レイリーの物語


海軍を撒き、シャッキーの店まで一味が戻る。
レイリーはハチを背負いながらシャッキーにベッドの準備を頼んでいた。

幽霊がハチを心配そうに見ていると、レイリーに声をかけられる。

「幽霊のお嬢さん」
「私?何かしら?」

レイリーは少し眉を下げて苦笑した。

「キミには私の”覇気”が少々、特殊な形で効いてしまうようだ。
 改めて、すまなかった」

改まって言われて、幽霊は慌てて首を横に振った。

「いいえ、私も、どうしてあんな風になるのか、わからないものだから・・・。
 ”覇気”って死人にも効くようなものなんですか?」

レイリーは少々考えるようなそぶりを見せた。

「――どうかな。だが、この先の海には使い手が多い。
 よく目にする技術でもあるだろう。
 さて、ハチを運ばねばな、お先にどうぞ」

「・・・ええ、ありがとうございます」

どこか意味ありげなレイリーに、幽霊は首を傾げる。

レイリーは幽霊を店の中へと促し、
店の看板を「OPEN」から「CLOSED」に変えた。

一味がそれぞれ腰を落ち着け、ハチがチョッパーの手当てを始めた頃、
レイリーが挨拶をした。

「申し遅れたな。知っている者もいるとは思うが、
 私はシルバーズ・レイリーだ。よろしくな」

その名前に、ロビンが尋ねた。

「ひとつ、聞いても良いかしら。
 海賊王の右腕の、”シルバーズ・レイリー”で、間違い無いのよね?」

レイリーはロビンに頷いてみせる。

「そうとも。副船長をやっていた」

「えーーーー!? ”海賊王”の船にィーーーー!?」
「しかも、副船長ーーーーー!?」

ルフィも含めて一味の大半は声をあげて驚いている。
ロビンは仲間たちに意外そうな顔をして見せた。

「あら、気づいてなかったの?」

「その名前めちゃめちゃ知ってるー!!」
「いろんな本に載ってるー!!!」

ウソップとナミは驚きのあまり泣きだす始末だ。

「有名人だったのね・・・さっきの海賊たちもそんなようなことを言ってたから、
 もしかしたらと思ってたけど」
「ああ、誰でも一度は聞く名だ」

幽霊の感嘆に加わるように、サンジが頷いた。
フランキーも息を飲んでレイリーを見ている。

レイリーはハチとは海で遭難したところを助けられて以来の付き合いなのだと言う。
サンジは引っかかるところがあったのか、タバコをふかしながらレイリーに尋ねた。

「しかし、ゴールド・ロジャーは22年前に処刑されたのに、
 副船長のあんたは打ち首にならなかったのか。
 一味は海軍に捕まったんだろ?」

レイリーは笑いながら首を横に振る。

「いいや、捕まったのでは無い。・・・ロジャーは自首したのだ。
 政府としては力の誇示のため、あいつを捕えたかのように公表したかもしれんがな」

一同は息を飲んだ。
今まで当たり前のように、公表された情報を信じてきたのだ。

「”海賊王”が、自首・・・!? なんで!?」

グラスを煽り、レイリーは懐かしむように目を細めた。
それからゆっくりと口を開く。

「・・・我々の旅に、限界が見えたからだ。
 あの公開処刑の日から、4年ほど前か。
 ロジャーは不治の病にかかった」

「病気・・・!」

眉をひそめ、労わるような顔をする幽霊に、レイリーは小さく微笑む。

「誰も治せない、手の打ちようの無い病に、さすがのロジャーも苦しんだが、
 当時、海で一番評判の高かった灯台守である医師、
 ”双子岬のクロッカス”と言う男だけがその苦しみを和らげる腕を持っていた」

驚くべきことに、ここで幽霊にとっては聞き覚えのある名前が登場した。
幽霊船での2ヶ月間、ブルックに聞かされた思い出話の中に、
”クロッカス”という人物は度々話題に上ったものだ。

