次男と三男 15年前の邂逅


「よォ、久しぶりだな、ロシナンテ。
 ・・・今は”ドンキホーテ・ファミリー”のコラソンか。
 元気にしてたか?」

夏のよく晴れた昼下がりの喫茶店のテラス席、ロシナンテが紅茶を頼んでしばらく待っていると、
男が気さくに声をかけて来た。

さっさとロシナンテの向かいに座ったに、ロシナンテは眉を顰める。
ストライプのスーツを纏い、足を組む様はドフラミンゴとよく似通っていたが、
サングラスも掛けておらず、どちらかと言えばの方がとっつきやすい雰囲気をしている。
悪く言えば軽薄にも見えた。

『なんで今まで連絡しなかった?』

ロシナンテが筆談を始めると、は瞬き、
驚いたようなそぶりを見せたが深くは突っ込まず、
笑って答えた。

「フフフ、単純に商売を軌道に乗せるまで忙しかったってのと、
 兄貴もお前も、別におれが無事だろうが死んでようが、
 もう関係ないだろうって思ってたからなァ」

ロシナンテはペンを握る手に力を込め、を睨んだ。

『関係ないってこと ない』

「・・・そうだな、悪かったよ。兄貴にも殴られたし」

はバツが悪そうに視線を彷徨わせた。

「さんざ殴られた後でちゃっかり契約持ちかけたら呆れられてなァ、
 まあ、判子押してくれたから別に良いんだが」

『なんの取引?』

「あれだ。武器の売買」

ロシナンテが一瞬嫌悪感に眉を顰めたのを見て取ってか、は目を細める。

「言っとくが、兄貴はともかくおれのしてることは別に違法じゃないぜ」
『わかってる』
「ふーん。気に入らねェって顔してたが。・・・まァ良い」

はコーヒーに口をつけた。
ロシナンテは一度テーブルに目を落とし、それからまた紙にペンを走らせる。

はドフィをどう思ってる?』

はパチパチと目を瞬かせた。
それから顎に手を当て、首を傾げる。

「商売相手、血縁、海賊、・・・あと、ガキだな、ありゃ」

思っても見なかった答えに、ロシナンテは瞬いた。

『は?』
「思い通りにならねェと癇癪起こすガキ。
 まァ、計算高ェし、相手を選んでやってんだろうが。
 身内相手には特にその傾向が顕著だな。
 ・・・あと、女の趣味がわかりやすい」

 何を言ってるんだこの男は。

ロシナンテはジト目でを見ると、サラサラとペンを走らせた。

『別に知りたくない』
「そうかい、つまんねェなァ。お前には浮いた話はねェのか?」

ニヤニヤ笑いのに、ロシナンテは問い返した。

はどうなんだよ』
「おれ? まァ、ぼちぼちだ」

自分から始めた話題へどうでも良さそうに答えるに、ロシナンテはため息をついた。
それから、より踏み込んだ問いかけをして見ることにする。

『親父を殺されたことはどう思ってる?』

は腕を組んで目を伏せる。

「ああ、それか。聞きたかったことは。
 しょうがねェだろ。あのままだとおれたち全員死んでたぜ?」

ロシナンテは薄情なセリフに奥歯を噛んだ。
それを見て、はテーブルを指で軽く叩く。

「・・・思うところがないわけじゃねェさ。
 ドフラミンゴが一度敵とみなしたなら、おそらくおれでも殺されるんだろうしよ。
 だが、兄貴が親父に憤る気持ちも理解できるし、
 世の中全部ぶっ壊してやりてェ気持ちもわかる」

は目を眇めた。

「ただ、おれは兄貴のやり方は好きじゃねェな」

ロシナンテは顔を上げた。
は腕を組んで、コーヒーの水面を見つめている。

「ロシナンテ、おれもな、世間ってやつに復讐してやりたいと思ってるし、それは叶いはじめてる。
 おれの興した会社は、そろそろ小国の軍事予算を稼ぎ出してるんだ。
 このまま行けばそのうちそれが国家予算になり、大国に匹敵するようになり、
 世界中に”商会”のロゴマークが踊るようになる。
 すると、どうなると思う?」

首を横に振ったロシナンテに、はくつくつと喉を鳴らすように笑った。

「フフフッ、貴族達もおれを丁重に扱うだろう。そのうちご機嫌伺いしてくるぜ。 
 奴ら湯水のように金を使うが、いつまでもそんなもんが続くわけがねェ。
 ・・・これから民草の時代がやってくる。おれはそれまで待てばいい。なに、そう遠くない未来だ」

ドフラミンゴと似て非なる言葉を紡ぐに、ロシナンテは瞬いている。
はなおも続けた。

「暴力で掴んだ権力を振るえば、おれァ死ぬほど軽蔑してる”天竜人”とも、
 大義名分を掲げておれたちを迫害したクソ野郎共とも同類になっちまうからなァ。
 それよりも、そいつらから”正当な手段”で
 金を巻き上げ搾り取ってやる方がよほど建設的だと思ってるよ」

