幽霊と違和感


「え!? 茶ワニ!? あいつらコイツのこと助けに来たんじゃねェのか!?」

ルフィは狙撃され、重傷を負った茶ひげをみて目を瞬く。

雪の中ルフィ、フランキー、ロビン、ウソップと
マスターに会うために研究所へと向かおうと下山していたのだが、
子供たちとナミ、チョッパーの居る”避難所”の方角から爆音がすることに気づき、
引き返して来たのだ。

そして、戻ってみれば案の定避難所は攻撃を受けていた。
チョッパーもナミもなんとか子供達を守りつつ善戦しており、
ルフィが合流して敵らしき影は一応撃退することができたのだが、
煙幕を撒かれてナミが拐われてしまったのである。

まだ状況を飲み込めていない皆に向かってチョッパーは何が起きたのかを説明する。
攻撃は雪山の殺し屋、イエティCOOL BROTHERSという雪男二人組の仕業だ。

「あいつらの目的は子供達みたいだ。
 それから、おれ達の命・・・、でも、マスターの依頼で茶ひげも消されたんだ!
 茶ひげはあんなに慕ってたのに!」

「・・・味方でも、足手まといになるようなら要らないと言うことかしら。
 茶ひげさんから聞いてた話とは、随分様子が違うみたい」

が苦々しく言うと、チョッパーは頷いた。

「マスターは相当心の捻じ曲がった奴だ!
 そんなひどい奴のところへあの子達は絶対に返せない!
 連れて行かれた『ナミ入りのフランキー』も何をされるかわからない。心配だよ!」

チョッパーの言葉に、ルフィは「必ずナミを奪い返す」と
避難所を飛び出し、雪の中を駆け出した。

「待てルフィ、おれも行く!攫われたのはおれの体だ!」

フランキーはそう言ってから、自分の体を歯がゆそうに見下ろした。
入れ替わったチョッパーの体をうまく扱いきれずにいるのだ。

「チョッパー!こんな体じゃ戦えねェ!お前いつもの変形できるマメよこせ!
 怪物になるマメ!」
「ええ、マメって・・・、凶薬だぞ、ランブルボールは」

フランキーはチョッパーからランブルボールを半ば強引に受け取ると、
戦い方をレクチャーしようとするチョッパーを無視して
あっという間にランブルボールを飲み干してしまった。

「ブゥウバアアアア!!!」
「お前、ば、・・・早すぎるよォー!!! おれの話を聞けェー!!!」

大方の予想通り、フランキーは暴走してしまった。
巨大な怪物の姿になり、理性を失くして先導するルフィを攻撃している。

「おい、見事に暴走してるが・・・フランキーは何しに行ったんだ?」
「ランブルボールは、暴れた後動けなくなるから・・・うーん、助けにはならないというか」
「邪魔なだけね」

呆れるウソップに答えを濁すチョッパー、バッサリと切り捨てるロビンに、
がやれやれと肩を竦めた。

「用法用量、お医者さんの忠告は守るものだわ。
 ・・・私なら追いつけるでしょう。行ってくるわね」

「え? なら大丈夫、だとは思うけど、こっちに残ってた方が安全だぞ、多分」
「一応、念のため。ほら、私人を眠らせたりすることもできるから」

は苦笑しつつ、「同士討ちしないよう、止められるしね」と続けた。
それに納得してチョッパーとウソップ、ロビンはを見送る。

「気をつけろよー!」
「ありがとう! ウフフフフッ」



雪の中、がルフィ達に追いつくと、すでに戦闘が始まっているところだった。
ナミは鎖に繋がれているが、無事なようだ。
氷の下敷きになった獣人、ロックのそばでルフィにフランキーが攻撃を仕掛けようとしている。