「我々は彼に頼み込み、”最後の航海”に、船医として付き添ってもらい、
 そして3年後、ロジャーの命を取り留めながら、
 ”グランドライン”制覇を成し遂げたのだ」

レイリーの声に、どこか誇らしげな色が混じった。

「不可能とも言われたが、可能にして見せた」

そして、やはりブルックも幽霊と同じことを考えたらしい。

「く、クロッカスさん?!
 双子岬の・・・!? お懐かしい」

顔を覆うブルックに幽霊は瞬いた。

「やっぱり、あの”クロッカス”さんなの!?
 確かに、双子岬はブルックがラブーンを預けた場所だと聞いていたけど!」

「ええ、そうですとも、私は彼に、ラブーンを託したのです・・・!
 別人ではないでしょう・・・!」

ブルックの反応を見て、クロッカスと直接対面したことのある
ウソップやナミは驚いている様子だった。

「え~!? あのおっさん海賊王のクルーだったのか!?」
「そういえば、数年船医をやってたって言ってた!」

幽霊はそれを聞き、微笑みながら胸の前で手を合わせてみせる。

「なんて偶然・・・!」

レイリーも懐かしそうだ。
手酌で酒を注ぎながら面白そうに笑っている。

「キミらが会ったと言うことは、まだ元気でやってるのか!
 クジラを可愛がっていたな。
 クロッカスはある海賊団を探したいと、乗船を承諾してくれたのだが。
 いや、懐かしい」

「ブルック!!それ完璧におめェらを探しに海に出たんじゃねェかよ!?」
「クロッカスさん・・・!そんなことまでしてくれてたんですか!」

感激に涙を流すブルックに幽霊はクスクス笑っている。

「あいつはたった3年の船員だったが、我々の仲間だ・・・!
 この歳になると、また会いたいものだな」

「海を制覇した後は・・・?」

サンジが話を戻すように促すと、レイリーは再び語り始めた。
かつての”海賊王”のことを。

「ロジャーが”海賊王”と呼ばれるようになったのはその頃だ。
 何もずっと、海賊王だったわけじゃ無い」

「死に行く男に、称号など、なんの意味もない。
 だがロジャーは喜んでいたな」

「何事もハデにやらかすことが大好きな男でね。
 宴もそう、戦いもそう・・・。
 己の先のない未来にも一計を案じ、楽しんでいるように見えた」

「やがて『船長命令』によりロジャー海賊団は人知れず解散し、
 全員バラバラに姿を消した。
 共に命をかけた仲間たちは、今や何をしているのやら」

「そして解散から一年が過ぎた頃、ロジャーは自首し、逮捕され、
 ・・・あいつの生まれた町”東の海”のローグタウンで公開処刑が発表された」

 かつて船長と仰いだロジャーを語る、レイリーの脳裏には、
 何が過っていたのだろう。

幽霊は黙ってレイリーの言葉を噛み砕いていた。
それと同じくらい、好奇心が疼き出していた。

 どんな景色を思い出しているのだろう。

 若かりし日のロジャーのことだろうか?
 それとも海の上で過ごした日々のこと?
 今は遠い思い出だった?
 それとも昨日のことのように、感じているのだろうか?

幽霊は誰かの記憶を、物語を知ることが好きだった。

レイリーは一度言葉を区切る。

「あの日の広場には、今海で名を挙げている海賊たちの、
 そうそうたる顔ぶれが並んでいたと聞く。
 海賊王の処刑に、世界が注目していた」

目を細めて、過去に思いを馳せている。
まるでそこに、ゴール・D・ロジャーが、生きているように。

「私は行かなかったよ。あいつの言った、最後の言葉はこうだ」
 
「『おれは”死なねェ”ぜ・・・?相棒・・・』」

そのうち、幽霊は今はもう、言葉を交わすことのできない”海賊王”と
話をしてみたくなっていることに気がついた。
自分が幽霊なら、可能ではないだろうかとも思ったのだ。

 自首し、断頭台に登ることを決意した上で、
 『死なない』とは、どういうことだろう。
 どんな気持ちだったのだろうか。

しかし、幽霊は自分以外の”幽霊”と、
能力者のペローナの作り出したもの以外、会ったことがない。

幽霊が思索に耽るのを引き戻すように、レイリーはまた言葉を続けた。

「フフ、世界政府も海軍も驚いただろう。
 他の海賊たちへの”見せしめ”の為行った公開処刑の場が、
 ロジャーの死に際のたった一言で、
『大航海時代』の幕開けの式典へと一変したのだからな・・・!」