『なら、ドフィを止めようとは思わないのか』

ロシナンテの言葉に、はキョトンとした顔をする。

「止めようとして止まると思ってるのか? あの傲岸不遜のクソ兄貴が」

ロシナンテは言葉に詰まった。の言う通りであると納得する自分がいるのだ。
しかし身内が罪を犯そうと言うのに黙って見ていられるわけがない。

は煩悶しだしたロシナンテを眺め、ため息を吐いた。

「あのクソ兄貴は、死ぬか、それとも死にそうなくらいぶちのめされねェと止まらねェだろ。
 だいたい兄貴を持ち上げてる側近連中が拍車かけてやがるんだから尚更だ」
『そこまでわかってるのか』

ロシナンテは驚いてを見つめる。
は不服そうに頷いた。

「まァ、どうでも良いんだが」
『さっきから本気でどうでも良さそうなのは何でだ。家族のことだろ』
「・・・家族ね」

は店員を呼び寄せるとショートケーキを2つ、勝手に頼んだ。

それからロシナンテに向き直り、は微笑む。

「お前本気でそう思ってんのか?」

ロシナンテは驚愕していた。
は、その顔を見て、小さくため息を吐く。

「お前は随分真っ当な感性のまま大人になれたんだな、ロシナンテ」
『どう言う意味だ?』

「おれは兄貴もお前も、血の繋がってるだけの他人だと思ってる」

の言葉には抑揚がなく、その指はテーブルを柔らかく叩いていた。

「お前は親父を殺した兄貴の元から逃げ出した。
 おれはあの後もしばらくは兄貴の元へ身を寄せたが、トレーボル達の方針に疑問を抱いて出奔した。
 と言うか、あいつらおれが将来謀反する可能性があるとかないとか、
 ロクでもないこと抜かしてたから流石に危機感を覚えてな」
 
「・・・以降10数年、おれ達はバラバラに過ごし、それぞれに生きて、それぞれの価値観を抱き、
 たまたま縁あってまた再会することができたわけだが、」

「正直おれは兄貴を止めようと思えるほど、情を覚えていないんだ」
『お前は、』

ロシナンテは震える指で文字を綴る。
怒りなのか、悲しみなのかはわからなかったが、押し寄せる感情が、
ロシナンテの手を震わせていた。

その最中、ショートケーキが運ばれてきた。
チョコレートプレートに『Happy Birthday』の文字が書かれたものを、
向かいに、と手で合図したは、愕然としているロシナンテを見て苦笑していた。

「誕生日、そろそろだろう。ロシナンテ」

柔らかい声だった。
ロシナンテはケーキとを交互に見て、ポロリと一筋涙を零す。

「食わねェのか」
『食う』

ロシナンテはケーキに噛り付いた。
も向かいで飄々とショートケーキを食べている。

見事なショートケーキだった。
チョコレートは甘すぎず、生クリームはさっぱりと。
イチゴの甘さを引き立たせた逸品だった。泣きたくなるくらい美味い。

『お前はズルい奴だ

ロシナンテは薄情だとか、ひどいだとか、そう言う言葉よりも、
そちらの方がに適していると思った。

「・・・そうだな」

自分でも分かっているのか、は肯定する。

「おれはお前ほど、真っ当にはなれず、
 兄貴ほど、振り切れることはなかった。中途半端な男だよ」

は苦く笑う。その顔は、兄弟の父親が死に際に見せた顔とよく似ていた。

「ロシナンテ。お前は稀有な人間だってことを噛み締めておけ。
 おれたちは金で買えるものは全て手に入るが、金で買えないものは手に入り難い。
 そういう一族だった。おれも兄貴も、典型的な前者だ。だが、お前は違う」

は一度コーヒーで喉を湿らせ、静かに告げた。

「まったく後ろ暗いことのない誇りある仕事、優しく暖かな家庭、
 一生の友人、信頼できる仲間、共に人生を歩むパートナー・・・。
 金で手に入らない類の幸せを、お前は望めば掴めるはずだ。おれや兄貴よりもずっと容易く」

の容姿がドフラミンゴに似ているのが、
これほど疎ましく思った日はないと、ロシナンテは思った。

「だからお前は逃げても良いんだ、ロシナンテ」

優しくて毒のような言葉だった。堕落をそそのかす蛇のような言葉だ。

ロシナンテはブンブンと首を横に振った。そして再び、紙に書いた文字を指差す。
水滴で滲んで、読み取れる部分は減っていた。

『お前はズルい』

「・・・ああ。そうだな。ロシナンテ。
 残念だがお前の選んだ道ならばおれは邪魔をすることはない。
 薄っぺらな情しか残っていなくとも、お前はおれの、弟だから」

 うるせェ、バカ。バカ兄貴。

そう告げると、はクツクツと喉を鳴らすように笑い、
コーヒーを飲み干した。