「ええ!? ちょっとフランキー、落ち着いて!?」
「わァ!? お前いい加減にしろォ!!!」

がフランキーを眠らせて止めようと、”オフィーリア”を口ずさみ始めたが、
ルフィの堪忍袋の緒が切れる方が早かった。

ルフィの腕が巨大化し、武装色の覇気を纏う。

「”ゴムゴムのォ、エレファント・ガン”!!!」

「今日一番の大技ー!?」
「あああ!? フランキーごめんなさい!止められなかったわ・・・」

ルフィに思い切り殴り飛ばされ、フランキーの暴走は止まったものの、
チョッパーの体は伸びてしまっている。

嘆くナミとをよそに、
成り行きを伺っていたもう一人の獣人スコッチがナミを掴み、逃げ出した。

「しまった! ナミ!」
「雪山で見失ったらまずいわよ!・・・私が足止めを!」
! 頼む!」

ルフィに頷いて、は猛スピードでスコッチを追いかける。
空中を滑るように飛び、すぐに雪山を登るスコッチへと追いついた。

「雪山はおれ達の庭だ。追いつくのは不可能」

余裕の笑みを浮かべるスコッチに、は声をかける。

「それはどうかしら雪男さん!」
「!? 幽霊!?」

まさか幽霊が空中から追いかけてくると思っていなかったらしい。
驚愕した声に構わず、は口を開こうとした。
その時、ナミが何か見つけたように声をあげる。

「う、あいつ・・・!」
「え?」

薄い膜のようなものが体を通り過ぎて行ったのを感じ、は目を丸くする。
刀を携えて、ローがそこに立っている。
スコッチは安堵したようにローに声をかけた。

「おォ、お前いい所に・・・!
 ”麦わら”と幽霊の相手を頼む、おれは至急マスターにコイツを、」

ローは刀を振り抜いた。

は一瞬身構えたが、ローの剣撃はではなく、スコッチの体を両断する。

スコッチは自身の分かたれた体を呆然と見やり、
何が起きたかわからないという顔をしていた。

は我に返ると衝撃で投げ飛ばされたナミを助け起こす。

「フランキー、じゃなかった、ナミ! 大丈夫!?」
「私は平気、あいつは・・・」

「てめェ! なんのつもりだ!?」

ローは刀を雪に刺すとスコッチに飛びかかる。

「”カウンター・ショック”」

電気で攻撃したらしい、一瞬稲妻のようなものがスコッチとローの間に走ったのを見て、
は息を飲んだ。
どうやら、ローはナミを助けてくれたらしい。
ルフィもナミとに追いつき、ローが居ることに気がついて大きく手を振った。

「トラ男ー! お前ナミを助けてくれたのかー!」
「あ、ありがとう・・・ちょっとまった、あんた、私の体返しなさいよ!」

ナミは礼を言いつつも、精神を入れ替えられたことに文句を言っている。

ローは黙ってを見ていた。
視線が重なり、はうっすらと口角を上げる。

「随分、大きくなったのね」
「・・・13年経っている。当たり前だろう」

振り絞るように告げられたその言葉に、は瞬き、そして笑い出した。

「ああ、やっぱり・・・ウフフフフッ」

物狂いの女のように、は芝居掛かった所作で手を広げる。

「なんと言うことかしら!
 私が死んで、10年位は経っているかもしれないとロビンが言っていたけれど、
 13年も経っていて。
 では、11年もの年月、私はあの霧の海を彷徨い歩いていたのかしら!
 ・・・子供が大人になるほどの時間を!」

明るく冗談めかした声色なのに、恐ろしいほどの怒りがその言葉には含まれていた。
ローは目を眇め、を見つめている。

「何も思い出せず、朦朧とした意識のまま、おぼろげな恐怖と渇望だけがあり、
 夢遊病患者のように歩き回り続け・・・!
 ウフフッ、フフフフフフッ!」

は笑い疲れたように小さくため息を吐く。
しかし、その顔には安堵のようなものが見えた。

「それでも私は皆に出会えたわ。
 ブルックに、麦わらの一味に、・・・あなたに」

ローはますます眉を顰める。
ナミとルフィは静かにの言葉の続きを待っていた。
語る言葉と裏腹に、の表情は明るい。

「なんて幸運! 偶然と奇跡なんでしょう!」

胸の前で指を組み、はローに近づいた。
ローは金縛りにあったように動かない。

「シャボンディで一度、ここで再び、相見えることができたのよ!
 この広い海で早々あることではないでしょう。
 ウフフフフッ、喜ばしいことだわ。
 ・・・あなたにとってどうかはわからないけれど」