それは断頭台で、ロジャーがヤジに答えた言葉を指していた。

『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ・・・。
 探してみろ、この世の全てをそこに置いてきた』

「残り数秒、わずかに残った”命の火”を、
 奴は世界に燃え広がる”業火”に変えた」

レイリーはグラスを煽りながら語る。

「あの日ほど笑った夜はない・・・!
 あの日ほど泣いた夜も、酒を飲んだ夜もない・・・!
 我が船長ながら、見事な人生だった・・・!」

ほう、と誰かが息を飲んだ。

「なんか、すごい話聞いちゃったわ、当事者から聞くとまた別の話みたい」
「そうね・・・よくよく考えれば、”公式”に発表するのは政府側だもの、
 それぞれに語られない物語が、あるのかも知れないのね・・・」

ナミと幽霊が唾を飲み込み、感想を漏らすと、
ウソップが思わずと言ったように呟いた。

「じゃあ、まるでこの海賊時代は、意図してロジャーが作ったみてェだな」

レイリーは意味深長な、笑みを浮かべる。

「そこは”まだ”・・・答えかねる。
 ロジャーは”死んだ”のだ」

それから幽霊に目を配り、まるで何かを教えるように言った。

「今の時代を作れるのは、”今を生きている”人間だけだよ」
「・・・!」

幽霊はその言葉の意味を測りかねて、腕を組んだ。
聞きようでは既に”死んでいる”幽霊を当てこするような言葉にも聞こえる。

しかし、それにしてはレイリーには揶揄する気も、嫌味を言う気もないように見える。
ウソップの問いに答えただけにしては、幽霊に視線を送る必要はないだろう。

しかし幽霊には聞いてみたところで、
レイリーは教えてくれないだろうと言う奇妙な直感があった。

「あの日、広場でロジャーから何かを受け取ったものたちが、確かにいるとは思うがね。
 キミのよく知るシャンクスもその一人だろう」

レイリーが今度はルフィに話を振った。

聞けば、ルフィの帽子の元の持ち主、シャンクス、
それから、東の海の海賊、バギーらも海賊王の船に居たのだと言う。
ルフィの恩人だと聞いては居たが、
ルフィ自身はシャンクスの出自を聞いては居なかったらしい。

ルフィは懐かしそうに「会いてェなァー!」と笑っていた。

レイリーは話にひと段落がつくとコーティングの依頼を受けようと立ち上がった。
気前のいいことに、代金はいらないと言う。

そこで、質問の機会を伺って居たのかロビンが声をあげた。

「レイリーさん、”Dの意思”って・・・、一体何・・・?」

幽霊は”D”と言う言葉に妙な引っかかりを覚えた。

レイリーはロビンの言葉に沈黙したままだ。
ロビンは唾を飲み込み、さらに問いかけた。

「空島でみた”ポーネグリフ”に、古代文字を使って、ロジャーの名が刻まれていた。
 彼はなぜ、あの文字を操れたの・・・?」

そして、最も聞きたかったのだろう、核心へと迫る。

「あなたたちは、900年前に始まる”空白の100年”に、
 世界に何が起きたかを知ってるの!?」

レイリーはしばしの沈黙ののち、答えた。

「・・・ああ、知っている。
 我々は旅の果てに、歴史の全てを知った」

世界中の考古学者が知りたいと願いながら、知ることを禁じられた歴史の一部。
”空白の100年”
それを航海の果てに知るに至ったのだとレイリーは言うが、
その顔は明るくはない。

