の落書きのような代物だった。
ブルックとは
悲惨なビフォーアフターを遂げた写真をまじまじと眺め、絶句した。
「・・・同情しますよ、オヤビンさん」
「ええ、心から。お気持ちお察しするわ」
「泣ける・・・!」
おいおいと泣き出したフォクシーにブルックはビールを注いでいる。
「おれはノロノロの実の能力者、
デービーバックファイトの達人・・・だが負けた。
思い知ったぜ、結局最後に物を言うのは運なんだ!」
グラスをテーブルに叩きつけてフォクシーは叫ぶ。
「運?」
「おれを負かしたただ一人の男はな、
アフロに鏡の破片がくっついてたことを逆手にとって、
おれの”ノロノロビーム”をはじき返しやがった。
今思えばあいつは”持ってる”男だった。その証拠に今じゃ懸賞金も4億だ」
その奨金額に、ブルックとは息を飲む。
ルフィと並ぶ賞金額である。
「4億!?」
「すごいわね!?」
「あいつになら負けてもしょうがなかった、おれはそう思うようになった・・・」
フォクシーは酒で赤らんだ顔を感慨に歪めて遠くを見る。
「ああ、今頃何してんだろうなァ、”麦わらのルフィ”の馬鹿野郎は・・・!」
「!?」
ブルックは息を飲んだ。
も驚愕に瞬き、また何かに気づいたのかフォクシーに尋ねる。
「・・・! あの、もしかしてあの海賊旗を描いたのって」
「ああ、そいつだよ! 今度会ったら海賊旗を返してもらわにゃならねェ!!!」
はブルックと顔を見合わせた。
あの子供の落書きのような海賊旗を描いたのは、ルフィだったのだ。
だらだらと冷や汗を流すブルックとをよそに、
フォクシーは荒れ、ポルチェとハンバーグはそれを宥めている。
「オヤビーン、まだ諦めてないんですか?」
「ぷぷぷ、相手は4億なのに・・・!」
「うるせェ!いつまでもあの海賊旗を掲げてたら男が廃らァ!!!
飲むぞお前ら!付き合えェ!!!」
グラスを掲げるフォクシーに、仲間達も答えた。
ブルックはスッと立ち上がる。
「ヨホホホホ・・・でしたら一曲お贈りしましょう。
・・・せめてものお詫びに」
ボソッと呟いたブルックには頷き、
ブルックと”乾杯の歌”を歌う。
「『酌み交わそう 喜びの酒杯を
美しい花と共に そしてつかの間の時間
喜びに酔いしれる 飲もうじゃないか
甘いときめきが 恋を鼓舞するのだ
抗いがたい眼差しが 私の心を誘うがゆえに
酌み交わそう 愛の杯を 口づけは熱く燃えるのだ』」
ブルックの声に応えるように、は歌い、手を掲げる。
「『皆々様と一緒なら 楽しい時を 分かち合うことが出来ましょう
この世は愚かなことで溢れてる 楽しみの他には
楽しみましょう 儚く去るのです
愛の喜びとて 咲いては散る花のように 二度は望めないのだから
楽しみましょう 焼けつくような 言葉が誘うままに』」
覇気を用い無い声でも、の歌声はよく通り、周囲を盛り上げた。
フォクシー海賊団が合唱する。
「『楽しもう 酒杯と歌は 夜と笑いを美しくする
この楽園の中で 新たな日が 私たちを見出すように!』」
「『人生は楽しみと共にあるのだから!』」
陽気な歌声とともに、宴の席は盛り上がり、笑顔が広がっていった。
※
「頼む!」
「この通りだ!」
「考え直してくれないか!?」
翌日、手長族のマネージャー、ピン、ポン、パンにステージに立ってくれと頼み込まれ、
は困っていた。
昨夜のフォクシー海賊団との宴会は大いに盛り上がり、
"ソウルキング"ブルックはもちろんのこと、歌う幽霊の評判が瞬く間に広がったのだ。
覇気を使わなければの声は”ただの声”。
誰も傷つけもせず、気絶させることもなかった。
そこに目をつけたのがピン、ポン、パンである。
そもそもが”幽霊”というだけで十分に見世物としての価値がある。
それがそれなりの歌唱力を有しており、”ソウルキング”との知己であるとくれば、
ビジネスチャンスであると見込んで間違いがなかった。
「おれたちは気絶しちまったがよ」
「手加減できるなら話が別だ」
「ソウルキングとステージに立ってくれ!」
は困り果て、ブルックに顔を向けた。
「どうしようブルック。
”演出”ありきじゃないとステージに立つのはダメだと思っていたのだけど・・・」
「・・・ちょっと相談させてくれませんか?」
ブルックは考えるそぶりを見せ、一度マネージャー達に席を外してもらい、
改めてに向き直った。
「私も一度ステージに立つことを勧めてしまいましたが、
ちゃんと考えて見るとメリットとデメリット、両方ありますよ。
私、これでもそれなりに知名度が出てきてしまったので、
一緒にステージに立てば新聞があなたのことを書き立てるでしょう。
幽霊ですし、目立つ容姿ですからね。
もしかしたら、あなたの家族や友人に無事であることを伝える手段になるかもしれません。
それから、ビブルカードを持って居ないあなたを心配する、一味の皆にも」
にとって、それは喜ばしいことである。
だが、そこまで聞いてにもブルックの言いたいことがわかった。
「ただ、ということはあなたの命を狙っていた人間、あなたを自殺まで追い詰めた人間に、
あなたが生きているということを伝えてしまうかもしれません」
「そっか・・・そう、よね」
は目を伏せた。
おそらく、を殺そうとした人間は、が幽霊となったことを知らないだろう。
それがもし、生きているとわかったら、どういう行動をとるのかわからない。
「あなたの思い出した記憶を踏まえると・・・、私個人の意見ですが、
さんはあんまり表舞台へは出ない方が良いと思います。心配です。
もちろん我々、降りかかる火の粉は払えるでしょうけど、」
は首を横に振る。
「皆に、無用な心配はかけたくないわ。
特に、まだ皆が揃って居ない今は」
「さん・・・」
は苦笑して見せた。
気遣わしげなブルックを見て、しかし何か思いついたように手を打った。
「でも、残念だわ。あなたと歌うのは、とても楽しいのに。
・・・ねぇ! 顔が出なければどうかしら?」
「え?」
ブルックは意外そうな声を上げる。
「ナレーションや、バックコーラスとかなら良いんじゃないかしら!」
の提案に、ブルックは頷いた。
「ええ、それなら、平気だと思いますよ!」
「マネージャー達も自分達で頼んできた手前、断ったりはしないでしょう!
そうと決まれば早速話して来るわ!」
笑顔で善は急げとマネージャー達の元へ向かうを見送り、
次のステージはもっと楽しくなりそうだと、
ブルックは期待に胸を膨らませた。
骸骨に、膨らむ胸など無いけれど。