の瞳からは一筋涙が溢れていたが、それ以外は普段と同じように笑っていた。

「あなたはどうして、私を最後まで治してくれなかったの?」

涙は完璧な仮面に入ったヒビのようだった。

ローは何か言いかけて、止める。
帽子のつばを下げ、しばらく押し黙ったかと思うと、
ようやく顔を上げた。

「『忘れたままの方が良いことだってある』」

ローはいつかと同じ答えを返した。
それを聞き、は首を横に振る。

「それは、私が全てをあなたの口から聞いて、決めることよ」

ローは固く目を瞑り、深くため息をついた。

「・・・わかった。知る限りのことを説明しよう」
「本当!?」

はパッと喜色を滲ませる。
その様子を見て、ローは何か考えるそぶりを見せた。

「一つ確認しておきたい。
 、お前どこまで思い出したんだ?」

「どこまで・・・?
 ええと、重複して説明するのが面倒だからと言うことかしら?」

首を傾げるに、ローは頷く。
は簡単に思い出した記憶をまとめた。

「あなたに治療を受けていたこと、それが途中で終わったこと。
 誰かに閉じ込められていたこと。
 そして・・・自殺まで追い込まれたことを」

の答えを聞き、ローは少し間を置いて了承した。

「わかった・・・だが、ある程度長話になる。
 ここは長話には向かないだろう。
 それから先に、・・・おれは麦わら屋、お前に警告しに来たんだ」

「ん? おれ?」

ナミの鎖を解いていたルフィがローに顔を向ける。

「お前らは偶然ここへ来たんだろう」
「ああ、そうだな!」

ルフィはあっけらかんと認める。
ホワイト・ストロームとアイランドクジラに出会わなければ麦わらの一味が
パンクハザードに立ち寄ることはなかっただろう。

「おれは”ある目的”のため、この島に潜伏していた。
 それを・・・”麦わらの一味”と、それを追っかけて来た”G-5”の連中に
 引っ掻き回されたら困るんだよ。
 ・・・ただでさえ片付けなきゃならねェことがあるんだからな」

吐き捨てるように言うローに、ナミが聞き捨てならないとばかりに食ってかかる。

「ちょっと! 海軍って私たちのこと追っかけて来てたの!?」
「緊急信号を取っただろう。傍受されてたんだ。・・・迂闊だったな」

呆れた様子で言い放ったローに、ナミは「あああ、やっぱり・・・」と
がっくりと肩を落としていた。

「本当なら力づくでも追い出してやっても良かったんだが、
 ・・・状況が変わった」

ローはを横目で一瞥すると、ルフィを睨む。

「話すべきことは話してやる。
 それが済んだら、すぐにお前らこの島を出て行け」

は敵意を隠さないローに目を瞬く。
ルフィも同じように驚いていたが、やがて困ったように帽子の上から頭を掻いた。

「まー、おれたちは別にお前の邪魔する気はねェんだけどよ。
 子供らも親のとこ返してやりてェし、侍もくっつけなきゃだし」

ルフィが指折り数えて”やりたいこと”を数えてから、改めてローに向き直る。

「あ、あとトラ男! お前ナミ達の中身入れ替えただろ!
 あれ元に戻してくれよ。面白ェけど、嫌だって言うし」
「当然でしょ!? そうよアンタ! さっさと元に戻しなさいよ!」

ローはナミ入りのフランキーに詰め寄られて
苦虫を噛み潰したような顔をすると、渋々の体で頷いた。

が仕切り直そう、と言うように手を叩く。

「とにかく、落ち着いた場所が必要なら、
 一度”避難所”に戻りましょう。子供達のことも心配だわ」



避難所にローを連れて戻ると、残っていたメンバーはそれぞれ驚愕をあらわにしていた。
特にウソップの反応は顕著だ。

「おい、なんで”七武海”連れて来てんだお前ェ!」
「トラ男の奴、やっぱりの知り合いだったみてェでよ。積もる話があるんだと」
「そうなの! あとナミ達の中身を元に戻してもらわなきゃでしょ!」

ローは無言で一味とその周囲を伺っている。
ウソップはルフィの肩をガクガクと揺さぶりながら問いただした。

「大体! ”マスター”と繋がってるかもしれねェ奴じゃねェか!
 信用できんのか?!」

ローはウソップの言葉に思うところがあったのか、
不快そうな表情を浮かべている。

「信用してもらわなくて結構だが、おれと”マスター”は利害関係が一致してるだけだ。
 あいつはおれの部下でも上司でもねェし、
 おれはお前らがこの島をとっとと出てってくれりゃあそれでいい。
 胸糞悪い実験のモルモットにならなくて済むんだからありがたく思えよ」