「だがお嬢さん、慌ててはいけない。
 キミたちの船で、一歩ずつ進みなさい。
 我々も、”オハラ”もまた、少々急ぎすぎたのかも知れん」

「今ここで、全てを知ったとして、今のキミらには何もできやしない。
 導き出す答えが、我々と同じとも限らない」

「それでも聞きたいと言うのなら、この世界の全てを今、話そう」

幽霊は口元に手を当てて考えて居た。
レイリーはやはり『自分で見て、答えを導きだせ』と言っているように聞こえる。

ロビンもそれを汲んだのか、レイリーに頷いた。

「いいえ、やめておくわ。旅を続ける」

ロビンの言葉に、ウソップは慌てている。

「いいのかロビン! なんかいま、すげェチャンスを逃したんじゃねェのか!?」

そして意を決したように、レイリーに問いかけた。

「おっさん!おれも1個だけ聞きてェんだけど
 『ひとつなぎの大秘宝 ワンピース』ってのは本当に、最後の島に、」

ルフィがウソップの疑問を遮るように、ウソップを怒鳴りつけた。

「ウソップーーーっ!!!」

バーカウンターに足をかけて身を乗り出し、ルフィは続けた。

「宝がどこにあるかとか、それがあるかないかだって聞きたくねェ!
 何も分かんねェまま、みんな命懸けで海へ出てんだよっ!!!」

その剣幕は、普段のルフィとはまるで違うものだった。
海賊としてのルフィのあり方に関することだったのだろうか、と
幽霊はルフィを見つめる。

「ここでおっさんから何か教えてもらうんなら、おれは海賊やめる。
 つまらねぇ冒険なら、おれはしねェ!!!」

ルフィの怒りに触れて、ウソップはすぐに発言を撤回した。

「わわわ、悪かった・・・わかってたんだけど、口が勝手に今滑ってよォ!!!」

幽霊はウソップのそばに寄って笑いながら頷いてみせた。

「そうね、せっかく楽しく読んでる面白い推理小説でも、
 途中で犯人の名前を人から教えられたら途端に面白さが半減するものね。
 私なら怒るわ!」

ウソップは幽霊の言い草に眉をひそめた。

「そう言う問題かよ!?・・・いや、似たようなもんか・・・?
 と、とにかく、おっさん!何も喋るんじゃねェぞ!!!」

一連のやりとりに、シャッキーとレイリーは笑っている。
レイリーはルフィに顔を向け、問いかけた。

「やれるか、キミに・・・。
 ”グランドライン”はまだまだキミらの想像を遥かに凌ぐぞ!
 敵も強い。キミにこの強固な海を支配できるか?」

ルフィは笑う。

「支配なんかしねェよ。
 この海で一番自由な奴が、海賊王だ」

ルフィにはルフィなりに、”海賊王”、のビジョンがあるのだ。
それはもしかすると、”普通”ではないのかもしれないが、
普通でないことを、ルフィは引け目に思ったり、不安に思うことはないのだろう。
少なくともルフィらしいと、幽霊は思っている。

「・・・そうか」

その答えに満足したのか、レイリーは小さく微笑んだ。



レイリーはこれから本腰を入れてコーティング作業に移るらしい。
コーティング作業は最速で3日かかるようだ。
さすがに一朝一夕で出来上がるようなものでもないらしい。

しかし既に海軍大将が来ているかも、ということで一味の面々はバラけて
海軍らを撒き、仕上がりの時刻にレイリーのビブルカードの示す先で
落ち合うという計画になった。

「3日間はサバイバルですね! ヨホホホ!! 恐い!!!」
「ウフフフフ! 頼むわよブルック。私はビブルカード持てないんだから!」

幽霊はビブルカードを持つことができないので、
ブルックとペアで行動することになる。
本当に怖がってるのかどうかは定かではないが、
気弱なブルックに幽霊は面白そうに笑いかけた。

ハチやケイミー、シャッキーらに手を振って一味の面々はシャボンディ諸島を闊歩する。

やはり、どこに隠れようか、というのが一番の話題だ。

ルフィはまた遊園地に隠れよう、と提案して比較的常識人である
フランキーやサンジ、ウソップらに止められていた。

シャッキーの店からしばらく歩いた12番グローブ、
一味の前に立ちふさがる影が見えた。

ルフィは「誰だ、お前!?」と言っているものの、
ルフィ以外はその顔を覚えている。

スリラーバークに現れた王下七武海、そしてゾロに深手を負わせ立ち去った男だ。

「バーソロミュー・くま!!!」

その男が、一味の前に姿を現していた。