突き放すようなローの言い草に、は少し考えるそぶりを見せた。

「なら、ロー先生はマスターが子供に薬物を投与して、
 実験から逃げられなくしている事は知ってたの?」

ローに一味の視線が集中する。
「返答次第ではただではおかない」そんな剣呑な眼差しに、
ローは鬱陶しそうに眉を顰めた。

「聞かされたのはついさっきだ。
 おれは奴らにそこまで信用されてねェ。継続中の実験の詳細は知らされていなかった。
 ・・・調べてる最中だったがな」

はそれを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。

「・・・ウフフ、良かった!」
「しししっ。
 おれはトラ男のこといい奴だと思ってるけど、もし違ったとしても心配すんな!
 おれには2年間修行したお前らがついてるからよっ!」

ルフィが朗らかに言い放った信頼を示す言葉に、
チョッパーやフランキー、ナミ、ウソップはデレデレと格好を崩していた。

敵かもしれないローがいると言うのに緊張感のないやり取りを交わす一味に、
ローはペースを崩されているようだ。なんとも言えない表情で一味を見ている。

「・・・ひとまず、中身を入れ替えた奴らを元に戻すぞ」

終いには自分から能力の行使を提案してしまう始末だった。

「”シャンブルズ”」

薄い膜のようなものが広がり、すぐに処置は終わった。
フランキーとチョッパーは元通りの体に戻っている。

「ウオー! 戻ったぜェ! おれの絶好調ボディ!!!
 やはりおれはおれに限る!!!」

いつもの調子を取り戻してフランキーが「スーパー!」とポーズを決めた。
それを見て、ロビンはにこやかな笑みを浮かべる。

「良かったわね、フランキー。もうチョッパーの体には入らないでほしい。”二度と”」
「ロビン、そんなに嫌だったのね・・・」

確かに中身がフランキーのチョッパーはいつもの愛らしさがなくなっていた。
苦笑いするの耳に、チョッパーの怒りの声が聞こえてくる。

「おれも・・・戻ったけどなんだこのボロボロの体!!!
 お前ら人の体に何してくれてんだよ!!!」

それを聞いて、ルフィとフランキー、そしてはズーン、と重い影を背負った。

「はぁ・・・ルフィのせいだ」
「・・・すまん、フランキーが悪いんだ」
「ごめんなさい、私が悪いのよ・・・」

三者三様に責任の所在が違う。
特にルフィとフランキーはお互いに責任をなすりつけられて怒り出した。

「お前がチョッパーの体で暴走するからおれは止めるしかねェだろ?!」
「だが何もクラーケンをぶっ飛ばすような技を出すことなかったろうがァ!!!」
「眠らせて止めようとしたんだけどルフィがフランキーを殴る方が早くて・・・」

それを聞いてチョッパーが断じる。

「フランキーとルフィのせいじゃねェか!!! どっちもふざけんなこの野郎!!!」
「すみません・・・」

再び沈み込むルフィとフランキーだったが
シクシクと泣きながら訴える声がして皆そちらに目を向ける。

「自分に戻れただけいいじゃないチョッパー!
 なんで私だけたらい回しなのよ! フランキーの次はサンジくん!?」

普段のサンジなら絶対にしないような女性らしい仕草で涙を流す様に、
ウソップ、ルフィ、チョッパーは笑い転げている。

「人ごとだから笑えるのよ、あんた達!!!」
「しょうがねェよ。お前の体はサンジが侍探しに持ってっちまったんだから」

ウソップが笑いを堪えて言うと、ナミは事態を静観していたローに食ってかかった。

「何とかしなさいよアンタ!」
「体がねェとムリだ」

淡々と告げるローに、ナミは落ち込んでいる。

はローのそばに浮かび、指を立てて提案した。

「そうだ! ロー先生、今でもお医者さんなんでしょう?
 子供達のこと見てくれないかしら?
 チョッパーも腕の良い医者なんだけど、協力してくれると助かるわ!」
「腕が良いだなんて、嬉しくねェぞ、コンニャロー!」

チョッパーは褒められて嬉しそうだ。
ローは鎖に縛られ、眠っている子供達に目を向ける。

「・・・こいつらのことか」
「ああ! 助けてェんだ、こいつら!」
「・・・へぇ」

興味がなさそうに返すローを見て、
ナミは疑わしげにローを眺め、に問いかけた。

、本当にコイツがあんたの主治医だったの?
 医者ってのが確かだとしても、・・・本当に信用して良いわけ?」

は悲しそうに眉を下げる。

「そんなこと言わないで、ナミ。ロー先生は昔はすごく優しくてね。
 苦い薬を嫌がった私に、少しでも飲みやすいお薬を出してくれようとしたりとか、」
「・・・ふーん? 意外なところもあるのね」

ナミはニヤニヤとローを見つめている。
聞き捨てならなかったらしいローが振り返り、につかつかと詰め寄った。

「おい、余計なことを言うな!」

は何が悪いのかわからないと、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。

「ええ? だって本当のことじゃない。
 他にも私が心細いって言ったら、眠るまで側にいてくれたりとか、」

「あれはお前が、・・・とにかく喋るな、バカ!」
「まぁ?! 今私のことバカって言ったの!? 事実しか述べてないのに!」

「心外だわ!」と怒り出したと、
口をへの字に曲げて黙り込むローのやり取りを見てナミは腕を組んで頷いた。

「・・・まぁ、なんか、なんとなく大丈夫そうなのはわかったわ」

ローは短く舌打ちすると子供達に再び目を向ける。

「薬漬けにされたガキだ。一朝一夕でどうこうなるようなケースじゃない。厄介だぞ」
「ああ、薬を抜くのに時間がかかるのはわかってる。
 家に帰してやりてェけど、巨大化してるのも気にかかるし」

「”人の巨大化”ってのは何百年も前から推進されてる『世界政府』の研究だ」

チョッパーの懸念に応えたローに、ロビンが眉を顰めた。

「政府が? なんのためにそんな事・・・」
「”兵士”だろう。好きなだけ巨大な兵士を増産できりゃ、政府に敵はいなくなる。
 コレを成功させてシーザーは政府やベガパンクの鼻を明かそうってハラだろうが、
 そうそう上手くは行かねェよ」

子供達を眺めたローが、一味へ聞いた。

「・・・本気で助けてェのか? どこの誰だかもわからねェガキ共を」
「ええ、見ず知らずの子供達だけど、この子達に泣いて『助けて』と頼まれたの。
 マスターはうまく騙してここへ連れてきたようだけど、本人達だってもうとっくに
 あの施設がおかしいって気づいてる」

ナミは眠る子供の一人の頭を撫でて、力強く言い放った。

「この子達の安全を確認できるまでは、私は絶対この島を出ないわ!」

ローは怪訝そうに首を傾げる。

「じゃあ、お前一人残るつもりか?」

「仲間置いてきゃしねェよ。
 ナミやチョッパーがそうしてェんだから、おれもそうする。
 あ、あとサンジがサムライをくっつけたがってたな。
 お前がサムライの奴斬ったんなら協力しろよ!」

ルフィの言葉にローは億劫そうに腕を組んだ。

「おれはお前らと馴れ合うつもりはない」
「なんだよトラ男ケチだなー」

ルフィは唇を尖らせて不満そうだ。
は顎に一度手を当ててから、提案する。

「ロー先生、さっき片付けなくてはならないことがあると言っていたわね。
 私の記憶を取り戻すためにも、協力するわ」

ローは苦い顔をした。
は一度聞いたことを忘れることがないのだ。
出会ってからのローの言葉も、きっと一言一句覚えているのだろう。

「だからあなたも協力してよ、ロー先生」

の言葉に、ローは帽子のつばを下げる。

「おれの問題はおれ一人で解決できる。・・・放っといてくれよ」
「嫌よ、放っとかない。心配だもの」

は微笑む。
その後ろで、ルフィもローの返答を待っているようだった。
ローはしばし黙り込むが、やがて観念するように呟く。

「・・・お前らの我が強いのはよく分かったよ。仕方ねェ」

ローは渋々頷いた。
もルフィも、言って聞くような人間ではないと悟ったのだろう。
ローはルフィに向き直る。

「侍の方はおれがいなくてもパーツが揃えば元どおりになるはずだ。
 ガキどもに投与された薬のことは調べておく。
 麦わら屋の船医は・・・お前だったな、タヌキ屋」

まだ怪我で動けないチョッパーを見下ろして言うと、
チョッパーは一瞬面食らった様子だったが、すぐに噛み付いた。

「タヌキじゃねェよ!!! トナカイだよ!!!」
「そうか。一緒に来い。シーザーの目を盗む必要がある」

ローはチョッパーの返事を待たず、自分の刀にチョッパーのリュックを括り付けた。
自力で移動できないチョッパーを慮った上での行動なのだろうが、
さながらストラップのようになってしまっている。

「さて、お前らどれだけ状況を把握してるんだ?」

が茶ひげから聞いたパンクハザードについての話をローに話すと、
ローは腕を組み、「間違ってはいないが、脚色と不足がある」と説明を始めた。

”マスター”。シーザー・クラウンのひとまずの目的は、
雪山のイエティCOOL BROTHERSをけしかけてきたので分かる通り、
G-5と一味を消し去り、子供達を奪い返すことにある。

「そもそも、茶ひげが話していた4年前の実験失敗は、
 ベガパンクではなくシーザーが起こした事件だ」
「!?」

一味は皆息を飲んだ。
確かにそう言われると、そちらの方がしっくりくることも多いが、
となると、茶ひげはシーザーに騙されていたのだろう。

「その件でシーザーは指名手配されている。
 この島であいつは好き勝手実験を続けているが、
 立ち入り禁止のこの島に誰かがいると言う事実が漏れれば、
 あいつはこの絶好の隠れ家を失うことになるだろう」

「・・・全力で私たちを排除しに来ると、そう言うわけね」

は難しい顔をする。

「奴自身が3億の賞金首。”ガスガスの実”ロギア系の能力者だ。
 加えて殺戮兵器を所持している。迂闊には近づくなよ」

ローは一度間を置いたが、意を決したように告げた。

「・・・おれは訳あって心臓をシーザーに預けている。
 それを取り戻して、に13年前のことを説明したなら、
 お前らはガキ共を助けるなりなんなりしてこの島を出て行け」

は目を丸くする。

「は・・・? 心臓を・・・? 一体どうやって、
 いえ、それ以前になんでそんな危険なことを・・・!?」
「おれの勝手だ」

ローは淡々と言うが、は目を吊り上げた。
怒っている。スカートの裾が炎のように揺らいでいる。

「ダメよ! 死んじゃったらどうするの?!」

珍しく怒鳴りつけるような物言いだった。
ローは視線を彷徨わせるが、それでもに抗うように答える。

「・・・うるせェ」
「そんな言い方ないでしょう!? さっきからなんなの!? 意地悪だわ!」

ローはそれ以後無言で通しているが、
はローの周りをくるくると漂いながら
「また黙り!」「聞いてるの!?」と構い続けている。



ロビンはローの言動に違和感を覚えていた。

ローは一貫して麦わらの一味に「この島を出て行け」と言っているが、
「子供を助けたい」と言う一味の希望を無下に扱うような真似は今の所していない。

この島にローがするべきことがあり、
麦わらの一味と、一味が呼び寄せたらしい海軍がその邪魔になっているのは確かなのだろう。
しかし、ローの対応は中途半端だ。

精神を入れ替えた面々の中身を元に戻す義理などローにはないし、
話すだけ話して問答無用で海に放り出してしまえばいいのだ。
もっと言えば、全員殺してしまえばいい。

シーザーとは何か取り決めのようなものをしているのだろう。
その対価に心臓を差し出すというのはの言う通り、
賢い選択とは言えないが、この施設にはローがそれだけする意味があるのかもしれない。

それなのに、おそらくシーザーにとっては邪魔となる
麦わらの一味にローは協力するようなそぶりを見せているし、
そもそも「出て行け」と言う言葉は冷たいものの、
行動を見れば一味を逃がそうとしているようだ。

仮に心臓を取り戻す算段があるにしても、
場合によってはそれまでの計画を無駄にしてしまうような、
危険な綱渡りをする羽目になったのは、おそらく、のせいなのだろう。

ロビンはローの周りをふわふわと浮かぶに目を向けた。

そのもどこか腑に落ちないという顔をしているから、
もしかするとロビンと同じように考えているのかもしれない。
あるいはもっと単純に、”昔のロー先生”とギャップを感じているのだろうか。

ローにつれなくされて頬を膨らませている様はとても可愛らしいが、
少しかわいそうにも見える。

ロビンはしばしの逡巡の後、ローに声をかけようとして、止めた。

ローのを見る目には、確かに大切なものを見るような色が見える。
憧憬のような眼差しだった。
しかし、がローと目を合わせようとすると、たちまちそれをローは抑え込むのだ。
まるで押し殺すように。

「・・・わからない人だわ」

ロビンは首を傾げる。
大事なものが目の前にあるのに、遠ざけようとする、その理由はなんなのだろう。